貳拾捌
「この王都に何者かが忍び込んだのは感じていたが・・・・・・腹ごなしに、町に出てみて正解だったな・・・まさか、昔、取り逃がした雛鳥をここで見付けるとは・・」ふふふ、「・・これは、帰国前に楽しめそうだ。」
一連の出来事が終わった時、小神殿の前に止まった一台の馬車から、一人の若い神官が小神殿前の人物達を見て一人楽しそうに呟いていた。
「ガラント大教区長様、あのような者達を見て何が楽しいのですか?」
と、一人楽しそうに呟いているガラントを見て、馬車に同乗していた女神官が気味悪そうに尋ねた。
「いえ、すみません。昔の知り合いを見つけましてね。昔の事を思い出していたのですよ。」
と、ガラント大教区長は向かいに座る女神官に楽しそうに答える。
・・・。
「あのような者達とお知り合いなのですか?」
と、女神官が怪訝にそう尋ねると、
「ええ、人々に神の御意志を伝えるのが我々の務めですからね。いろいろな人に会いますよ。貴女もそうでしょ、サリサ神官長。」
と、ガラント大教区長は女神官、サリサ神官長に微笑みかける。
・・・。
「まぁ、そうですね。」
と、サリサ神官長は気の無い返事を返す。
「ところで、ガラント大教区長様、私を引っ張り出しで何処に向かわれているのですか?」
「いえ、暇だったものですから・・・」
と、ガラント大教区長が微笑んで言うとサリサ神官長の視線がきつくなり、
「・・・まだ、この王都をしっかりと見て回ったことが無かったな、と思いまして、一人では寂しいので貴女に案内して貰おうと思ったのですよ。」
と、慌てて言い繕う。
ハァッ、「貴方が暇でも、私は暇では無いのですが。」
「まぁ、そう言わずに付き合ってくださいよ。」
・・・・。
「いえ、申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます。あの者達のような下の者を指導育成するのも私の役目ですので、これで失礼いたします。」
そう言うと、サリサ神官長は席を立った。
サリサ神官長は、どうしてもガラント大教区長が好きになれなかった。
ガラント大教区長は若く見目麗しい容姿に人当たりが良く、女神官達の間では大人気だった。のだが、サリサ神官長には、その全てが上っ面の偽物に見えて、気色悪く感じていた。
「それは、残念ですね貴女とは、もう少し話をしたかったのですが・・・。」
と、ガラント大教区長は降りて行くサリサ神官長を目で追いながら呟いていた。
・・・この人は、信用できない・・・ガラント大教区長が、このウラヌス王国の王都ティータニアに来てから、この国は、おかしくなりだした・・・
と、サリサ神官長は思いながら馬車を降りていく。
・・・一年と数ヵ月前・・・ちょうどアレイアス王子と黒衣の魔女リサナが数ヶ月間、同盟国への視察に出掛けている時に、突然、ガラント大教区長がお忍びでやって来た・・・我がガーディン教ウラヌス王国教会の視察と、主神ガーディン様の御神体である神影石の欠片の確認をするため、とかいう事だったが・・・その頃から、徐々にガイウス大神官や他の神官達の人がかわり始め、そして、カイルス王子に近づきだした・・・カイルス王子は最初ガイウス大神官を相手にしていなかったのだが・・・何故かカイルス王子はガイウス大神官を重用し始め、それまで興味を示してこなかった王位に異常に執着し始めた・・・そして、アレイアス王子がご帰国された直後にシルベウス陛下がお倒れになり、アレイアス王子とリサナがシルベウス陛下の暗殺を企てたとして、この王都を追われていった・・・私にはアレイアス王子やリサナがそのような事をするとはとても思えなかったが・・・それ以来、この王都に住む全ての者達は不安を抱えピリピリとしている・・・
ハァッ、とサリサ神官長は一つ息を吐き、
・・・私は政治から距離を置き民の心に寄り添い、その心を救い導く事を主眼に置いたシルベウス陛下の代の、この国のガーディン教が好きだった・・・だが、シルベウス陛下が倒れ、カイルス陛下に付き昔のような力を取り戻したガーディン教は、アレイアス王子派の者達がガーディン教に反抗的だとして弾圧を始めた・・・私は反対したのだが、聞き入れてもらえなかった・・・そんな事をすれば、人心は離れるばかりだというのに・・・私はアレイアス王子派に肩入れした為か、神官長の肩書きはそのままだが、重要な仕事からは外されてしまった・・・・今、この王都には主神ガーディン様の清らかな神力が満ちているというのに、何故、民の心は荒み、民の心を救うべき神官は欲にまみれているのか・・・・・・・・・このままではウラヌス王国はダメになる・・・かといって事ここに至っては、私には、もう出来ることは何もない・・・
と、諦めにも似た感情を抱きながらサリサ神官長は力無く小神殿へと歩いていった。
それを馬車から見送りながら、
「クロノミヤ、居るか?」
と、ガラント大教区長は虚空に向かって呼び掛ける。と、
「は、お側に。」
と、近くから声が聞こえてくる。
「隙を見て、小神殿の前にいた赤毛の女を私の元に連れてこい。」
「は、・・・」
「一緒にいた男には気を付けろ、只者ではないぞ。」
「・・・お任せを、我等が主神ガーディン様の神力が満ちた、この王都で我等が負ける道理は御座いません。」
・・・。
「吉報を待つ。」
「はっ。」
「お帰りティア、夕飯はどうする?」
と、ティアと大介がホテル[ユリシズ]に戻ってくると、女将のフランが声を掛けてきた。
「そうですね・・・大介さん、食事は部屋でしますか?それともレストランでしますか?」
「そうだな・・・今日は部屋でいただこうか。」
「分かりました・・・それじゃあ、女将さん部屋食でお願いします。」
「分かったよ。それじゃあ、銅貨十枚だね。」
・・・・。
「前来たときより、随分と値上がりしたんですね。」
「すまないね・・・こんなご時勢だ、材料費も何もかもバカみたいに値上がりしちまってね。」
・・・。
「そうですか、分かりました。」
と言うと、ティアは懐から金袋を取り出して、そこから取り出した十枚の銅貨をフランに手渡した。
フランは銅貨を受け取ると、
・・・・・・・。
「まいど・・・。」
と言って、カウンターの奥に歩いていった。
・・・・。
「ティア、今の銅貨、ウラヌス王国では使えないと言っていたアルテミス王国の銅貨じゃなかったか?」
「はい・・・・これで、女将さん達の態度もハッキリとするでしょう。それに、価値的にはウラヌス王国の銅貨よりアルテミス王国の銅貨の方が上ですから。」
・・・・。
「だから、フランは何も言わずに持っていったのか・・・それにしてもティア、お前、本当に冒険者なんだな、いろんな意味で。」
「あら?大介さん、そんなこと今頃気が付いたんですか?私の母も冒険者だったんですよ。私は生まれながらにして、いろんな意味で冒険者なんです。」
と、ティアは大介に微笑みかけて、
「それじゃあ、部屋に戻りましょうか。」
と、楽しそうに言う。
・・・くそぅ・・・何故だ!どうして、これ以上近づけない・・・
姿と気配を消しているガーディン教のクロノミヤの者達は大介たちの居るホテル[ユリシズ]から百メートルほど離れた建物の影や屋根の上で苦悩苦悶していた。
・・・この主神ガーディン様の神力が満ちた王都では、我等の持つガーディン様の従属神、大気の神獣エアロの神影石の欠片は最大限の力を発揮できる・・・気配を消して奴らに近づく事など造作も無いこと、の筈なのに何故近づけん!・・・
クロノミヤの者達はガラント大教区長の馬車から離れると、直ぐに大介達の後を追った。
だが大介達から百メートル以内に近づこうとすると、大気の神獣エアロの力を宿した体が危険を感じ動かなくなるのだ。
・・・あの赤毛の女は、そこそこの冒険者のようだが、我等にとっては大したものではない・・・その近くにいる赤毛の男は、体つきといい身のこなしや気配等から、かなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者だとは分かる・・・分かるが、それだけだ、魔力も神力も何の力も感じられん・・・神の御力をこの身に宿した我等の敵にはなり得ない・・・なり得ない筈なのに、この身に宿る大気の神獣エアロは、あの男を異常に警戒しているようだ・・・ガラント大教区長様も警戒していたが、一体、あの男は何なのだ?・・・
と、クロノミヤの者達が苦悩苦悶していると、
『皆に伝える、赤毛の女が男から離れるまで、この距離で監視を続ける。』
と、ティアを狙っているクロノミヤの者達のリーダーからの指示が、そのクロノミヤの者達全ての頭に直に入る。
同じ神の神影石の欠片をその身に宿している者達は、この世界にいる限り何処に居ても思考を伝達する事ができた。
『『『『『了解』』』』』
と、クロノミヤの者達はリーダーに返信した。
コンコン・・・
「食事を持ってきたよ。」
と、ノックの音と共にホテル[ユリシズ]の女将フランの声が聞こえてくる。
「はい・・・今開けます。」
と、ティアが応えて、扉へと近づき扉を開けるとフランと年若い女性が料理の乗ったお盆を持って立っていた。
「ほい、邪魔するよっと・・・ティアは知ってるよね、この子は私の娘でリルカっていうんだ。」
と、フランが大介に女性を紹介しながら入って来ると、
「はい、ティアさん、久しぶり。そっちの渋い旦那さん、初めまして。」
と挨拶しながら、紹介された女性リルカはフランに付いて部屋に入って来る。
フランとリルカは部屋に入って来ると、部屋に備え付けのテーブルの上に料理を置いていく。
フランは配膳を済ませ、ティアと大介がテーブルに着いたのを確認すると、
「私も、食事を一緒にさせてもらっていいかな?」
と言って、大介やティアの了解を得る前に席に着く。
・・・・。
「道理で・・・料理やパンの量が多いな、と思っていたんですよ。」
と言って、ティアはフランに笑みを送る。
大介は無言でパンを取った。
「二人とも、水入らずでいたいところ悪いね。」
と、フランはティアと大介の態度を見て了解を得たと決めつけ、パンを取り頬張る。
「それじゃあ、私も・・・」
と、リルカが空いている席に座ろうとすると、
「リルカ、あんたは父さんの手伝いが残っているだろ。」
と、フランはリルカに、シッシッと手を振って言う。
「えー、少しくらい、いいじゃない。ティアさんとも久しぶりなんだし。」
「ホテルの客は少ないが、レストランの方は近所の常連さん達とかで、それなりにお客さんは居るんだ。父さん一人じゃ手が回んないよ。私の食事が済んだら交代に行ってやるから、それまでは我慢して父さんを手伝いな。」
「ちぇー。」
フランの説得に渋々ながらもリルカは納得して、父親の手伝いをしに大介達の部屋から出ていった。
・・・・。
「済まないね、あの子はなりは大人でも、まだまだ子供でね。」
と、フランはリルカが部屋を出ていくと苦笑いを浮かべた。
・・・。
「で、フラン。俺達に話があるんだろ。」
と、大介が言うと、
あはは、「やっぱりバレたか。」
と、フランは笑いながら言う。
「誰だって分かるだろう。こんな、あからさまな事をすれば。」
と、大介が返すと、
「そうだね・・・それじゃあ、単刀直入に聞くよ・・・あんた達、アルテミス王家の依頼を受けてここに来たのかい?」
と、フランは真剣な表情で大介達に尋ねた。
・・・・。
「まぁ、それもあるな。」
・・・・・。
「まだ、他にもあるのかい?」
・・・。
「まぁな。」
・・・・。
「だけど、あんた達二人だけでどうしようってんだい?」
「だから、アレイアス王子派の者達に力を借りようと思ってるんだがな。」
・・・。
「なるほど・・・。」
と、大介の話を聞いてフランは何かを考えるように腕を組む。
・・・・。
「大介さん、もう一つの依頼の事も話した方がいいんじゃないですか?フランさんなら大丈夫だと思いますよ。」
と、ティアが言うと、
「もう一つの依頼?」
と、フランが訝しむ。
・・・。
「まぁ、俺達にアルテミス王家との繋がりがある事を知らせた時点で、もう一つの依頼の事も隠しておく意味は無くなってはいたか・・・・俺はアルテミス王家の依頼とは別に、黒衣の魔女リサナとウラヌス王国第一王子アレイアス殿下、第一王女メンドゥサ殿下から、ウラヌス王家をガーディン教の呪縛から解放するのに力を貸して欲しい、と依頼を受けている。」
・・・・・。
フランは大介が何を言っているのか理解するのに少し時間を要した。
「なるほど、そういう事か・・・あの噂も強ち間違いではなかったって事だね・・・という事は、ウラヌス王家をガーディン教の呪縛から解放して、アルテミス王国とダイス王国の戦争を止めようって事だね・・・」
と、フランは得心いったというような顔をして言い、
「まぁ、そんなところだな。」
と、大介は答える。
・・・。
「しかし、あの世界最強の黒衣の魔女リサナ様から依頼を受けたって・・・あんた何者だい?」
と言って、フランは大介を探るような目付きで見る。
対して、大介は肩を竦めてみせただけで、何も答えなかった。
・・・・。
「まぁ、いいさ・・・リサナ様が依頼したって事なら、それなりに信頼ができ実力を持っているって事だろう。けど・・・確かに、一見あんたは幾つもの修羅場を乗り越えてきた猛者に見えるけど、あんたからは全く魔力も神力も感じないんだよねぇ・・・」
と、フランは訝しげな目を向け、
「・・・ホントにリサナ様や王子達に依頼を受けたのかい?」
と、訝しげな目に更に疑いの色を濃くする。
「女将さん!大介さんは凄いんですよ!異邦人の・「」・ティア!」
ティアがフランの大介に対する低すぎる評価と疑いの目に不満を言おうとすると、大介が途中でそれを遮った。
対して、
・・・。
「でも、大介さん・・・。」
と、ティアが不満顔で言う。が、大介の〈それ以上は言うな〉という表情に口を閉ざした。
ウラヌス王国では、異邦人の力を持った者達の事を知っているのはウラヌス王家と国の重鎮達、王家に忠誠を誓う一部の人間だけだった。
ただ、ウラヌス王国の民の間ではウラヌス王家には王家と王国を守る異邦人の力を持った者達がいる、という噂が流れていた。
これは、ウラヌス王家が流した、王家には異邦人の力を持った者達がいると公表するための前準備だった。
いきなりウラヌス王家に異邦人の力を持った者達がいると公表して、異邦人に恐れを抱いている国民の間に要らぬ不安と憶測を与え、国内に不穏な影を落とす事を恐れた王家が取った措置だった。
ただ、ウラヌス王家が異邦人の力を持った王家の者と、王国の為に働く異邦人の力を持つ者達の情報を徐々に国民に伝える為に流したものなのであるが、まだ、それは飽く迄、噂であり真実であると思っている者は殆んどいなかった。
・・・・。
「まぁ、確かに、世界最強と言われる大昔の異邦人のような強さを持ったリサナ様を騙る命知らずはいないか。」
と、フランはティアの言葉を都合良く取ったようだった。
「それに、ティアがここまで腹を立てるんだ、一応は信じるよ。」
と言って、フランはティアの方を見て、
「しかし、ティア。あんた本当に変わったね。前はこんなに感情豊かじゃ無かったし、よく笑うようになった。それだけで、大介が悪い人間じゃないって事は分かるよ。あんたがいい人に出会えて本当に安心したよ。」
と、微笑みかける。
・・・。
「お、女将さん。」
と言うと、ティアは頬を染め恥ずかしそうに俯いてしまう。