24.テンプレが逃げ出すレベルのテンプレ
こんばんはー!
続きが遅くなって本当に申し訳ありませんでしたっ。orz
仕事とプライベートが……SAN値がががが……っ←
うう、そんな中お気に入り登録3100名様超え嬉しかったです、有難うございます!
喫茶店の中は外に比べて暗く、それが程良く落ち着いた雰囲気を演出していた。
店主の趣味なのだろう。年季の入った蓄音器からは、年齢的に幼い龍治にも聞き覚えがある大御所女性歌手の若い頃の名曲が、涼やかなソプラノで奏でられていた。
龍治は壁と密着したソファに深く腰をかけ、ウィンナーコーヒーを飲む。
最初にざらめをスプーン一杯入れ、熱い濃いめのコーヒーを注いだ後、泡立てた生クリームを乗せたこのコーヒーは、龍治のお気に入りの一つだ。最後の甘い一口が特に美味しいのだ。
祖父の世代にとっては、洒落た喫茶店で飲めるものであったらしいが、今や見るのは珍しくなってしまった。ここの喫茶店では生き残っていてくれて嬉しい限りである。
――正直に云おう。
龍治は今、レトロな雰囲気の喫茶店にて現実逃避中である。あまり賢い選択ではないが、精神的な疲れと云うのか。それとも今後の事を考えて疲労を先取りしたとでも云うのか。
現実を直視したくないのは確かであった。
四人掛け用のテーブルには龍治の他に、柾輝と佐々木、そして事の当事者である椋太郎が座っている。一人分の空間を挟んで隣りのテーブルには、残り四人の護衛達が座っており、全員龍治と同じウィンナーコーヒーを飲んでいた。静かに、無言で。
「…………それで」
黙っていても仕方なし、と龍治は口を開く。
この場の最高権力者はどう足掻いても龍治なので、その龍治が喋り出さない限り他の誰も言葉を発さない事は分かり切っている。
「あの女子高生は、貴方の知り合いなんですね?」
「……まぁ、な」
云い難そうにと云うより、云うのが辛いと云った表情で椋太郎は同意した。
公園にて椋太郎に絡み、龍治へ壮絶な笑みを向けた少女。龍治をフルネームで呼び捨てた事により、柾輝と護衛達からの敵意をごっそり買い上げた彼女であったが。
その後の展開は少々予想外。別の介入者によって、その場はうやむやになってしまったのだ。
彼女を「お嬢様」と呼び駆け寄って来た者達。いかにも「じいや」と云った感じの燕尾服の老人と、数名のスーツの男たち。彼らは非常に慌てた様子で少女を取り囲んだ。「もう追いついて来たの?!」「私の事は放っておいてって云ったじゃない!」と喚く少女を押さえ込む事こそなかったが、包囲を解く事はなく。
代表らしい老人が、ぺこぺこと龍治達に頭を下げて来た。曰く、「当家のお嬢様が大変ご迷惑をおかけ致しまして、誠に申し訳ございません。後日改めてお詫びに参りますので、今日の所はどうかお目こぼしを」と。
とにかくその危ない系少女を引き取って貰えるならと思った龍治は椋太郎を窺った。彼が真顔で頷いてくれたので是と返事をした。
護衛の中から代表して佐々木が名刺交換をしたのだが、その際佐々木の肩書き――綾小路家子息の専属護衛とかそう云うの――を見て、老人が卒倒しそうな程顔色を青くしたのには同情した。
椋太郎に迷惑をかけたのは事実だが、その代償が『綾小路』の不興では大きすぎるだろう。人の良さそうな老人が可哀想だった。
別に直接的な被害はこうむっていないので、『綾小路』から何かする気は今のところないけれど、それを云ってやるほど少女の前では親切にはなれない。あれは優しくされれば付け上がるタイプだと、ゼンさんが云っていた。同意である。
龍治としては――明らかに“お仲間”っぽい少女に興味がないと云えば嘘になるし、このまま逃がしていいものか、と少し悩んだのも事実だ。しかし椋太郎の態度が「此れ以上騒ぎを大きくしたくない」と語っていたので、そちらを優先した。
あの表情と目付きからして、あの少女とはどうせまともな対話は望めないだろう、と思ったのもあったが。
案の定、連れて行かれる最中。少女は椋太郎と龍治の名前を喚きながらこちらを見ていた。あの目付きはまさに、肉食系女子の目だった。生々しい意味で。
あれだけゲームの『椋太郎』や『龍治』について喚いていたのに柾輝に気が付かなかったのは不思議だったが、思えばゲームの『柾輝』の髪色は、もっと明るい茶色、いや濃い目の蜂蜜のような色をしていたなと思い至る。そのせいで気付かなかったのだろう、多分。
嵐は去ったものの、その場に留まる気には到底なれず。とりあえず周りに「お騒がせしましたー」と頭を下げつつ撤退した。
そのまま解散、と椋太郎は持ち込みたかったのだろうが、そうは問屋が卸さない。がっちりと護衛二人に捕獲させ、近場にあったよさげな喫茶店への入って――今に至る。
ここに本格的なウィンナーコーヒーがあったのはただの幸運。今後贔屓にしようと思ったが、それは横に置いといて。
あの少女が“お仲間”な以上、これで終わりと云う事はあり得ない。話の内容から察するに――どうやら少女の前から行方を眩ませていたらしい椋太郎を『せかきみ』の知識に基づき見つけ、恋人だと主張した上に、龍治を見つけて大喜びなのだから――どう足掻いても付きまとって来るだろう。あれは。
ならば龍治は対策を打たねばならない。痛い系女子に場を掻き回されるのは御免こうむりたいのだ。
眞由梨の前例があるので早期排除は乱暴に思えるが、準備はしておいて間違いはないだろう。どんな事態にも対応できるようにするのは、もはや龍治にとっては義務と同義である。
あの少女がなんであれ、情報を集めるのは必須事項だ。
故に――話し辛いとは思うが、椋太郎の持つ彼女の情報を早々に提示して貰わなければ困る。
勿論、老人から貰った名刺を元にした情報も集めるが。情報は多ければ多いほどよいのだ。情報は命綱。沢山集めて、それから捌けばよい。
視線を、自分の正面に座る椋太郎へと流す。椋太郎は居心地悪そうに体を僅かに揺らしたが、すぐに観念して溜め息をついた。
「……まぁ、君に隠し事しても、意味ないか……」
「どうしても云いたくない事まで云わせる気はありません。しかし、あの様子を見たからには放っておけませんから。自衛手段の一つと割り切って、俺を利用してくれると助かります」
「……」
しばし無言で龍治を見つめた後、椋太郎は俯いてガシガシと乱暴に頭を掻いた。髪はきちんと洗っているようで、フケが舞うような事はない。ただその動作は、「あぁもう!」と云っているように感じられた。もどかしいと云うか、なんでだ、とか。そんな感じだ。
「……あんまりさ、駄目な大人を甘やかすなよ。ますます駄目になっちまう」
「依存してくれてもいいですよ?」
「その笑顔やめてください勘弁して下さいお願いしますっ」
「冗談です。で、そろそろお話しして貰っていいですか?」
その笑顔と云われても別段普通の笑顔だと思うのだが。そこには敢えて突っ込みを入れず、龍治は話し始めるようにと促した。
椋太郎は小さく溜め息をついて軽く肩を落とすと、やはり辛そうに見えるのだが、それでも話始めた。
「あの子は――麻倉亜麻音って云うんだが。俺が……元々勤めていた学校の生徒でな……」
「先生でいらしたんですか?」
「先生って云っても、教鞭取ってた訳じゃない。カウンセラーって奴だ」
「へぇ……」
「……似合わないって思っただろ、今」
「今の貴方ではカウンセリング受ける側に見えるな、とは思いました」
「こっちの予想より酷い事云うなよ!」
「まぁまぁ。それで? 彼女は貴方からカウンセリングを受けていたのですか?」
「いいや、全く」
「あ、そうですか……」
「その……信じられないかも知れないがな、麻倉は初めて見た頃は至極まともだったんだ。大人しい方で……教師受けも良かった」
「本当に俄かには信じがたいですね。貴方が嘘つくとは思えませんので、信じますが」
「はは、……ありがとな」
椋太郎が元々勤めていた学校は、中高一貫の女子校だった。龍治も聞いた事がある、隣県のカトリック系、いわゆるお嬢様校と云う奴だ。
その学校の保健医は中高で個別に居たが、カウンセラーは椋太郎が一人で勤めていた――と云うか、勤める事になったのだ。
生徒も同性には云い辛い相談や悩みもあるだろうから、異性のカウンセラーも居た方がよかろうと。保健の先生は女性なのでカウンセラーは男性の方がいいだろうと、新米だった椋太郎を雇ったのである。そこの学長は年齢の割に柔軟な考えの持ち主だったようだ。
勿論、何事か“問題”が起きても大変なので、生徒と二人きりになる事は原則禁止。カウンセリング室にはシスターが一人必ず同席したそうだ。生徒の心情を慮って、姿は見えないよう仕切りの向こう側に居たらしいが。
そこは別に問題なかった。シスターたちは皆、口の堅い敬虔な信者ばかり。生徒の悩みを聞いて騒ぎ立てるような粗忽者はいなかったと椋太郎は云う。
そもそも女子中高生の悩みなど、大層な物などほとんどない。悩みと云うより愚痴に近いものばかりで、椋太郎に中々痩せないだとか親の干渉が鬱陶しいだとか友達に厭な子が居るだとか、そう云う話を一方的にしたらスッキリして出て行くような感じだったとか。カウンセラーとしての助言などはほとんど必要なく、当初椋太郎は「まるで自分は言葉のゴミ箱のようだな」と空しくも感じていたらしい。
それでも、自分と話す事で多少なり心の重荷が軽くなり、笑顔になる生徒を見る事は悪くないと思い始めていたそうだ。
「勤め始めて一年経った頃、か。……仕事で、キツい事があって、な」
「何があったか……聞いてもいいですか?」
「……いや、守秘義務に当たるから、濁させてくれ」
「分かりました」
「まぁ、とにかく……俺の許容範囲を超えるような事が、あったんだ。その時だったな、麻倉が豹変したのは」
それまでカウンセリング室には近付きもしなかったのに、突然やって来て喚き立てたらしい。
曰く、「私は貴方の全てを分かっている」「貴方を救えるのは私だけ」「私が貴方を愛してあげるから、貴方もそれに応えなさい」「私の恋人になれば幸せにしてあげる」的な、痛い事を。
突然の事に椋太郎も控えていたシスターも心底驚いたそうだ。それはそうだろう。今まで全く顔をあわせなかった生徒が突然やってきて、愛の告白――と云っていいのか此れは?――をしてきたのだから。
その時は尋常ではない様子に、シスターが出て来て庇ってくれたらしい。そのシスターは件の“キツい事”も共に分かち合った相手だったので、椋太郎が生徒に手を出していたとは思わないでくれたそうだ。
そもそも、こう云った“問題”が起きないようにと配置されたシスターたちであり、彼女たちには学園も全幅の信頼を寄せている。そんな彼女たちにある意味“監視”されていた椋太郎が女生徒に手を出せたかと云われたら――それはないだろう、と思う者達がほとんどだったそうだ。そんな時間も隙もなく、ましてや噂も一切なし。本当に突然の凶事と云えた。
しかしそうは思わない人間も一定数はいた訳で。謂れ無い疑いをかけられたり、PTAから説明を求められたりと大変な事になったと云う。勿論椋太郎は潔白なので、きちんと説明すれば表面上は納得され、不当な処分を受ける事もなかった。これにはシスター達の働きかけも大きかったらしい。彼女達の多くは、椋太郎と苦楽を分かち合い、学園に居る間ほとんどの時間を共有していた。彼女達が否定すれば、大半の人間は黙ったと云う。そこから新たな疑惑が――と云う事が無かったのは幸いと云うか。それほどまでにシスターたちは信頼されていたと云う事であろう。
だが疑惑は根付いてしまった。特に、麻倉の家が学校にあれこれと云ってきたらしい。娘が豹変したのはカウンセラーのせいではないかとか、濡れ衣甚だしい事などを。
そうして、ただでさえ“キツい事”があって切羽詰まっていた椋太郎は、耐えきれなくなってしまった。普段ならばやり過ごせただろうが、時期が悪すぎた。弱っていた所にこれは、まさに泣きっ面に蜂である。その上、どんなに周りから注意をされても、椋太郎に拒絶されても、麻倉亜麻音は諦めると云う事をしなかった。むしろ、どんどん悪化して行ったのだと云う。
同席するシスターに暴言を吐いたり、カウンセリングに通う生徒を罵ったり、自分と椋太郎は恋人同士なのだと声高に叫んだり。酷い時には自宅前に待ち伏せまでされたそうだ。
学校から解雇される前に、椋太郎は自ら職を辞した。カウンセラーとしてやっていけないかも知れないと思い詰めていた所で、生徒からのストーカー、それによって誘発されるもろもろの問題――完全に椋太郎の処理能力を越えてしまったのだ。
学長やシスターからは惜しまれたそうだが、椋太郎の現状から引き留めても悪い事にしかならないと思ったのか、すんなり認めてくれたそうだ。
そうして椋太郎は学長にだけ行き先を告げて、後は何も残さず、こちらに来た、と云う訳である。
「まさかこんなに早く見つかるなんて……」
「ご愁傷様です本当に……」
同情を口にしながら、龍治は察した。と云うか、わかってしまった。
(俺の“お仲間”だとしたら、まぁバレるよなぁ)
龍治自身も前世の記憶を頼りに、椋太郎が居る公園を突き止めて接触を図ったのだ。そう云う意味では、麻倉亜麻音とは同類である。
「自宅はバレてないと思いたいが……」
「念の為、帰宅は避けた方がいいんじゃないですか?」
「ホテル泊る金ねーよ……」
「うちに来ます? 部屋、空いてますよ」
「だからホイホイ甘やかすな! 行ける訳ねーだろが!」
「ちっ……。仕方ない、火々池、家まで送って差し上げろ」
「はっ」
「え、いや、いいよ! 女子供じゃないんだから!」
「こっちが心配なんです。あの人、「お嬢様」って呼ばれてましたし、麻倉の名には聞き覚えがあります。問題が起きた場合、椋太郎さんが一方的に悪者にされる可能性もあるんです。貴方に何かあった方が困るし厭なので、素直に甘えて下さいよ」
「……」
しばし黙った後、椋太郎は恐る恐ると云った感じで頷いた。それに龍治はホッと息をつく。ちょっとぐいぐい行きすぎたかな、と思ったので。今更だが。
「一応連絡先も交換しておきましょう。何かあったら連絡下さい。なくても入れてくれていいですが」
「なんか……悪いな、本当に」
「お気になさらず。好きでやってますから」
「ふ、ふうん……?」
お互い携帯を取り出して、アドレスを交換する。ついでに柾輝と護衛達とも交換していた。椋太郎はやたら恐縮していたが、護衛達は「龍治様のご友人ですから、必要になるかと」と真面目顔である。
「……なぁ」
「何ですか?」
「あのさ、……なんで俺に、ここまで親切にしてくれるんだ?」
「友人ですから」
「……」
いかにも「納得してません」と云う視線を向けられるので、龍治は意識してにっこりと笑った。
「俺、気に入った人間には甘いんです」
椋太郎は僅かに硬直してから、何故か頬を赤くして「あぁそう……」と呟いた。
火々池に促され、椋太郎が帰った後。ふと、柾輝が口を開いた。
「そう云えば……」
「どうした?」
「いえ、今思い出したのですが……。隣県の麻倉家と云えば、莉々依様のご親戚にあたるお家では?」
「えっ」
「浅井家の旦那様と麻倉家の奥方様は、従姉弟同士であらせられると聞いた事がありますが……」
世間は狭いとはこの事か。思わぬ情報源が傍に居たものである。
「……明日莉々依に聞いてみるか」
「それも宜しいかと」
「佐々木、お前の方でも軽くでいいから調べておいてくれるか?」
「承知致しました」
「そこまでなさるんですか? 本当に龍治様は久遠様を気に入ってますねぇ」
水野江が軽口を叩く。小金井が小声で叱責していたが、龍治は気にしない。
「そうだな。……気に入ってるよ、本当に」
椋太郎の連絡先が新たに入ったスマートフォンを口元に持って行きながら云うと、何故か全員が俯いた。本当に意味がわからなかったので隣りに座る柾輝の肩を揺するが、「何でもありません」の一点張りである。解せない。
「……旦那様には云えませんねぇ」
「云ったら何が起きるやら」
「いや、旦那様だってそこまでは……」
「奥様の方がちょっと……荒れそうですけど……」
「あぁ~……」
「え、何本当に。何が云いたいのお前ら?」
「いえ」
「何でも」
「ありません」
「そんな見事に台詞分けしといて何もない訳があるか!」
結局、龍治がどんだけ詰め寄っても誰も口を割らず。椋太郎を送り届けた火々池が戻って来た事でうやむやになってしまった。本当になんだったのか。
「大丈夫だったか?」
「えぇ、ご自宅の方には特に問題なく。尾行けられてもいませんでした」
「そうか……」
麻倉亜麻音が自宅まで突き止めているのかいないのか、それは現段階では不明だ。イベントスチルだけでは椋太郎が訪れる公園しかわからないが、調べ上げてないと云う保証はないのだ。
(麻倉家は娘をどうしようと思ってんだかな……)
いくら金の力があっても、もみ消せる事ともみ消せない事がある。娘の激しいストーカー行為についてどう対処する気なのか。まさか放置はないと思うが。
(相手が一般人の椋太郎さんだからなぁ……。深く考えてないって事もありうるか)
哀しい事に、上流階級ではままある選民思考の悪癖である。相手が自分と同じ階級に属しているなら礼を尽くすが、そうでないならおざなり、金でもやっとけと云うのはよくある話だ。
もしそうだったとしても――今日、佐々木が老人と名刺交換をした事で、椋太郎と龍治との間になんらかの繋がりがあると云う事は流石にわかるだろう。これで何も手を打って来なければ麻倉家はただのアホである。
(まぁ、明日莉々依と話をしないとな。情報を揃えてからでないと、動けない)
全てはこれからだと考えて、龍治は手元のコーヒーの最後の一口を飲んだ。残ったザラメの甘い一口であるはずなのに――それは少し、苦かった。
*** ***
翌日学校にて。ランチタイム中に、龍治は話を切り出した。
「なぁ、莉々依」
「はい龍治様? どうかなさいまして?」
ランチルームの一角にて。龍治はいつものメンバーと昼食を摂っていた。龍治の意向で外で食べる事も多いのだが、もう十一月も末辺り。寒さ故に屋内を選んだのである。
龍治の両隣を柾輝と花蓮が埋め、柾輝の正面には玲二、花蓮の前には恵理香、そして龍治の前には莉々依が座っている。
各自本日のランチ楽しみながらの最中、龍治は昨日の件で莉々依に話を聞く事にした。どうせ大した話は聞けないだろうと高を括っていた、と云われたらそうである。皆の気分を害する情報まではでないだろうと。
しかし、それは誤算であった。
「麻倉亜麻音って、お前の親戚だったか?」
例の女の名前を出した途端、莉々依が大変珍しくも、苦虫を噛み潰したような顔になったのである。
これには龍治だけでなく、周りの全員が驚いた。柾輝が「り、莉々依様?」と思わず名前を呼んでしまったほどである。
「あ……申し訳ございません。わたくしとした事が……」
「いや、構わないが……。すまん、聞きたくない名前だったか?」
「えぇと、その……そのお言葉から察するに、龍治様はもう亜麻音お姉さまとお会いしてしまいましたか……?」
「まぁ、一応な」
「龍治様を呼び捨てにされたんです、その方」
「あ、こらっ」
柾輝の言葉に花蓮を始めとした女子陣が殺気立ち、玲二が「うわぁ」と云わんばかりの顔をした。
「すごいね、龍治君を呼び捨てにするって。その度胸、別の場面で使うべきだと思うけど」
「あぁ……我がはとこながら、なんたる愚行を……」
「莉々依様、しっかりなさいましっ」
「莉々依さんが悪いわけではありませんよ!」
「いえ、そう云う訳には……。龍治様、我がはとこのご無礼、申し訳ありません」
「いや、別にいいって。恵理香の云う通り、莉々依が悪いわけじゃないんだし」
「ありがとうございます……。あの、どこで亜麻音お姉さまとお会いになられたのです? あの方は隣県にお住まいなのですが……」
「あぁ、実はな――」
昨日あった事を掻い摘んで説明する。とりあえず椋太郎については、年の離れた友人とだけ云っておいた。その友人に、麻倉亜麻音がしつこく付きまとっている、と。
それを聞いた莉々依は、頬に手を当て深い溜め息をついた。
「昔はそんな人ではなかったのに……」
「そうなのか?」
「えぇ……。お淑やかでお優しくて……わたくしもよく遊んでいただいたのです」
「う、うーん……」
「お淑やか、ですか……」
どう考えてもお淑やかでも優しくもなかった態度に、龍治は唸ってしまい、柾輝も「まさか」と言外に含ませて呟いた。
それを見た莉々依は、「身内の恥で御座いますが」と前置きをして話し始める。
「わたくしの父と麻倉家のおば様は従姉弟ですが、幼い頃は姉弟同然に育ったそうで大層仲が宜しいのです。それはお互いが結婚しても変わらず……わたくし共が麻倉家へ遊びに参る事も、逆に麻倉の方々が我が家へお越しになる事も頻繁に御座いましたわ。わたくしは一人娘ですが、麻倉家は二人姉妹でいらして、少々年の離れたわたくしをお二人とも実の妹のように大変可愛がって下さいました」
「へぇ……」
「亜麻音お姉さまは麻倉家の次女でいらっしゃるので、妹と云う存在に憧れていたそうで……殊更わたくしを可愛がって下さいましたわ。昔はお揃いのお洋服を来たり、お互いに帰る事を嫌がったりしましたのよ…………本当に、仲良くして下さっていたのです。少し前までは」
少し前までは、を強調されて、龍治は背筋にちょっと寒い物が走った。莉々依の目が冷たく光ったような気もして、思わずぶるりと震えてしまいそうだった。
「亜麻音お姉さまがお変りになってしまわれたのは、今年の春――高校生になってからです」
「それまでは、その、普通だったのか?」
「えぇ。年末年始と共に過ごしましたが、変わらずお優しくて。それが、入学祝いへ出向いたら……」
「“あぁ”なっていた、と」
「はい……。それについて、花蓮様と恵理香さんには一度ご相談した事がありますの」
「そうなのか?」
「えぇ。優しかったお姉さまがまるで別人のようになってしまった、と」
「私も花蓮様も何度かお会いした事があるのですが、確かにお話を聞いて別人のように思えました。本当にお優しい方でしたから、亜麻音様は」
「うーん……」
それは確実に、前世の記憶を取り戻したせいだろうと龍治は思う。
龍治は五歳の時に自分に前世の記憶がある事に気付いたが、そんな幼い頃であっても、記憶を得る前と後では性格が変わったと周りから思われていた。それでも年齢的に幼かった事や、柾輝が傍に居た事で、「そう云う事もあるか」と軽く流されたのだ。
しかし、麻倉亜麻音は高校生になってからだと云う。人格形成はしっかりと終わった頃。一端に女と云えるようになってから前世の記憶を得たのなら――ましてそれを隠そうともしないなら、周りが受ける違和感は酷いものだっただろう。
(……思慮深いとか、そう云うのとは縁遠い感じだったし、なぁ。前世がどんな人だったのかは知らないが、この世界がゲームに酷似してると気付いたり、もしくはゲームそのものだと思ってしまったら……)
人それぞれとは思うけれど。反応は大まかに云えば、拒絶派、逃避派、許容派と云った所か。その中からさらに細かく分類されるだろうが、それは今は置いておく。
例えば龍治は拒絶派と許容派の両方であり、どちらにも対応すべく思考を深めて行った。頭脳戦へと持ちこむ方向へ行ったと云える。
では麻倉亜麻音はどうか。
龍治の所見ではあるが、あの様子から許容派だと考えられる。この世界はゲームであると認め、その中で自分が楽しむ方向へ行く――享受、享楽系と云うのだろうか。少なくとも、この現状に対して頭を使う気も悲観する気もなさそうだった。
頭を使っていたなら、あんな言動は取るまい。……逆に、わざと「自分は頭を使ってない莫迦女です」と見せかけているとも考えてもいいが。メリットがあまりに少ないので、あり得ないと思いたい。自分を莫迦に見せかけるにしたってやり方がある。賢い人間が自分を莫迦に見せるなら、それなりの“魅せ方”と云う物があるのだから。
あれはない。龍治の常識の内で語るなら――無しである。
「亜麻音お姉さまの姉君である愛音お姉さまにお話を伺いましたら、春休みの間に突然、との事でしたわ。朝起きたら意味の分からない事を喚き始めて、奇矯な振る舞いをなさるようになったと……」
「な、なんか怖いねそれ……」
「えぇ本当に……。麻倉のおじ様は、誰かから悪い影響を受けたに違いないと云って憚りませんし、おば様は寝込んでしまわれるし……。愛音お姉さまはすっかり参ってしまわれてて」
「ひ、酷いな……」
「まったくで御座います。わたくしもなんとかお諌めしようと致しましたが……。……あぁ、そう云えば」
「どうした?」
「いえ、その時、妙な事を云われたのです。「あんたみたいなモブが私に意見しないで」とか」
「……モブ?」
「モブって何ですの?」
「……漫画とか映画とかに出てくる、通行人や群衆の事をさす用語だな……。背景キャラとも云う」
「えぇ? 何それー?」
「意味がわかりませんね」
「……莉々依様が酷い侮辱を受けた事はわかりますわ」
「えぇ花蓮様。……許せません」
「お、お二人とも落ち着いて下さいまし。わたくしは気にしていませんから」
女子三人の友情は微笑ましいを通り越して怖いのだが、それは置いといて。
(……相当だぞ、あの女)
龍治の実体験で云えば、前世の記憶を得ても今生の記憶は虫食いまみれとは云え残っている。麻倉亜麻音も豹変については云われているが、記憶喪失になったとは云われていない。つまりこの世界で生を受け生きて来たそれまでの記憶が、きちんとあると云う事だ。
その記憶があるならば、莉々依を妹のように可愛がってきた親戚と云う事はわかってるだろうに。モブの一言で切り捨てるとは。
(て云うか、莉々依は『せかきみ』に出てるぞ。あるキャラのルートだと相当重要な役割になるのにモブって……ってあー、また髪色か?)
『せかきみ』はゲームなので、髪の色が現実的にはあり得ないとんでもない事になっていた。龍治の銀髪は現実でも一応はあり得るので置いとくが、紫とか青とかピンクとか、染めないとあり得ない色が自然色として存在していたのだ。
莉々依は山吹色がイメージカラーだったせいか、髪の色もその色になっていた。金髪とはちょっと違う、光沢のない黄色と云うか、まぁそんな感じの色だ。恵理香は黒髪だったが、花蓮はピンク色だったなぁと思い出す。
龍治と椋太郎はゲーム通りの外見と配色だったのですぐわかった、と云う事なのだろうか。
(どっちにしろ……眞由梨の時とは訳が違いそうだ)
眞由梨は互いの誤解と擦れ違いの結果一時あぁなってしまったが、元は龍治を慕うが故の菩薩級の愛からの行動だった。
ところが麻倉亜麻音と来たらどうだ。
前世にてゼンさんが読んだ「トリップ系夢小説」「転生恋愛物」などに出てくる痛い女そのままではないか。テンプレ過ぎてぐうの音も出ない。テンプレが赤面して逃げるレベルでテンプレだ。これは酷い。
境遇からして、ゲームの『ヒロイン』ではなさそうでもある。『ヒロイン』は『椋太郎』の幼馴染であり、『莉々依』と親戚と云う設定はなかったのだ。必要以上の警戒は無用かも知れない。いや、柾輝が龍治の側へ来る年齢が繰り上がっていた事を考えると、絶対にあり得ないとは云えないが。
それでも龍治は、“本能的に”あれは『ヒロイン』ではないと確信していた。
あれはただのイレギュラーだ。モブは莉々依ではなく、麻倉亜麻音の方である。
(その手の奴が暴走して自滅するのは勝手だが、椋太郎さん達を巻き込まないで貰おうか……)
最初こそ、『ヒロイン』に近い人物なので早々に攻略してやるぜ、と酷い理由で近付いたのだが。話してみれば楽しいし良い人だし、一緒にいて楽な相手だ。柾輝達に云った「椋太郎を気に入ってる」は事実であり、龍治はお気に入りが害されるのは当然厭である。
なのでこのまま行くと、麻倉亜麻音の排除は確定してしまいそうだ。
(……まぁ、あまり短絡思考なのはいけないな。もう少し情報を集めよう。佐々木も何か得ているかも知れないし。俺には想像出来ないような何かを、麻倉亜麻音が抱えている可能性だってゼロな訳じゃないんだから)
冷たい事を云うと。
麻倉家の次女如き、綾小路家の嫡男がちょっと本気を出せば簡単に捻り潰せてしまえるのである。だから今のところ、慌てる必要はない。
それに、元々は淑やかで優しく莉々依と親しかったと云うならば、どんな事情であれ龍治が手を下したら莉々依は哀しむだろう。未来の妻の友人は大事にしたい龍治である。強行に打って出るのは最後の手段として置きたかった。
(甘ちゃんでもいいさ。『龍治』みたいに、冷血になるよりマシだ)
そう頭の中で結論付けて、龍治は話は終わりとばかりに莉々依に礼を云った。
「ありがとうな、莉々依。話し辛い事だったろうに」
「いえ……亜麻音お姉さまがご迷惑をおかけした事は事実ですので……。ご友人様に、何かお詫びでも出来ればよいのですが……」
「そこまで気にしなくていいって。まぁ、お前の気持ちは伝えておくよ」
「ありがとうございます。わたくしも父に、それとなくその件について伝えておきますわ」
「……あ、早く食べないとお昼終わっちゃうや」
キリの良い所でぽつりと玲二が呟いたものだから、みんな慌てて――でも下品にならないように――目の前の昼食を再開したのだった。
わーい、11937文字でしたよー。
……長くてすいません。でもキリのいい所まで書いちゃおう、と思うとどうしても長く……あばばばばば。
どうやら龍治の見た感じでは、朝倉亜麻音は『ヒロイン』ではなさそうです。
では本物の『ヒロイン』はどこに? 椋太郎にあった“キツい事”って? そもそも本当に彼女は転生者なのか……?
続きをお待ち下さいませっ。(敬礼)




