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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
39/42

36.お祭りは潔く楽しむタイプ

 こんばんは。いつもお読み下さって有難うございます!

 相変わらず一万字行ってます! お時間がある時にご覧くださいまし~。

 龍治がにっこり笑顔で差し出したものを前に、件の伊達だて宗吾そうごは額に青筋を立てていた。中中に良い反応である。


「手作りなんだ。是非食べてくれ」


 近場に居た女子らから、「きゃぁ」と華やいだ歓声が上がった。そちらは見ないようにして宗吾へと再度微笑むと、相手の頬が盛大に引き攣った。


「――な、ん、で、バレンタインにアンタからチョコ貰わなきゃなんねぇんだ!」

「昨今はやりの友チョコだと思ってくれれば。敵に塩でもいいぞ。これは砂糖だが」

「やかましい! それ以前に野郎の手作りとか有り得ねぇから!」

「お料理男子人口は年々着実に増えてると思うんだけどなぁ」

「手作りお菓子は可愛い女子限定になればいい!」

「男女差別はいかんぞ宗吾」


 はい、と差し出せば、宗吾はげんなりした顔をしながらも受け取った。「どうも」と明らかに嬉しくなさそうな声音で云われる。ホワイトデーの謎伝統・三倍返しを要求してやろうか。



 本日は宗吾が云う通り、恋する乙女もそうでない女子も伴侶パートナーが居る男も居ない男もなんとなくそわそわする日、バレンタインデーである。女性から男性へチョコレートが贈られる日だが、近年は同性同士でのやり取りや、男性から女性へ贈る事もあると云う。

 そもそも女性からチョコレートを、と云う決まりは、とあるチョコレート会社が「どうにか自社のチョコを売りさばきたい」と云う商売魂の元作りだしたものである。アメリカでは男性から女性へが主流で、渡すものは本や花などの非食べ物。それらを踏まえると、日本人のお祭り好き及び魔改造ぶりがよく表れた日、とも云えるかも知れない。


 何はともあれ、この手の祭り事は全力で楽しむのが礼儀と云うもの。盛り上がる者達を横目に、「莫迦らしい。自分はそんなモノに興味ありません」などとぼっちクールを気取る気は一切ない。

 龍治は朝から、柾輝と玲二と共に作った手作りチョコレート・ブラウニーを親しい人達へ配り歩き、また大量のチョコ菓子を受け取っていた。

 既に婚約者がおり、下手に受け取るとあらぬ誤解を振りまく事になるので――経験済みである、残念な事に――龍治は二年生の頃からあるお達しを出している。

 一、手作りは拒否。二、手渡し以外は破棄。三、告白込みは拒絶――以上の三つだ。

 一つ目は恋する乙女の手作りには凄まじい思いが込められており、受け取っただけで「自分の気持ちを受け入れて貰えた!」などと勘違いする女子が居た事と、衛生上の問題があるからだ。小学生の手作り菓子など、正直、まともなものなどほとんど期待できない。食べたら腹壊す事確実な代物がほとんどだ。それを龍治が食べて体調を崩そうものなら、その作り手が危ない。社会における地位的な意味で。毒殺などを疑われたら色々な意味で相手が終わる。

 二つ目は「誰がよこしたか分からない物を口にする気にならない」「下駄箱とかに突っ込まれたチョコレートなんて食べる気が起きない」と云う龍治の正直な気持ちからである。漫画などのネタとして定番の下駄箱にチョコレートだが、地面踏み締めている靴を入れる場所に食べ物入れられたら厭だろう、普通。平気で入れたり食べたり出来る人は、靴下とハンカチを一緒に洗うタイプの人に違いないと龍治は勝手に思ってる。別に潔癖症とまでは行かないが、清潔を好むのでそう云った事は割と気にするタイプなのだ、龍治は。ゼンさんだって洗濯をする時には服の上下は分けて洗っていたのだし。

 三つ目は当然、相思相愛の婚約者がいるからである。龍治と花蓮の仲は周知の事実であるし、ほとんどの者が邪魔や横恋慕などとんでもないと考えている。が、恋に血迷った乙女と云うものは、そう云った現実を目に入れず暴走する事がある。その結果、下手を打つと『綾小路』と『東堂院』を敵に回しかねない事態にまで発展させる可能性があるので、最初にお断りしているのだった。

 ぶっちゃけてしまうと、主に暴走時代の眞由梨対策が含まれている。今は眞由梨もこの手の事で暴走しなくなったので、手作りであっても受け取ったが。喜色満面の笑顔で飛び跳ねて喜ぶ眞由梨に、罪悪感がずくずく刺激されたのは秘密である。


「て、云うか。アンタいいのかよ。今、昼休みだぜ?」

「それが何だ?」

「大勢来てんじゃねーの? アンタにチョコ渡してぇって女子が」

「柾輝に任せて来た」

「……」


 確かに宗吾が云う通り、今は昼休み。授業合間の休みの中では一番長いので、他学年の者達が龍治へチョコレートを渡そうと教室に殺到していた。あんな酷な御達しを出していると云うのに、何でこんなに毎年くれるのだろうと云うくらい女子が来る。花蓮曰く、「例え想いを伝えられずとも、せめてチョコレートだけでも……と云う乙女心ですわ」との事だ。健気な想いに分類されるのか、それとも鋼の精神力に分類されるのか、悩む所だ。

 しかし龍治も自分のチョコレートを渡しに行きたかったので、思い切り嫌がる柾輝に「頼むな」と軽く任せて出てきてしまった。玲二も付き合ってくれてるようだから、まぁ大丈夫だろう。毎年の事でもあるし。


「おい、俺は今、女子の恨みを盛大に買ってるんじゃねぇのか、これ」

「細かい事は気にするな。あ、後これ、花蓮からな」

「なんでお嬢さんからのチョコまでアンタが持ってくんだよッッ!」

「花蓮が直接手渡しとか……厭だろ。俺が」

「そらそうだが!」

「こう云う妨害ってライバルっぽくないか?!」

「アンタ自らがライバルっぽさ演出してどうすんだよ……!」


 造花の飾りがついた花蓮からのチョコレートを、宗吾は肩を落としながら受け取った。

 龍治は知らなかったが、花蓮は毎年宗吾へ「お世話になってますチョコ」を渡していたと云う。宗吾の希望で手作りの物を。それを知った時、胸がモヤっとしたのは事実なので、宗吾が思う以上に龍治は彼をライバル視しているようである。心が狭いとも云うが。

 この事を知ったのはつい先日の事であったが、別に花蓮は後ろめたく思って内緒にしていた訳ではなく、龍治同様“親しい人には手作りのものを渡している”と公言していた。その“親しい人”の括りに宗吾が入っていただけである。云い方は悪いがその他大勢扱いであった。婚約者の一途さに喜びを感じると共に、どうしても宗吾への同情心も沸き立つ。でもやはり花蓮から直接は気に食わない。なんとも複雑な心境だった。


「……アンタもお嬢さんから貰ったんだよな?」

「いや、まだだ」

「ふぅん? ……俺が先に貰っちまってよかったのか?」

「放課後デートするから問題ないな」

「そうだろうとは思ったけどドヤ顔腹立つな! 少しくらい優越感くれよ俺にさぁ! マジで何しに来たの? 俺にチョコ渡しに来たの? 厭がらせに来たの? 自慢しに来たの?! なぁ?!」

「全部かな」


 右肩を掴まれゆっさゆっさと揺さぶられるが、特に抵抗はしなかった。このくらいなら許容範囲と云うか、にやにやが増幅される程度の戯れである。


「……はぁ。まぁいいわ。ホワイトデー期待すんなよ」

「え、お返しくれないのか。寂しいな」

「お返しはくれてやるけど、アンタみたいに手製は無理だって話だよ」

「それだ」

「は?」

「宗吾は俺をアンタって呼ぶよな。どうせなら名前で呼んでくれないか」


 この前会った時から気になっていたのだが。宗吾は龍治を呼ぶ時「アンタ」で統一している。苗字も名前もどちらも呼んでくれない。

 本人なりに思う所があってそうしているのだろうが、会う度「アンタ」呼ばわりは寂しいものがある。名前が無理なら苗字でいいから呼んで欲しい。


「……あー」

「厭なのか?」

「もろ哀しそうな顔すんな。周りの奴らの目が怖ぇんだよ」

「俺は宗吾って呼んでるんだから、そっちだって龍治って呼べばいいじゃないか」

「……呼んでいいのか?」

「ん?」


 龍治の肩を解放した手で、宗吾は頭をがりがりと乱暴にかいた。敢えて云いたくない、と云わんばかりの態度であったが目線で促す。

 はぁ、と溜め息一つ落として、宗吾は口を開いた。


「アンタを様付けで呼ぶのが厭で、アンタ呼ばわりしてたんだけどな」

「そうなのか?」

恋敵ライバルを敬称で呼ぶってなぁ、けっこー頭に来るものがあってよ」

「まぁ、そうだろうな」


 矜持高いタイプであるし、必要以上に龍治に対して遜った態度は取りたくなかったのだろう。

 別に龍治は敬称の有無など気にしない。気にするのは周りの人々だ。下手に敬称略などを許すと周囲が「龍治様に無礼な」と喧しいので、一々「様付けしなくていい」と云わないだけだ。玲二の場合はあちらから「龍治君って呼んでいい?」と云ってくれたので了承した。この事について特に周りは何も云わなかったが、龍治の耳に届かなかっただけでもしかしたら陰で云っていたかも知れない。

 それらを考えると、安易に呼び捨てでいいよと云いづらいのだが、宗吾なら大丈夫だろう。龍治の個人的感想ではあるが、彼にはそれが許される雰囲気がある。何か問題が起きた時も、遠慮せず龍治に文句の一つや二つ云ってくれるだろうから対応もしやすい。


「ま、アンタ――いや、龍治がそう云うなら、エンリョなく呼ばせてもらうわ」

「そうしてくれ」


 にっこりと笑ってみれば、宗吾は厭そうに溜め息をついた。失礼な反応だ。


「その面が本当に曲者なんだよなぁ。……あんまりたらし込むなよ。花蓮お嬢さんが哀しむから」

「何の話だ何の」

「自分の顔の破壊力知っとけって話だよ」

「それなりに自覚はあるつもりなんだが……」


 そう呟いて頬を抓ると、「やめとけ。泣く奴がいる」と手を引き剥がされた。少し抓ったくらいで大袈裟な。


「つぅか、もう少しで昼休み終わんぞ。いいのか?」

「何がだ」

「俺に渡して終わりでいいのかって聞いてんだ。他に渡す奴いんだろ?」

「宗吾の所に来るより先に渡して来たから大丈夫だ」

「ふーん。……まさか、雪先輩にまで渡してないよな」

「毎年手渡しだが何か」

「鬼かアンタは!」


 ガッと勢いよく怒る宗吾は良い奴である。あんな事があった後で親しみの証し、手作りの菓子を手渡しに行くなど傷口に塩とワサビを塗るようなものだ。現実には糖分だが。そう云えば、たんこぶに砂糖をまぶすと治りが早いと云う話があったが事実なのだろうか。


「雪さんは喜んでくれたが? ホワイトデー期待してろと頭掴まれながら云われたから」

「激おこだろそれはっ。雪先輩いじめんな! お天道さんが許しても俺が許さねぇぞ!」

「同じ事云われたな」

「は?」

「宗吾いじめるなって云われたよ、俺も」


 釘刺し半分様子見半分で雪乃介にもチョコレートを渡して来たのだが、彼も実に耳が早い。龍治が宗吾と会話した事を既に知っていた。宗吾の性格からして、彼自身は特に何も云っていないだろうから、雪乃介が持つ情報ネットワークより得たのだろう。


 ――何のつもりか知らないけどさァ。宗吾いじめたらさすがに許さねェから、覚えとけよなァ――


 と凄みのある顔で云われた。

 呼び出されたのは龍治の方だが、結果的にからかって敗走させたようなものなので、実に正しい言葉であった。

 それに対して、笑顔で「仲良くするのはいいですか?」と聞き返した自分は実に厭な奴に見えただろうなぁと思う。盛大に歪んだ雪乃介の表情がそれを物語っていた。「勝手にしろ」と忌々しそうに吐き棄てた雪乃介も意地っ張りだが。厭なら厭と云えば良いのに。


(言質は取ったから、まぁ仲良くさせて貰おうじゃないか)


 龍治を介しての雪乃介の言葉に、「ふーん。雪先輩がねぇ、ふーん」と云いながら嬉しそうな宗吾を、目を細めて見つめる。


(こんな逸材。恋敵ライバルで終わらせてたまるか)


 雪乃介が自分の後釜に据えようと可愛がってた理由がよく分かる龍治は、宗吾にしてみれば大変不穏な事を考えてうっそりと微笑んだのであった。


 ゼンさんがぼそりと、「ライバル物かぁ……。ふんむ……」と吟味し始めた気がしたので、それ以上はいけないと脳の奥底へ押し込めておいた。節操をどこへ置いて来てしまったのか。教えてくれたら全力で取りに行く所存だ。



 *** ***



『瑛光学園』は校則で下校時の寄り道を禁止している。

 が、それは警備上の問題で、「いいとこの子供が一人で出歩くな」程度のものである。故に、家族や護衛と一緒なら、学校帰りに店や友人・知人の家へ立ち寄るなどの行為は許されていた。学校が終われば家に帰らず直接習い事へ向かう生徒も多数いるのだから、当然と云えば当然だが。


 龍治は花蓮と柾輝、護衛達を伴って、リストランテ・ヴォルペを訪れていた。バレンタインにのみ出されるデザートプレートを食べに、四年前からデートの名目でここへ来ているのだ。

 子供がのこのこ来ていい店ではないのだが、龍治達は例外である。予約時間通りに来店すれば、店員が勢ぞろいでお出迎え。フロアチーフが丁寧に席まで案内してくれて、オーナーシェフが挨拶に来る。『綾小路』の後継と『東堂院』の姫が来たのだから、当然と云えば当然だが。

 ゼンさんが「生活レベルが本当に違いすぎて目眩するわー。金持ち怖いわー」とか棒読みで云ってるような気がするが。それを云うならこっちだって、前世の庶民知識のせいでこう云う場所に馴染むのにとても苦労しているのだけれど。だが『綾小路』の嫡男が婚約者を、サイジェリア(安価のイタリア料理チェーン)や甘味楽園(スィーツ食べ放題)に連れて行く訳に行かないだろうが。……そのうち出来れば行きたいと思ってはいる。


 三人用の席に龍治、花蓮、柾輝が座り、他の護衛達は近くの壁際や店の外で警護に徹する。

 デートなのに柾輝同伴な事に大体の人間は微妙な顔をするが、龍治と花蓮にとっては当たり前の事である。一番気にするべき人間だろう当の花蓮が、全く気にしない。それどころか、一度柾輝を連れて行かなかった時など、「柾輝様はいらっしゃいませんの? あら……なんだか違和感がありますわねぇ」と困ったように云ったくらいであった。

 世話役と婚約者の仲が良好なのはとても嬉しいので、龍治はこうして花蓮との外出にも柾輝を伴っている。周りがどう思おうが、龍治と花蓮がそれで良しとしているのだから良いのだ。



 バレンタイン以外にも利用する時があるのだが、いつ来ても店内は清潔且つ美しく整えられ、店員の教育も徹底されている。今も新人の店員でさえ、明らかに一般から浮きまくる龍治達を不躾に見て来る者がいない。

 龍治が「今年も楽しみにしています」と伝えれば、オーナーシェフは嬉しそうに笑って厨房へと下がって行った。

 店名のヴォルペが示すように、かのオーナーは大層な狐好きだ。店内の所々に狐をモチーフにした小物が置かれている。見た目は割といかついのだが、趣味は可愛いのであった。


「龍治様、今日は宗吾様へチョコを渡して下さってありがとうございました」

「いいよ、ついでだったし。柾輝はお疲れさま」

「……来年は厭です」

「それ去年も云ってたなぁ」

「龍治様ったら……」


 軽く笑って云ったら、花蓮は「仕方ない御方」とでも云わんばかりの苦笑、柾輝は珍しくぷくっと片方の頬を膨らませていた。


「でも俺の代理任せられるの、柾輝しかいないじゃないか」


 玲二や委員長に任せるのはおかしいだろう、どう考えても。

 そう思って云えば、柾輝の表情が器用にも半分を喜びに半分を不満にしたような、大変不思議なものになった。どうやってるのだろう、その表情。


「龍治様のお役に立てるのは嬉しいのですが……」

「なんだ。誰かに厭な事でも云われたか?」

「いえ、それはありませんけど」


 婚約者持ちの龍治に、「せめてバレンタインのチョコレートだけでも……」と思っている女子おとめに対して、割りと酷い対応をしている事は自覚している。それに関して柾輝へしわ寄せが行くのは宜しくないとも思ってはいる。しかし龍治とて一年生の時に懲りたのだ。

 自身の好意を正当化する女子って怖い、――と。僅かでも隙を見せれば、飢餓状態のピラニアかと無情な突っ込みを入れたくなるレベルで喰らいついて来るので。避けるのも兵法の一つだと思う。


「龍治様に宜しくお伝え下さい、と皆さん健気で……」

「同情しちゃったかー。でもなぁ、下手に同情すると面倒な事になるの、柾輝も覚えてるだろ?」

「まぁ、そうなんですけれど」


 一年生の頃は、まだ龍治も大分隙があったのが悪かったが。毎朝登校中その場の生徒全員へ律儀に挨拶を返して咽喉をからしていた頃だ。ゼンさんのせいで大分すり減っていただろうが、純粋ピュアな部分も確かにあったのだ。

 その普通なら良い部分が、悪い方向へ行ってしまっただけで。


「ホワイトデーは手渡しするから勘弁して欲しいもんだ」

「そうですね……」

「一年生の時は大変でしたわねぇ」

「花蓮にも迷惑かけたな」

「迷惑だなんて。龍治様をお支えするのは、未来の妻たるわたくしの役目ですもの」

「それでも感謝してるよ。ありがとな」


 云えば花蓮は、頬を赤く染めて嬉しそうにふんわりと微笑んだ。吊り目気味のせいでキツい印象を与える目元が、甘く綻ぶ。その笑顔が好きだと伝えたら恥ずかしがって俯いてしまうので、中々云えないのが口惜しい。


「そうだ。今年は俺、焼きショコラって云うの作ってみたんだけど、花蓮は何作ったんだ?」

「わたくしはチョコと抹茶を使ったスコーンです。綺麗に焼けましたのよ」

「そうか、大事に食べるよ」


 バレンタインにお互いにチョコレート菓子を交換しているが、毎回それなりに日持ちがするものを作っている。何故かと云うと花蓮が以前、「龍治様のチョコを大事に食べたいのですけれど、足が早いと二日くらいで食べきらないといけません。それが哀しいですわ」と云ったからである。なら作り方と保存次第で一週間くらいは余裕で持つお菓子を作って、こつこつ大事に食べようかと龍治が提案し受け入れられたので、お互い生菓子は作らない。そして当然、周りに配るものとは別に作る。

 この話を玲二達にしたら大変生温かい眼差しを貰った。ゼンさんからは掠れる様な声で「リアじゅうばくはつ」と云われたような気もした。なんか怖かった。


「そう云えば龍治様、宗吾様の事がお気に召されたようですわね?」

「んー。まぁな。……あれ、そんなバレバレか?」


 別段隠すつもりはなかったが。一応、これから生徒会長の座をかけて争う相手である。あまりにあからさまだと、余計な悶着を生みそうな気もした。


「ばればれと申しますか……宗吾様からご相談を受けまして」

「えー、あいつなんだって?」

「まぁ端的に云ってしまえば、龍治様の行動が読めなくて面倒くさい、と」

「あいつ酷いなぁ」


 龍治は笑い飛ばしたが、柾輝はさっそくムッとした顔になった。その頭をぽんぽんと叩いて、花蓮に話しの続きを促す。


「ですが聞かせていただいた龍治様の行動が、わたくしからすればどう考えても、宗吾様をお気に召したようにしか思えませんでしたので」

「まぁな。で、それ云ったら、宗吾の奴どんな顔してた?」

「とっても面倒くさそうなお顔をしていらっしゃいましたわ」


 ほほほと楽しげに、花蓮は笑う。


「普段は泰然自若としてらっしゃる宗吾様に、面倒と云われるなんて。さすがですわ、龍治様」

「褒めてるのかそれ?」

「もちろんですわ。人の心を動かすなど、とても難しい事。特に宗吾様は伊達家の嫡男として高い精神力をお持ちですの。その宗吾様を乱すなど、龍治様くらいにしか出来ませんわ」


 龍治の前ではノリが良いと云うか、勢いがある印象の宗吾だが。確かに龍治と関わっていない時、かつて見た時などはどっしりと構えていて、小学生ながら風格と云うものがあった。

 その宗吾が、龍治を相手にしている際には「アンタ意味わからん」と乱されている、とな。

 ――それはとても嬉しい事だ。


「あいつと友達になりたいんだよなぁ」

「あら、もうお友達では御座いませんこと?」

「そうか?」

「龍治様のご友人、ですか……」

「面白い奴だぞ、宗吾は。柾輝も気に入るって」

「はぁ……龍治様がそう仰るなら……」


 多分、を心の中で付けたしながら云った龍治の言葉に、柾輝は曖昧に頷いた。同年にはやたら手厳しい柾輝の事なので、こうは云っても実際会ったら睨み合いそうだが。事実、最初に宗吾が龍治を訪ねて来た時には、敵愾心ばりばりであった。

 が、宗吾ならなんとかなるんじゃないかな、と龍治は期待していたりもする。宗吾のまとう空気がそう思わせるのだった。


「皆様、お待たせいたしました。バレンタイン特製プレートで御座います」


 オーナーシェフがわざわざ運んで来てくれた大皿は、花蓮、龍治、柾輝の順番で置かれた。レディファーストなので当然だ。

 真っ白な丸皿の上に彩られたドルチェを前に、花蓮が感嘆の声を上げる。その素直な称賛が籠った声に、オーナーシェフは満足げかつ嬉しそうな笑みを浮かべた。

 皿にはチョコレートを使ったムース、プリンとフォンダン・ショコラが乗せられている。大きすぎず小さすぎず、三つとも絶妙なサイズとバランスだ。ムースとプリンの側にはもったりとした生クリームが、フォンダン・ショコラの側にはバニラアイスが盛られ、さらに各種のベリーの生とソースが添えられている。色合いのコントラストが美しい。

 龍治が見事だな、と思ったのは、チョコソースで皿に描かれた模様だった。蔓を思わせる美しい曲線が幾重にも絡まり、メイン達を彩っている。花の砂糖漬けもよいアクセントだった。

 フロアチーフが温かいカプチーノを皿の側へ置く。チョコレートに合う飲み物と云うと、苦味のあるコーヒーや抹茶などが上げられるが、子供の舌には少々その苦味がきつい。砂糖を入れないカプチーノくらいが丁度いいだろう。

 ゼンさんが「意外と日本酒も合うんだよ!」と云っている気がしたが、こちとら小学生なのでそんな豆知識はまだいらない。大人になってからもう一度お願いします。


「今年もどうぞ、お楽しみ下さい」


 にっこりと云うよりニッカリと云う笑顔でオーナーシェフが云う。それに笑顔で応えて、龍治達は「いただきます」と挨拶をしてから期待を胸にドルチェへ手を付けるのだった。



 *** ***



 翌日の学校、お昼休みにて。昼食を済ませた龍治は、昨日のドルチェは美味しかったなぁと改めて花蓮や柾輝達と話していた。そこへ騒動が舞いこんで来たのだった。


「失礼致す! 龍治様はおられるか!」


 威風堂々――そんな言葉を女性にしたらこんな声なのではないか。そう思わせる、まだ幼さが残りながらよく通り、それでいて決して耳障りではない声が教室内に響いた。

 珍しい客が来たものだと、龍治も周りに居る面子も目を見開いた。玲二は物凄い小声で、「げっ」と呟いてもいた。


 武田たけだ風迦ふうか。初等科六年生の現生徒会・監査だ。

 男性的な凛々しい顔立ち、清廉潔白な性格、高めの身長と三拍子そろった麗人で、男子からは敬遠されがちだが女子からの人気は非常に高い。翠がかった黒髪を短くまとめているのでさらに男性的な印象を抱きやすいが、女子制服が似合っていない、なんて事がない所が凄い。美形はなんでも似合うと云う事なのだろうか。

 家が古くから剣道を教えており、彼女自身も小学生にしてかなりの腕前だ。全国大会優勝経験もある。武家の流れを組む家柄だが、玲二とは違い元を辿れば高名な血筋へ行きつくらしい。そのせいなのか、「げっ」の言葉が物語る通り、玲二は風迦を苦手としているようだった。今もこそこそと柾輝の陰へ隠れている。柾輝は少し困っている顔だった。



 彼女も『せかきみ』に登場している。ゲームの舞台となる高等科でも、監査を務めていた。

 最初は『瑛光学園』に中々馴染めない『ヒロイン』の味方として登場し、相談役などもこなすサポート的な役割なのだが。攻略書記のトゥルーエンドルートに入ると恋敵ライバルへと転身を果たす。

 彼女は攻略書記を可愛い後輩として大事にしており、ノーマルエンドルートでは『ヒロイン』を認め、「貴女ならば、彼を正しく導けるだろう」と応援してくれるのだが。一度ひとたびトゥルーエンドルートに入ってしまうと、『ヒロイン』は攻略書記に相応しくないとして排除へと乗り出してしまう。普通逆じゃないだろうかと思うが、非王道を行く事が度々あるのが『せかきみ』である。

 むしろ『ヒロイン』排除なら可愛い方で、攻略書記のバッドエンドの一つには、『武田風迦』の手によって攻略書記が殺害されてしまう物がある。

 その殺害方法は明確に描写されてないが、どう想像してもR-18グロだ。腹の中身がどうのこうの云ってる上に、ヒロインのモノローグ曰く、『風迦』の姿は血まみれなのだから。

 そして攻略書記の血で真っ赤に染まった手を『ヒロイン』へと伸ばし、画面が赤黒く染まり硬い物が砕ける音が響き、少女の「ヒュッ」と息を飲む様な息遣いが聞こえてきて、『風迦』の陶酔した声が「ああ、これで、貴女は……」と呟く――ホラーまっしぐらなエンドである。

 このホラーエンドは、『風迦』が『ヒロイン』へ禁断の愛を抱いてしまい、その『ヒロイン』と結ばれようとしている後輩を憎み殺害してしまうと云う物だったりする。こんな形にしてまで百合をこなすな、『せかきみ』よ。

 ちなみに。女子サブキャラでありながらプレイヤーからは大変高い人気を誇り、三回行われた人気投票全てで十位以内に入ると云う快挙を成し遂げていた。その反動で、攻略書記のトゥルーエンドルートの人気が下がったが。攻略書記、とばっちりである。



 以上はあくまでゲームの話だ。今龍治の前にいる武田監査は、そんなホラーな女性ではない。古めかしい言葉遣いが似合う麗人だ。


「どうしたんですか、武田監査。珍しい」

「騒がせてすまぬ、龍治様。至急、救援を願いたく」

「救援?」

「宗吾が高等科の者どもに連れ去られた」

「は?!」


 いきなりの言葉に、龍治は素っ頓狂な声を上げてしまう。側に居た花蓮らも、驚きの声をあげていた。


「その中に、『綾小路』に連なる方がいらっしゃる。高等科が相手では、我らでは対処しきれぬ。教員の方々も下手に口出しが出来んだろう。――助けては貰えまいか?」

「すぐに向かいましょう。場所はどこです?」

「助かる。こちらへ、案内いたす」


 すぐさま立ち上がった龍治に、風迦は安堵した顔を少し見せたが、すぐに表情を引き締めて先導を始めた。龍治の後ろには、花蓮、柾輝を始め、玲二、眞由梨、恵理香、莉々依も続いていた。置いて行く事も考えたが、人数は多い方が良いだろうと思い直す。

 足早に進む龍治達に何かを察したのか、廊下に出ている生徒達は素早く道を開けてくれた。普段ならそこまで気を使わなくてもと思うところだが、今はありがたい。


「高等科で『綾小路』――ようですか?」

「ご明察で。どうやら、貴公と争う事に関して不興を買ったようだ」

「余計な事を……」


 高等科に通う綾小路謡は、龍治の祖父・幸治郎こうじろうの弟の孫だ。龍治との関係ははとこに当たる。

 特別性格が悪い訳ではないのだが、『綾小路』の血筋である事に誇りを持っているようで、その名が傷付けられるような事態には非常に敏感だった。本家筋である龍治に対しても、第一後継者への嫉妬よりも、「綾小路の名をより高めてくれる人材」と見なしての応援姿勢である。

 今回の事も、龍治に“盾突いた”と云うより、『綾小路』へ喧嘩を売ったと考えての行動ではないだろうか。

 それにしたって、小学生相手に大人げない。


「うちの血縁が申し訳ないです」

「貴公のせいではない。高等科までは我々も配慮しておらなんだ」

「まったく、莫迦な事を……。大おじ様に密告チクっておきますよ」

「その辺りは龍治様のご判断に任せよう。……雪が先行しておる。急ぎ参りましょう」


 

 ほのぼの回で終わりませんでした!

 次回も新キャラがちょろりちょろり出てきますが、今のところどうですか。「こいつ誰だっけ」ってキャラ出てませんか?!

 出てたらお手数ですが、ご一報ください……orz

 個性的で印象に残るキャラがかきたーい(´Д`)

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