6.幸子伯母さまと喫茶デート
どこかで見た事あるお店が出て来ると思いますが、気のせいです。←
様々な感情が入り混じったクラス替えから約二ヶ月後――すっかり梅雨入りした六月である。
やはりと云うか、従姉妹の風祭眞由梨が事ある毎に纏わりついて来て辟易気味の綾小路龍治であった。
自分と柾輝の努力と周囲の助力のお陰で、大体はかわせたり逃げられたり追い返したり出来ている。
しかし所詮は小学生、完璧には行かないし、完璧であったらそれはそれで問題になってしまう。
相手は家格の高い――綾小路には及ばないが――風祭家のご令嬢だ。教師を含め、強く物を云える人間は少ない上に、甘やかされまくった彼女は基本的に人の話を聞かない。更には注意される事を凄まじく嫌う。云おうものなら「この私に意見なさるおつもり?」とかなり高圧的に来るので、大体の人間は一歩引いてしまうのだ。
眞由梨の愛しい人らしい龍治の話はそれなりに聞くのだが、伯母の嫁ぎ先である風祭家の令嬢を綾小路家の嫡男が邪険に扱うのは宜しくない。なので、容赦なしに叱責すると云う訳にも行かない。龍治があまりに強く「眞由梨が気に入らない」と態度に出すと、どこからか父の耳にそれが入り、最悪龍治の知らない所で風祭家がぶちゅんと潰されかねないのだ。
あの父ならやる。龍治のためならやると断言出来るのが恐ろしい。そのような展開はいくら何でも、己の精神衛生上宜しくなさすぎる。
(まぁ、逆鱗に触れて来たらブチ切れる自信があるが)
主に、花蓮の事とか、柾輝の事とかである。
眞由梨にとってはライバルに当たる花蓮への態度は、当然きつい。しかし、前世記憶ありの龍治の逆鱗に触れる程でもない。つんとそっぽを向いたり、失敗の揚げ足を取るくらいだ。一々怒ってたらキリがないし、怒るくらいなら花蓮にフォローを入れる方がよほどいいと云う事である。しかし、それでも度を越すような事もある。その際は龍治が低い声で「おい」と声をかける訳だ。すると眞由梨は、「あらごめんなさい、云いすぎましたわ」とさらっと謝って終わらせてしまう。
なんと云うか、眞由梨は頭はいいのだろう。なんだかんだ云いつつ、花蓮が綾小路を始めとした関係者に認められた龍治の婚約者である、とわかってはいるのだ。ただ、納得はしていないから、「真の婚約者は自分だ」と云って譲らない。賢い我の強い女は、非常にやりにくい相手である。
さらに眞由梨の嫉妬対象は、花蓮だけに留まらない。常に一緒に居る柾輝にまで向いている始末だ。
龍治との接触を頻繁に邪魔すると云うのもあるだろうが、自称龍治の取り巻き達からの情報によると、岡崎家如きの人間が、龍治に一番信頼され仕えていると云うのが気に食わないそうだ。なんだそりゃ、と思わず顔を顰めた龍治である。
岡崎家は確かに風祭家には劣る家格だが、その有能さは数多の家のお墨付きだ。自分の秘書や世話役に岡崎家の人間を望む人は多い。「岡崎家の人間なら誰でもいい!」とか云い出す阿呆まで居るくらいだ。
誰でもいいとはなんだ、相手の人格を無視するとは失礼にもほどがある、と龍治などは憤慨するのだが、柾輝曰く「云われ過ぎて当たり前な言葉」らしい。むしろ岡崎家の人間は誰でも優秀だと云う称賛に当たるのだとか。そう云われても納得が行かないのだが、それは置いておく。
つまり、それほど切望される岡崎家の人間である柾輝を、“如き”呼ばわりはどうにも納得がいかない。
その辺は禅条寺玲二曰く、
「ようは、自分の好みのタイプじゃないから、龍治君の側に置きたくないんじゃない?」
龍治周りの人事に対し、個人的な好き嫌いを口に出すとか。既に正妻気どりか。冗談ではない。
かなりイラっと来た龍治であった。
さて。
大分腹が立っている龍治であったが、本日はそれなりに機嫌がいい。
それと云うのも、七月頭にある二泊三日のキャンプにおいて、自分にとって最高に好ましい班編成になれたからであった。
事前情報で、班の人数は最低四人、最高六人で自由に組んでいいのだと知っていた。故に、眞由梨が云い出す前に、ちゃちゃっと根回しをしておいたのである。
根回しとは云っても、別に複雑な事など一切していない。四月の段階で、柾輝と花蓮は当然の事、玲二と花蓮の友人である鬼塚恵理香と浅井莉々依の二人にも、「キャンプの班、一緒になろうぜ」と声をかけておいただけである。
龍治の気の早すぎる言葉に、全員が「あ……っ」とお察し顔になったのは云うまでもない。そして快く了承してくれたのも、云うまでもない事だ。
そんな訳で。
本日の班決めでは、実にスムーズに龍治たちの最大人数の六人班は決定した。勿論、眞由梨が何も云わなかった、などと云う事はない。龍治達が席を立って女子陣の方へ行こうとした時、取り巻き四人を連れた眞由梨が目の前にやってきた。
「龍治様! キャンプの班はわたくし達と一緒になりましょう?」
「間に合ってます」
つい、新聞勧誘を断るような台詞になった。ぶふっ、と誰かが噴き出した音がした。
どうやら断られるとは思っていなかったらしく、目を見開いて驚き硬直している眞由梨の横を通り抜ける。塞ぐように立っていた取り巻きの少女たちが邪魔だったので視線を向けると、彼女達は顔色を青くしながらさっと避けた。当然だと、龍治は鼻からふんっと息を吐く。
(と、云うか。何でそんな自信満々なんだ、眞由梨は……)
断られる事を想定していなかった驚きように、龍治の方が正直驚いてしまう。
もしや自分の見立て違いで、眞由梨は本気で「自分こそが真の婚約者」だと思い込んでいるのだろうか。だとしたらかなり危ういと云わざるを得ない。
(念の為、幸子伯母様に云っておくか)
明るく頼りになる美貌の伯母を思い浮かべながら、龍治はチラりと眞由梨に視線をやる。
眞由梨は案の定――憎々しげに、花蓮を睨みつけていた。
*** ***
軽く一悶着はあったものの、その後の班決めも班内での話し合いもすんなりと終わった。
班長は当然のように龍治に決まり、副班長は女子代表の花蓮に決まった。班内の人間関係も良好。これはキャンプが楽しみだと家に帰ると、サプライズが待っていた。
「龍治さん、柾輝さん、お帰りなさい」
「龍ちゃん、柾輝くん、お帰り!」
「ただいま……って、幸子伯母様!」
そこにはいつも通り出迎えてくれる母と、眞由梨について相談しようと思っていた美貌の伯母が立っていた。
柾輝も知らなかったらしく、挨拶をしながらも途惑った顔をしている。
「どうしてうちに……あ、今日会う約束してましたっけ?」
スケジュール管理はほとんど柾輝に任せているが、自分の予定くらいはきちんと頭に入れている。今日は伯母と会う予定ではなかったが見落としたかと慌てる龍治に、幸子はけらけらと軽く笑った。
「ううん、あたしが突然来ちゃったのよ。竜貴さんにも会いたくって」
「そうでしたか」
「そうそう。さ、龍ちゃん、伯母様とデートしよっか?」
にこりと微笑む幸子伯母は、どう考えても三人の息子と娘一人を産んだ子持ちには見えない。未だに眞由梨と歩いていると姉妹に間違われる、と云うのもお世辞ではなく納得と云うものだ。
父の姉である幸子には、当然件のお祖母様の血が流れている。故に、顔の造形が少々日本人離れしているが、異国の血を最も感じさせるのはやはり瞳の色だろう。
髪の色は緑がかった黒なのだが、瞳の色は龍治と同じ蒼なのだ。切れ長の蒼い目は氷を連想させ、少女時代は「氷姫」と呼ばれていたと聞いている。最も、性格の方は氷とはほど遠く、まるで太陽のように明るいのだが。
「丁度よかった。俺も話したい事があったんです」
「りゅ、龍治様……」
「柾輝、留守番頼むな。母さん、夕食までには戻ります」
「はい、気を付けてね龍治さん」
今日は習い事の無い日だったので、伯母からの誘いを喜んで受け入れる。夕食まで庭でも散策しようかと思っていたので丁度良かったと、龍治はランドセルを降ろしながら笑う。母の側に控えていた使用人が「お預かり致します」と受け取ってくれたので、礼を云って任せた。
「お義姉様、龍治さんをお願いしますわ」
「はぁい、任せて頂戴な。さぁ、行きましょう龍ちゃん!」
「はい、伯母様。じゃぁ云ってきます」
母と柾輝にひらっと手を振って外へ向かう。
柾輝を連れて行かないのは、伯母と二人きりで話したいからでもあり、ずっと自分の側に居て休む暇もない柾輝に休憩をさせてあげたいからだ。放っておくと、働き通しなのだ、柾輝は。
伯母には常時三人の護衛が付いているから身の安全は保障されていると云ってもいいし、特別危険な場所へ行くわけでもない。龍治の行動に目を光らせがちの父も、「姉さんが一緒なら、大丈夫だろう」と柾輝を連れて行かない事も許してくれている。
まぁ、龍治に許しがなくとも、伯母が強引に許可をもぎとるだろうが。怖いものなどこの世になさそうな父・治之であったが、唯一、己の姉には弱い事を龍治はよくよく知っていた。
「今日はどこにしようかしらねぇ」
「夕飯は家で食べますから、お茶飲むくらいですかね」
「ならあそこね!」
みんなの「いってらっしゃい」を背に受けながら、龍治は伯母と手を繋ぐ。
母の細く冷たい指先と違い、伯母の指は力強くあたたかで、その違いがなんだかくすぐったかった。
*** ***
そうして伯母に連れられて来たのは、コーヒー一杯に千円以上取るような一流ホテル喫茶店――ではなくて、季節のお勧めアイスカフェオレ(R)が三百十円のコーヒーチェーン店「カフェ・ド・マリエ」である。
光を最大限に取り入れる為、出入り口は壁ではなくガラス張りとなっている店内は明るく、若い女性が多かった。勿論、恰幅のいい中年男性もいるし、母親に連れられた幼い子供もいる。しかし店の中は騒がしさとは不思議と遠く、穏やかな雰囲気が漂っていた。
本日は民族風の曲が流れており、龍治は家より硬いソファに体を預けて、はふ、と溜め息をついた。その溜め息を無かった事にするように、伯母に買って貰った温かいカフェモカを一口飲む。
もう六月なので外は日本特有の蒸し暑さに支配されつつあるが、店内に入ると涼しいどころか寒い。これで冷たい飲み物を飲んだら内臓冷やして体に悪い、とゼンさんの記憶が云うのだ。
内臓を冷やすと宜しくないと云う知識があるせいか、龍治は季節に関係なく温かい飲み物や食べ物を好む傾向にあった。汗をかいた後は、流石に冷たいお茶や水、スポーツ飲料を飲むけれど。
「ふぅ、ここのカフェモカは美味しいわねぇ」
「はい、美味しいです」
「ふふふ、龍ちゃんが伯母さんと同じ好みで嬉しいわぁ」
家族じゃだーれも付き合ってくれないのよー、と伯母は頬を膨らませて云う。それに龍治は、つい笑ってしまった。
「で、龍ちゃん、話って何? うちの娘がまたなんかやったぁ?」
「やらかしてるのは毎度の事ですので、一々云いませんよ」
「ごめんね。悪い子じゃないんだけど、悪意はあるのよ」
「伯母様、フォローになってません」
ほほほ、と品よく幸子は笑う。
もう、と呟きながら、龍治はカフェモカと一緒に注文したクリームロールにさくっとフォークを差した。たっぷり詰まったクリームとふかっとしたスポンジを口に入れると、強い甘味が口に広がった。このダイレクトさが良い、と龍治も伯母も思っている。
龍治も伯母も、育ちのお陰か舌は大変肥えている。しかし、グルメではない。美味しいと思うものは美味しいとはっきり云う。
例えそれが、上流階級の人間からすれば安すぎて顔を顰める様なものであってもだ。
彼らにとってはファストフードなど論外だ。人の食べ物ではないとさえ思っているだろうし、そう思うようになる環境にあるのだから仕方ないと云えば仕方ない。
そんな環境の中、伯母は幼い頃から“そう云う食事”に興味津津だったらしい。隙を見て抜け出して、とあるハンバーガーショップでハンバーガーとシェイクを食べて一気に目覚めたそうだ。しかし周りには同調してくれる相手はいない。むしろ、「そんな物を口にするなんて!」と叱責される始末。
故に伯母は長い間寂しい思いをしていたのだ。
長い孤独の後、自分の甥っ子が――前世記憶有と云う反則技故とは云え――同じ嗜好持ちであったなら、それは可愛かろうな、と龍治も思う。幸子からべたべたに甘やかされている自覚はある。
「最近じゃ反抗期真っ盛りでねぇ。母親の云う事なんて聞きやしないのよ」
「そうなのですか?」
「内心じゃ口うるさいババア呼ばわりだと思うわねぇ。まったく、皆して甘やかすから」
「風祭のおばあ様もですか?」
「あのばーさん、むしろ甘やかし筆頭よ。私の事はさーんざんいびって来たくせに」
龍治の記憶にある“風祭のおばあ様”、つまり眞由梨の父方の祖母は、躾けに厳しいお局様のようなおばあ様、と云う印象だ。龍治自身は叱責された経験はないが、風祭の人間が厳しい言葉を浴びせられて居るところを何度か見た事がある。
「そりゃ龍ちゃんの事は可愛いわよ。うちのお母様そっくりだし、優秀だし、良い子だし」
「そうですか?」
「そうそう。お義母様達の世代にとって、うちのお母様って憧れの存在だったのよぉ。それこそアイドルって云うの? 高嶺の花ーみたいな。お友達になりたい、親しくなりたい、って熱烈に思ってたお嬢様方が山といたらしいから。まぁ娘の私から見ても美しくて気品があって優しい方だったしね」
確かに、肖像画で見たお祖母様は美しい方だったが。顔貌は母のクローンだと思っている龍治からすれば、「お祖母様そっくり」と云うのは疑問だ。色は確かに遺伝しているけれど。
「って、話がそれちゃったわね。で、話って眞由梨の事じゃないの?」
「あぁ、えっと眞由梨の事なんですけど――」
龍治は今日学校であった事や、眞由梨が本気で自分を「龍治の真の婚約者」と思っているのではないかと云う危惧を伯母へと伝えた。
話している最中、うんうんと頷き、たまにチーズケーキやカフェモカを口に運び、黙って聞いてくれていた幸子は、話が終わると「あー……」と気の抜けた声を上げる。
「ごめん、それ、私のせいもあるかも……」
「えっ」
「正確に云えば、こうして龍ちゃんと仲良くしてるから?」
「あー……」
龍治もまた、幸子と同じ気の抜けた声をあげた。
「勿論、一番の理由は莫迦旦那を始めとした風祭の人達のせいだと思うわよ? 散々甘やかして、眞由梨をけしかけてるしね」
「本当ですか?」
「本当よ。ったく、あの莫迦。私を嫁に貰えただけで満足しときなさいって話なのに、欲張って自分の娘まで綾小路に押し込むつもりなのよ?」
「それは……父が許さないでしょう」
「許さないって云うか、もうバッサリ切られてるわよ」
「えっ」
それは初耳だった。
驚く龍治に、溜め息を交えながら伯母は続けた。
「花蓮ちゃんが婚約者だって発表された後にね、お祝いに行くとかいいながら、うちの眞由梨の方が相応しいとか売り込みに行ったのよね」
「あーぁ……」
「あら龍ちゃんったらお察し顔。でもその通り。治之にね、きっぱり云われたのよ。「君の所には私の姉である幸子を行かせた。なのにまた、君の娘を龍治の嫁に取れと? そこまで深い関係にならねばならないほど、風祭は綾小路にとって重要な相手では無い」って」
「Oh……」
思わず、欧米風リアクションを心の中ではなく口に出してしまった。
諦めの悪い風祭伯父に対してか、それとも、姉の嫁入り先を「重要じゃない」と切り捨てた父に対してか――両方だろうと自覚して溜め息を着く。
「ま、私が風祭へ嫁に入ったのは、当時の時勢とか各家の事情とか色々絡んでたからねぇ。治之にとっては、姉の私さえ無事ならそれでいい、くらいの勢いよ。いざとなったら私を出戻りさせて、風祭潰すくらいするわね。あの子、あぁ見えて……って云うか、見た目通り怖いから」
「その父をあの子呼ばわり出来る伯母様も怖いですよ」
「だって唯一の姉だもの。強気にもなれるわよぉ」
「はぁ……」
「私だってあの莫迦旦那に愛着がない訳じゃぁないし、産み育てた子供達は可愛いから、弟にそんな事して欲しくないけれど」
「俺も良心がとがめるので止めて欲しいです」
「本当にね。でも、うちの莫迦旦那もいい加減どうにかしないと」
大きく溜め息をつく伯母に、龍治は首を傾げる。
伯母は僅かに疲労を滲ませながら、流し眼で龍治を見た。
「治之にばっさり切られたのに、諦めきれないのね。眞由梨をけしかけてるのは、龍ちゃんさえ靡いてくれれば、花蓮ちゃんと婚約解消、うちの眞由梨を真の婚約者に、って考えてるからなの」
「伯母様の旦那様に対してなんですが……殴っていいですか」
「私がもうぶん殴ったわよ」
「さすがです、伯母様」
「それでも諦めないのよね。その根性、別の事に使って欲しいわ。旦那以外の連中は、「可愛い眞由梨の初恋を叶えてあげたい!」とか変な方向に面倒くさくなってるし」
「め、面倒くせぇっ……!」
「まったくよ。それで、まあ、私と龍ちゃん仲いいじゃない? 眞由梨もそれは知ってるから、それも誤解と思い込みに拍車をかけてる気がするのよね」
「あぁ……」
伯母とは食友と云う奴なので、伯母甥関係を横に置いても仲がいいのだが。
自分の好きな相手と自分の母が仲良しならば、いらぬ期待を抱くのも仕方がない事だったか。
「……伯母様と食事やお茶を共に出来ないのは、辛いですが」
「私も辛いわ龍ちゃん……。龍ちゃんだけが、私の同士なのよ……!」
「伯母様……!」
「龍ちゃん……!」
思わず、お互いの手を握り合う。伯母と甥ではなく、さらに同い年であったなら、別れを惜しむ恋人のように見えたかも知れない。
「……しばらく、会うのは控えましょう」
「えぇ。本当に辛いけれど……眞由梨が目を覚ますまでは……!」
「父に気付かれない程度に、うまく、彼女を拒絶してみせます……!」
「お願いね龍ちゃん……。あの娘、世の中全部自分の思い通りになるって思ってるから……、現実、思い知らせてあげて頂戴!」
「お任せ下さい」
母親なのに娘の教育甥に任せるな、と思われるかも知れないが。時には他人が知らしめる必要があるのだ。
さらに云えば、幸子は娘が憎いわけでも可愛くないわけでもない。むしろ、男三人の後に生まれたたった一人の娘と云う事で、溺愛してる節さえある。しかしその溺愛は、周囲のせいで甘やかしの方向へ行かなかったのだ。「ここで私まで甘やかしたら、娘は将来大変な事になる」と娘の為に心を鬼にし、自ら悪役になると決めた人なのだ。
善人ぶるのは、誰にだって出来る。誰だって、自分をよく見て貰いたいし、褒められたいと云う欲求があるからだ。しかし、大事なモノの為に自ら悪者になれる人は、少ない。
伯母はそう云う意味でも、龍治にとって尊い人だった。
自分の為にも、伯母の為にも、龍治は眞由梨の目を覚まさせないとなぁと思う。……別に、邪険に扱われた花蓮や柾輝の仇も一緒に討とう、などとは思っていない。勿論思っていないとも。そんな外道な事を、この綾小路龍治が思う訳がない。
ただ、ゼンさんの記憶が――
「ははは、そう云う小娘は放っておくと付け上がるからね! そろそろ圧し折っておいた方がいいよ! 皆のためにも! 将来のためにも! 本人のためにも! お姫様症候群いい加減にしろ!」
と、大分私情に走っているので――お姫様症候群女に苦労したのだろうか――、この荒ぶる記憶を鎮めるためにも頑張るかぁ、と龍治は思うのであった。
次こそキャンプ編ですー!
そ、そしたらもっと柾輝も花蓮も動いてくれるはず……! 龍治視点だと、どうにも二人が大人しいですね、たはー。