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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
38/42

35.意外なライバル推参

 こんばんは、お久しぶりです。ようやく出来ましたー!

 前から出したかった子を出せてうひひひひな気分です。

 教室の扉を柾輝が開く。もう放課後だと云うのに、教室には結構な人数が残っていた。

 扉が開いた事に気付いた禅条寺ぜんじょうじ玲二れいじ風祭かざまつり眞由梨まゆりが慌ただしく席を立ち、龍治の元へと駆け寄って来る。


「龍ちゃん!」

「龍治君っ、大丈夫?!」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとうな」


 龍治の言葉に、二人はほーっと息をついた。二人の後から来た、鬼塚おにづか恵理香えりか浅井あさい莉々依りりいも同様だ。

 そこまで心配しなくともと龍治は軽く苦笑したが、皆の気持ちは嬉しかった。



 北王子きたおうじ雪乃介ゆきのすけが顔を青くして黙り込み、南九条みなみくじょう葛定かつさだ西松浦にしまつうら小梅こうめも言葉を失ってしまったので、龍治は招いた側として不作法ではあったが、先に席を立った。「では、また」の一言に葛定だけが小さく頷いたが、雪乃介と小梅は無反応である。その様を致し方なしと思い、柾輝と花蓮を連れて龍治は教室へと戻ったのだった。


 不名誉にもゼンさんに「NTR感満載」と云われた生徒会乗っ取り宣言であるが、何故そもそも龍治がそう云った行動に出たのか。切っ掛けは何なのかと云われたら、それは数少ない友人の一人である玲二であった。

 切っ掛けではあるが、原因ではない。原因と云うならそれは間違いなく龍治である。



 ここ数カ月ほど、龍治は久遠くどう椋太郎りょうたろうに意識を向けていた。それでも学園や私事プライベートを蔑ろにしていた訳ではない。少なくとも龍治はそう思っていた。

 けれど。自分が思っているだけで、実践できていない事など沢山あるのだと云う事を、龍治は改めて学ぶ事となった。

 椋太郎の件が片付いて数日過ぎた頃、ふと龍治は気付いたのだ。

 ――なんとなくだが、玲二の奴が余所余所しい、と。

 あから様にでなく、本の少し、と云う感じではあったが。普段なら当たり前に龍治の側へ居るのに、気付くと別の場所に居るとか。若干距離を取っているような感じがするとか。ささやかすぎて、ともすれば龍治の気にし過ぎで終わりそうな、そんな感じではあったけれど。

 しかし龍治は放置しなかった。「まぁいいか」で済ませた事が、後々大きな問題になる事など山と前例がある。特に玲二は『せかきみ』の攻略キャラの一人で、龍治を敵視していた。どんな些細な事でも見逃したら後悔しそうな予感がひしひしとするのだ。

 なので龍治は即刻玲二を捕まえて、「最近、なんか距離取って無いか」とどストレートに質問した。玲二は「そんな事ないよー」などと云ったが、目を逸らした時点でアウトだ。白状しているような物である。男の大半は嘘をつく時目を逸らすのだ。

 両手でがっちり顔をホールドして目を覗き込み、「視線を合わせろ」と低い声で云ったらあっさり降参した玲二は賢かったと思う。

「一部の人が喜ぶような事しないでよ!」とか云っていたが知らない。ゼンさんが「やったねご褒美キタコレ!」とか云っていた気がするが知らない。何のご褒美だ何の。さらに一緒に居た柾輝と花蓮の顔が若干怖かったような気がするが、まぁそれも知らないで済ませておく。


 そうして聞き出した話が、龍治に現実認識の甘さを突き付けて来た訳である。



「そのー、大した事じゃないんだよ、本当に。別に気にしてないしさー。えっと、この前さー、一人で帰ってたら中等科の先輩と初等科の後輩に呼び止められてー……えーっと、えっと、まぁ、その、なんて云うか……。あ、龍治君目が怖い。云うから睨まないで! ……そのさ、簡単に云っちゃえば、呼び出しー、みたいな……。うん、全然気にしてないけど! え、えーっと、いや、大した事云われてないって本当に。本当だって。……その、成金が龍治様に近付くなー、っぽい事を、云われた、みたいな……。ちょ、龍治君待って待ってどこ行くの! シメて来るって誰だか知らないでしょ! え、いや僕も知らないよー。いや本当、本当だって! 名前知らないどころか、顔も初めて見たし正直覚えてない……。あ、同学年は居なかったよ。後六年生も。それだけは絶対。ほら、同学年と一つ上は、冷静に龍治君の逆鱗見極めてる感じがするから……。龍治君が友達大事にしてるなんて、その辺りには周知の事実過ぎてさー。いや本当に平気だって。でもまた絡まれたらちょっと困るから、少しの間刺激しないようにしておこうかなって……。ごめんね、厭な思いさせちゃって……」



 玲二は申し訳なさ全開の顔で謝ってくれたが、謝罪すべきは完全に龍治の方だった。

 甘かった。認識が甘すぎた。大福にチョコチップをまぶして砂糖でコーティングし、蜂蜜をかけたくらい甘かった。



『瑛光学園』は学業における成績に重きを置く傾向にあるが――中等科からは成績でクラスをわけられるくらいである――、そう云った風潮の中でも家格に拘る人間がほとんどだ。良家の子女が多いからだろう。ランク付け、学園ヒエラルキーと云う物は確固として存在していた。

 そのヒエラルキーを“初等科内に限って”と云う条件付きで最上・上・中・下と簡単に分けるとする。それに龍治達を振り分けると、五大財閥である龍治と花蓮は最上、眞由梨と恵理香、莉々依は上、柾輝は中に当たった。

 基本的に、初等科から在籍する者達は全員――その学費の高さ故に――世間からは上流階級と見なされている。が、内部の目から見ると少々変わるのだ。

 中までは上流階級社会でも一目置かれるレベルの家柄だ。曖昧な表現になるが、苗字を名乗れば「あぁ、あの……」と云われるくらい、とでも云えばいいか。最上の五大財閥などは名乗った時点で相手が頭を下げるくらいである。

 では下はどうかと云うと、いわゆる成金の子、と云う分類に当たる。歴史が浅いのに金だけはある家、と云うものだ。

 上流の人間と云う者は、やたらと家柄を意識する傾向にある。資本主義国家なのに――いや、だからこそ、なのか。金があるだけで偉ぶるのは下品だと考えているのだ。家柄と財産、両方を兼ね備え、それに相応しい度量と品格を持つ事が好ましいとされている。


 そう云った考えの元、強固に植え付けられたヒエラルキーにおいて、玲二は下に当たった。

 武士の家系なのだから長く続いた家柄である事は間違いない。しかし大名や旗本と云ったものではなくて、お目見え以下の何とか世襲が許される役職で、あまり裕福でもなかったと云う。財を成したのは、玲二の父親が事業で当ててからだった。それでも、子供全員を『瑛光学園』へ通わせられるほどではないらしく、玲二の姉は別の学校へ通っている。

 禅条寺と云うからには、かなり良い家柄なのではないかと思われがちなのだが、玲二曰く「別に偉くもないのに、名前ばっかり大袈裟だよねぇ」との事であった。


 つまりだ。

 玲二に絡んで来たと云う奴らは、龍治に相応しくないなどと云ってまるで龍治を立てているように見せかけているが。本音は最上位に位置する龍治の貴重な友人ポジションに、下に属する人間がいる事が気に入らない――何故自分達がそこに入れないのか、と云う不満を玲二にぶつけたに過ぎない。

 学園カーストの弊害がもろに出ている。自分より下の者は踏みつけて当然と云う、純粋な悪意が丸見えだ。

 そして龍治は、己の甘さを思い知った。

 学内だと思って、甘く見たのだ。学園の生徒達は、龍治の気質を重々承知しているだろうから、個人的な事――主に友人関係など――に口出しなどしないだろう、と。そんな事をして龍治の不興を買う様な莫迦な真似はしないだろうと、思ってしまった。

 それを話したら、花蓮と眞由梨が揃って口元に手をやりうーんと唸った。


「龍治様がお優しい方だとみんな知っておりますから……」

「多少のやんちゃはお目零ししてもらえるって思ってる子、けっこういると思うよ?」

「なん……だと……」

「あからさまには態度に出さないけどぉ。謝ったら許してもらえるー、みたいな?」

「龍治様がお優しいから、それに甘えている愚か者がいると云う事ですわ」

「ほらー、あたしの事も許してくれたし! だから余計に……みたいな」

「眞由梨様は悪くありませんわよ。お従姉妹君である貴女と己が同列であると考えている輩がいるなら、それは恥ずべき事ですもの。図々しいにも程がありますわ」

「そうかなぁ~。あ、龍ちゃんは悪くないからねっ。龍ちゃんは優しいだけだから!」


 二人は龍治を慮ってか、優しい優しいと云ってくれたが。

 ようは、龍治が舐められていると云う事である。


 確かに龍治は、綾小路家の直系でありながら“慈悲深い”みたいな事は云われていた。多少の粗相は気にしないし、次から気を付ければ良いと云う態度だ。ゼンさんが割と大らかな性格だった影響もあるだろうし、ゲームの『龍治』のような横暴な振る舞いは慎みたいと云う考えも働いている。

 それを親しい人達は優しいと云ってくれたが――そうでない奴らからは、甘い奴だと侮られていると云う事だと気付いたのだ。

 だから玲二は絡まれたのだ。龍治がきちんと目を光らせて、「俺のやる事に軽々しく口出しするな」と云う態度を持ってしていればよかったのに。大抵の事を笑って済ませて、「次から気を付けて」と許してしまっていたから、弊害が出た。

 優しい事は、悪い事では無い。優しくない人間には、なりたくない。しかし、舐められるような甘い人間になるのも論外だ。

 ここら辺の匙加減は、まだまだ龍治には難しいようである。要修業だ。


 そうして、思い至った訳だ。――このままでは不味い、と。

 龍治は今後も、ゲームの『龍治』とは違った生き方をして行く。不必要に敵は作らず、謙虚な心を持って、傲岸不遜など以ての外。正しい道を歩いて行こうと思っている。

“だからこそ”、財政界に影響力を持つ綾小路家の直系が下の者から舐められるだなんて、許されないだろう。親しみを持たれるのは構わない。むしろ大歓迎だ。だが侮られるのは、どう考えても今後の龍治と周囲の人々の為にならない。将来に不安の影が過ぎりまくりだ。目の前で不安がドヤ顔で反復横飛びしている気がする。


 さらに云うなら、龍治はこれから攻略キャラ達と交流を深めて行く予定なのだ。

 攻略キャラのほとんどは、学園カーストでは下に属する。龍治と肩を並べられる者はおらず、上に属しているのは一人だけ。中は柾輝だけだ。

 つまりだ。このまま龍治が舐められたままでいると、玲二を始めとした彼らにまで類が及ぶと云う事になる。その結果、彼らは傷付くだろうし、龍治との友好関係にひびも入る。下手をしたら交流断絶だ。「面倒くさい事に巻き込まれるから、お前と友達やっていたくない」とか云われたら想像しただけで泣きそうだ。まだ見ぬ攻略キャラ達に「待って、どうにかするから!」とか縋りたくなってしまった。椋太郎に関しては学外の人間だからそう云った配慮をしていたが、学内でもその手の配慮がいるのかと考えると頭が痛い。正しい行いだけではままならない現実が辛い。


 故に龍治は考えた。この手の事は、じわじわやって行くより、分かりやすいインパクトを持って知らしめた方が効果が高い。それに加えて、ただ力を誇示するではいけない。龍治が力を示す事で多くになんらかの利益がなくては、不必要な敵まで作ってしまう。

 ではどうするべきか。簡単な事。確かな権威を持ち、それらを有効利用して学園に貢献出来る役職――生徒会長になればよいのだ。

 いくら龍治が綾小路家の人間だからと云って、何の役職も持っていなければ肩書は一生徒どまりだ。望めば思い通りになるけれど、それは一生徒の我が侭、横暴に分類されてしまう事もある。だが生徒会長の座に就けば、権勢を揮うのは当然の行いとなる。さらに六年生になってからの立候補となれば、それは雪乃介が築き上げて来た現生徒会との全面対決となる訳で。

 龍治が大人しいだけの御曹司でないと知らしめるには、丁度良いパフォーマンスになるのだった。



「雪さんには悪い事したと思うが……」

「そうお気になさらずとも宜しいと思いますわよ、龍治様」


 とりあえず自分の席に座った龍治の周りには、普段のメンバー以外にも同学年の者達が男女・クラス問わず集まっている。龍治の取り巻きを自任している子達が多い。ようやく重い腰を上げたように見える龍治の動きをいち早く知るために、こうして集まっているのだろう。

 これまで龍治はあまり彼らの事を意識していなかった。酷い云い方だが、居てくれても居なくてもどちらでも良かったと云うか。問題行動を起こす子もいないし、する事と云えば“御注進”くらいなもの。妙に龍治を買い被って尊敬してくれているようだが、「俺は君らが思ってるような素晴らしい人間じゃないぞ」と云う引け目を感じてしまって相手をするのが息苦しかった。

 だがこれからは、そう云う訳には行かない。


「今頃、誰が眠れるナーガのしっぽを踏んだんだって歯軋りしてそうだけど」

「なんだそりゃ」

「龍治様の事です。お力がありますのに、物静かに構えてらっしゃいますから」


 玲二の云った言葉の中に中二っぽい単語があった気がしたので聞くと、莉々依がほえほえとした笑顔で答えた。


「よほどの事がない限り、龍治様は動かないと思われていたのです。それが突然の宣戦布告ですもの、北王子会長からすればそう云った気分だと思いますわ。自分の預かり知らない所で、誰が余計なマネをしたのかと今頃呪っていそうです」

「呪いって……」

「ふん、いい気味よ。龍ちゃんの事「日和見」って云って侮ってたんだから!」


 眞由梨が顎を上げて強気に云い放つと、彼女の取り巻き達も大きく頷いて同意した。どうも、龍治周りでは雪乃介の評判は良くないようだ。生徒会長としては真っ当に職務をこなしていたと思うのだけれど。この人望の無さはどう云う事か。

 そう思って聞くと龍治以外の子らは揃って、「そう云う問題じゃないんです」と首を振った。ならどう云う問題だと云うのか。


「生徒会長に就任したなら、職務を全うするのは当然の事です」

「我々が北王子会長に対して厳しいのは、あの方が龍治様に不遜だからです」

「龍治様がお優しいからと云って、少々図に乗ってらっしゃいましたから」

「今回はよい薬かと」

「そう考える者は多いですよ」


 なんとも小学生らしくない言葉が周りの子らから飛び交った。つまり、龍治への態度が悪いから厭な思いをしてもいい気味だ、で終わってしまうと云う事か。

 思っていた以上に、周りの龍治への入れ込みが深い。ちょっと怖いと思った龍治は悪くないだろう、多分。そこまで入れ込んでもらえるような人間なのだろうか、自分は。みんな、誤解と勘違いと思い込みが激しくはないか?


「では龍治様、後は予定通りに?」


 龍治の隣りの席に座っていた花蓮が、顔を覗き込むようにして云う。彼女の目を見て頷けば、にこりと微笑まれた。


「うん。まぁ……、みんなの様子を見る限り、あんまり必要なさそうだけど。俺は石橋を叩いて渡るタイプだから」

「慎重なのは良い事かと思います」

「叩きすぎて壊さないように、お気を付け下さいまし」

「肝に銘じとく……」


 的を射ている恵理香の言葉に、しみじみと頷きつつ。

 龍治は、来期生徒会長選挙に向けて動き出したのだった。



 *** ***



 生徒会役員の構成は、小中高とみな同じだ。

 生徒会長、副会長、書記、会計、監査の五つである。

 うち選挙を行うのは生徒会長のみで、残りの役員は会長自らが指名する事になっていた。一応学校側から、成績が優秀な者を選出するようにとは云われてはいるが、それ以外は自由だ。友人から選んでも良いし、能力だけで選んでも構わない。ただ次代の事も考慮しなくてはならないので、友人からのみ選んだと云う偏った構成は好ましくないと、暗黙の了解はあった。

 雪乃介が選んだ役員は傍から見た限り、副会長に友人を置き、会計と監査は能力重視、書記は自分の後釜に据える為に選んだお気に入りの後輩であった。選挙で龍治と生徒会長の座を競うのは、この書記である。――が、この書記は『せかきみ』に出て来た攻略キャラではない。名前も容姿も全く違う別人だ。設定資料集には、攻略書記は中等科から『瑛光学園』に入ったとある。優秀さを認められ、外部生であるにも関わらず生徒会役員に抜擢された、と。

 この記憶通り、あのミステリアスな書記は中等科から来るのだろうか。そこは龍治にもわからない。まさか自ら現在別の小学校に通っているであろう攻略書記を探しに行く訳にも行くまい。時が来るのを待つしかなかった。


 初等科の生徒会の場合、会長に立候補出来るのも役員になれるのも、四年生からだ。三年生以下は選挙権もない。生徒会以外にも保健委員や体育委員などの常駐委員会や、体育祭や文化祭のみの実行委員なども四年生から参加となっている。この辺りはゼンさんが通っていた公立の学校と同じだった。

 それ故、選挙活動の対象はもっぱら四年生以上が相手である。



「相変わらず忙しそうだなぁ、龍治は」


 急須で淹れたお茶を、丁寧に三つの湯呑みへ注ぎながら椋太郎は呑気な顔で云った。椋太郎からしてみれば、小学生の選挙活動などほのぼのしたイメージしかないのだろう。


「将来頂点トップに立つ事が決まってるからな。今のうちから準備しておかないと間に合わない事も多いんだ」

「別世界の話だよ、まったく。ほい、お茶」

「どうも」

「有難うございます」


 差し出された湯呑みに龍治は軽く礼を云い、隣りに座る柾輝は頭を丁寧に下げて礼を述べた。

 ちなみに今日のお茶受けは、龍治が気に入っている和菓子屋の六方焼である。卵と蜂蜜たっぷりの焼いた生地の中に詰まった、とろりとした漉し餡が美味しい。粒餡も好きだが、今日は漉し餡気分だったのだ。



 雪乃介への宣戦布告から五日後、龍治は久々に椋太郎の家を訪ねていた。一段落ついたからと放置していた訳ではなく、椋太郎の就職活動を邪魔しないためにも訪問の頻度を抑えているのだ。

 椋太郎は相変わらずスッキリとした男前状態を維持している。部屋着にはまだ黒のジャージやらだらっとしたスウェットを着ているが、髪が短くなったお陰が、以前のような根暗な印象は受け無くなった。美形って得だな、を体現している。

 就職先についての相談は今のところ受けていない。それについて尋ねたら、「綾小路のコネを使うのはちょっと……」と苦笑気味に答えられた。さもありなん。コネとして活用するには使い勝手が悪いのは、龍治とて思う。強すぎる力は悪い方向へ作用する事もままあるので。

 決まったら教えると云われたので、龍治から聞き出す事はしていない。そっと応援するのみだ。


(……『瑛光学園』でカウンセラーやるって云ったら全力で止めるけど)


 ゲーム的な意味でなくても、カウンセラーをやるには椋太郎は善人過ぎると思うので。あの複雑怪奇な精神構造を持つ子供が多くいる学園へ来たら、一週間持たない気がする。もっと気楽な職について貰いたい所だ。


「龍治が生徒会長ねぇ。むしろ今までやってなかったんだ? って感じがするな」

「俺ってそう云うのやってそう?」

「やってても可笑しくない雰囲気だからな。上に立って当然って空気だし、お前」


 からかうように云われて、龍治は苦笑した。普通にしてても偉そうだ、と云われたような気がする。云った相手は椋太郎なので、当然悪意など含まれていないので構わないのだが。


「人に命令しなれてるし、決断力あるし」

「命令はともかく、決断力はどうかな……」

「意外と迷い症な所がありますよね、龍治様は」

「へぇ、そうなのか?」

「まぁ、な。軽挙妄動は慎みたいし」

「小学生の発想じゃねーよ……」


 云われて、まぁそうだろうなと思う。小学生なんて、軽挙妄動の塊みたいなものだろう、普通。思慮深い小学生は珍しい類なのは、龍治とて分かる。そしてその珍しい類の中で、龍治はさらに珍しい枠に入りそうだと云う事も。


「そう云えば、小学生なのに生徒会長なんだな」

「ん?」

「いや、俺が小学生の頃は児童会長って云ってたから」

「あぁ。公立では児童会長が多いらしいな。うちは伝統的に初等科から生徒会長なんだけど」


 小学校では生徒会の事を児童会と呼び、その会の長を児童会長と呼ぶ事が確かに多い。だが、多いだけで全てではない。『瑛光学園』は組織の縦繋がりが強いため、昔から初等科でも生徒会・生徒会長呼びが公式であった。初等科で役員を務めた人間は、中高でも継続する事が多いからだろう。

 ちなみにゼンさんは公立小学校に通っていたが、生徒会・生徒会長と云う名称だった。特に意味はなかったと思われる。それが普通だと思っていたゼンさんは、中学校に入った時に別の小学校から来た友人との何気ない会話で、児童会・児童会長と云う呼び方を知って「そう云う呼び方もあるんだ」と驚いていたりする。逆に相手の方も、「小学校から生徒会って云うんだ」と驚いていたが。

 閑話休題である。


「まぁ何であれ、龍治なら大丈夫だろ。むしろお前が落ちたら奇跡だ」

「そう面と向かって云われるとなんだかな。……なんか、想像すると俺が悪役みたいだし」

「ど、どうしてですか?」

「うん? いや、順風満帆で問題なくやってた生徒会役員達に、宣戦布告してその地位奪おうって云うんだから。しかも俺の方が圧倒的に有利だし」

「少年漫画だったら龍治が悪者の流れだな。そんで相手が奇跡的に勝利して大盛り上がり、みたいな」

「ははは。しかしここは現実なので、そう都合よくは行かん」

「悪い顔してんなぁ」


 意識してニヤリと笑った龍治に、椋太郎は楽しげに笑い返す。柾輝は「そう云うお顔も素敵です」と龍治をよいしょしてくれる事を忘れない。

 鏡がないのでなんとも云えないが、自分みたいなクールビューティーフェイスが悪そうに笑ったら、それはもうハマりにハマッた似合いの笑顔だろうなと思う。ちょっとゲームの『龍治』の笑顔を思い出したが、速攻でなかった事にした。“あれ”よりはマシに違いない。


「で、選挙活動してんの?」

「あぁ、うん。一応」

「一応?」

「極当たり前の事しかしてないから」


 次の生徒会長選挙は四月の初頭である。今は二月初旬なので、まだ先の話ではあった。普段の流れなら、選挙活動は三月の半ば辺りから始めているのだが、綾小路龍治立候補と云う爆弾が投下されたので今の時点で活動が始まっていた。

 恵理香が仕入れてくれた情報によると、今のところ立候補者は龍治と現書記のみだと云う。現書記はこれまで雪乃介が築き上げて来てくれた人脈を生かし、どうにか龍治に対抗したいと云う感じだそうだ。その意気やよし、と龍治は上から目線で思う。


「ポスター貼って、各クラスの代表者に挨拶して、後援会の子達と話したりするくらいかなー」

「小学生の選挙活動の枠超えてるような。てか、後援会とかあるんだ……」

「勝手にそう云ってるだけだけどな。学校側が作れって云ったわけじゃないし。俺を応援しようって思ってくれてる子達が集まってるだけだから。俺が認知してるってのは強みかもだけど」

「既に選挙権を持つ生徒の八割以上が参加しています」

「何それ相手が可哀想」

「向こうも頑張ってるけどなー。こればっかりは」


 そもそも初等科は龍治を筆頭に一枚岩。龍治を応援するのが当然と考える子達ばかりで、そうでないのは北王子に近しい立場にいるか、個人的友誼に基づき現書記を応援したいかだろう。

 こう云う事態になると、相手側に属する子達が弾圧されそうな雰囲気が生まれかねないが、その辺りは花蓮や眞由梨達が上手く調整してくれていた。「勝負は正々堂々とするべき。余計な手出しは無用。各自綾小路龍治を信じて軽挙妄動は慎むように」とのお達しが既に全校生徒に伝わっている。

 つまり、相手側に嫌がらせをしたり喧嘩をふっかけようものなら、龍治達が許さんよ、と云っている訳である。そう云った事への聞き分けはみんな大変良いので、殺伐とした空気にもならずに済んでいる。それでも相手側が可哀想な事に変わりはないが。


「相手さんの名前は?」

伊達だて宗吾そうご。自信家で面白い奴だよ」


 父親が書道家のお陰か、毛筆の腕前が小学生にして称賛するしかないレベルに達している。龍治も何度か作品展や発表会で見ているが、思わず感じ入る様な力強い字を書いていた。

 書記として働く時にはシャープペンシルを使っているので雰囲気が変わるが、それでも読みやすい綺麗な字を書いていた。会議のまとめを作るのも上手く、書記向きの能力を持っている。

 性格の方は、書記にイメージされるような大人しいモノではなかったが。




 三日前の放課後、龍治が柾輝と共に帰りの支度をしていた時に彼はやってきた。クラスの女子から「伊達様が龍治様にお話があるといらしてますが」と云われ顔を上げれば、伊達宗吾は教室前方の出入り口側にて背筋を伸ばし、腕を組んで立っていた。その目付きに友好さは欠片もなく、早々に柾輝達が殺気立って宥めるのに難儀したのだった。

「一対一で話がしたい」と云われ、龍治は了承した。案の定柾輝と花蓮がごねたが、相手が出向いて来てそう頼まれた以上拒否する訳には行かない。「すぐ戻って来るから」と告げて、先導する伊達の後をついて行ったのだ。


 ついて行った先は初等科の校舎裏。簡易ながら庭園のようになっていて、昼休みなどは大人しめの生徒らの憩いの場所となっている。それも放課後となれば、シンと静まり返っているが。

 設置されたベンチには座らず、立ったままで龍治と伊達は相対した。小さな噴水から水音が響く。小鳥のさえずりも風にのって聞こえてきた。


 伊達宗吾は、龍治と似た系統の顔立ちをしていた。所謂いわゆるクール系である。しかし龍治と違い、女性的な印象は一切ない。まだ幼いが故に男臭い顔立ちと云うと少し違うのだが、上手く成長すれば、危険な香りがする色男、とやらになりそうな雰囲気であった。

 混じりッ気なしの黒髪は少し癖があり、髪と同じ色をした目は相手を射抜くように鋭い。吊り上げられた形の良い眉と、一文字に締められている薄い唇が、龍治に対して強気の姿勢で居る事を示していた。

 不敵な態度と云えば、そうかも知れない。龍治を相手に愛想一つ見せない態度は、柾輝辺りからは傲岸不遜と云われてしまいそうだ。

 しかし一切厭な感じがしない。不思議な事だが。龍治は彼の態度を好ましく感じている。

 悪意が絡んでないからか、それとも侮蔑的ではないからか。伊達の矜持の元、真っ直ぐに胸を張っているとわかるからか。何にせよ、彼はとても“得な雰囲気”の持ち主なのではないだろうか。


「いきなり悪かったな。呼び出したりしてよ」

「いや、構わない。話があるんだろう?」

「そう云ってもらえると助かるぜ」


 にやりと笑う顔に、下手な気負いはなかった。強気な姿勢も、偉そうな態度も、伊達にとっては自然体なのだろう。伊達家も上に属する結構な家柄なのだから、当然と云えば当然か。


「とは、云ったものの。アンタは俺が何を話したいか、予想はしてんだろ?」

「まぁな」


 生徒会長選挙の事だろうと思って頷くと、「話が早くて助かる」と伊達は頷いた。

 それからただでさえ鋭い目つきをさらに鋭くして、龍治を見据えた。


「今回の生徒会選挙。やるまでもねぇ。最初っから俺の負けは決まってる」


 云っている事は情けないはずなのに、全くそう感じないのはどう云う事なのか。それを龍治も当然と思っているからか。それとも、その敗北に対し、伊達が泰然自若としているせいか。


「雪先輩は「勝ってくれ」、なぁーんて云ってたけどな。まぁ無茶な話だ。俺とアンタじゃぁ地力に差がある上に、支持者の数も比べる事すら恥ずかしい。ま、雪先輩も本気で勝てなんて云ってねぇだろうけどな。そこまで夢見がちじゃないから、あの人は」

「……そうだな」

「だけどな。俺ぁ引く訳には行かねぇんだ。どうしてか分かるか?」


 笑みを崩さない顔に問われ、龍治は小さく首を傾げた。妙な質問をされたと思ったからだ。

 どうして――それは真剣に考えていなかった。雪乃介への義理故か、無風選挙になる事を避けるためか、それとも――本人の矜持が敵前逃亡を許さないからなのか。こうして相対して話してみると、三つ目の理由以外ないように思えた。故にそう伝えれば、伊達は我が意を得たりとばかりに満足げに頷いてみせる。


「そう云うこった。世の中には、負けと分かってる勝負をする奴ぁ莫迦だなんて云いやがる訳知り顔の小賢しい奴らが居るけどな。俺から云わせりゃそんな奴ぁ、尤もらしい云い訳を並べ立てて逃げを打つただの腰抜けだ。例え負ける事が確定していても、俺はアンタの前から逃げねぇ。正々堂々勝負して、自分に納得が行く負けをやらせて貰うぜ。アンタにゃぁ迷惑な話かも知れねぇが、有名税の一つだと思って受けて立ってくんな」

「それについては異論も反論もないが」


 ふむ、と顎の手をやって考える。どうにも龍治には、伊達が“それだけ”の理由で挑んで来るとは思えなかった。もっと他に、この勝負を投げない意味があるのではないか、と。

 今云った理由の裏に、もう一つ何かがある。


「その納得が行く負けを得る事に、何か意味があるのか?」

「ある」


 短く答えて、伊達は仁王立ちになった。子供らしからぬ、険しい表情が顔に浮かぶ。これまでとは違った雰囲気に龍治が身構えると、伊達は、



「俺は、花蓮のお嬢さんが好きなのさ」



 なんとも容易く、言葉の手りゅう弾を投げて来た。それをキャッチした龍治は、「は?」と間の抜けた声を上げてしまう。

 龍治が考えていた理由と、方向性が違う。


「アンタは知ってるかい? 花蓮さんはうちの親父の門下なんだが」

「あぁ、……知ってる。それが縁で、作品展やらに顔を出させて貰っていたからな……」


 先に述べた伊達宗吾の字を見る機会となった作品展や発表会。本来なら龍治はそう頻繁に見に行く必要はないのだが、花蓮が幼稚園の頃から伊達家にて書道を学んでいたので、それを縁と云う事にして出向いていたのだ。花蓮も美しい字を書くので、それを見るのも楽しかった。その途中で伊達宗吾の字を見る事となり、隣りに居た花蓮が「こちらは伊達家のご子息である宗吾様の作品ですわ」と紹介してくれたのである。それに対して龍治は「力強くて良い字だな」と褒め、花蓮も「えぇ本当に」と穏やかに微笑んで頷いていた。それだけだった。

 まさか伊達が、花蓮に惚れていたとは。


(えーっと、つまり恋敵ライバル出現って奴、なのか?)


『せかきみ』には当然、こんな展開を連想させるイベントや設定はなかった。

『龍治』と『花蓮』が婚約者である事について、面と向かって文句を云う輩は――ヒロイン周辺を除いて――存在せず、ゲーム中において『花蓮』は学園中から怖がられていた。そもそも『せかきみ』は逆ハー仕様の争奪ゲーであって、ヒロインが物語の中心であるから、ライバルキャラに惚れるようなキャラはお呼びでないのだ。

 居たら『花蓮』好きのゼンさんが狂喜乱舞してる。今だって龍治には解読出来ない様な言葉の羅列と共に喜びの舞を踊ってる、気がする。来世りゅうじにライバルが現れたのだから、もっと警戒とか敵意を持って欲しい。

「恋って障害があると燃え上がるよね!」とかえぇ顔でサムズアップして云ってる気がしてイラっと来た。これ以上の厄介事はいらぬ。障害を喜ぶな。少女漫画脳か!


「花のかんばせ、優美な立ち居振る舞い、慈悲溢れる美しい精神、そして何より繊細でありながら華のある字を生みだす才覚! お嬢さんは俺の理想の体現者だ!」

「お、おう」

「おっと、俺だって分かってる。花蓮さんとアンタぁ俺から見たって相思相愛……割って入れるなんて夢見れるほど、俺ぁお花ちゃんじゃぁないぜ?」

「あぁ、うん」

「でもな。だからこそ俺は、花蓮さんに恥じない自分で居たいのさ。あのひとが、素敵だと云ってくれた俺でありたいんだ」

「ほう?」


 花蓮が自分以外の男を褒めたと云う話に、初めて龍治の眉間にしわが寄った。別に伊達が褒めるに値しない男だと思っている訳ではない。龍治の目から見ても、伊達は中々良いヤツだ。

 だが。

 いつも龍治を愛らしい笑みと共に褒め称えてくれる花蓮が、他の男の事を褒めたと云うのが――無性に気に食わない。

 独占欲か嫉妬か。どちらにせよ、自分にしては幼稚な感情だと龍治は思う。

 ゼンさんがにやにやしてる気がする。ちょっとすっ込んでて欲しい。


「はン、いい表情かお拝ませて貰ったぜ。アンタもそんな面ァすんだな」

「何だと」

「いつもの澄ましたお綺麗な顔よか、そっちの方が“人間っぽくて”いいと思うけどよ」


 何故か褒められて、龍治はきょとんとする。そんなに普段の自分は、人間っぽくないのだろうか。


「アンタはいつも静かに微笑んでて、なぁに考えてんだかよく分からねぇんだよ。俺が花蓮さんに惚れてるっつっても反応鈍いしさぁ。ま、アンタも男だって事がわかって良かったけどな」

「なんだ、それは」

「こっちの話。ま、云いたい事は云ったし、いいモン見れたから俺ぁ満足だね。時間取らせて悪かったな」

「待った」


 一人で満足して帰ろうとする伊達を、龍治は引き留めた。今度は伊達がきょとんとした顔をして、「どうした?」なんて云うのだから「しょうがない奴だな」と溜め息が出る。本当に己の云いたい事を云いたかっただけか、この男は。潔しと云えばそうだが、こちらの話も聞いて欲しい。


「お前は花蓮に惚れていると云うが、本気で俺から奪い取る気はないのか?」

「……当たり前だろ。いくら俺だって、綾小路と東堂院を同時に敵に回すような無謀な真似、出来るかってんだ」

「まぁ、それもそうか」


 当たり前の事である。『瑛光学園』に籍を置く中で、五大財閥の力を恐れぬ者はいない。虎の尾を踏む事も、藪を突く事もしない。そんな事をすれば、目覚めた虎に喰い殺されるか、藪から巨大な毒蛇が牙を剥いて来るのがオチである。自殺志願者ならやらかすだろうが、まともな神経の持ち主はまずしない。

 伊達は大胆な男のようだが、現実を冷静に見極めてもいるわけである。それでも龍治を呼び出したのは、やはり矜持高さ故なのだろう。それと同時に、龍治の人間性を信じてくれたのだと思う。これで舐めた態度を取られていたら堪忍袋の緒が盛大に弾け飛んだだろうが、伊達は全くと云っていいほど龍治を侮ってなどいなかった。伊達は龍治の事を甘い人間なのではなく、懐が大きい人間だと思ってくれているのだろう。でなかったら、侮蔑感ゼロで挑発的な事など云うまい。


「……俺、お前の事嫌いじゃないな。好きな部類だ」

「……は?!」

「真っ正直な奴は、好ましい」


 人によりけりだろうが。龍治は真っ向から挑んで来る者が好ましく思える。

 綾小路家の嫡男故に、多くの人間は龍治に一歩どころか三歩十歩引く。龍治に正面から当たって来る者はほとんどいない。生徒会長になれば、ますますそれが顕著になって行くだろう。それは龍治自らが周りを守るために望む事だが、それと同時にやはり寂しさと云うか、疎外されていると感じてしまう。

 その中で伊達は、花蓮への好意を臆す事なく口にした。負けると分かっていても降りる気はないと、挑戦状を叩きつけてくれた。

 少し嬉しいと感じても、仕方ない事だ。


 龍治の変化球的な好意を受けた伊達は、目を丸くして口をぱくぱく動かしたかと思うと、耳まで赤くして憤慨した。ダンダンッと地面を踏み締めて、大きく口を開く。


「ば、――莫迦にしてんのかッ?!」

「いや、真面目だ」

「余計に悪いッ! なんだよそれ?! こっちはカッコ悪い事云ってんのに!」

「かっこ悪くないと思うぞ。その潔さは心地いい」

「――っ!」


 伊達の紅潮は首まで達した。熱発してないだろうな、と不安になるほど赤い。

 どう云う感情の発露か――言動からして悔しさか?――目に涙を滲ませた伊達は、指先をビシリと龍治に突き付けて叫んだ。


「よ、よ、余裕面しやがって! いつか見てろ! アンタに吠え面かかせてやるからなぁッ!」

「楽しみにしてる」

「――チクショウっ!」

「あっ。おいー、宗吾って呼んでいいかー」

「好きにしろよくそおおおおおおおおおッッ!」


 棄て台詞的な言葉を吐いて一目散に逃げて行ってしまったが。何だかんだで許可をくれるあたり、良い奴だと思った龍治であった。




 一通り伊達宗吾について話し終えると、椋太郎は思い切り苦笑いをしてみせた。


「そりゃぁ……伊達君可哀想に」

「人の余裕が崩れる瞬間は良いものだ。心躍る」

「いやだ計画的犯行……。本当に伊達君可哀想……」

「龍治様に敵対してその程度で済まされているのですから、むしろ僥倖ぎょうこうかと」

「いや敵対って云うか……。青春だなぁ……」

「そんな遠い昔の事みたいに。椋太郎の青春だってまだこれからだろ?」

「慈愛に満ちた顔で云うのやめてくれ。なんか辛い」


 六方焼をまりまり食べながら椋太郎が云う。だが彼も若いのだから、まだまだこれから花咲く青春と云うのもあるだろう。生半可な女にはくれてやらないけど。

 ゼンさんが「なんか年寄り臭いよ。頑固系の」とか云って来た気がするが、もしそう感じるなら全面的にあんたが悪いと思っておく。一生分の記憶きろくがあるのだから、思考回路が年寄りっぽくなる時もあるだろう。不可抗力だ。


「でもなんだ。龍治も嫉妬なんてする事あるんだなぁ。新鮮かも」

「自分でも驚いた。まぁこれまで、ライバルらしいライバルが居なかったしなぁ」


 その点は割と、龍治自身もネックだなと思っている部分である。

 どうも龍治は、闘争心が薄いと自分で感じる時があった。後継者争いをする相手もいないし――親戚関係の同年代は、優秀な者が多いが龍治には及ばない――、花蓮を賭けて争うような存在もいなかった。順風満帆と云えば聞こえはいいが、そう云う平穏な人生は上昇志向を削り取って行く害悪とも成りえる。

 龍治はまだ、後継者として恥じないようにと考えていたり、まだ見ぬ『ヒロイン』に負けないようにと奮起しているからマシなのだが。

 ――ゲームの『龍治』の心の闇も、この辺りから起因している部分もあったなぁと思い出して、僅かながらしょっぱい気分になった。


(最強とか最良って、良し悪しだよなぁ……)


 うんうんと一人で頷いて、龍治も二つ目の六方焼に手をつけた。甘い物を食べると無条件で幸せになれるのは、甘味好きの良い所だと思う。どぎつい蛍光色の砂糖じゃりじゃりな奴は甘くても食べたくないが。あれは甘味の暴力だ。二度と食べたくない。


「あ、そうそう。椋太郎はチョコ好きか?」

「ん? あったら食うけど」

「ならバレンタインは楽しみにしとけ」

「……くれんの?」


 椋太郎が訝しげな顔で聞いて来るので、頷いた。

 龍治はこの手のイベントに意外と乗るタイプである。恋人達の祭典系は花蓮と一緒に楽しめるので、乗らない手はないのであった。


「昔から手作りして花蓮と交換してるから、ついでに周りの人にも作ってるんだ」

「バレンタインチョコ手作りしちゃう御曹司ってなんなの?」

「料理は好きだ!」

「僕もお手伝いしてます」

「龍治と柾輝の合作かぁ。云い値で買おうとか云う人出そうだな」

「なんか如何わしくてやだな。……あ、今年は玲二も一緒に作るんだった」

「例のお友達か?」

「そうそう。話したら面白そうだから混ぜてって云われて」

「女子力系男子が増えてるってマジなのか……」

「この程度で女子力?」

「龍治。世の女性はな、――意外と料理が出来ない。驚くほど出来ない」

「練習すれば誰でも出来ますよね?」

「料理ベタな人に正面からそれ云うと、もれなく腹パン喰らうから気を付けとけ少年共」

「うわ……」「怖い……」


 どうでもいい事を話しながら、だるだるとした時間は過ぎて行くのだった。



 龍治がどっかのんびりしてるのは、目に見えた・実感出来るライバルがいないからじゃないかなーと。『ヒロイン』は警戒対象ですが、まだいるって確定してませんし、原作通り学園に来るのかも不明ですからね。


 乙女ゲー転生小説なので、龍治の周りにはゲーム登場キャラばかりですが。それについて、「……なんかきめぇな」と思ってしまった作者です。(酷い)

 故にちょっと前から、龍治と敵対する子だけでなく、ゲームに一切影も形もなかった子も出したいなーと思っておりまして。ようやく好機が巡ってきおったでぇ、とばかりに出しました。

 伊達宗吾君です。

 字面からしてモデルは某筆頭な気がしないでもないですが。(曖昧)

 あの人も天下統一した葵の御紋に対してすっげー偉そうにしてたんで、宗吾もそんな感じになってくれたらなーと願って名づけました。頑張って龍治のライバルになって欲しいです。

 花蓮が好きって云う要素は、正直悩んだんですけどねぇ。龍治の周りの女子の誰かを好きって事にしようと思って、宗吾みたいなタイプだったら誰を好きになるかなーと考えて、最終的に花蓮と眞由梨が残ったので「……龍治のライバルなら花蓮だろ」となった訳でした。

 そろそろ恋愛タグが詐欺扱いされそうな事に危惧したとかそんな事は……少しあるかも。←

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