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短編

欺瞞愛

作者: RK

「食事の時間ですよ」

 食事のトレーをもって部屋に入ってきたのは若い男だった。丁寧な口調で人あたりのいい笑みを浮かべているその男性はベッドの横にある机にトレーを置いた。

「それからこちらが頼まれていた本です、どうぞ」

「ありがとうございます」

 私は足が動かせないので上半身だけを起してその本を受け取る。以前から読んでいたシリーズものの本だ。こんな状態になってからは本を読んでいなかったので男に感謝の気持ちを伝える。

「お気になさらずに」

 それから男に見守られて食事を取る。少し前まではとても食べれたものではない食事も、今は普通においしいものになっていた。

 残すことなく食事を終えると生理反応が起きる。催したのだ。

「あの…」

 私は動くことができないので男に催したことを伝えなくてはならない。いつになっても恥ずかしいのは仕方がないことだろう。赤い顔をして俯いていると、男は察したのか立ち上がり私を抱きかかえた。

「トイレですよね?」

「ええ…」

 阿吽の呼吸というか以心伝心というべきか、こちらの気持ちをわかっている。打てば響くとはこのことだろう。

 逞しい腕に抱かれてトイレに連れてこられる。

「用を終えたら声をかけてください。外で待ってますので」

「ええ」

 用を終えてから少しの間、ボうっとする。ふと、今の状況がまるで長年連れ添った夫が介護をしてくれているような関係ではないか、と考えてしまい赤面する。ブンブンと頭を振ってその思考を追い出す。

「どうしましたか?バタバタしていますが」

「いえ、なんでもないです!」

「…?そうですか。用は終えましたか?」

「ええ、大丈夫です」

 再び抱かれてベッドに戻る。移動している間、カチャカチャと擦れる音だけが響く。

「何かあったら呼んでくださいね」

「はい」

 ベッドに下ろされて少しだけ寂しさを感じる。男も同じ様子だった。だがお互いそのことは言わず、私の足元を正して声をかけただけだった、男はそのまま部屋を出て行った。

 胸がドキドキしている。これは恋だろうか?

 相性がいいのか、それとも彼をよく知ったからなのか、彼があんなにも嫌いだったのに今では恋しいのは不思議だ。

 思いを伝えるべきか、それを悩んでいる私はまるで恋する乙女のようだ。バタバタと足を動かす。あまりの恥ずかしさに悶え死にそうだ。

 そんな時、何やら外が騒がしくなった。

 ドンッ!と大きな音が聞こえた。それから叫び声が聞こえる。男の怒声が響き、知らない男の声がそれに怒鳴り返す。

 そして空気が破裂したような音が聞こえた。

 嫌な予感がした。ドタドタと部屋を踏みあらす音が聞こえる。私は布団をかぶって身を竦める。

 扉が勢いよく開かれた。

「大丈夫か!?」

「ひっ!」

 制服を着た男が詰め寄ってくる。鬼気迫る表情に圧倒されて身を竦める。

「た、助けて…」

 若い男に助けを求める。しかし男は勘違いしたのか私を安心させるように声をかけてくる。

「もう大丈夫だ。あの男は私が撃った。もう何も心配はいらない。立てるかい?」

 あの人が死んだ?信じられない言葉を聞いたようだった。ショックは大きく放心状態になる。

「ん…、こんな風に動けないようにされて可哀想に…」

 男が何か言っていたがもうなにも耳に入らなかった。

 それから私が目を覚ましたのは一週間後だ。

 今ではあの時の自分をおかしいとわかる。

 私は監禁されて、あまつさえその加害者を好きになっていたのだから。

 だが、それと同時に感謝している。

 そういうふうになっていなければ私は恐怖に縛られていただろう。

 生きるために、私は心を作り替えたのだ。

 足を縛られ動けなくされた時、心を恐怖に縛られないように。

 私は自分の足で本屋に行った。

 知らないあいだに私の読んでいた本のシリーズは3作品も進んでいた。

 私を縛るものはいまはない。

 心行くままに自由を謳歌しようと思う。

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