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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
37/42

34.乗っ取り上等

 こんばんは、お待たせ致しました!

 新章――生徒会篇、スタートです!

 今日も今日とて、綾小路あやのこうじ龍治りゅうじは悩んでいた。最早日課である。

 自室のティーテーブルに座り、紅茶と菓子クッキーを前に頬杖をついて、指でテーブルを一定のリズムで叩く。コツ、コツ、コツ。下手をすれば苛立っているように見えるが、長年の付き合いがある岡崎おかざき柾輝まさきは正しく龍治の感情を察しているようだ。龍治の正面に座っている彼は、不安気ではなく心配そうな目でその様を見ていた。


 今回の悩みは攻略対象達についてではなく――含まれてはいるが、主題ではない――、今後の自分の身の振り方と云う、これまた小学生らしくない悩みである。


(……あれを断ったのは失敗だった、かな)


 あの時は、これ以上学園内で権勢をふるうのは勘弁を建て前に断ってしまった。勿論、本当の理由は別にあった。あの誘いを受けるのは、あまりに意地が悪いと思ったのだ。だから龍治が断った事で、誘って来た相手も安堵していたのだ。それを今更撤回するのは、あまり宜しい事とは云えないだろう。敵対宣言と取られる行いである。

 しかし、この先の事を考えると、相手と敵対してでもやらなくてはならないと思うのだ。必要以上に敵は作りたくないが、それは“必要とあらば作る”と云う事だ。今回の件については、まさにそれだ。必要だから、敵対するのもやむ無し、なのである。

 無論、出来る事なら敵対せず取り込んでしまいたい所だが――相手の気性や背景から考えて、不可能に近い事だ。もし味方に引き込めたら奇跡に等しい。そう云う相手だ。


「……」


 テーブルを叩いていた指を止めて、クッキーを一つつまむ。

 今日のクッキーはバターたっぷりのバニラ風味とココアを練り込んだマーブル、そして木イチゴのジャムをふんだんに乗せた三種類である。

 龍治が特に選ばずつまんだクッキーはマーブルだった。それを眺めつつ、口を開く。


「……柾輝」

「はい、龍治様」


 すぐに返事をする柾輝に、問い掛ける意思を持って視線を投げて。


「生徒会長になろうと思うんだけど、どうかな?」

「……そう、ですね」


 柾輝は少し悩んだ。口元に手を当てて、視線をテーブルへと落として。

 その様は十秒ほどで終わり、顔を上げてにっこりと笑顔を見せる。


「素晴らしいお考えかと存じます」

「そうか」


“龍治の利になる事”についてはイエスマンとなる柾輝に聞いた所で、それ以外の答えが返って来る訳がないのだが。背中を押して貰った気分にはなった。

 軽く微笑んで、クッキーを食む。さくっと軽快な音を立てて口の中に入ったクッキーの欠片は、程良い甘さと味わい深いココアの香りを持ってほどけて行き、龍治を満足させるのだった。



 *** ***



『世界の全ては君のモノ』――通称『せかきみ』と呼ばれるゲームは、名家良家の子女が通う名門校を舞台にした乙女向け恋愛ゲームである。

 金持ち学園恋愛物の王道と云えば生徒会だ。全役員が美形で才能豊か、誰もが憧れる理想の人々――と云うのがお約束であるのだが。

『せかきみ』の生徒会は少し違う。

 確かに生徒達の憧れではあるし、見目麗しく優秀な生徒が揃っているが、その中で攻略出来るのは『ヒロイン』の一つ上――龍治と同い年――の書記だけなのである。他の役員はサブキャラと云う存在で、攻略は出来ない。出番も書記ルートではそれなりにあるのだが、他のルートでは噛ませ犬と云うか、当て馬と云うか、そう云う可哀想な扱いであったりする。

 例えば、『ヒロイン』へ強引に迫る『龍治』を注意したら「生徒会如きがこの俺に指図する気か? 身の程を弁えろよ、犬が」と罵られたり。『ヒロイン』へキツく当たる『花蓮』を止めたら「わたくしが許していないのに発言をするだなんて……。躾のなっていない駄犬ですわね」と罵られたり。

『瑛光学園』においては権力者である生徒会も、メインの攻略対象である『龍治』や『ヒロイン』のライバルである『花蓮』には及ばないと云う表現なのだろう。さらに云うなら、その生徒会すら勝てない『龍治』に惚れられたり、『花蓮』の悪意に勝利する『ヒロイン』の凄さを引き立てるためとも云える。それにしたって、もっと扱いを良くしてやってもいいだろうにと龍治は思う。


 特に生徒会長。この男が『瑛光学園』にはあまり居ない熱血系なのだが、前述の書記のトゥルーエンドルートではその書記と『ヒロイン』が結ばれるようにと文字通り骨を折る。

 骨を折る(物理)。

 何故骨を折るのかは省略するが、とにかくその熱血さを生かし、控えめな書記を奮い立たせ、「男なら好きな女くらい全力で守れよ!」とその背中を叩いてやる男前なのだ。


 まぁこの生徒会長も『ヒロイン』に惚れていたりする訳で。自分の恋より後輩の恋を優先する男ぶりにまたプレイヤーが発狂したりもした訳だが。「何で会長攻略出来ないの?!」と嘆いたプレイヤーは大変多かったようだ。

 移植版では出番も増え、独自エピソードなども追加されたが――結局攻略キャラにはならなかった。理由は不明だ。プレイヤーはそれに対し「なんで?!」と憤慨する人達と、「むしろ攻略出来ないからいい」と許容する人達とでばっくり割れたのだった。

 ゼンさんは安定のゼンさんで、「熱血会長×クール副会長か、ここは大穴でショタ会計×熱血純粋会長か……?!」とか呟いていたけれど。節操を持って欲しい。と云うか、前の発言と合わせての推測なのだが――ショタ攻め、好きなのだろうか…………なんか好きっぽい。勘弁して欲しい。心底龍治は思う。


 ちなみに流石『せかきみ』と云う奴で、様々なルートでこの会長も当然のように大変可哀想な目に遭う。主に『龍治』ルートとかで。他のキャラのバッドエンドに巻き込まれたりもして。本人落ち度がないのに理不尽な目に遭ったり、落ち度があったとしても「そ、そこまでやるか」と云う目に遭ったり。

 メインからサブに至るまで、すべからく不幸にしないと気が済まないのだろうか、『せかきみ』スタッフは。



 そんな生徒会長、名前を北王子きたおうじ雪乃介ゆきのすけと云う。そして現在、龍治との関わりは、ゲームとは違った雰囲気の元それなりに濃い。

 何故かと云えば。

 大分前に語った綾小路、東堂院が含まれた日本が誇る五大財閥と云う存在。その一角を担う北王子家直系の次男坊だからであった。



 *** ***



 二月上旬。まだまだ気温が低く、寒さに弱い龍治は外へ出るのが辛い時期である。

 室内に居る時には服は温いし空調及び床暖房は完備なので辛いとは思わないが、外の寒々しい景色を見ると心が冷え込むような気がするのだ。

 故に本日学校にて、くだんの北王子雪乃介を招いたのは、温室に併設されたカフェであった。温室とは云っても熱帯の植物がある訳ではなく、カフェがある所は秋の植物が中心となっているため程良い気温である。冬の間の龍治お気に入りスポットでもあった。

 龍治が座る少し大きめのテーブルには、柾輝と花蓮かれん、招いた雪乃介の他、呼んでいないはずの二人が同席していた。

 予測していなかったと云えば嘘になるが、それでも今の龍治の心境を一言で云い表すならこれだ。――どうしてこうなった?


「……俺がお招きしたのって、雪さんだけですよね?」

「まァ、そうなんだけどさァ」

「相変わらず可愛くねぇ事云いやがる」

「二人で密談なんてズルいわ。仲間に入れて貰わなくちゃ」


 龍治の言葉に、頭を掻きながら答えたのは雪乃介で、残りのふてぶてしい言葉と有無を云わさぬ調子の言葉は招かれざる客人二名――南九条みなみくじょう葛定かつさだ西松浦にしまつうら小梅こうめのものであった。


 大変な事になっている。何が大変かと云うなら、一同に集った面子が大変なのだ。

 綾小路、東堂院とうどういん、北王子、南九条、西松浦――日本五大財閥の直系が、大した問題がある訳でも、会合の約束をしていた訳でもないのに集まっているのだから。

 周りからの注目度が凄まじい。誰も彼もが龍治達の存在に細心の注意を払っていた。皆遠慮して――と云うか、怖がって?――距離は取っているが、聞き耳をしっかり立てているのだ。



「龍治がオレに相談なんてさァ、何事かって思うじゃん? そしたら親しい年上に「どうしよう?」ってェ相談するのが筋ってもんじゃねェ? だからオレは小梅ちゃんには伝えたよ? 葛定さんは知らねェけど」


 雪乃介は現在龍治より一つ上の六年生。初等科の生徒会長を務めている。

 ベリーショートの髪は真っ黒で、瞳は好奇心に煌めく大きな茶色。アウトドアを好むためか、『瑛光学園』の生徒にしては健康的に日に焼けているし、年齢の割に大柄だ。だが顔立ちはまだ幼く、やんちゃと云う単語が良く似合う。年齢を重ねれば、強気な男前になるだろう。

 制服の襟元を緩め、ネクタイが曲がり気味なのは御愛嬌か。


「そうだよなぁ。俺だけ除け者にしようとしやがったんだよなぁ。……いい度胸じゃねぇの、チビ共」


 葛定は龍治より六つ上、高等科二年生。高等科そこで生徒会長を務めている。

 挑戦的な眼差しは切れ長の赤茶の瞳から発せられ、眉間にはくっきりと皺が刻まれている。気難しく神経質そうに見るがその実ズボラな部分もあり、人前へよく出る生徒会長でありながら、ざんばら気味な茶髪がそれをよく表していた。弓道を中等科より続けているからか、体はすっかり出来上がっていて、薄っぺらさはどこにもない。かと云ってがっちりでもない、女性が抱く理想的な筋肉の付き方をしている。

 高等科の制服は白を基調としたブレザーなのだが、この人には袴の方がよほど似合うと龍治は思う。


「あらやだ。カーくんったら僻んじゃって。素直にハブられて寂しかったって云えばいいのに」


 小梅は龍治より三つ上の中等科二年生。今は中等科にて副会長を務めているが、来期には生徒会長になる事が確定している人だ。

 緩くウェーブしたボブカットの髪は、しっとりしたカラスの濡れ羽色。おっとりした垂れ気味の目元は穏やかな印象を受けるが、中身は狐染みた策士である事は近しい人間にはよくよく知れている。磨き上げられた白い肌も、美しい所作も、優しげな微笑も、全て彼女が彼女の為に作りあげた最強の武装であった。

 中等科女子の白いセーラー服から伸び、黒いタイツに包まれたしなやかな足が、一撃必殺の蹴りを繰り出す事を知っている人間は少ないけれど。それは何の救いにもなっていなかった。


 揃いも揃って濃ゆい個性の持ち主達である。流石は日本が誇る五大財閥の直系と云うべきか。正直、雪乃介だけでも手間がかかると思っていた龍治にしてみれば、「どうしてこうなった!」と叫びたくもなる状況だ。

 柾輝はこの場での発言権は著しく低いし、花蓮は龍治の援護はしてくれるだろうがこの三人に立ち向かえなどとは冗談でも云わない。命がかかった場面でも絶対に云わない。好きな女の子を矢面に立たせたいと思う男がいるだろうか。居たとしたらそいつは男の風上に置けぬ輩だ。


「あ゛? 何云ってやがんだ。“綾小路”と“北王子”にこそこそされて、気分が良い訳ねぇだろ、女狐」

「相変わらず口の悪いこと。せっかく情報流してあげたのに」

「借りが出来ちまって不愉快だから、なるたけ早く返してやんよ」

「そう。期待して待っていてあげてよ? 精々頑張ってちょうだいな」


 厭過ぎる会話が交わされて、龍治はつい、雪乃介を恨みがましい目で見てしまった。その視線に雪乃介はへらりと笑う。やんちゃさが鳴りを潜め、小学生に似つかわしくない狡猾な色が茶色の瞳に揺らめいた。



 五大財閥と世間では一括りにされ、何かあれば協力関係を作り、社交の場では集うのが常ではあるのだが。五家が手を取り合って仲良しこよしでやっているのか、と聞かれれば、そんな訳がないと否定するしかない。

 率先して争うのはお互いにとって宜しくないので―― 一応、商売敵にはならないようにしているのだ、各家とも――しないのだが、かと云って笑顔で仲良くなんて関係になるのは感情的に気に食わないのだ。同程度の力のある者達が近付けば、磁石のように反発しあうのは自然な事である。

 ここら辺は各自複雑な事情と感情を抱え、簡単には解消出来ない状態となっている。必要な時には協力しあい、そうでない時には腹を探り合う。装飾過多で遠回しに詰り合う時もあれば、今の時のように辛辣な言葉をぶつけ合う時もある。そして各家、あからさまな侮辱行為でない限り、それで良しとしている。

 なんともまぁ、息苦しい関係性が出来上がってしまっていて、解決するには一つ二つの家が奮起した所では不可能。さらに云えば、解決した所で大したメリットもないので、現状維持が最も好ましいと云う事になっていた。そこら辺りは龍治も同意出来る部分はある。直接対決はしなくとも、総合力で競い合う相手が居ると云うのは、己の力を高める原動力にもなる。良好な関係だけが良い事ではないのだ。


 そんな複雑怪奇な家家の中で、綾小路家と東堂院家が“ある程度”親しいのは、互いの事業が互いを助ける部分があり、尚且つ婚約関係となった龍治と花蓮の仲が良好だからだ。これで龍治と花蓮が「政略結婚だから仕方なく」みたいな態度でいたら、二家の関係はもっと冷えていた。子はかすがいと云う言葉がなんとなく思い浮かぶ。これは夫婦の関係を示した言葉だけれど。


 とにもかくにも。有事以外で五家が揃って良い事は少ないので、龍治は雪乃介だけに声をかけたのだ。雪乃介とて五家勢ぞろいで睨みあうなど御免だろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 龍治にとって都合のよい予想は外れて、都合の悪い予想があたった。引っ掻き回す気満々だ、この人。



「オレは龍治と二人きりでも良かったんだけどさァ。どうせ花蓮とおまけも来ると思ったし、ならオレも連れ込んじゃおうかなーってェ」

「ならそう云って貰えれば、柾輝と花蓮を置いてきましたよ」

「またまた。お前がついて来んなって云った所で、この二人がはいそうですかって引きさがる訳がねェじゃんか」

「……」


 確かに、と思ってしまった時点で龍治の負けだった。その上、両隣りに居る二人から「そりゃもちろん」と云わんばかりに頷かれてしまっては、云い繕っても無駄である。


「……まぁいいです。納得しました」

「そうかィ」

「ですが一つ訂正を。――柾輝をおまけ呼ばわりしないで下さい。おまけじゃなくて、俺の大事な世話役ともだちです」

「……飽きねェな、お前もさァ」

「飽きませんよ。大切な事ですから」


 当然と云えば当然だが。五家の人間は程度の差はあれ選民思想が根付いている。龍治のようにけろっとした顔で一般人とすら交流する方が珍しい、と云うかおかしいのだ。この辺りの感覚が良いか悪いかは個人で判断が分かれるので議論する気はない。

 ただ龍治はこの感性のお陰で沢山得るものがあったので、決して悪い事だとは思わない。

 花蓮も自ら率先して関わる事はあまりないが、龍治経由だと安心感があるのか、普通に接してくれるので問題ない。


 さて。そんな人を選ぶ事が当たり前の彼らにとって、使用人は役に立つし信頼もするし重用もするが、“愛でる”ものではない。愛でたいのなら、“別のモノ”を用意すればいい。

 故に龍治が柾輝を大切にしている事が不可解であるし、不愉快でもある。今だって柾輝の同席を許しているのは、“綾小路龍治が”許しているからだ。これが他の人間であったなら、「使用人と自分達を同列に並べるとは、侮辱しているのか」とかそう云う話になってしまう。

 ある意味で龍治は余計な波風を立てていると云えるのだが――まぁ“わざと”な部分もあるし、柾輝だけ立たしておくのも厭なので、折れる気は全くなかった。やはり龍治の隣りには、柾輝と花蓮がいなくてはならないのだ。こんな時は、綾小路家の強大さが有難い。


「さて……。時間も限られてるし、そろそろ本題に入ろうかァ」

「そうしましょう。葛定さん、小梅さん、じゃれ合いもその辺りで」

「へぇへぇ」

「そうねえ。龍くんの目的、聞かせて貰わないとね」


 ここで葛定と小梅の目にも、狡猾な色が宿る。

 あぁ本当にやり難いしやり合いたくない。同じ穴のむじなと云う言葉がぴったりな面子と揃って顔を突き合わせるのは、精神衛生に本当によくない。

 花蓮がそっと龍治の名前を呼ぶ。それに微笑んで答えてから、雪乃介へと顔を向けた。



「来期から生徒会に入りたいと思っているのですが、それは可能ですか?」



 端的に、わかりやすく、直球で、龍治は己が求めるものを伝えた。

 遠回しに云って時間がかかる事は好ましくない。特にこの人達相手では、時間をかけた分だけ面倒が増える。なら、すっぱり云い切ってしまった方が良い。

 龍治が生徒会に入る――この言葉の意味を、この三人なら正しく理解するだろうから。


 そうして伝えた龍治の言葉に、三人が揃って目を細めた。忌々しげな気持ちを込めた、獣の目だ。もうすでに心臓がちくちく痛い。


「――そうだな。可能か不可能かで云わせりゃ、そら勿論可能だなぁ」

「“綾小路”が望んで叶わない事なんて、まずないし、ねぇ」

「たださァー。……今更それを云うわけェ?」

「云いますね。我が侭は承知の上ですけど」


 雪乃介が額を押さえた。一番頭が痛いのは、彼だろう。


「……お前、去年断ったよなァ」

「必要以上に権勢を揮う気はなかったので」

「云いやがらぁ」

「可愛くない子ね」


 龍治の言葉は聞きようによっては、「お前らみたいに偉そうに振る舞う気ねーから!」と云う意味になるので、年長組の反応は致し方ない事。しかしそれで怖気づく訳にも、遠慮する訳にも行かなかった。


「事情が変わりまして。俺も仲間に入れて貰います」

「断言しやがったよー、こいつ」

「雪ちゃん、どうするの?」

「どうするって……」


 大きな溜め息を、雪乃介がつく。それから手を伸ばして、龍治のネクタイを掴んで引っ張った。前のめりになった龍治の姿に、柾輝と花蓮が息を飲んで雪乃介を止めようとしたが、それは龍治が手を上げて制止した。

 雪乃介の顔がぐっと近づく。近くで見ても端整な顔立ちに見えるのだから、本当に将来が楽しみだ。そんなある種の余裕すら持って見つめ返す龍治の顔を、雪乃介は心底忌々しそうに睨みつけた。


「ほんっとゥに厭な奴だよなァ、お前は」

「お褒めあずかり光栄です」

「――初等科の顔はお前に譲ってやった。“誰がなんと云おうが”、初等科はお前をかしらに一枚岩だ。だからオレは生徒会を“貰った”。……それすら奪って、何がしてェんだよ」

「……」


 傍から見れば、たかが学校生活の一組織の話だ。公立校の生徒からすれば、「生徒会なんて体のいい雑用」くらいの扱いで、しかも初等科、小学生。ここまで剣呑になるような話ではない。

 しかし『瑛光学園』にとって、生徒会は重い意味を持つ。学校側から優秀だと認められ、一般生徒からの尊敬を集め、一つのステータスと見られるのは勿論の事だが、生徒会長になる“だけ”で一つの派閥の長になれるのだ。将来自分の家を背負う者が多い『瑛光学園』の生徒にとって、派閥の長になる、パワーゲームに参加する権利を得ると云う事は大きな意味を持つ。

 特に、雪乃介は次男だ。少しでも自分の方が兄より優秀だと云う点を家に知らしめて、後継者の座に収まりたいと望んでいる。生徒会長と云う地位は、彼にとって非常に大切なものなのだ。


 兄弟仲が良い家もあれば悪い家もあると云うのは、当たり前の話だが。五大財閥に属する家では、兄弟仲が良い方が珍しい。基本的に――きょうだいは、潰すべきライバルだ。

 長男が家を継ぐのが当然と云う風潮が長らく続いた国の者だと云うのに、上昇志向が強い故なのか、五家においては「最も優れた者が家を継ぐ」と云う不文律があった。年齢も、性別も関係ない。時には直系か傍系かすら関係なくなる。その家の中で最も優れた者が、当主の座につくのだ。

 それでもやはり、直系の、年齢が上の者が成りやすい、と云う部分はある。否定は出来ない。親はやはり我が子が可愛く、年長者には先に結果を出す権利がある。何事も、最初と云うのはインパクトが大きい。だから下の者たちは、上以上の結果を残そうと躍起になる。


 雪乃介の兄は、タイミングが悪く、『瑛光学園』の生徒会長に一度もなれなかった。それ以外は勿論称賛に値するほど優秀だ。ただ運がなかっただけだ。しかし、だからこそ雪乃介は生徒会長に拘る。兄が得られなかった栄光を浴びるために。

 その雪乃介にとって“一番不幸なのは”、すぐ下に龍治が居る事だろう。龍治は何に置いても、誰より優れていた。正直な話、六つ上の葛定と争っても勝てる。それくらい反則的な能力を持っている。その上、よりにもよって“綾小路”だ。龍治が生徒会長の座を欲したら、雪乃介は太刀打ちできない。抗う術すらない。龍治と雪乃介が真っ向からぶつかれば、どちらが勝つかは火を見るより明らかだ。

 だから雪乃介は、去年、龍治が四年生の時に生徒会に入れと誘った。勝てないなら、抗えないなら、先に“招いてしまえば良い”と。少しでも自分の優位性を維持するために、例え生徒会長の座が龍治の物になったとしても、“龍治と対等に話を付け、生徒会長の座を譲った”と云う“事実”を作るために。恥を忍び、屈辱を噛み殺して、龍治に王座を開け渡そうとした。

 ――それを、龍治は断った。理由はたったの二つ。先に云ったように、必要以上に権勢を揮う気がわかなかった事が一つ。雪乃介の立場を慮って遠慮した事が一つ。これだけだ。

 別に生徒会になど入らなくても、特に問題ないと思った。龍治には彼らのように、身内へ蹴落とさねばならないライバルなどいない。このまま――綾小路家の当主としての努力を継続し、『ヒロイン』に勝てばそれでいい。“綾小路龍治”の名前だけで派閥の長にだってなれている。生徒会長になど、わざわざなる必要性がなかった。

 勿論、ちらりと『せかきみ』の事情が頭を過ぎりもした。ゲームでも、『龍治』は生徒会に属していなかった。それはゲーム中ではそれなりに意味があったのだ。だからここで自分が生徒会長になってしまえば、不安の芽を潰す事は出来ると、確かに考えはした。

 しかしそんな不純な動機で、雪乃介の未来を潰しかねない行いは出来なかったのである。ゲームの記憶に囚われて、懸命に這いあがる人の道行きを邪魔する事は龍治の精神りょうしん的に無理だった。

 けれど事情が変わったのだ。龍治にも、争わねばならない理由が出来た。――雪乃介の道を妨害してでも、やらねばいけない事が出来たのだ。


「雪さん」


 憎悪でギラギラ光る目を見据えて微笑み、名前を呼んでやる。それだけで、雪乃介の瞳が微かに揺らいだ。

 龍治はちゃんと知っている。母の生き写しであり、祖母の面影を色濃く残すこの顔が、武器になると云う事を。これまでの経験から、しっかりと学んでいるのである。


「俺は今まで、無用な争いを避けてきました」

「……そうだなァ。外見に反して、お前は日和見だよ」

「否定しませんよ。平和が一番。敵はなるべく作らないで、味方は多ければ多い程いい」

「なのにオレの敵に回るってか?」

「“それは雪さん次第かと”」

「あ゛?」

「ガラ悪いですよ。まぁそれは置いといて。俺はですね、そろそろ“自分の力怖さに腰を引かすのをやめよう”かと思いまして」


 至近距離にある雪乃介の顎に指を当て、ついと撫でてやる。


「大らかな日和見。争い好まぬ平和主義。大いに結構。それは自分も望むところです。ですが――“舐められる”となれば、話は別でしょう?」


 龍治は。基本的に争いを好まない。ギスギスした空気は嫌いだ。出来れば仲良くして、平和で穏やかであれば良いと思う。これは『ヒロイン』と相対する時に、不必要に敵を作って自分の立場を脅かされたくないと云う打算は当然あるが、ゼンさんに影響された龍治の心が闘争を嫌う傾向にあると云った部分もある。花蓮と眞由梨が争っていた頃はそれが顕著に出ていた。なるべく穏やかに争いを治められないかと、波風立てないようにどうにか――とそんな事を考えていた。

 それは優しさと呼べるものかも知れない。善人的な思考だと、褒められるものの一つである事に違いはないだろう。

 けれど。それが欠点になる時がある。優しさは時に甘さと同列になり、甘さは侮られる原因となって、侮られ見縊みくびられた結果、余計ないさかいを生み出す根源となる。

「あいつは何をしても怒らない」などと思われたら最悪だ。それが自分にだけ向かうならまだいい。それが周囲に向かう可能性の方が高いのだから、龍治は怖い。

 強い力が悪い方向に働く分かりやすい例だ。

 龍治に付け込める甘さがある。しかし龍治には綾小路の力があるから、直接は何も出来ない。ならばどうするか。“周りの弱いモノを狙えばよい”。

 そんな単純極まりなく、同時に悪質極まった事態。それが起きないなんて楽観視、とてもではないが出来なかった。“今後”の事を考えると、その事態に陥る可能性は格段に跳ね上がるのだ。その時になって、想定していなかったなどと云い訳染みた言葉を口にする事は、絶対にしたくない。

 敵の弱点を突くのは当たり前の事。ならば龍治はその弱点を守らなくてはいけない。弱点を逆鱗にして、周りに知らしめなければいけない。


 お前らが思っているほど、“綾小路龍治”は甘くはないぞ、と。


 敵は作らず取り込む事が最良なのは、当然の事だけれど。決して取り込めない敵は居るのである。取り込んではいけない敵、とも云うかも知れないが。

 その代表格が、このいがみ合う五家の人々なのだ。


「俺ももうすぐ中学生。いい加減、綾小路の力を使いこなさないといけない頃合いですよ。事無かれ主義も、初等科と一緒に卒業です」

「――……」

「雪さんの事は嫌いじゃないです。出来れば明確な敵対はしたくないと思って“いました”。でもそのままごとも、御仕舞いなようです」


 雪乃介は二の句が継げないのか、口を僅かに開いたまま、龍治を凝視している。

 ネクタイを握る手から力が抜けていたので、指先を放すと一緒に顔も離した。広くなった視界にて、小梅と葛定が取り繕えなくなった顔で、口元をひくひくと痙攣させながら、“雪乃介と同じ目”で龍治を凝視していた。

 さっと柾輝の手が伸びて、ネクタイを整えられる。花蓮の手が、身を案ずるように腕に置かれた。二人に「有難う」の意を込めて頷いてから、雪乃介へ視線を戻した。

 先ほどと同じ姿勢のまま、雪乃介は固まっている。その目には今まで見せていた、狡猾さも憎悪もなくなって、“恐怖”の一色が塗り込められていた。


(やだなーもー)


 本当はそう云う気分だ。

 強権を振りかざすなんてしたくない。『龍治』と同じ理不尽はしたくない。ゼンさんのように、普通に楽しく生きていたい。

 けれどそれが、龍治の、綾小路家次期当主としての立場では、到底叶えられない我が侭だと云う事は当の昔に承知していた。

 だから笑う。にっこりと、有無を云わさぬ力を込めて。


「初等科ではお疲れ様でした。中等科では、気楽に過ごして下さいね、雪さん?」


 来期――雪乃介が中等科に入った直後は、小梅が生徒会長を務める。小梅は義理と義務で雪乃介を生徒会役員に入れるだろう。

 けれど、そこまでだ。

 その次の年には、龍治が中等科に入る。入ったばかりの龍治に何が出来るのかと、思われるかも知れないが。“綾小路龍治”が初等科で―― 一年だけでも――生徒会長を務めて、中等科へ上がれば。

 そうして、一年生にして生徒会長に立候補すれば、どうなるか。


 それが分かっているから。雪乃介は悔しげに唇を噛み締めて、絶望と恐怖の眼差しで龍治を見て、黙り込むしかなかったのだ。




 ゼンさんがぽつりと、「何このNTR感。怖っ……」と呟いた気がした。

 言葉と場面を選んで欲しい。


 リアルで時間が取れなかったりして遅くなって申し訳ないです。

 今回の中心は攻略キャラではなく、生徒会と云う組織です。龍治が今後、攻略を進める過程で必要なファクターとなりましたので、少し掘り下げて書く事にしました。

 今までより新キャラが多く出てるので、読者様が混乱しないように、個性を出して丁寧に書いて行きたいと思います。

 またお前長いのかよ……と云う突っ込みは随時受付中です。是非突っ込んで下さい。サーセンとしか言えませんが!←

 あ、でも眞由梨とか椋太郎の時よりは短いですよ! 多分!←


 これまでは龍治に好意的な人たちが多かったので、ここらでそろそろ龍治を敵視するキャラを出そうと思いました。さらに、龍治がハイスペックすぎるので、龍治と敵対する事を許されるキャラ達を、と。ヘタに弱いと早々にぶちゅんされちゃう。←

 そんな訳で、満を期して(?)五大財閥キャラ登場でござる。

 さて、彼らがどう動いて行くのか。私もゆっくり追いかけて行きたいと思います。

 ……とりあえず、今のままだと雪乃介が可哀想すぎるので、うん。どうにかなって欲しい……です……。

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