その日、ネズミが空を飛んだ
その日、ネズミが空を飛んだ。
研究室にいたリリアンはルーベン教授と共にネズミが空を飛ぶさまを目撃した。
ルーベンは子供のように目をキラキラ輝かせてネズミを追う。
「す、すごい……! すごいぞこれは!」
ネズミの身体にこれといった変化はなく、壁を駆ける延長のように手足をバタつかせて空中を走り回ったソレは、窓から飛び出した瞬間低く飛んでいたフクロウに狩られて死んでしまった。
「みたかリリアン! これはすごい発見だよ!」
ルーベンは空飛ぶネズミを目の前にして随分と興奮していたが、リリアンはとても恐ろしかった。自然現象としてあってはならないことが起こっている。摂理を無視した結果、ネズミは本来あり得ない危険に遭遇して短い生涯を終えてしまった。今まで通り地面を駆けていればフクロウに狩られることもなく、もう少し長く生きられたはずなのに。
ルーベンはリリアンの不安な表情に気づかず、ネズミが消えた窓のほうばかりを見てはしゃいでいた。
「ネズミが空を飛んだ! すごいぞ! 進化の促進だ! これこそ超能力だ!」
夜9時ともなれば日は完全に沈んでおり、窓の外には暗い闇夜が広がっている。リリアンは大きく息をのみ、闇の向こうを睨みつけた。
――超能力を持ったネズミなんて、自然の摂理に反してる……
はしゃぐルーベンの背中を見つめ、言いたい言葉を生唾と一緒に飲み込む。リリアンはこの時途方もない恐怖に大きな騒動の気配を感じ、大きく身体を震わせた。