要求
椅子に座って目を閉じ、リラックスする。
俺の家はわざと村の集落からは少し離れた位置に建てた為に、
朝の喧騒とは無縁であった。
「先生!大丈夫なの!?」
「怪我は!?」
普段授業を受けにくる時間帯よりは大分早く生徒たちが家に来る。
俺がアマンダさんを救い出したことはもう村には伝わったらしい。
まぁここはあまり大きな村ではないし、そんなものか。
「大丈夫だよ。この通り」
「よかった~…」
生徒たちは俺の無事を喜んでくれた。
その後席に着き授業の準備をしている生徒たちの中、
こちらに何か言いたげに視線を向けているターニャに気付いた。
ここで話をしてもいいのだが、これから授業だ。
帰りは送って行くのだし、その時でもいいだろう。
特に何事も無くいつも通りに授業を終え、
今日も俺はターニャを送り届ける為、手を繋いで歩いていた。
いつもの饒舌なターニャは影を潜めており、
俺もその事を特に言葉に出してはいない。
俺はターニャの歩調に合わせ、二人でゆっくりと薄暗くなってきた村の道を歩いていた。
「先生」
不意に手を繋いだターニャが話しかけてくる。
「ん、何だい?」
先程から無言で俯いたままのターニャが、こちらを向いて喋り出す。
「その、ありがとう。…お母さんを助けてくれて」
「アマンダさんとダリルさんには世話になってばかりだったからね。ようやく一つ返せたかな」
「でも、お金を沢山…」
そう言い淀んでターニャは再び俯いてしまう。
賢いこの子には、金貨200枚というのがどれ程の価値かが分かっているのだろう。
やれやれ…。頭が良すぎるのも考えものか。
「ターニャ」
俺は跪いてターニャと目線を合わせる。
「お金の事は本当に気にしなくていいんだ。アマンダさんを無事救い出すことが出来た、今はそれだけで十分だから」
「先生…」
「さ、お父さんとお母さんが待つ家に帰ろう?」
「…うん!」
ターニャの手を取って歩く。
ニコニコと笑うターニャを見ると、これで良かったと思えた。
アマンダさんを救った俺は村人たちから感謝され、少しいい気分になっていた。やっと自分も村に馴染めて、認められたんだと。
そう。
俺は平和ボケしていたとしか言いようがない。
それは先の事件から3日が経過した時に起こった。
「寂れてしけた村だと思ったが、中々金持ちが居るみてぇじゃねぇか!いいかお前ら!そいつみたいになりたくなかったら、毎月金貨を百枚俺達に渡せ!但し今月からだ!取り敢えず三日待ってやるから準備しろ!その代わりと言っては何だが、この周辺の街道の安全は保障してやるよ!はははは!」
朝起床し、村の中央広場付近が騒がしいので急いで向かったところ、馬に跨った盗賊が10人おり、その中の一人が村人たちに向けてそんな事を言っていた。奴等に斬りつけられて負傷したのであろう人が何人か見える。
「ひゃ、百枚なんて無理だ!」
「あぁ?あー…そっかぁ」
一人の村人がそう言うと、部下の男がぼりぼりと頭を掻きながら近づく。まずい!
「これは提案じゃなくて、強制なんだ、よっ!」
首を刎ねようと横なぎに払われる剣より先に、村人を突き飛ばす。
「あらっ…?」
首を刎ねる筈だった剣は浅く俺の肩を切っただけで終わり、呆気にとられる盗賊。
「おっ、この前の餓鬼か」
「……」
盗賊たちの視線は俺に向けられる。
「おぉおぉ、突き飛ばして助けるとは。この前は身を挺して投げナイフから庇ってたな、大した根性だ餓鬼」
「どうも」
「面白い餓鬼だ。この前も言ったがな、通行料代わりにこれからは月に一度、金貨百枚を納めろ。拒否すれば村を焼く」
「分かりました。ですからこれ以上村人を傷つけるのをやめて頂けますか」
そう言うと、盗賊たちは顔を見合わせ笑い出す。
「あっはっはっは!大した餓鬼だな!」
「だろう?おい餓鬼、場所はあの森の湖の奥にある開けた場所だ。3日以内に金を持って一人で来い」
「はい。今日はどうぞお引き取り下さい」
「分かった分かった。話の早いお前に免じて今日は大人しく帰ってやる。おい、お前ら帰るぞ」
割とあっさりと盗賊たちは帰って行った。
「…ふぅ。テッドさん、大丈夫ですか?突き飛ばしてしまって申し訳ない」
「い、いや、こっちこそ助かったぜ先生」
「リューゲルや」
村長から声が掛けられる。
「村長、勝手に話を進めてしまい申し訳ありません」
「ふむ…。肩の傷の手当てをした後に、家に来なさい。その事で話がある」
「はい、村長。後程伺わせて頂きます」
俺が村長の家を訪れると、カスティア夫妻も招かれていた。
「村長、お邪魔します。こんにちは、ダインさん、アマンダさん」
「いらっしゃい、リューゲル」
「こんにちは、先生」
「今回は迷惑をかけたね、リュウ」
俺が挨拶をすると、3人は三者三様の答えを返してくる。
「いえいえ。お気になさらず」
「リューゲルもこちらに座りなさい」
「はい」
テーブルに4人で座る。
「話は聞いたぞ。アマンダを助ける為に金貨200枚を支払ったそうじゃな?」
「はい。あの場をやり過ごし、アマンダさんを安全に助け出すには、それが最善かと思いましたので」
「ふむ…。お前さんがこの村に住み始めてから3年余りかの?」
「はい。10日前でちょうど3年が経過しました」
村長は少し考えた後、こちらを真っ直ぐに見据えてくる。
「リューゲルや、失礼を承知で尋ねさせて貰うが、どこからそんな金が出てきた?お前さんは確かまだ18歳じゃろう。そんな年の子供が稼げる金額ではないぞ?」
……最もな指摘である。だが生憎、あの金は真っ当な仕事で得た金では、ない。だがそれを説明する気にはなれない。それよりも今は…。
「村長、この際俺の金の出所等どうでもいいでしょう。それよりも問題は、奴らが隣の村を拠点としてこの村及び近隣の村々に脅威を及ぼしているであろうという事だと思いますが」
「うむ。困ったことになったな」
「毎月100枚だなんて…!」
「盗賊どもめ!無茶苦茶言いやがって!」
王都に住む一般的な家庭ならば、一年間で金貨が100枚もあれば生活には事足りる。贅沢をしなければ貯蓄に回せるぐらいだろう。こんな辺境の村ならば、一年生活するのに銀貨300枚もいらないぐらいなのだから。
さて、どうするか…。