7.キャンプ一日目(バスにて前哨戦)
こんばんは。
いつの間にやら、お気に入り登録1900名様突破だなんて……!
嬉しくて嬉しくて……そして恐れ多くてガクブルです。頑張ります。
底辺字書きくもま、皆様の優しさに支えられておりまする!
伯母・幸子としばし距離を取る事になった切ない六月を、無事とは云い難いながらも終えた。
そしてあれやこれやと準備をしている間に、キャンプ当日になっていた。
「時間が過ぎるのは早いな……心の準備が……」と、若干遠い目をしてしまう龍治である。
さらには玄関先で両親と使用人総出で見送られ、「いや、二泊三日なんだけど……」などと思ってしまう。これも遠い目になってしまう理由の一つだった。
母には「風邪を引かないように。怪我をしないように。変な虫を見つけても喜び勇んで捕りに行かないように」と事細かく突っ込みどころのある言葉を貰い、父からは「気を付けて。楽しんできなさい」と珍しく普通の見送りを受けた。ただ、柾輝には何か別の事を云っていたようだが。
「父さんから何云われてたんだ?」
「はい。いつもと同じく、龍治様をお守りするようにと」
「あぁ、そう……」
龍治は心の中で「学校行事で泊りの時まで同じ事しか云わんのか糞親父! もっとこう……お前も気を付けてな、とかあるだろ!」と罵りながら、表では笑顔で「サバイバルでもあるまいし、危険な事なんてないさ。一緒に楽しもうな」と返すのだった。
*** ***
乗り込んだバスは、ゼンさんの記憶が「うぼぁ……」と呻くほどのものであった。
小学生がキャンプに向かう為に乗るバスではない、と前世記憶から知識を引っ張りだすまでも無く、龍治でも思う。
初等科は人数が少ない方とは云え、座席全部リクライニングは無いだろう、とか。約一時間半で着くのにプライベート空間演出のカーテンはいらん、とか。横は三列になってて空間ひろびろゆったりとか必要ないだろ、とか。悉くいらんサービスと演出てんこ盛りである。さっそく頭が痛い。
「龍治様、窓側で宜しいですか?」
「あ、うん。頼む」
ゼンさん記憶によると、学校行事のバス移動の場合、短時間であっても事前にクラス会などで話しあったりくじ引きで決めていたりしているのだが。龍治たちの場合は当てはまらない。
なんとなくではあるが、クラス内の序列が決まっているため、序列が上の者から選んで座って行くと云う形になっていた。なんだか世知辛い社会の縮図を幼いうちから味わっている気分である。
龍治は問答無用で最上位者なので、世知辛いと云うより、味わわなくてもいい罪悪感を覚えるような、不思議な感覚であったが。
「二人は隣り同士で座るよね? じゃ、僕こっちに座ろっと」
「花蓮様はどうなさいますの?」
「実は昨夜、あまり眠れなくて……。わたくし、寝てしまうと思うのです。一人で座って宜しいかしら?」
「まぁ、大丈夫ですか花蓮様?」
「こんな事もあろうかと、私、アイマスクを持参しておりますわ! お使い下さい!」
「あら、ありがとう、恵理香様。嬉しいわ」
龍治、柾輝と同じ班である、禅条寺玲二と東堂院花蓮、鬼塚恵理香と浅井莉々依も揉める事無くさくさくと席を決めて行く。
場所は前から二番目。二列の窓側に龍治、隣りが柾輝、その隣り一列側に玲二。女子はすぐ後ろで、龍治の後ろに恵理香、隣りが莉々依、そして花蓮が一列側だ。
(遠いな……)
別に婚約者だからと云って、いつでも隣りにいる必要はないけれど。むしろいつも隣りに居るのは柾輝だから、いつも通りと云えばいつも通りだけど。
なんとなく寂しいな、と思うのは、仕方ない事である。別に柾輝が隣りで厭な訳じゃない。花蓮が遠くて寂しいだけだ。
まぁどうせ、バスから降りればずっと側に居るのだろから、構わないのだが。座席如きで喚くのは格好悪いだろうし。
恵理香から可愛らしい花柄のアイマスクを渡され嬉しそうにしている花蓮を見ながら、龍治は小さく笑みを浮かべた。これから三日間、帰るまでずっと一緒かと思うと、やはり嬉しいのだった。
龍治達が座れば、次の生徒達が入って来る。眞由梨達の班だった。龍治を誘いに来たメンバーで組んだのか、眞由梨と似た強気な感じの女子達が乗り込んで来る。
そして、案の定と云うか、眞由梨が柾輝に文句を付けた。
「柾輝さん、そこをお退きなさいな」
「……は?」
「龍治様のお隣りはわたくしの席です。使用人ごときが当たり前に収まるなど図々しい。さっさと退きなさい。後が詰まってますわ」
柾輝の顔が歪む。それは分かりやすく、「不愉快です」と云わんばかりに。
普段柾輝が浮かべる表情は、笑顔か、困惑か、無表情の三種類だ。龍治ですら、この三種類の他は僅かにしか見た事がない。岡崎家の人間たるもの、相手に感情を易々と読み取らせる事ならず、と幼い頃から云われ続けた結果らしい。やはり岡崎家の教育怖いなと龍治は思う。
して、その柾輝が顔を歪めたのだ。これは相当頭に来たな、と即座に理解した龍治が眞由梨を止めようとしたが、それより先に花蓮が云った。
「およしなさい、眞由梨様。見苦しいですわ」
「……なんですって?」
「柾輝様は綾小路の小父様がお認めになった、正当な龍治様のお世話役です。お隣りに座るなど、当たり前の事でしょう。見苦しい嫉妬はやめて、別の席にお行きなさいな」
「……っ、……あらぁ、そう云う貴方はとっても遠くに座ってらっしゃるのねぇ? 龍治様にはじかれたのかしら? ごしゅうしょうさまぁ」
「龍治様がそのように幼稚なマネをなさるはずがないでしょう。ふざけないでちょうだい」
小学五年生とは云え。美少女二人が互いを鋭い眼差しで睨み付け、親しみ感ゼロの言葉の応酬をする光景は「怖い」の一言に尽きた。しかもそこに、「花蓮様に無礼な口を!」と怒りを顕わにした恵理香と莉々依、さらに眞由梨の取り巻き四人まで加わるのだから怖かろう。
柾輝も玲二も強張った顔で女子の対立を見つめ、後が詰まってると云いに来たらしい教師は顔をひきつらせた後、龍治へ助けを求めるような視線をよこした。
龍治は溜め息を一つついて、――手を一度叩いた。
緊張した空間に乾いた音が響き渡り、全員がハッとした顔で龍治を見る。龍治はその場で立ちあがると、問題の女子達を睥睨した。
「眞由梨、俺の隣りは柾輝の席だ。お前は別の席へ行け」
「ですが、龍治様……!」
「二度は云わない」
「……っ」
眞由梨は下唇を噛み締め、小さく龍治に頭を下げると後部座席へと向かった。その後を、取り巻き達が慌てて追いかけて行く。
「花蓮」
「は、はい」
「柾輝を庇ってくれた事は感謝する。けど、余計な火種を撒くな。お前の悪い癖だ」
「はい……ごめんなさい……」
花蓮はしゅんと肩を落とした。恵理香と莉々依も、しょんぼりと眉を八の字にしている。
眞由梨が花蓮をライバル視しているのは勿論だが、花蓮とて眞由梨に敵愾心を燃やしていた。自分の婚約者にあからさまな好意を向け、横から奪おうとしているのだから仕方ないかも知れない。
しかし、同レベルでやりあわれたら、龍治とて両方を叱責しなくてはならない。婚約者とは云え、見え見えなえこ贔屓は別の敵を作るからだ。特にこうして、他の者達にまで迷惑をかけた際には、きちんと云わなくては周りが納得しない。
それでも、やはり婚約者は大切なので。
他の生徒達が席を決めている間に、龍治は上着のポケットに入れていた飴玉を、ぽいっと花蓮の膝の上へ向けて放り投げた。突然落ちて来た飴玉に驚いた花蓮は肩を跳ね上げた後、慌てた様子で龍治を見る。
「俺の従姉妹が我が侭云って、迷惑かけた。悪かったな」
ついでに柾輝達にも渡すと、たかが飴玉なのに四人とも嬉しそうな顔になった。飴玉が好きなのだろうか。沢山持って来たからまた後であげよう。一人で決めて、龍治はうんうんと頷いた。
ようやく周りが落ち着いて来たので席に座ろうとして、その前にチラりと花蓮を見る。
花蓮は。
頬を赤く染めて幸せそうに目を細めながら、飴玉をまるで宝物のように両手で握りしめていた。
*** ***
出発前に小競り合いがあったものの、バスが走り出せば和やかなものである。
花蓮は本当に眠かったようで、龍治達に一声「おやすみなさい」と声をかけるとカーテンを引いて――要らんと思っていたが、なんと役に立った――早々に寝入ってしまった。向こうにつけばすぐハイキングがあるので、賢い選択であると龍治は思う。眠気でふらふらな状態で出来るほど、山登りは優しいものではない。
恵理香と莉々依は主役が眠ってしまったので、二人でブランドの服や化粧品、お菓子の話で盛り上がっている。女子らしくて良いと思うが化粧はまだ早い。憧れるのはいいが手を出すのはやめておけと、後で余計な御世話をしようと心に決める龍治であった。
「あ、そうだ。龍治君、柾輝君、このチョコ美味しいよー。食べてみて!」
「お、ありがとう」
「ありがとうございます」
柾輝と話していた玲二が、思い出したようにウェストポーチからチョコの包みを出した。柾輝経由で龍治に届いたチョコは、――庶民のお供、チロリチョコだった。しかもキナコ餅味。
「――どこで入手した?! むしろ、どうやって入手した!」
「いや、うち、道場だから。そこそこ金持ちだけど、皆みたいに庶民のおやつ禁止令は出てないから。普通にコンビニで買ったよ」
「羨ましい!」
ぐぬぬと唸ってしまう龍治である。
ゼンさん記憶のお陰で舌が肥えつつも庶民派である龍治だが、甘やかしながらも厳しい所は厳しいお家故に、伯母と一緒でないとこう云ったものにありつけないのだ。曰く、綾小路家の者が口にしてよいものではない、と。毒が入ってる訳でもないのに、そんな事云われても困る。
そうして禁止されている物がコンビニで普通に買えるなんて、身悶えレベルで羨ましい話だった。
「嬉しいです。僕も好きですよ、チロリチョコ」
「柾輝君、食べた事あるの?」
「はい、以前に龍治様がお土産に下さいました。幸子様――龍治様の伯母様と御一緒に出かけられた際に、こうしたものを買ってきて下さるんです」
「へぇー。あ、そのキナコ餅味、僕のお勧めでね――」
また話に花を咲かせる二人を、龍治は横目で眺める。
柾輝は基本、こうして人がよい笑顔で和やかな会話が出来るのだ。ただ何故か、龍治が居ると排他的になる。まるで羊を守る牧羊犬のようだな、と云ったのは誰だったか。そして誰が羊だ、誰が。
チロリチョコの種類について、熱心に柾輝へ説明をする玲二を見つめて、こてんと首を傾げる。
どうしても――どうしても、一致しない。
(玲二って――……あの『禅条寺玲二』なのかぁ?)
龍治の中にある前世の記憶の中で、特に無視できない情報である乙女ゲーム『世界の全ては君のモノ』。
このゲームには『綾小路龍治』『岡崎柾輝』『東堂院花蓮』と云う自分達と同じ名前、容姿、境遇のキャラが登場しており、それにより龍治は本来抱かなくてもいい「三人の離散」と云う恐怖を抱くハメになっているのだが。
そのゲームには『禅条寺玲二』と云うキャラも存在した。字は間違いなく同じであり、武家の血筋である道場の子と云う境遇も同じだ。
だがしかし、他の情報が一切全く一致しないのである。
(『禅条寺玲二』は、金髪碧眼の美青年。武道は幼い頃、父親に大怪我をさせられた事がトラウマになって辞めている。それからは詩や音楽などに傾倒し、その整った容姿から異国の貴公子のようだと女子生徒から人気を集める。『綾小路龍治』を敵視していて、ヒロイン争奪戦への参戦も最初は『龍治』への対抗心からだった――)
つらつらと、ゼンさん記憶にある『禅条寺玲二』の情報を思い浮かべる。
どれもこれも、本当に全くと云っていいほど一致しない。
(泥沼展開が多い中で、唯一マトモさを失わない攻略キャラであり、少ないがギャグ要素もある。『龍治』を敵視するあまり空回りする事が多く、その事でヒロインに慰められ、徐々にヒロインへの好意を深めて行く。ルート中、ヒロインが『龍治』へ関心を向けると少しヤンデレ気味になるが、他キャラと違いすぐ元に戻る上に泣いて謝るヘタレキャラ。ヒロインに捧げる詩を作ったり、楽器演奏アピールが多いことから、ファンから「吟遊詩人さん」、もしくは『龍治』と対極に居るキャラと云う事で「太陽王子」と云うあだ名が付けられている。腐の人達からは愛情をこめて「バカ王子」と呼ばれる事もあり、と)
これが、大まかな『禅条寺玲二』のキャラ情報だ。
しかし、実際の玲二とは名前と実家以外全く被らない。
玲二は黒髪黒目の市松人形仕様。今も武道を頑張って修めようと修業中。詩にも音楽にも深い興味はない。極めつけは、龍治とは良好な友情を築いていて、敵対関係になどない。
(いや、最後のは……今後どうなるか分からないけどな。俺は玲二を好ましいと思っているけれど、何か些細な切っ掛けで仲違いするなんて、よくある話だし)
そうなったら哀しいので全力で回避したい所だが。世の中何があるかわからないので、覚悟はしておいた方がいいかも知れないなと、龍治は重い溜め息をついた。
ついて――何を考えているのだ自分は、と呆れた。
(自分でここはゲームの、『せかきみ』の世界じゃないって、判断したじゃないか)
なのに気付くと『せかきみ』の物語を思考の中心に置いてしまっている。確かに、あまりにも合致する要素が多すぎて「警戒は必要」に違いないのだが。
――ゲームを基準にするのは、流石に行き過ぎな気がした。
龍治たちは今ここで、“生きている”。ゲームの世界ならば、そんなもの、いらないだろう。自分達は確かに現実を生きていると、龍治自身が確信しているのだ。だからここは、ゲームの世界などではない。
あくまで、影響を受けた、酷似した世界であると、考えるべきなのだ。
(このあたりはゼンさん記憶の弊害かもなぁ……)
前世の人がやり込み、盛大にハマり、薄い本を作ったり買い漁ったり、さらにはオフ会にまで参加するほどの入れ込みようだった記憶が強烈すぎるのが問題かも知れない。
あまり検索したくない記憶の群れだ。特にオフ会。垣間見た記憶に盛大にぶっ倒れた事があった。詳しくは云わない。ただ一言云おう――……女の人って怖い、と。
「ねぇ、龍治君はどの味が好き?」
「ん?」
「もう、聞いてた?」
「あ、悪い。少しぼーっとしてた」
「大丈夫ですか、龍治様? お疲れでしたらお休みになられた方が……」
「ん、大丈夫だ。気にしなくていい。悪いな玲二、なんだった?」
心配してくれる柾輝に笑いかけてから、玲二に目を向ける。玲二は少し頬を膨らませていたが、すぐに笑顔に戻って話を再開した。
「チロリチョコで何味が一番好きかって話してたんだ」
「あぁ……俺は抹茶あずきかな」
「龍治君渋いねっ」
「そうか? 美味いだろ、抹茶あずき」
「僕も好きですよ。お抹茶のチョコ」
「やっぱり定番のミルクチョコがよくない?」
「定番も大事だな。基本、基礎、定番がよく出来ているから、変則の味が生きて来る」
「あ、それならさぁ――」
女子と同じくお菓子の話題で盛り上がりながら、バスは一路目的地へと向かう。
ゼンさんの記憶にあるような、後ろの席の子と喋っているうちに気分が悪くなるだとか、皆でカラオケだとかはなかったが、それでも、楽しい事に違いはなく。
ゼンさんの記憶が、「よかったねぇ」と笑っているような気がした。
花蓮vs眞由梨の前哨戦でしたw
龍治の事を除いても、この二人相性悪そうだなと書いてて思いました……
※台詞を一部訂正しました。