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ツーリスト  作者: ノイ
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02:前世

 舗装された道路の上を行く青年が一人居た。青年はスーツに身を包んでおり、片手で重そうなキャリーバックをゴロゴロと鳴らしている。青年の頭の上にはシルクハットのような鍔がぐるっと頭を囲うような帽子が乗っているが、左右はくるりと上に丸まっていた。

 スーツの陰に隠れているが、ズボンのベルトからは革製のホルスターが下がっており、そこには回転式拳銃が収まっている。

 青年の名前はエルドといい、旅人である。

 今この道の上にはエルド一人とキャリーバックが一つ、あとは旅路を挟む木々と、曇って来た空しか無い。

 しばらくゴロゴロ鳴る音だけが響き、ようやくエルドの次なる目的地が見えて来た。

 少し小高い位置にある道の上からはその場所の様子がよく見える。小さな建物が乱立している街。そしてそれをぐるりと囲う壁。恐らくは外敵から街を守るためのものだろう。

 バックから双眼鏡を取り出して街の様子を観察する。この道の先には壁をくり抜いて造られたような街へのゲートがあり、両脇を衛兵が警備している。あそこから入れば問題なさそうだ。

 双眼鏡をしまい込むとバックの取っ手を握り、またゴロゴロと鳴らし始めた。

 街の全容が見えてもたどり着くまでは時間がかかるもので、結局街に着いたのは日も暮れそうな時間帯になってからだった。

 他の入国者と一緒の列に並び、身分確認が行われる。

「では、パスポートの提示をお願いします」

 ポケットから取り出したパスポートを衛兵に渡し、スタンプを押してもらう。

「武器の類いはお持ちですか?」

「拳銃が一丁あります」

「そちらも提示の方をお願いします」

 エルドはベルトから下がっていたホルスターごと拳銃を、衛兵と自分とを隔てる机の上に乗せた。

「……確認しました。 まぁ、分かっているとは思いますが、市内での無闇な発砲はお控え下さい。 特に旅行者となりますと私達が動くことになりますので」

「心得ております」

「では、良い滞在を」

 衛兵の見送りを受けてエルドは入国を果たした。壁を潜ると賑やかな市が開かれており、露天商が道行く人に声を掛けている。エルドにしても弾薬と食料の補給をしたかったが、まずはこの国での寝床を決めてからだ。

 道行く人に良い宿が無いか訪ね、そこへと足を運んだ。幸い空き部屋が幾つかあったのでなるべく上階の部屋を指定しチェックインした。

 国ごとでの拠点を決めてからエルドがやることは一つだ。シャワーを浴び新しいスーツに着替える。それから軽い運動をしてから銃の整備。整備し終わったばかりの銃を握り、構えを確認する。

 それらの行程を一通り済ませてからエルドは市へと繰り出した。

 食料品も弾薬も、安すぎるものには決して手を出さない。特に弾薬については、安いと粗悪品が混じり易いからだ。自分の回転式拳銃に合う口径の弾丸と野営した時の食料を買い込んで再び宿へと戻る。

 購入したばかりの弾丸に錆が無いか、火薬は時化ていないか一つ一つ丁寧に確認していたら日はすっかり落ちて夜を迎えていた。気分転換に宿の外へと出て食堂の類いは無いか探す。

 恐らく仕事帰りなのだろう、疲労の溜まっているらしいワイシャツ姿の男性達が次々と入って行く食事処があったのでエルドもそれに習って入店した。空いているカウンター席に座る。

 若い女性の店員が注文を取りに来た。

「いらっしゃいませ。 ご注文は何にしましょう」

「このお店のオススメからお願いします」

「オススメ……ですか。 畏まりました、少々お待ち下さい」

  出されたお冷やを喉に流し込んだところで追いついたかのように疲労感がやってきた。考えてみれば重いキャリーバックを転がしながら徒歩でこの国まで来て、宿を見つけてからも休憩らしい休憩は取っていない。食事を終えたらすぐに眠ってしまおうと、もの思いに耽っていると……。

「…………、」

 エルド以外の席に着いている人々がそろってエルドのことを見つめていた。彼らの顔は驚き、軽蔑、恐れと統一性は無かったが少なくともプラスに捉えられてはいなかった。

 彼らの方へエルドが顔を向けるとすぐに視線を逸らして思い出したかのように食事を再開する。手はフォークやスプーンを動かしているが、彼らの意識は食事では無くエルドに釘付けなのは当の本人も自覚した。

「はい、お待ちどおさま。 当店自慢のスープカレーでございます」

「……ありがとうございます」

 確かに店の自慢にしているだけあって味は申し分無い。舌鼓を打っている内に先ほどエルドに奇異なものを見る視線を向けていた他の客は支払いを済ませて退店していった。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様です」

 食べ終わった皿を先ほどの店員が下げる。すると頼んでもいないのに食後のデザートとしてアイスクリームが出て来た。

「? デザートを頼んだ覚えはありませんが」

「お客さん、他所から来たみたいですからサービスです。 是非食べて下さい」

「お心遣いはありがたいのですが……」

 内心食べたくないでもなかったが、初対面の店員にここまでさせてしまうのは流石に気が引ける。丁重に断ろうとしたが。

「……、」

 店員が半目になってエルドのことを睨んだ。

「……お言葉に甘えさせて頂きます」

「どうぞ召し上がれ!」

 半分しか開いていなかった瞼もシャッターのように元気よく開き、店員をやっているのも頷ける屈託の無い笑顔に変わった。

 スプーンで白色のクリームを掬って口に運ぶ。カウンターに店員が頬杖を突いて店員がエルドのことを見た。

「お客さん、旅行でもしているんですか?」

「まぁそんなところです」

「良いですねぇ……。 私はこの街からすら出たことないのでそういうの憧れちゃいます」

「確かに魅力的ではあります。 でも良いことばかりとも限りません。 先ほども他の客から妙な視線を頂いたばかりですし」

 基本的な生活が度のエルドにとって甘いものを口に運ぶのは久しぶりのことだった。冷たさと甘さも程よい。こうして甘いものを口に運んでいると、先ほどの自分の気遣いはやはり建前だったのだと痛感させられる。スプーンを運ぶ手が止まらない。

「それはきっとお客さんの前世が珍しかったからですよ」

「前世?」

「そう。 この国で生まれた人は相手の顔を見ることで前世を知ることが出来るんです。 子供からお年寄りまで全員」

「ということはあなたも?」

「えぇ、もちろん見えています。 でもこの商売していると珍しい前世を持つ人なんて一杯来るわけですから一々驚くわけにもいかないんです」

「慣れたと?」

「かもしれません」

「成る程。 ちなみに、その私の前世というのは何なのでしょう?」

 アイスクリームも残り少ない。エルドはもっと味わっていたいという些細な欲求と食べなければ溶けてしまうジレンマを心の隅に抱えながら問うた。

「知りたいのですか? ショックに思うかもしれませんが……」

「そこまで言われては少し気になります……。 そうですね、ではこうしましょう」

 エルドはスーツの内ポケットにしまっていたペンと紙を取り出して店員に渡した。

「口には出さずにこれに書いて下さい。 後でこっそり見ることにします」

「名案ですね」

 店員はペンを手にとり、さらさらとエルドの前世を記した。折り畳んだ紙を受け取ると、エルドはそれをペンと一緒にポケットの中にしまい込んだ。それからズボンのポケットの方から貨幣を何枚か手探りで探し出すとカウンターに置いて席を立った。

「どうもごちそうさまでした」

「お粗末様です。 あとどれくらい滞在するおつもりですか?」

「数日といったところでしょうか。 一週間にも満たないかと」

「そうですか……よろしければまた食べに来て下さい。 その日毎でおすすめのメニューも変わるので」

「覚えておきます。 必ずアイスクリームのお礼はさせてもらいますよ?」

 店員の返事は聞かずに店を出た。

 牛乳と砂糖の味がまだ口内に余韻を残していることを感じつつ、エルドはまた明日ここに来ようと決めた。


 翌日、太陽が地平線の向こうから顔を出すのと同じ時間帯にエルドは目を覚ました。顔を洗い歯を磨きシャワーを浴びてから清潔なシャツに腕を通す。

 昨晩、夕食を済ませた後、疲れに全身を蝕まれたエルドは特に何かするでも無くそのままベッドに横たわった。久しぶりの柔らかい寝床だったため目覚めはいつもよりすっきりとしていた。

 枕元に置いておいたホルスターごと銃を取ってベルトから下げる。昨日と全く変わらない動きで銃を構えては鏡の自分に向かって照準を定める作業を何回も繰り返す。

 朝の支度をしていると宿の食堂が開く時間になっていた。階段を使って降り、朝食を取った。

 昨晩の食事処には夕方頃に足を運ぼうと決めていたのでそれまでこの街を見ることにする。一度自室に戻り帽子だけ取ってから外に出ることにする。

 昨日は夕方に到着したこともあり街は帰る人々や夜の活気に満ちていた。しかし今は行く人々と昼の活気に満ちあふれている。宿からしばらく歩いたところにある大通りには多くの人々や車が行き交っていた。

 彼らの様子を見ていると二つの人種がいることが分かった。

 一つは友人、仲間、同僚と思われる人々と仲睦まじく歩いている者達。彼らが心からの笑みを浮かべていることは第三者であるエルドにもはっきりと分かった。

 もう一つはその逆。他人からは全く宛てにされず一人で歩いている者達。何かしている訳でもないというのに周りの人々は彼らを視界に修めると遠ざかってヒソヒソと話し始める。

 その光景は決して大通りだけではなくこの街の至る所で見ることが出来た。

 暫く歩いていると大通りは開けた場所に出た。そこで車は走っておらず人々がぐるりと円を作ってその中心をこぞって眺めている。人々の視線の先には木製の台がありそこには四人の男女が立っている。その内三人の前には彼らの身長よりも少し高い木の棒が立っており、その先からはロープが下がっている。ロープは輪になって三人のちょうど顔の前に下がっていた。

 処刑場だった。

 残りの一人は処刑の執行人らしく全身を金属の鎧で覆っている。右手には巨大な斧を持っており左手には丸まった羊皮紙が握られている。

「それではこれより処刑の執行を執り行う!」

 鎧の奥からくぐもった声が響いてくる。斧を起き、丸まっていた羊皮紙を両手で開き、声高らかに三人の罪状を読み上げた。

 執行人のすぐ右にいる男はいかにも悪人面といった顔をしており彼を見せ物として捉えている群衆をただ睨みつけている。

「執行ナンバー○○一! 罪状、窃盗! この者は三日前、夜道を歩いていた女性から現金の入った鞄を引ったくったために逮捕された。 彼の前世鑑定を行ったところ、前世でも同じように盗みを行っていたことが分かったため処刑を執り行うことをここに決定した」

 窃盗だけで処刑?

 エルドの疑問は隣にいた見物人に向かって投げかけられた。

「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「あん?」

「何故窃盗だけで処刑に?」

「そりゃあ、前世鑑定で前世と同じ罪を犯したからに決まってんだろ。 あぁ、あんた旅行者か。 だったら知らんでも無理はねぇか」

「前世鑑定というのは?」

「文字通りさ。 捕まった人間が前世でも同じ罪を犯していないか鑑定する。 そこでもし今と前世でやったことが一致したら例外無く処刑される。 それがこの国の掟だ」

 分かったか、と見物人は目で問いかけ視線を処刑台の方へ向けた。一人目が読み終わりその隣にいる女の罪状を読み上げようとする瞬間だった。

「執行ナンバー○○二! 罪状、夫殺し! この者は二日前、夫を自らの手で殺めたために逮捕された。 彼女の前世鑑定を行ったところ、前世で彼女は蟷螂として雄の蟷螂を食い殺していたことが分かったため処刑を執り行うことをここに決定した」

 周囲の見物人から呆れ声が漏れる。

「蟷螂かぁ」

「なら処刑されても文句は言えまい」

「もう二度と生まれ変わってくるな!」

 執行人が嗄れた声で見物人に注意喚起する。

「静粛に! 静粛に! これより三人目の罪状を読み上げる!」

 女の右隣にいるのはまだ年端もいかない少年だった。少年の表情は氷のように冷たく地面をただじっと見つめていた。

「執行ナンバー○○三! 罪状、詐欺罪! この者は昨日、旅行者に対して絵画の贋作を法外な金額で売りつけていたため逮捕された! この者の前世鑑定を行ったところ結婚詐欺を繰り返していたため処刑を執り行うことを決定した! 以上、これが彼らの罪状である!」

 それからの流れはいとも容易かった。

 まず彼らの首には太い縄が括り付けられた。最後に呼ばれた少年は縄まで背が届かなかったので踏み台に乗せられた。

 次に司祭のような出で立ちの男性が処刑台の上に登りエルドの知らない宗教の口上を述べ始めた。これから死ぬ三人はせめて安らかに眠って欲しいと願っているということ、そして今度こそ真人間として生まれ変わって欲しいということ。司祭が口にした大体の内容はそのような感じであった。

「ではこれより、処刑を開始する」

 執行人が巨大なレバーの横に並び、太い指でそれを握る。観衆も水が引くように静まり返り、遠くの誰かが息を飲む音すら聞こえた。

 レバーに手を掛けて十秒程経った頃だろうか。執行人は力の限りを込めてレバーを引き、それを同時に三人の床が開いた。突如空いた穴に、三人は抵抗することもなく重力に従った。

 縄がピンと張りつめて暫く経って、三人はほぼ同時に息を引き取った。


 日が暮れて人も帰宅の途に着き始めるのを見てエルドも宿の方向へ引き上げることにした。

 夕食は昨夜と同じ食堂だ。今日は一体何を食べようか期待を胸にしながら足を運ぶ。

「おや?」

 すると食堂の前、入り口付近でうろうろしては軽く頭を掻く青年の姿があった。様子からして食堂に入るかどうか迷っているらしい。

「失礼、入らないのですか?」

 エルドが声を掛けると青年は肩をビクッとさせ、驚いた表情でエルドを見た。青年の身長の方が少し低いで自然をエルドの顔を見上げる形になる。

「あ、いや、その」

「迷っていたら入ることをおすすめしますよ。 何でもオススメが日によって変わるらしいですし……店員さんも良い人ですよ?」

 声を掛けた時以上の驚きと共に青年の顔はかぁっと真っ赤になる。どうやら感情が表に出易い性格らしい。

 この青年の足取りは決まっていた。店の小さな丸窓の前を何度も何度も往復していたのだ。そこから見えるのは厨房とカウンターであり、そこでは昨日と同じく女店員が笑顔で客から注文を取っている。

 彼女に会うことに気恥ずかしさを覚えているのは初対面のエルドでも分かった。

「ほら、彼女に用があるのでしょう? 私もここで食事をする予定ですし、どうです、一緒に?」

 青年は突然の申し出に僅かな迷いを見せたが意を決したらしい。頬を二度程軽く叩いてエルドの後を追った。

 扉が開き、取り付けてある小さな鈴が音を奏でる。

「いらっしゃいませ。 あ、お客さんまた来てくれたんですね……ってショウ、あなたも一緒だったの?」

「や、やぁ……カオリ……久しぶり」

「なんだ、お知り合いだったんですね」

「えぇ、そうなんです。 ショウは私の……言わば腐れ縁って奴でしょうか。 小さい頃によく一緒に遊んだりしていました。 でもどうしたのよ、王立の軍学校に入ってからなかなか外に出て来られないって聞いてたけど?」

「少しだけど休暇を頂いて、それで里帰りしてきたんだ」

「ふーん。 まぁ座って。 あ、お客さん、他に席が空いてないのでショウと相席になってしまうのですが構わないでしょうか?」

「えぇ」

「すみません」

 女店員、カオリに連れられてエルドとショウは奥の方の二人掛けテーブルに腰を下ろした。カオリがお冷やを持ってきて注文を取る。ショウはオムライス、エルドは今日のオススメを注文した。

 料理が出されるまで、初対面の二人の間には沈黙が横たわっており特にショウは気まずそうにちらちらとエルドの顔に視線をやってはお冷やで唇を濡らした。

「やっぱり気になりますか?」

「え?」

「私の前世です。 昨日も店に来た時客から変な目で見られたものですから」

「あ、す、すみません! 気に障りましたよね……謝ります……」

「気にはしていませんよ。 こちらを伺う人は少なく無いでしょうし」

 そう言って一瞥を店の端にいた客にやると、慌てて眼を逸らし食事に戻った。

「じゃあやっぱり貴方は自分の前世を……」

「昨日カオリさんに教えて頂きました。 まぁ、仕方の無いことです」

「……、」

 ショウは視線を下に落としてまたお冷やを口にした。

「一つ聞きたいのですが」

 とエルドが切り出すとショウの顔がぐんと上がる。

「何故この国では前世と同じ罪を起こした者が死刑にされるのでしょうか」

 責め立てるわけでもなく、間違っていると指摘するわけでもなく純粋な疑問としてエルドはショウに問うた。

「……ということは、見たんですか?」

「えぇ……」

 ショウが僅かに考え込む顔をした。しばらくして直ぐに面を上げるとエルドの目をしっかり見つめて説明を始めた。

「それは、前世が因縁を伴うからです」

「因縁?」

「例えばですけど、前世で人を殺した人と殺された人がいるとします。 人以外の動物でも構いません。 それらが生まれ変わった場合、前者は再び殺人者として、後者も再び被害者として惹かれ合う可能性が非常に高いことがこの国の科学者によって結論付けられたんです」

「つまり前世でやったことを今世でもしやすい、と?」

 ショウはゆっくりと首肯した。

 前世で盗みを働いたものは今世では泥棒に成り易い。殺人者だったら殺人者、詐欺師だったら詐欺師、というわけだ。

 何となく処刑にまで踏み切れる理由が分かった気がした。

「多分お気づきかもしれませんが処刑は言わば、前世からの罪の連鎖を断ち切るために行われているのです。 また、あくまでそうなり易いというだけで必ず前世と同じことをやるとも限りませんから、抑止力の効果も期待されています」

「『死にたくなければ前世と同じ間違いは犯すな』ですか」

「はい」

「成る程……」

 街を歩いている時、好まれる人間と避けられる人間の二種類にはっきりと別れていた理由もこれで説明が付く。

 もし前世で良い行いをしていれば今世でも同じことをし易くなるため人が自然と惹かれていく。逆に前世で何かしら間違いを犯していれば、それを今世でもやるかもしれないと人々は避けるようになる訳だ。

 これで一応エルドの中の疑問の種は解消したことになる。すると今度は一番身近なところへと好奇心が向けられるわけで、それは暫くしてエルドの口から漏れ出すことになる。

「ところで、貴方の前世は一体何なのでしょうか?」

「え?」

「まぁ私はこの国の人間では無いので貴方の前世を見ることが出来ないわけで……いや、もし言うのが嫌ならば無視して下さい。 単なる興味によるものなので」

「ショウの前世は騎士ですよ、お客さん」

 盆にオムライスと魚のソテーを乗せたカオリが横合いから口を挟んだ。顔をかっと赤くしたショウが彼女の方に振り返って何か言おうとしたが、カオリがウインクをすると納得いかない様子で椅子にすとんと腰を落とした。

「はいどうぞ、たーんと召し上がって下さい」

「頂きます」

「…………頂きます」

 エルドはフォーク、ショウはスプーンを手にとってそれぞれの料理を口に運んだ。やはりこの食堂の味が良いことを確認した上で、エルドは先ほどに続く疑問を口にした。

「ショウさんの前世が騎士、というのは」

「王家直属の近衛騎士だったんです。 でもショウってば結構な恥ずかしがり屋なので自分からは口にしようとしないので」

 向かいに座るショウは顔を真っ赤にしたまま下に向けてオムライスを口にどんどん運んで行く。そんなに急いで食べたら喉に詰まらせるだろう、とエルドが思った矢先胸の辺りを抑えてお冷やを飲み下した。

「そこまで恥ずかしがる理由も無いと思いますけどね……。 では、カオリさんの前世は?」

「お姫様」

 今まで二人の会話に入って来ようとしなかったショウが突然口を挟んだ。

「え?」

「お姫様、ですよ」

 彼にとってはカオリへの仕返しだったらしい。口の端を得意そうにつり上げるとふふんとカオリの方を見た。当のカオリはと言うとはぁ、と溜め息を付いて補足説明する。

「とは言っても小国の姫だったみたいです。 実を言うとショウの使えていた王族というのが私の前世だったらしくて……まぁ、前世からの腐れ縁は切っても切れないって感じです」

「ひ、酷いなぁ……全くもう」

 ショウがつんとそっぽを向くとカオリは「あー、悪かった悪かった」と適当な謝罪をする。しかしそれだけで二人の間の縁がぷつりと切れる、というようには見えない。

「前世の仲は今世でも惹き合う、ですか」

 二人には絶対聞こえないように呟き、エルドは魚料理に舌鼓を打った。


 腐れ縁、と言っても積もる話もあるらしく会計を済ませようとした時に、もうすぐシフト終わることをカオリがショウに告げていた。カオリの家とショウの実家は以前と変わらず近所付き合いがあるようだ。

「では私はホテルの方に戻りますので」

「僕はここでカオリを待ちます。 なんか色々とすみませんでした」

「いえいえ端から見ていて楽しかったです。 お二人は随分と仲が良いご様子で。 これからもその関係が続くと良いですね」

「……はい」

「では、また機会があればお会いしましょう」

 エルドが一礼すると、ショウもそれに応えるように一礼を返した。流石軍学校に通っているだけあってその辺りの礼儀に付いてはかなり叩き込まれているらしい。適度の力が籠った一礼だった。

 角を曲がってエルドはふと空を見上げた。日は水平線の向こうにすっかり身を隠してしまったらしい。暗い道をホテルの方向へ行きながらさて次はどの国に行こうかと思案していると……。

「きゃああああああああ!!」

 と悲鳴が聞こえた。

 出所はたった今エルドが曲がった角の先。ショウと別れたすぐ近くだ。

 踵を返し店の方へと舞い戻ったエルドは群衆がざわついているのを見た。彼らが視線を向けているのはつい先ほどエルドが夕食を終えた食堂の前。そこにはカオリの首筋に鋭いナイフを当てて人質にしている男と、それに対峙しているショウの姿があった。ショウは腰に据えていた鞘から軍刀を抜いており、その切っ先を男に向けている。

「カオリを離せ! 今なら罪は軽い!」

「うるせぇ! さっさと言った通りに車を用意しろッ! さもないとこの女ぶっ殺すぞ!」

 目が血走った男の持つナイフとカオリの肌は、髪一本程の距離しか空いていない。あれでは男がふと力を入れただけでカオリは簡単に首を掻ききられてしまう。

 だからこそショウの出来る行動は限定され、説得しようと試みているのだろう。

 幸い、エルドのことは犯人の男にとって群衆の中の一個人としか捉えられていないようだ。

 エルドはそっと、腰から下がったホルスターを叩いた。あとはショウ次第だ。

 彼にこの状況全てを見渡せるだけの冷静さがあり、こちらに気付くことが出来ればチャンスはある。思いが伝わったか、ショウの目が一瞬こちらを見た。恐らく車を誰かに用意してもらうためだろう。

 エルドと視線が合って僅かにショウの目が見開くのが見えた。ほんの僅かにエルドが頷くとショウも同じ事をした。

「分かった! 今から車を手配する! だから先に彼女を離してやってくれないか!」

「駄目だッ! 俺が逃げ切れるまでこの女には人質になってもらう!」

 ショウが苦虫を噛み潰したような顔をするのがエルドにも見えた。このまま犯人の感情が昂っては解放の機会は少なくなる、そう感じてホルスターから回転式拳銃を抜いた。

 狙いはナイフを持つ男の手。少しでも照準がずれればエルドがカオリを殺すことになる。しかしエルドは一切のプレッシャーを感じることなく、正確な照準を行うことが出来た。

 親指でハンマーを押し上げ、一息に人差し指でトリガーを押し込む。

 ハンマーが銃の雷管を叩き、弾丸が発射される。花火のような小さい破裂音を聞いた群衆は一瞬静まり返り、次の瞬間犯人の右手から血飛沫が舞うのを見た。と、同時にナイフが犯人の手から落ちた。

 エルドの射撃と同時にショウが犯人へと肉薄した。

「カオリ、目閉じてッ!」

 言うなり、ショウは地面の砂を蹴り犯人の目を潰した。

 手への激痛と突然視界を奪われたことに犯人は混乱し、カオリを掴んでいた手を離してしまった。

 拘束が解けてカオリが逃げるのを見届けてからショウは犯人の左肩に軍刀の峰を打下ろした。ゲホッ、と肺の底から息を吐き出す音が犯人の口から漏れた。更にショウは駄目押しとばかりに犯人の腹部を峰で強打した。

 重たい鉛の一撃を受けて犯人は気を失い、その場に膝を付いた。

 その一連の最中にエルドは拳銃をホルスターにしまい、火薬の匂いが消えない中一人群衆から離脱した。


 ホテルに置いてあった荷物をすぐにまとめてチェックアウトしたエルドはそのまま入国した時とは別のゲートを目指した。ようやくそれが見えて来た頃、後ろから走って追いかけてくる一人の人物がいた。

 ショウだった。

「おや? そんなに息を切らしてどうかしましたか?」

 振り返るとショウは膝に手をついてぜいぜいと息を切らした。

「あの、その、先ほどは、ありがとう、ございました」

「いえ、私はほんの少しだけお手伝いしただけですよ」

「違うんです……あの場にいてくれたことに感謝してるんです」

 ショウは何度も息を吸い、ようやく落ち着いたらしい。生唾を飲み下してエルドと向き合った。

「貴方と別れてからすぐ、カオリの店に強盗が押し入ったみたいなんです。 それで現金を奪ったあと彼女を人質に取って……。しかもその男、前世では僕とカオリの前世を殺していたみたいなんです」

「ほう」

「カオリの前世が治める国は戦争に陥って、そして敗北しました。 逃げ出す僕たち……、じゃなくて、僕と彼女の前世を捕らえて処刑したのがあの男の……」

 途中で噤んだショウは途中から謝辞を述べた。

「……前世からの因縁に思わず巻き込まれるところでした。 でも前世とは違いエルドさんがいてくれたお陰で助かりました。 本当にありがとうございます」

 ショウがあの綺麗な一礼を見せた。

「あの、何かお礼は出来ないでしょうか? 多分カオリもそれを望んでいると思うのですが……」

「お礼、ですか」

 目の前のショウがエルドの次の台詞を待つ。

「でしたらカオリさんに言伝をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「はい?」


 食堂の前で医師の軽い診断を受けてからカオリはショウが戻ってくるのを待っていた。彼は犯人を捕まえるや否や二日連続で店に来たあの客を探して飛び出していってしまったのだ。

 犯人は兵士達によって連れて行かれ、カオリとショウにはあとで事情を聞くため詰め所への出頭が命じられている。今夜はあまり眠れないことを想像すると自然に溜め息が出た。

 しかしショウに助けて貰わなければ溜め息すら付けなかったかもしれない。そう考えるとゾッとする。一人でいることに僅かな心細さを感じ始めたその時、ようやくショウが戻って来た。

「どうだった?」

「出国する直前でどうにか追いつけたよ」

「お礼は言えたの?」

 ショウはコクリと頷いた。

「それと、カオリに言伝を頼まれた」

「言伝?」

「うん。 ……アイスクリーム、どうもありがとうございました、だって。 不思議な人だったなぁ。 あれ、カオリどうしたの?」

 カオリはショウの伝えた内容を聞いて口を抑えていた。しかしそれをショウが聞いたことでいよいよ堪えられなくなったらしい。クスクスと口を綻ばせて笑った。

「あははは……はは、そっかそういうことか……」

「ど、どうしたのさカオリ」

「ううん。 なんでもない。 アイスクリームのお礼にしては随分と大切なものを貰ったようなそんな気がして、ね?」

 そう言ってカオリは空を仰いだ。本格的に夜が広がり星と月の明かりが地上に落ちている。いつも通りの夜空だが、今夜だけカオリはこの空の下にいるであろう一人の旅人のことをそっと思った。


「因縁はあれど、それは変える事が出来る……ですか」

 前世が分かる国を出てから少し、エルドは歩きながらカオリがくれたメモを見ていた。そこにはエルドの前世が書かれている。

「少し、頑張ってみましょうか」

 それを大切そうにポケットの中にしまい込むとエルドは夜空の中を進んだ。


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