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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
34/42

33.一段落ついたので~和風喫茶篇~

 今回もお読み下さり有難うございます。


 残酷描写って、流血やグロだけとは限りませんよね。

 一応、ご注意下さい。

 ……息抜きになってないなぁこれ!!!

「どちらのイケメン様ですか?」

「おいなんでドン引いてんだ泣くぞ?!」



 殊更慌ただしかった年末年始を終え、冬休みも終わり、三学期が始まって約一週間後。

 龍治は柾輝をお供に、婚約者の東堂院花蓮、従姉弟イトコの風祭眞由梨を連れて、和風喫茶「寮口屋是明これあき」へと出向いていた。ここの大納言小豆を使ったクリームあんみつは絶品なのである。

 この面子で出かけると護衛の人数が物々しくなるが、威圧感少なめな者のみ側に置いているのでさほど圧迫感はないと思われる。残りの護衛が周囲に散って不審者の警戒などをしているので、感覚の鋭い方々は落ち着かないかも知れないが、ご容赦願いたいところだ。護衛を連れないで出かけると云う選択肢は存在しないので。


「ねぇねぇ、龍ちゃん。これから会う人ってどんな人?」

「優しい人だよ」

「そればっかりー。見た目とか、ご職業とかは?」

「会えばわかるよ会えば」


 久々の龍治と一緒の外出が嬉しいのか、眞由梨ははしゃぎっぱなしだった。これから会う相手が気になるとは云うが、それよりも龍治と会話出来る方が嬉しいと云うのが駄々漏れで、普段なら軽く咎める花蓮でさえ苦笑するしかない状態だ。

 あまり眞由梨を好きでなかったっぽいゼンさんも、「あんまりはしゃいでると転んじゃうよ」と心配している気がする。良い意味で、眞由梨は随分と変わったものだ。


 すっかり服装を昔に戻した眞由梨は今、赤地に胡蝶蘭が咲き誇る振り袖を見事に着こなして周囲の視線を集めていた。

 一時期花蓮に対抗するように着ていた洋装よりよほど似合うし相応しい。肩を覆うもこもことしたフォックスストールが少し背伸び気味に感じて微笑ましく思う。髪を彩る寒椿のかんざしがまた愛らしく、今の時代早々お目にかかれない完璧な大和撫子スタイルの美少女であった。

 左の手首には龍治が贈った白薔薇のコサージュをつけていて、見つけた時には少し照れ臭かった。


 そして当然、花蓮も負けていない。眞由梨とは対照的に、洋風美少女である事を遺憾無く発揮していた。視線を集めているのは眞由梨だけではない。花蓮も充分注目の的である。

 ワンピースタイプの白いドレスは、控えめなレースが上品に飾り付けられ、彼女の豊かな黒髪を引き立てている。防寒に羽織った毛糸のボレロは柔らかな山吹色。首に同色のチョーカーを巻いており、それには幾何学模様的なチタン製の飾りがついていた。

 今日は頭にクリーム色の大きなリボンをしていて、大変龍治好みの愛らしさである。


 そんな美少女二人を引き連れている龍治の服装は大体いつも通りの上、裾の長いコートを着てしまっているのでまぁどうでもいい事だ。大事な婚約者と従姉弟が注目を集めているのは、ふふんと胸を張りたくなるような、見せ物じゃねぇと威嚇したくなるような。

 柾輝も龍治と同じく裾の長いコートを上から着てしまっているが、中は普段より軽めのお仕着せと云う感じである。マフラーに隠れてしまっているが、群青色のリボンタイが可愛いと思う。


 明らかに良い所の子供達な出で立ちな上、各自顔が良いので目立つ事この上ない。が、まぁ今更と云う物だ。一々気にしてたらどこにも行けないので、龍治達は交通ルールを守りつつ目的地へと向かったのだった――が。



 店に到着し店員に予約していた旨を伝えると、しばしポカンと口を開けていた店員は慌てて頭を下げ、席へと案内してくれた。

 そこでふと気付く。龍治達が来る前から、どうにも店の中がざわめいていたようだと云う事に。龍治らが来た事で、さらにどよめきが大きくなったと云うべきか。

 さて、案内された席には既に会う約束の人物が座っていた。店内のざわめきに気付いたのだろう、椅子に座ったまま肩越しにこちらを見て、ぱっと顔を輝かせると立ち上がり――


「よう、龍治、柾輝!」

「どちらのイケメン様ですか?」

「おいなんでドン引いてんだ泣くぞ?!」


 思わず云ってしまった。いや、だって、どうにもこうにも。


(何この美青年……)


 声からして待ち合わせしていた人――久遠椋太郎に違いないのだ、が。

 姿が変わりすぎていた。


 くしゃくしゃだった髪は、耳周りすっきりのラウンドショートに。レンズの厚かった眼鏡は外され、切れ上がったアーモンド形の瞳が露わになって。お約束にすぅと通った鼻筋。以前と変わらないのは口元くらいだが、他が変わり過ぎているので何のヒントにもならない。

 服装も似合ってない適当な物でも黒のジャージでもなく、青のカーディガンに黒とベージュのボーダーシャツ、紺のブーツカットパンツにゴツい印象の皮靴、とマネキン買いでもしたのかと云うコーディネートである。


 本職モデル真っ青の整った顔立ちと似合いの服装のお陰で「誰お前」と云われても仕方ない変化ではないだろうか。変化へんかじゃなくて変化へんげと云った方があってるかも知れない。前と違いすぎる。そりゃ店内もざわざわするだろう、こんな美青年がいたら。

 ゼンさんが「あ……ありのまま今起こった事を以下略! もさい子がイケメンに変身はお約束だよねうめぇ餌ありがとうございますペロムシャァ超ぷめぇ!」とか云ってる気がする。荒ぶるな腐れ神、いいから落ち着け。


「まぁ……龍治様のご友人とは聞いておりましたけれど、素敵な殿方ですわね」

「かっこいい人だねぇ。龍ちゃんと並んでも見劣りしないかも!」


 女子陣は呑気に褒めている。

 そんな二人に、佐々木がそっと“こうなる”前の椋太郎の写真を見せた。写真と目の前の人物を見比べて、「?」と首を傾げる二人は可愛い。現実逃避気味に龍治は思う。


「ちょ、佐々木さん、やめて下さいよ! せっかく龍治が婚約者とイトコに会わせてくれるって云うから、悪い印象持たれないように頑張ってお洒落したのに!」

「あ、本当に久遠様でしたか。うっかり騙りの不審者かと」

「ひどすぎるっ。あっ、火々池さんと水野江さんまで不信感丸出しの顔で出て来るのやめてくれません?! 泣いていいですか!」

「……本当に椋太郎だ……」

「椋太郎様ですね……」


 情けない顔で情けない声を出す椋太郎に、ようやく心から納得して龍治と柾輝は呟いた。我ながら酷い対応だと思うが、そうならざるを得ない心境を察してもらいたいものだ。


 とりあえず、あまり騒ぐと店に迷惑だろうと予約席に座る。空調が整った店内なので、各自防寒具を脱ぐ事も忘れない。柾輝がさっと龍治のコートを受け取り、店備え付けのハンガーにかけてくれた。花蓮と眞由梨の分は各護衛達がやってくれている。自分でやると云う事はない。やったら周りが困るからだ。

 八人座れるテーブルなので、奥側の左から花蓮、龍治、柾輝、眞由梨の順に座り、向かいには花蓮の護衛の弥栄やさか、椋太郎、佐々木、眞由梨の護衛の諏佐すさが座った。

 傍から見ると物々しいテーブルのような気がする。椋太郎の居心地が悪そうだが、弥栄も諏佐も頼れる良い奴らなので慣れて欲しい。


 若い男の店員が近寄って来たので、全員分の注文を済ませる。

 龍治達子供はここの一番のオススメであるクリームあんみつ・極みと緑茶を頼み、椋太郎はわらび餅のフォンデュと緑茶を、佐々木と弥栄はおはぎ(三種類セット)と番茶、甘い物が不得手の諏佐はコーヒーを頼んだ。

 店員が頷き、「少々お待ち下さい」の言葉と共に頭を下げて厨房へ向かうのを見送ってから、龍治は口を開く。


「花蓮、眞由梨、弥栄、諏佐、改めて紹介するな。俺の友達の久遠椋太郎さん」

「初めまして。龍治達にはお世話になってます」


 莫迦丁寧に椋太郎が頭を下げ、花蓮達も順に自己紹介を済ませる。各自特徴的なので顔と名前を覚えるのに、さほど苦労はしないだろう。


「で、どうした椋太郎。その格好。イケメンすぎて誰かと思ったんだが」

「いやだから、龍治が花蓮さんと眞由梨さんに会わせてくれるって云うから、あの格好じゃ通報されちゃうと思って」

「まぁ俺達と一緒にいた時点でもギリギリだったしな。少女と一緒にいたら本気でお巡りさんこっちです状態になるよな」

「自覚はあるけど酷い云い草だなおい!」


 本気で涙目になって云う椋太郎に、思わず龍治は笑う。見た目は大層変わったが、中身のいじられ具合は大して変わっていないなぁ、と。


 龍治と椋太郎の親しげな様子に、花蓮は「仲が宜しいですわね」と微笑んでいるが、眞由梨と弥栄、諏佐が驚いていた。事前に友人とは伝えておいたが、龍治を呼び捨てに出来るほど仲が良いとは思っていなかったようだ。

 眞由梨の頬が、ぷくっと膨れた。


「龍ちゃんを取る人が増えた」

「おい眞由梨」

「だって仲良さそうだもん。一緒に遊んだりしてたんでしょ? ずるい!」

「まぁ眞由梨様ったら。ほっぺでヤキモチが焼けてましてよ?」

「花蓮さんはむきーってならないの? 龍ちゃんとの時間泥棒さんだよ!」

「こう云った時にこそ本妻の余裕を見せるものですわ」


 ほほほほほと上品に笑う花蓮に、眞由梨の頬が両方膨らんだ。「眞由梨お嬢様、ハムスターみたいで可愛いですよ」とは諏佐の言である。咎めないで褒めに行く辺りが風祭関係者らしい。

 と云うか、花蓮と眞由梨の言い分がなんかおかしい。椋太郎は友人なのだが。ヤキモチをやく対象でも本妻の余裕を見せつける対象でもないと思うのだが。周りを見るとそう思うのは龍治だけっぽいのがまた頂けない。誰か突っ込みを呼んで来い。

 眞由梨が唐突に、隣りに座る柾輝の頬を抓った。驚いた柾輝が「ふや?」と妙な声を上げたが、眞由梨はぷくぷく頬を膨らませて手を放さない。


「眞由梨、こら、何してる」

「どーせ柾輝さんは龍ちゃんとずっといっしょで、このリョータさんとも仲良くしてたんでしょ!」

「ひてました」

「裏切り者!」

「なんでそうなった!」

「だってだって、あたし何も知らなかったもん! 柾輝さんばっかりずるいんだぁ、仲間ハズレはかなしいもん!」


 何やらぷんこぷんこ怒りながら、眞由梨はもう片方の頬も引っ張り出した。龍治からは見えないが、柾輝の顔は今愉快な事になっているに違いない。見える位置にいる諏佐が「ふす」と小さく噴き出した点からも明らかである。諏佐は意外と笑いの沸点が低い。


「おい、柾輝に当たるな。その点は俺が悪かったから、怒るなら俺に怒れよ」

「やだー。龍ちゃんのほっぺた抓ったら天罰くだるよー」

「何云ってんだ。下るわけないだろ?」

「ふだりまふよ」「下りますわね」「下ります」「下るでしょうね」「下るだろ」「下りますよ」

「何でそんなに全員息ぴったりに! あー、ほら、注文届いたっぽいから、眞由梨、やめなさい」


 テーブルに近付くタイミングを計ってるっぽい店員が目に入ったためそう云うと、眞由梨はようやく柾輝から手を放した。僅かに赤くなった頬を龍治が撫でてやると、柾輝は嬉しそうに笑う。一応は痛い目にあった後だと云うのに。笑う要素がどこにあるのか疑問だ。

 眞由梨がまた頬を膨らませて、今度は柾輝の背中をぺちんと叩く。なんでそう暴力的になるのだ。

 なんだかゼンさんがによによと笑っている気がするが、笑える場面なのだろうか。


「まーゆーりー」

「ぶー!」

「眞由梨様、子ブタさんの真似ですの? お可愛らしいですわ」

「違うもん、花蓮さんのいじわる!」

「あら、今度ははりせんぼんの真似かしら?」

「うー!」

「花蓮もからかうなって」

「あら、うふふ。ごめんあそばせ。可愛らしくてつい」

「そりゃ可愛いけど」

「! 龍ちゃん、もっかい! 今のもう一回!」

「何がだよ。って、暴れるなって。柾輝可哀想だしあんみつ零すぞ!」


 どうにも眞由梨のテンションが高い。柾輝がもろに被害を被っている。こうなったら柾輝と眞由梨の位置を変えるか、龍治と柾輝の位置を変えるかと思案し始めたが、まるで心を読んだかの如く花蓮と柾輝が同時に首を横に振った。二人以外に挟まれるのは駄目らしい。

 さらに眞由梨がぶーっと膨れてしまったので、柾輝越しに手を伸ばして頭を撫でておいた。それだけでご機嫌になるのはどうなのだろうか。ちょろいぞ眞由梨。これがナデポと云う奴か。そんな補正はいらない。だが眞由梨が嬉しいならそれも良しとすべきか。


「龍治様、わたくしも撫でて下さいまし」

「別にいいけど……。俺に撫でられると何かあるのか?」

「心が得をしますわ」

「なんか深いな……」


 キリッとした顔で真正面から要求されたので、なんだかなと思いつつ花蓮の頭も撫でる。相変わらずふわふわつやつや手触りの良い髪だった。大体龍治の周りにいる女性はみんな髪も肌もお手入ればっちりつやつや状態を維持しているが。使用人メイド達の苦労と努力が実っている。


「……こうして見ると、龍治達もちゃんと子供なんですね」

「大人びてらっしゃいますが、ちゃんとお子様ですよ」

「お子様ランチ頼める年齢の子供相手に俺は……!」

「御嘆きにならないで下さい、久遠様。龍治様は特別なんです」


 大人は大人で何か意味のわからない嘆きや慰めをしている。話題の中心が自分だとはわかるが、何を嘆かれているのだろうか。



 さて。今回のこの集まりであるが、何が目的かと云われれば花蓮に椋太郎を紹介すると云うものである。たまたま話を聞いていた眞由梨も乱入して、何やら大人数になってしまったが、本来は二人を引き合わせるだけの事であった。

 では何故、花蓮と椋太郎を引き合せたか。

 それは、浅井あさい莉々依りりいのためであった。


 新学期が始まって早々の事だった。

 親戚に不幸があったが、莉々依は始業式からきちんと学校へ来ていた。「冬休み中に全て終わらせました」とは本人の談であるが、周りはかなり気を使った。仲がこじれていたとは云え、従姉妹と云う近しい相手が亡くなったのだ。気を使わない方がどうかしている。

 どうやら殺人の線は消え、事故で確定したようだが――その辺りの詳しい事情は聞いていない。どう聞いても不用意に傷へ触れる結果になりそうだからだ――、それでも突然の凶事と云う事に変わりはない。莉々依は気丈に振る舞っていたが、龍治達は正直心配で仕方なかったのだ。

 だからそんな莉々依が唐突に龍治へ「久遠椋太郎様にお会いしたいのです」と願い出た時には、龍治だけでなく花蓮達も相当驚いていた。

 莉々依にとって椋太郎の存在は、従姉と揉めていた相手に過ぎない。亜麻音の死に直接関係はないが、無関係と云い切るには微妙な立ち位置にいる存在だ。

 その人に会いたいと云う。しかも理由は云わず、「とにかく会いたいのです」としか云わない。それが非常に真剣な様子だから、龍治は困ってしまった。会わせてしまって、良いものかと。

 椋太郎にとって、亜麻音の存在はきずになっているだろう。たかだか一、二週間で忘れられる、もしくは消化出来るものではない。その亜麻音の従妹に会って、椋太郎は大丈夫なのか。そう思うとあっさり了承など出来なかった。

 そこで龍治は花蓮、恵理香と話し合い、まずは花蓮が会ってみると云う事になった。花蓮も椋太郎の事は詳しく知らないが、莉々依の事は今より幼少の頃からよく知っている。まずは花蓮が接触し、椋太郎の人となりを知り、莉々依に会わせて問題ないかを考えようと云う事になった。その上で、椋太郎にも改めて、亜麻音の従妹が会いたがっているのだがと打診してみよう、と。

 二人が互いをどう思うか。どう互いへ接するか。予想するしかないが、何の準備もなしに会わせるのは怖すぎる。故の苦肉の策であった。

 恵理香は「花蓮様のご見解に間違いはありません」と云って、莉々依より先に会う事は拒否した。莉々依を気遣ったのだろう。傍から見れば、莉々依の望みと椋太郎との関係に龍治達が横やりを入れているような状態であるし、余計なお節介とも云える。あまり他人が大勢顔を突っ込むのは宜しくない、と恵理香は判断したようだ。


 では何故眞由梨が居るのかと云えば、たまたまいつ会うかと話していた龍治と花蓮の会話を聞いてしまったからだ。

「また眞由梨をのけものにする!」と泣かれてしまうと、龍治は弱い。さらに眞由梨の取り巻きナンバーワンの某檸檬レモンの香りがする女子の目付きが怖い。

 まぁ龍治の友人を婚約者と従姉に紹介すると云う体裁にすれば良いかと、椋太郎と莉々依から了承を得て、眞由梨の参加も決定したのだった。

 どうにも眞由梨に甘くなってしまっている自覚はあるのだが、悪い事ではないかと開き直りの方向である。莉々依も「眞由梨様の嗅覚、信じております」と謎の激励を送っていたし、いいのだろう。多分。恐らく。……なんだろうか、嗅覚って。



「しっかし、子供の頃から婚約者、なんて本当にあるんだな」


 ぷるぷるのわらび餅をお抹茶ソースに絡めながら、感心したように椋太郎が云った。

 花蓮が小動物のように小首を傾げた。


「本当に……とはどう云う意味ですの?」

「え、あぁ。俺ら一般人からすれば、結婚相手は恋愛から発展する事が多くてさ。お見合いの人もいるけど、それは大人になってからの話で。子供の頃から将来の結婚相手が決まってるーって云うのは不思議って云うか……堅苦しくないのかね、って気がするわけ」


 その感覚はゼンさんの記憶を持つ龍治には理解出来る。ゼンさんも恋愛結婚であったし、友達の数人はお見合いで結婚していた。中には街コンだかなんだか、そう云う規模の大きい合コンで知り合った相手と結婚した人もいた。一般的にはそう云う流れでの結婚が多いだろう。

 子供の頃から相手が決まっていて、相応の年齢になったら結婚する、と云うのはゼンさんの人生では物語の中の話だった。

 だが、今の龍治にとってそれは当然の事である。


「俺と花蓮は特には……。元々俺が望んでなった訳ですし」


 正確に云うと、初めて女の子に「可愛い」と云った事に対して大騒ぎした大人達が勝手に話を進めて、ではあるが。文句は無いどころか大満足なので、初恋の君を婚約者にしてもらえたのはむしろ棚から牡丹餅的ラッキーと云うべきだろう。

 そう考えると、恋愛結婚の一種かも知れない。


「へ? そうなの?」

「そうですわねぇ。綾小路家から打診が来て、東堂院家が嬉々として応えましたので。それに、むしろわたくし達としましては、大人になってから恋愛を経て結婚と云う方が不思議と云いますか……」

「龍ちゃんと花蓮さんは早い方だけど、中学か高校で婚約決まっちゃう人も多いもんね」

「遅くとも大学卒業までには婚約を済ませるのが普通ですね。それ以降は珍しいと思います」

「マジかー……。ほんと世界が違うわ……」


 もにもにわらび餅を食みながら、呆気に取られたかのように椋太郎は云う。確かに彼の常識からすれば信じられないとは云わなくとも、遠い世界の話で現実味が感じられないのだろう。

 逆に龍治達の方は眞由梨と柾輝が云ったように、自分達の両親も周りの大人も早くて幼少期、遅くても大学卒業までには結婚相手を決めてしまう事が多いので、椋太郎の感覚が不思議に見える。それまでに決めないで社会人になってから結婚相手を探すと云う人は珍しいし、独身を貫く人はもっと珍しい。そう云う人々は「変わり者」扱いされてしまうし、一族にその手の人物がいると周りがやきもきしてしまうものだった。

 龍治達にとって結婚とは、お互いが幸せになるとか、相手が好きだからと云うよりも、お互いの家の繁栄を願って、と云う部分が多い。もしくは、いえ同士が仲が良いからこれからも友好を深めて行きましょうと云う同盟的な感覚と云うか。

 龍治が花蓮と婚約出来たのも、綾小路家と東堂院家が婚姻関係になれば両家ともに利点があるから、と云う大人達の打算的な理由もある訳だ。


 ゼンさんが、「なんかお武家様っぽいね」と呟いた。確かにそうかも知れないなと龍治も思う。武家にとって婚姻は、「同盟を組みましょう、仲良くしましょう、裏切るんじゃねぇぞ」みたいな部分があったようだし。


「愛のない結婚とかが当たり前って事だろ? なんか想像し辛いわ」

「そこら辺は賛否両論あると思いますけど……」


 ふむ、と龍治は顎に手をやる。

 確かに最初、愛は無いかも知れない。だが、それがどうしたと云うのだろう。


「恋は落ちるものですけど、愛は育むものですから、当人らの努力次第でどうにでもなるんじゃないですかね」


 家の為に結婚したと双方納得の上ならば、互いを尊重しあえば相応に愛は育つのではないだろうかと、子供の龍治は思う訳だが。

 当然、現実を見ればそう上手くは行かない人が多い事はわかる。仮面夫婦、冷め切った家庭、互いに愛人がいるなんて寒々しい話は子供の耳には早々入らないが察するくらいは出来る。ただ幸い、龍治の周りにはあからさまに夫婦仲の悪い人達はいなかった。ならば問題があったとしても取り繕えるくらいのものなのだろう。演技に本気の気合を入れて周囲を騙していたとしても、その根性は称賛されても良いと思うし。

 大体家族と云う物は、問題を抱えていて当然と云う考え方もあるようだ。問題があるからこそ、家族としてまとまっていられる。問題を解決する事は家族の終了を意味するのだと。それもそうかなと龍治は思う。解決とは「解いて決着をつけてしまう」ものだ。終わってしまうものだ。問題を解決する事が必ずしも良い事とは云えまい。


(家族は解決するものではなく、継続して行くもの、かぁ)


 ゼンさんが生前読んだ本の一節を思い出しながら、白玉だんごと生クリームを口に入れる。ぷりぷりとした歯応えとつるりとした舌触りの白玉だんごと、ミルクの味が濃く滑らかの食感の生クリームの相性はばっちりだ。


(まぁ、組織であれ集団であれ、何か問題あった方が結束力が高まるって云うのは事実だよな)


 何も問題が無いとなぁなぁの関係に陥ったり、努力を忘れ平穏を享受するぬるい集団になりかねない。

 問題を解決したいと思う気持ちや努力を否定している訳ではない。ただ、人間はどう足掻いても楽な方へ楽な方へ流されて行く生き物だ。何があっても自身を律せる者は少ない。だから、分かりやすい問題と云う名の壁や挑むべき敵がいた方がいい、と云う部分がある事は否定できないだろう。

 誰だって問題なんて早々に解決したいと思ってしまうものだけれど、そうと云い切れないのが人間社会の不思議と云うやつか。


 そこまで考えて龍治はふと、周りの会話が途切れてる事に気付いた。顔をあげると、椋太郎が佐々木の肩に縋りついている。

 ゼンさんのエンジンがかかりそうな光景だが、それは置いといて。どうしたのだろうか。


「どうした椋太郎。気分でも悪いか?」

「下からの突き上げが強すぎて大人である事の意義が薄れている気がして」

「よくわかんないんだけど」

「分からなくていいよ! ねぇ、佐々木さん! どう育てたらこんな子供が育つの?! ねぇ!」

「私はしがない護衛ですので……。教育係の皆様に聞いていただかないと……」

「龍治様は昔からこんな感じですよ」

「どう云う事なの!」


 わっと顔を押さえてしまった椋太郎の頭を、手を伸ばして撫でてやる。

 どうやら未だに情緒不安定気味なようだ。莉々依との話はまだしない方が良いかも知れない。


「愛は育むものかぁ。あたしもそう云う人と結婚出来るかなぁ」


 眞由梨がぽつりと呟いたので顔を向けると、むぅと下唇を尖らせて悩んでいる顔をしていた。


「なんだ、眞由梨。まだ早くないか、その悩みは」

「早くないよぅ。龍ちゃんと結婚出来ないからには考えておかないと!」

「眞由梨様は理想の殿方などはいらっしゃるの?」

「もっちろん! 龍ちゃんくらい素敵な人!」

「眞由梨様は婚期逃しますね」

「ちょ、おま」

「なんですって柾輝さんこんにゃろー!」


 顔を赤くして眞由梨はぽかぽか柾輝を殴るが、攻撃されてる柾輝は涼しい顔だ。そりゃ非力な令嬢からの打撃など仔猫にじゃれつかれるレベルだろうが。

 諏佐が「お嬢様可愛いです」と云いながら写真を撮ってるのは咎めた方がいいのだろうか。どうなんだろうか。弥栄が真顔で動画撮影してるっぽいのだが。

 どうしよう、この大人達。



 *** ***



 和風喫茶での顔合わせはその後も子供組がじゃれ合いつつ和やかに進み、特に問題なく終わった。

 家に帰ってから花蓮へ電話を入れ、椋太郎と莉々依の対面はもう少し時間が経ってからと云う事で落ち着いた。

 今日の椋太郎の様子から、まだ麻倉亜麻音の関係者と会わせるのは精神的に辛かろうと云う判断だ。花蓮は少し苦笑して「なんだか過保護ですわね、龍治様」と云いつつ了承してくれた。莉々依には上手く云っておいてくれるとの事なので素直に頼み、具体的にいつ頃会わせるかと云う話はまた今度になった。

 通話を切ったスマフォを、立てかけ式の充電器へと乗せる。時間は夕方だが、外はすっかり暗くなっていた。


「柾輝」

「はい、龍治様」


 控えていた柾輝に声をかけ、微笑みかける。


「あったかい物が飲みたいな。甘さ控え目のココアを貰って来てくれるか?」

「はい、承知致しました」


 他の使用人へ任せるのではなく、柾輝自らが持って来るように云いつければ、疑問も不満もない顔で柾輝は出て行った。たまに龍治は、こう云った事を頼む。他の使用人でも出来る事を、敢えて柾輝にやらせる。それに関しては特に何も云われていないし、柾輝も仕事の一つとしてこなしているから問題はない。


「……」


 一人になった部屋で、龍治は微笑む。スマフォをつんと突いて、少し――くらい笑みを浮かべて。


(上手く行っちゃったなぁ)


 意外と誰も疑問に思わないものだな、と龍治は少しおかしくなる。


 椋太郎との交友関係。

 これは、今後長く続いて行くだろう。龍治が認め、花蓮が認め、眞由梨が拗ねながらも了承した。相手は一般人だとか、大した仕事に就いていないとかは、どうでもいい事だ。友人はそんな物を理由に選ぶのではないと龍治が思っているならば、それは罷り通る。

 父は少し苦言を云うかも知れないが、結局は龍治に甘い人だ。友人関係が成立した今、椋太郎に何かすると云う事はないだろう。したら龍治に嫌われるのは目に見えているので、自重するに違いない。

 母も祖父も同様だ。祖父はむしろ喜ぶかも知れない。祖父の交友関係も多岐に渡るので、孫の分け隔てなさに己の血筋を見るかも知れない。紹介しろと云われたら、喜んで会わせよう。


“龍治の友人”。

 その言葉の意味、立場の重みを椋太郎が自覚するのは、いつだろうか。

 出来れば、緩やかに自覚させてあげたいものだ。


(まぁ、逃がす気は微塵もないけど)


 今の関係に甘んじず、囲い込みはしておかなければいけない。椋太郎が離れて行かないように。

『ヒロイン』に掻っ攫われてしまわないように。

“何があっても、龍治の側を選ぶようにしなければ”。


(「ゆぅ」については、まぁおいおいかな。これから幾らでも探る機会は得られた)


 そのうち郵便ポストでも覗いてみるか。椋太郎が机の上にでも手紙を置いといてくれたらもっと楽だが。方法は幾らでもある。焦っても仕方ない、変に勘繰られる方が問題なのだから。


(――麻倉、亜麻音)


 心の中で、死んだ少女の名を呼ぶ。

 結局、彼女は“なんだったのだろう”。


『せかきみ』の記憶を持っていた事に間違いはない。だが、上手く活用出来ていなかったように思う。何かと杜撰で、粗が目立っていた。


(もしかして、『椋太郎』しか攻略クリアしてないとか? 有り得るなぁ……。そりゃ『椋太郎』ルートだけなら、『龍治』の事だって侮るよな。ルート以外のキャラは完全に当て馬化するしな、あのゲーム)


『ヒロイン』と攻略対象が両想いになってエンディング、ではなく。両想いになった二人が数多の苦難――他の攻略キャラからの妨害含む――を乗り越えて幸せを掴んでエンディングだ。一部のエンディングは「幸せ……?」みたいなのもあるが。

 ただ、『椋太郎』のエンディングはトゥルーもノーマルも、問題なく幸せな感じだった。


(……“事故死で良かった”。自殺だったら、流石に心が折れる)


 誰にも知らせていない、知られてもいない、龍治の“悪意”。

 それに彼女は物の見事に嵌まったのだと知ったら――椋太郎はどう思うのだろう。

 怒るのだろうか。それとも、泣くだろうか。悲しんで、龍治を嫌いになってしまうのか。

 想像しただけで胸が痛むので、この“悪意”は墓まで持って行こうと、龍治は決める。



 麻倉亜麻音の存在を知って、軽くであるが調べて、龍治は思ったのだ。

「テンプレ過ぎるくらいテンプレだ。こう云う子ってあれだよなぁ、真ヒロインとか本来はモブなヒロインの当て馬にされて踏み台にされて終わっちゃうんだよなぁ」などと、結構酷い事を。

 そうして、ゼンさんの記憶は囁いた。――利用しない手はないよ、と。


 龍治と椋太郎の当初の関係は、特に“問題がなかった”。穏やかで静かな、優しい友人関係。それはそれで良いかも知れないが、“それだけでは物足りなかった”。

 ほぼ全ての攻略キャラを一目で恋に落とす『ヒロイン』に対抗するのに、その程度の関係で良い訳がない。

 友情にしろ愛情にしろ、もっと深い物でなくてはならない。その為に必要なのは何か。二人で立ち向かわなければいけない、苦難や問題だ。苦労を乗り越える度、人と人の繋がりは強固になって行くのだ。

 だから亜麻音の存在は――まさに“棚から牡丹餅だったのだ”。


 龍治が仕組んで問題を起こしたとして、それが椋太郎に知られてしまえば何もかも御仕舞いだ。そうした作為はバレるのが当たり前。そうしていつか知られるかも知れないと怯えるなど以ての外。そんなストレスの溜まる関係など作りたくはなかった。

 そこで降っていたのが、麻倉亜麻音と云う問題そのものの存在だ。

 椋太郎に付きまとい、困らせ、苦しめる少女。なんておあつらえ向きなのか。むしろ何かしらの作為を龍治の方が感じてしまったくらいだ。


 他人を省みず妄想の世界に浸る少女を、幼い御曹司が友人の為に薙ぎ払う。


 大衆に受けそうな話だ。ありきたりで笑えるほどに王道な、誰もが好きそうな話だ。心の底で爽快感と痛快な展開を求める者達が手を叩いて喜びそうな話だ。

 それが行える材料が目の前にあったら――利用しなくてどうすると云うのか。


(だから椋太郎の家に頻繁に行ったんだよなぁ。しっぽ、掴ませてやろうと思って)


 心配していた事は事実だ。嘘ではない。だが、「上手く行けばあの子、問題起こしてくれるよな」と云う期待はしっかりとあった。

 それでも、不法侵入までやらかした事には驚いたが。可能性として考慮はしていたが、精々待ち伏せくらいで、それに気付いた椋太郎からヘルプの電話がかかって来ると云う展開が一番有り得そうだと思っていたのだ。それがまさか警察の世話になる事態にまで発展するとは。

 自爆とはあぁ云う事を云うのだなと、龍治は学ばせてもらった。犯罪行為はよくないと云う当たり前の事を、大変分かりやすく示してくれたものである。他人のふり見て我がふり直せ。外道はんざい行為は身の破滅。正しい道を歩まねばならない。


(神様とやらについて、もう少し詳しく聞きたかったけど……まぁ、今更云っても仕方ない事か)


 龍治の他にも、“前世の記憶”を持つ人間がいると云う事は確認出来た。今後もきっと、現れるだろう。現れない可能性もあるが、なんとなくだが、龍治が今後も関わって行きそうだと云う予感があった。

 それは自分がメイン攻略キャラだから出来る予測なのか。それとも、ただの思い込みか。

 どちらにせよ、ありとあらゆる可能性の考慮は龍治にとって義務である。


(さて。次に同類に会えるとしたらどんな人かな。会話出来る人だといいけど)


 同じような存在に話したい事は山とある。そして聞きたい事も。


 こつこつとドアをノックされる。返事をすれば、ココアの入ったマグカップを一つ持った柾輝が入って来た。

 龍治を見て、少し首を傾げる。


「龍治様、ただ今戻りました」

「うん、お帰り」

「龍治様……」

「うん?」


 今度は龍治が首を傾げると、柾輝はいつも通り、喜ばしげに笑った。


「なんだか嬉しそうですね」

「そうかな」

「はい。今日は楽しかったですか?」

「あぁ、とっても。柾輝は? 眞由梨がやんちゃしたけど」

「あれくらいでしたら可愛らしいものです」


 テーブルに音も無く置かれた白いマグカップ。中には当然、湯気を立て、カカオの香りを漂わせる甘い飲み物が入っている。

 手にとって一口飲んで、龍治は柾輝へ微笑んだ。それに応えて、柾輝も嬉しそうに笑う。


 心の中で麻倉亜麻音へのお悔やみを唱えながら、龍治はココアを飲み干したのだった。




 心の奥底で、ゼンさんが囁く。

「ねぇ知ってる? こういうの、腹黒しょうわるって云うんだよ」と。

 ――某豆な柴犬の声真似をしながら。



 龍治闇堕ちの可能性が微レ存って云ってあったからセーフ!!!←

 なんて云うか。龍治も私が生み出した子らしくなって来てしまいました。何故か私が生み出した子らは頭のねじが抜けてるって云うか、ダース単位で無くしてるって云うか、いっそもう一本しか残ってないよねって云うか。

 あれか。作者の人間性が歪んでて性格が悪いからか! ごめん我が子たち! 親の因果が子に報いだよ!(´Д`;)








 本編に関係ないからネタバレしちゃうと、眞由梨は性格悪いと噂の花蓮のお兄ちゃんと結婚します。(あっ)

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