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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
18/42

18.歪みの国のお姫様/風祭眞由梨

 今年中に間に合いましたあああああ!

 脱スランプ法を伝授して下さったお二方、有難うございました。お陰さまで更新出来ました……!


 お気に入り登録数2800名様突破も有難うございます。

 感想も評価も有難うございます。本当に私には勿体ないな~と思いつつ、幸せいっぱいでございます。


 ではでは、初の龍治以外の視点--眞由梨篇、どうぞ!><

 風祭かざまつり眞由梨まゆりにとって、従兄弟であり初恋の君でもある綾小路あやのこうじ龍治りゅうじは、神様にも等しい存在だった。



 初めて会った日の事などは、当然覚えていない。物心付く前の赤ん坊の時だからだ。

 眞由梨の母と龍治の父が姉弟のイトコ同士。眞由梨達が望む望まないに関係なく、二人が出会うのは確定事項である。運命と云って差し支えないほどに、それは必然であったのだ。

 気付いた時には龍治が側に居て、それが当たり前だった。いつだって眞由梨は、龍治の隣りか後ろにいて、それが堪らなく誇らしかった。

 流石に幼少時の事、子細に覚えていないけれど、それでも龍治が他人を寄せ付けないようにしていた事はぼんやりと覚えている。その龍治が眞由梨だけは側に居る事を許してくれていたのだ。それが誇らしくない訳がない。自分だけは龍治に認められているのだと、眞由梨は嬉しかったのだ。


 一月と少し先に生まれたので眞由梨の方がお姉さんなのだが、眞由梨は一度たりとも龍治に対してお姉さんぶれた事など無かった。どんな事であれ、龍治に勝てる要素が一つも無かったからだ。

 勉強も、運動も、礼儀作法も、遊びも、美貌でも、何であっても。

 これが同性だったならいとも容易くライバル関係になっていただろう。眞由梨は自分より優れた龍治を目のかたきにしていたかも知れない。けれど二人は異性であり、尚且つ眞由梨は龍治に負けても「悔しい」と思えた事がなかったのだ。

 龍治が優れているのは当然だと、思っていた。自分より優れていて当たり前で、それに対し不満を抱く事は間違っているのだと。それを誇らしく思う事が正しいのだと、そう思っていた。



 少し癖のある銀糸の髪はまるで月の光を溶かし込んだかのよう。蒼玉サファイアの瞳は湖面の静謐さを滲ませ、静かに輝いている。その瞳を彩る睫毛は髪と同じ銀色で、瞼を降ろせば頬に陰を作った。肌は真珠のように白いのに、病的な印象など全く受けないくらいつやつやしていて。

 それら全てが美しいのに、さらには顔を形作るパーツの配置も完璧だった。どこにも無駄なく、歪む事無く、まるで人形のように完全に整った顔立ち。人間では有り得ないシンメトリー。


 人によっては恐怖すら掻き立てるその完全な造形に、眞由梨はただただ焦がれた。自分もそうであれば良かったとは思わなかった、などと云えば流石に嘘になるが。それでも、嫉妬や羨望よりも先に、至高の幸福があったのだ。

 神の側にいる事を許された巫女のような、満足感と幸福感。

 そして、浅ましいながら優越感もあった。


 大人も子供も、龍治に擦り寄って来た。その美しさに惹かれ、彼が背負う巨大な財閥からの“おこぼれ”にあずからんとする、無遠慮な連中だ。

 そんな者達を、龍治は見向きもせず切って棄てていた。どうでもいい、いらないと。表情も目付きも冷え切っていて、そんな時の龍治は眞由梨でも怖かったように思う。


 けれど眞由梨だけは、そうならなかった。

「眞由梨」と名前を呼んでくれた。

 隣りに並んでも厭な顔をしなかった。

 母の真似をして「龍ちゃん」と呼んでも、返事をしてくれた。

 手を繋いでくれる時だって、あって。

 果ては、「大人になったら嫁にしてやる」とまで云って貰えて。


 眞由梨は確かに幼き頃、至上の幸福の中に居られたのだ。



 それが崩れたのは――五歳の時。龍治が突然倒れて、熱を出してからだった。


 母と共に初めて見舞いへ行った時には、酷くうなされているから会わせられないと云われた。眞由梨は非常に不満だったが、母が顔を青くして「そんなに悪いの?」と叔父に聞くものだから、途端に怖くなった。

 眞由梨達に会わせられないほど酷い熱なんて。そんなもの、眞由梨の想像を絶する事態だ。


 まだこの頃の眞由梨は“死”と云う物について理解していた訳ではない。眞由梨が知る限りで身内に不幸があったのは、二歳になる前の祖母アナスタシアくらいで当然覚えておらず。

 ただふと、病気で入院し、病院のベッドの上で沢山の管に繋がれた父方の祖父を思い出して、ぞっとしたのだ。

 眞由梨が行くと、弱々しくも嬉しそうにする祖父。随分と痩せ細っていて、手を握ると折れてしまいそうで怖かった。「おじいさま、おじいさま」と泣いてしまった眞由梨の頭を、愛しげに撫でてくれた祖父。その祖父を思い出して、怖くなったのだ。

 ――龍治も、そうなっていたらどうしよう、と。

 龍治に会わせて欲しいと懇願したが、叔父は困ったように笑って眞由梨の頭を撫でるだけだった。


 それから数日経って、ようやく熱が下がったと云う知らせが入り、眞由梨は家族達とほっと息をついて。それからさらに日数が過ぎてから、やっと眞由梨は龍治に会う事が出来た。

 ドキドキして、ソワソワしていた。龍治が祖父のような変わり果てた姿になっていたらどうしようと云う恐怖と、久々に会えると云う喜びとがないまぜになって、落ち着かなかった。

 それでも、龍治の部屋の前まで来た時には「みっともない姿を見せたくない」と手鏡で前髪を確認して、服装――よそいきの振り袖だ――を確かめた。苦笑する母と手を繋いで久しぶりに入った龍治の部屋。和風の風祭とは違い洋風の綾小路に相応しい、ヨーロッパの調度品が置かれた好きな人の部屋には、“異物”が居た。


 ベッドの上で身を起こした龍治の側に、“ソレ”が居たのだ。

 椅子に腰かけて――眞由梨達を見るとすぐに立ちあがったが――、我が物顔で、当然のように。


 その時は単純に、「だれだろう?」と思った。母も少し驚いていたので、すわ侵入者かと思ったけれど。


「伯母さま、眞由梨、久しぶり。心配かけてすみません」


 龍治が驚くほど気軽に声をかけて来てくれたので、その考えが吹き飛んだ。

 本当に、驚いたのだ。龍治はいつだって不機嫌そうで、周りを睨み回すようにしていて、あんな気さくに話しかけてくれるような人ではなかったから。

 母も驚いたのか僅かに固まっていたが、すぐ笑顔になった。眞由梨の手を引きながら龍治の側へと歩いて行く。


「いいのよ、元気になってくれたなら。それで、もう熱はないのね? ご飯は食べれる?」

「はい、すっかり良くなりました」


 その答えに母は安心したように笑うと、視線をちらりとソレへと向けた。


「その子はどちら様? お友達かしら」

「あ、ご紹介が遅れました。俺の友達で、その、世話役になる予定の岡崎おかざき柾輝まさきです。柾輝、こちらは伯母の幸子ゆきこと従姉妹の眞由梨だ」

「はい、龍治さま。……はじめまして、幸子さま、眞由梨さま。龍治さまの“そばづかえ”として綾小路家へまいりました。おみしりおきください」

「あらご丁寧に。それにしても岡崎家の子だったのねぇ。治之はるゆきったら、随分無茶したものだわぁ」


 母はケラケラとお気楽に笑っていたが、眞由梨はそれどころではなかった。

 そばづかえ――側仕えとなるならば、この柾輝とか云う異物は龍治の側にある事を許されたのか?

 それは、眞由梨の価値を根底から覆す出来事だった。



 龍治の側にいられるのは自分まゆりだけ。


 それは眞由梨にとって、何物にも代えられない、どれほどの財を積まれても揺るがない、絶対的な価値ものだった。

 だと云うのに、突然現れた異物が眞由梨と同等の価値を容易く手にしていたのだ。それも、眞由梨が知らないうちに。眞由梨が龍治に会えなかった間に。


 ――許せない。卑怯だ。そんなの反則だ。泥棒行為と、なんら変わりないではないか。


 目に力を入れて、柾輝を睨み付ける。初対面の少女からキツい眼差しを受けたからか、柾輝はわかりやすく動揺した。困ったような顔で眞由梨を窺い見て来るが、その下手したてな態度が余計に腹立たしくて、ふんっとそっぽを向いてやる。


「どうしたの眞由梨? 急に不機嫌になっちゃって」

「……なんでもない」

「なぁに? まさか、龍ちゃんの側に他の人がいたからって拗ねて――」

「なんでもないったら!」


 思わず怒鳴ってしまった。触れられたくない所へ、無遠慮に母が触れて来るから。

 ハッとして口を手で押さえて龍治を見ると、目を見開いて眞由梨の方を凝視していた。驚かせた。それだけの事が、なんだか無性に恥ずかしくてたまらなくて。眞由梨はカッと頭に血を上らせると、慌てて部屋から駆け出していた。

 はしたない。祖母の伊代子いよこがいたら、叱られている所だ。

 後ろから母が呼んだが答えられなくて、眞由梨はそこから――好きな人の前から逃げ出したのだ。




 最低だった。悪夢を見ているようだった。

 龍治の前ではしたない真似をしてしまった事も。龍治の隣りを他人に盗られた事だって。

 やはり、叔父に止められても、無理をして寝込む龍治の見舞いへ行くべきだったのだ。大人しく引き下がったりしたから、こんな事になってしまったのだ。

 後悔したって後の祭り。過去の失態は取り消せない。だから眞由梨はしくしくと泣いていた。哀しくて悔しくてたまらなかったからだ。

 でも、どうしたら龍治を取り返せるかわからなくて、そんな無様な自分が惨めで、余計に泣けてきて仕方なかった。


 そんな泣き寝入りする眞由梨を慰めてくれたのは、長兄の空哉くうやだった。

 眞由梨を抱き上げて膝に乗せて、優しく髪を梳いてくれる長兄。他の二人の兄も、哀しそうな表情で眞由梨の側に居てくれた。


「可哀想な眞由梨。そんなに泣かないでおくれ」

「だって、りゅうちゃん、りゅうちゃんが」

「大丈夫。龍治君はすぐ、眞由梨の所へ帰ってきてくれるよ」

「ほんとう……?」

「あぁ、本当だとも。だから泣かないで、可愛い眞由梨。龍治君は、今は新しいものに目を奪われているだけさ。お前より可愛い子なんていないんだ。だから、大丈夫だよ――」


 その甘く優しい言葉に、眞由梨は酔った。そうなのか、と思った。アレは目新しいから、だから、構ってもらってるんだ、と。すぐに、自分の所へ戻って来てくれるのだ。何も心配しなくていいんだ――と、そう、都合よく。


 長兄の言葉を信じて、眞由梨は立ち直った。一時的な事だと、自分を納得させて。すぐに龍治は柾輝を追い払い、眞由梨を隣りに招いてくれるのだと信じて。

 それでも失態を見せた事は変えられない事実であるので、やはり遠慮が先だってしまい、中々綾小路を訪ねる事が出来なかった。

 不安ではあった。

 また自分が知らない間に、誰かが龍治の側へ居座るのではないかと。その不安に押し潰されそうになった時には、実家あやのこうじを訪ねる母に恥を忍んで付いて行った。

 その時、勇気を持って何度か龍治に話しかけたが――かつてのように、二人きりになる事は出来なかった。

 いつだって、どこにだって――柾輝じゃまものが居た。

 眞由梨の定位置だった、龍治の隣りや後ろに立っていた。

 眞由梨の場所は、龍治の正面になった。机や何かを挟んでの、遠い場所。“柾輝が来るまでは”、手を伸ばせばすぐふれられる場所に、いられたのに。


 憎悪に胸が焼けた。怒りに咽喉が渇いた。哀しみに涙が滲んだ。後悔に体が震えた。

 邪魔だと叫んで、突き飛ばしてやれればどれほど良かったか。この胸の軋みが消えて、清々しい気持ちになれたはずなのだ。

 けれど、龍治の前でそんな事は絶対に出来なかった。はしたない。見っとも無い。失望されてしまう。そう思うと、怖くて仕方なくて。


 静謐な湖面の如き瞳が、冷淡に眞由梨を見据えるなんて――

 想像しただけで、死んでしまいそうだった。



 ――そう云えば、変わった事がある。

“柾輝が側に来てから”と云うもの、龍治は目に見えて変わったのだ。


 凪いだ瞳は慈悲に満ちていた。湖面などではない。どこまでも広い海のような、それでいて柔らかく打ち寄せる波のような、そんな大人びた瞳をするようになった。

 優しく笑うようになった。慈しむような、愛しむような、そんな柔らかな笑顔。それが向けられる先には柾輝や叔母たつきが居た。自分に向けられるのは、よそゆき用と云わんばかりの笑顔だと云うのに。どうして。叔母はわかる。龍治の実母なのだから、当然だ。しかし、どうして柾輝にまで向けるのだ。眞由梨には向けないのに。

 言葉が優しくなった。辛辣さなどとは程遠い、慈しみに溢れた言葉だ。使用人達にまで声をかけるようになって、誰もがほう……と蕩けた顔をする。あの美しい姿から発せられる声はやはり美しくて、まるで天上の音楽のよう。その声に労わりの言葉をかけられれば、誰でも陶酔してしまうだろう。眞由梨だってそうだったのだから、他の人間など推して知るべしだ。


 けれど、それと同時に、何かに耐えるような姿をする事も増えた。

 ふとした拍子に、遠いどこかを見る様な眼差しになったり。僅かに下唇を噛んだり。疲れたように細い溜め息をついたり。現実を拒否するかのように目を伏せたり。

 それらはすぐに消えるけれど、眞由梨の心にささくれを残すには充分だった。

 龍治は無理をしている――それは確信だった。龍治にずっと恋焦がれて来た、眞由梨故の洞察だった。

 そうして気付く。


 龍治にそんな姿をさせているのは、柾輝なのではないかと。


 どうしてかはわからない。けれど、龍治がああなったのは柾輝が来てからだ。関係ないとは、眞由梨には思えなかった。

 眞由梨の居場所を盗ったばかりか、龍治にあんな顔までさせるなんて――。

 到底、許せる事ではなかった。どうにか排除してやりたくて堪らないが、叔父に直談判しても無駄だった。

 柾輝を龍治から引き離すべきだと訴えた眞由梨に、叔父はまた困ったような顔をする。


「まゆ、大丈夫だよ。柾輝は龍治の負担になってないから」

「でもおじさま!」

「心配性だね、まゆは。大丈夫、何かあったら私がどうにかするから、安心なさい?」

「……」


 そう微笑まれて頭を撫でられては、眞由梨は何も云えない。


(おじさまは、たよりにならないわ)


 自分でどうにかするしかない。愛しい龍治の為に、悪しきものは排除するのだ。

 ――そう決心した矢先の出来事だった。



 龍治の婚約者に東堂院とうどういん花蓮かれんが選ばれたと、正式に発表されたのだ。



 目の前が真っ暗になった。眞由梨が邪魔者まさき手古摺てこずっている間に、新しい敵が現れてしまったのだ。

 龍治の隣りは、右も左も、眞由梨以外の人間が居座ってしまった。


(どうして――)


 だって長兄くうやが云ったではないか。龍治は眞由梨の所へ戻って来ると。龍治の隣りは、眞由梨のものになるのだと。

 なのに、――なんで世界はこんなにも、眞由梨に酷い事をするのだろう。



 眞由梨はわんわんと泣いた。前はしくしくと静かに泣いたけれど、今回は大声でわんわんと泣いた。父も兄達も下手な慰めをするばかり。母は溜め息をついてどこかへ行ってしまった。酷い。どうして自分ばかりこんな哀しい目に遭うのと、世界中を呪いたくなった。


「眞由梨、そのように大声で泣くものではありません」


 ぴしゃりと空気を打つ、祖母・伊代子の声がした。眞由梨はしゃくり上げながら、祖母を仰ぎ見る。祖母は厳しい声を出しているのに、眞由梨を見る目は優しかった。


「おば、ぁ、さま、だって、まゆ、まゆりが、りゅうちゃ、けっこ……!」

「えぇ、わかっています。だから泣きやみなさいな。そのような顔をしていては、龍治さんから呆れられてしまいますよ」

「ふ、ふぐ……うぅ……」


 肌触りの良いハンカチで顔を拭って貰いながら、眞由梨は必死に泣きやもうとする。そんな眞由梨を母を除いた家族は、痛ましそうに見つめていた。


「眞由梨、恋にはさ、障害がつきものなんだよ」


 次兄の海人かいとが眞由梨を宥めるように云う。


「そうそう。神様は乗り越えられる力のある奴にしか、試練を与えないんだ。眞由梨は神様に期待されてるんだよ」


 三男の大地だいちが眞由梨を元気づけようとしてか、明るい声で云った。


「大丈夫だ。お父様が、綾小路の叔父様に云ってあげるからね。だから泣かないでおくれ」


 父は必死な顔をして、懸命に眞由梨を慰めてくれる。

 眞由梨は鼻を啜り、しゃくり上げながら、周りを見回した。誰も彼もが、眞由梨を必死な顔で元気づけようとしてくれている。

 俯いて、一度ぐすんと鼻を鳴らしてから、眞由梨は「うん」と鈍い声で頷いた。それだけで、周囲にはホッと安堵したような空気が満ちる。


「眞由梨、今は辛いでしょうが耐えなさい。綾小路の権力は絶大――現当主でいらっしゃる治之さんのお言葉は絶対なのです。治之さんが選ばれた婚約者を、龍治さんの独断で取り消す事は出来ません」

「……りゅうちゃんが、けっこんしたくて、その子を」

「さて、私には龍治さんの本音は推し量れませんが……。噂によれば、珍しく花蓮さんおんなのこに龍治さんが興味を示されたものだから、それにかこつけて――との事ですね。東堂院家からの押し込みもあったやも知れません」

「……じゃぁ、りゅうちゃん、すきでその子にしたんじゃ、ないんだ……」


 祖母は肯定も否定もしなかった。しかし、眞由梨には充分だった。


(また、りゅうちゃんをくるしめるヤツが、ふえたんだ)


 龍治の隣りを眞由梨から奪い、さらに龍治を苦しめる人間が二人になってしまった。

 なんと云う事だろうか。眞由梨がいじいじイジけている間に、龍治の周りは魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする悪しき場所になってしまったのだ。


(りゅうちゃんを、たすけなきゃ!)


 それが出来るのは、眞由梨だけなのだ。

 龍治を誰よりも愛してる自分だけが、龍治を救えるのだ。

 絵本では、悪い魔女に苦しめられているお姫様を王子様が救うけれど、眞由梨が居るのは現実である。だから、本来はお姫様である眞由梨が、王子様である龍治を救ってもなんらおかしくない。正当な“厚意”だ。悪魔に苦しめられる神様を救うのは、使徒たる巫女の役目なのだ。

 それに、眞由梨は知っている。

 悪者は正義の前に敗れ去り、嘘吐きの偽者は――


(クギをうちこまれたタルに、入れられるんだから――!)




 眞由梨は懸命に努力した。必死になって頑張った。

 綾小路家の嫁として立ち振る舞うべく、習い事を増やしてそれをこなした。護身術だって習い始めた。

 花蓮が料理を始めたと聞いた時、負けてなるものかと家族の「眞由梨がそこまでする必要はない」と云う反対を押し切って学び始めた。

 言葉遣いだって、母を真似たものから上流階級の令嬢に相応しいものに直して。

 服装も冒険だとは思ったが、自分に似合う洋服をかき集めて。

 髪はサラサラ肌はつやつや、お手入れだって万全だ。

 柾輝と花蓮への敵対行動だって始めた。

 お前らの本性はわかっているのだと思い知らせるために、奴らにとって痛い言葉を投げつけて。でもあまりやりすぎると優しい龍治が哀しい顔をするから、それが哀しくてほどほどにやめてみたり。


 五年生に上がるまで、ずっとクラスが別だったから――ここでも世界は眞由梨に酷かった――上手く行かなかった。家を訪ねようにも、習い事が忙しかったし、母は一人でさっさと行ってしまうし。慌てて追いかけて行けば、優しい叔母から母と龍治が揃って出かけてしまったと云われて会えず仕舞い。何もかも上手くいかなかった。

 けれど、最後の二年間は同じクラス。毎日学校で会える。柾輝と花蓮に邪魔されたって、高が知れている。眞由梨とて、家格の高い風祭家の令嬢で、初等科女子二大派閥の長なのだ。二人を相手どっても負けるものか。愛の力で、勝ってみせる。この二年間が勝負なのだ。必ず勝って、今後の学園生活を龍治と共に楽しく過ごす。それは素晴らしい事に違いない。眞由梨の隣りには常に龍治が居て、龍治は眞由梨にいつも微笑みかけてくれる。優しく手を取って、一緒に廊下を歩くのだ。柾輝と花蓮が眞由梨から奪ったものを、今度こそ取り返してみせる。


 そうして意気込んだ眞由梨は、自分の愛と正義を信じた眞由梨は――



「つまりお前は―――俺の事を、親父に逆らえない腰抜けだって云ってるんだな」



 愛しい人りゅうじ自らの手で、粉々に打ち砕かれたのだった。


(なんで、どうして、なんで……?!)


 訳が分からなかった。

 だって龍治は眞由梨の王子様で、眞由梨は龍治のお姫様で。数々の困難を乗り越えて、結ばれる運命のはずなのに。みんな、そう云ったのに!

 龍治の目が冷たい。表情が無い。血も涙もないような、まるで氷の世界に君臨する王のような絶対零度を持ってして、眞由梨を見据えて来る。


「――恐怖程度で委縮するようなカス呼ばわりされて、俺は不愉快だ」

「違いますッ!」


 否定の声は絶叫だった。そんなつもりはないと、龍治を虚仮にする気など全くなかったのだと伝えたくて、伝わって欲しくて、眞由梨は声を張り上げた。

 けれど龍治の顔は変わらない。冷たいまま。眞由梨の血潮すら凍らせんとばかりに。


(厭、厭、厭、こんなの違う、なんで、私、だって、どうして……?!)


 好きだった。愛していた。守りたかった。救いたかった。龍治のためなら何でも出来た、何でもしてきた。それら全てを、龍治自らが否定する。

 どんな悪夢よりも酷い。こんな現実、眞由梨が受け入れられるはずもない。

 視界が揺れる。涙がじわじわと浮かんできた。押さえる事が出来ない絶望が、涙を押し出して来る。厭だ、泣きたくない。そんなはしたない真似、これ以上、龍治の前で、失望されて――


(もう、されて、る)


 取り返しなど、つかない程に。

 これが夢なら今すぐ覚めて欲しかった。こんなもの、悪夢以外の何だと云うのか。

 けれど目の前の龍治は、夢などではなく現実だった。


「眞由梨、聞かせてくれ」

「あ、あの、わた、わた、くし」

「お前の中の俺は、見下げ果てたクズ野郎か?」

「わた、し――」

「それとも、お前が焦がれるほどに、強い人間か?」

「あ――」

「なぁ、教えてくれないか」


 龍治が微笑む。それは、柾輝や花蓮へ向ける優しく温かい笑顔などではなくて。見る者全てを凍てつかせる、ふれる事すら出来ないほど、冷え切った笑みで。

 何の感情もこもっていない、ただの、作られた笑顔、で、



「お前にとって俺は―――“なんなんだ?”」



 それが、とどめだった。

 何も考えられなくなって、けれどその龍治の言葉が、明確な拒絶だと云う事だけは分かってしまって。眞由梨は顔を押さえてワッと泣き出してしまった。


「違う違う違う違う違う違う! そんなんじゃない、そんなつもりじゃない、だってだって私は厭だ違う、違うの、違う違う、違うッ、龍治様―――ッッ!」


 龍ちゃん、とは、もう呼べやしなかった。

 顔を押さえて泣き叫ぶ自分を、誰かが抱きしめてくれたような気がする。けれどそれは、望んだ相手ではなく、柔らかな檸檬レモンの香りがする誰かで。

 ――その日、眞由梨は、もはや修復できないほど、どうしようもないほどに、失恋してしまったのだった。



 *** ***



(……あたまいたい)


 布団を頭まで被った状態で寝返りを打ちつつ、眞由梨はぎゅぅと目を強く閉じる。そんな事しなくても、目の前は真っ暗だけれど。

 寝過ぎたせいか、それとも泣きすぎているせいか、あの日から毎日頭が痛かった。

 あの日。龍治に拒絶されてからと云うもの、眞由梨は絶望の日々を過ごしている。

 学校にも行かず、部屋からも出ないで、ずっと泣いていた。


(……世界って、終わらないのかな……)


 毎日そう願っている。こんなに眞由梨は哀しいのだから、今日明日にでも世界が滅んでくれないものかと。むしろそうなるべきだと思うけれど。

 朝陽は眞由梨の絶望など知らんぷりで毎日昇るし、夜になれば月が出る。眞由梨の哀しみも絶望も、世界に何の影響も与えられないのだ。それは当たり前の事だけれど、とんでもなく空しくて、腹立たしくて堪らない。


(……おなかすいた。ごはん、……)


 こうなってからと云うもの眞由梨はこもりきりだが、部屋にはトイレもお風呂も付いているから問題ないし、ご飯も母が部屋の前に置いてくれるから大丈夫だった。

 部屋に入られるのは厭だった。特に、家族には。


(……みんな、ウソつきだわ)


 都合のいい、耳触りの良い言葉だけ云って、本当の事は隠して。信じて頑張る眞由梨を嗤っていたに違いない。

 そう考えると、誰も彼もが敵に思えてきた。部屋に入って来る父や兄たちに物を投げつけて、出て行けと怒鳴った。誰かの頭に目覚まし時計があたって血が流れていたような気がしたけど、それすらどうでもよくなるくらいの怒りがあったのだ。


(だいきらい、みんな……だいきらい)


 甘やかすだけだった父も、優しいだけだった兄達も、背中を押した祖母も、そして――いつも眞由梨を放っておく癖に、こんな時ばかり構って来る母も。

 みんな、大嫌いで、憎かった。みんなのせいで、自分はこんな哀しい思いをしたのだから。


「……」


 空腹が耐えられなくなってきて、布団から這い出そうと手を伸ばす。おかしなものだ。世界なんて終わってしまえと思うくらい絶望してるのに、お腹だけは空くのだから。


 伸ばして布団から出た手が、誰かに掴まれた。驚きのあまり体がビクンと跳ねたが、次いで怒りが込み上げてきた。


(入ってこないでって云ったのに!)


 怒鳴ろうと口を開く。酸素を吸い込む。

 けれど、


「眞由梨、起きたのか?」


 その声に、怒声は声帯にすら届かず肺で消えた。


(え?)


 美しいその声は、眞由梨が欲しくて欲しくて仕方なかったもの。そうして、永遠に手に入れられなくなってしまったもの。

 どうして、何でと混乱した。どうして、彼が眞由梨の部屋に居て、さらには自分の手を握っているのだろうと。

 しかし、痛む頭は意外と冷静に決断を下した。


(あ、ゆめか)


 そうとしか考えられない。眞由梨にとってあまりに都合のよすぎるコレは夢なのだ。夢に違いない。絶対にそうだ。


(ゆめなら……云えるかなぁ……)


 もぞもぞと顔を布団の外に出す。そこには思った通り、龍治が居た。布団の側で正座をして、寝込む眞由梨を見下ろしている。その顔には、困ったような、罰が悪そうな表情が浮かんでいた。


「りゅうちゃん」

「え、あ、……うん。眞由梨、大丈夫……じゃないよな。ごめん」


 ほら、都合がいい。龍治が眞由梨に謝るなんて、あるはずがないのだから。しかも、手を握りしめてくれる事なんて、あり得ない。


「なんであやまるの?」

「……色々、その、酷かったなと思ってな」


 手を握っていない方の空いた手が、眞由梨の頭を撫でた。昨日お風呂に入っておいてよかった。乾かさないで寝たから、多少ごわごわしてるかも知れないが、汚くはないから大丈夫。


「お前から逃げ回って、結局、一度も向きあってやれなかった」

「……べつにいいよ」


 むしろ、向きあいたくなどなかった。眞由梨が欲しかったのは、龍治の隣りかその後ろだったのだから。柾輝と花蓮に盗られてしまった場所が欲しかった。だから、向き合う必要なんて、どこにもない。


「りゅうちゃん、あのね」

「うん?」

「まゆりね、りゅうちゃん、だいすき」


 そう告げると、龍治は息を飲んだ。それから、酷く申し訳なさそうな顔になる。その顔を見て、眞由梨は悟った。……夢の中でも、フラれてしまったようだ。


(ひどいな。夢なんだから、かなえてくれてもいいのに)


 ぎゅぅと繋いだ手へ縋るように力をこめる。龍治はまた、眞由梨の頭を撫でてくれた。


「……俺なんかのどこがいいんだ?」

「ぜんぶ」

「全部か」

「うん。きれいな顔も、頭がいいところも、運動が出来てかっこいいところも、つまんなそうな顔も、悪いおくちも、手をつないでくれるところも、ぜんぶ、ぜんぶ、だいすき」

「……それって俺か?」

「うん」


 にこにこと、眞由梨は笑う。龍治は変な顔をしていた。


「ずっと前のりゅうちゃんは、そうだったよ」

「……そうだな。…………今の俺は、嫌いか?」

「ううん、すき。だいすき」

「そっか……」


 龍治の顔が近付いてくる。もしかして、キスして貰えるのかなと期待する眞由梨の額に、龍治の額がコツリと当たった。おでこコツンだった。残念。


「……まえの、どうしようもない俺を、好きになってくれて、ありがとう」


 それは何故か、とても大事な言葉のように思えた。前ってどう云う事だろう。どうしようもないって何でだろう。そう思ったけれど、口には出なかった。

 そんな言葉を口にするよりも、すぐ目の前にある蒼い瞳を、ずっと見つめていたかった。


「眞由梨」

「なぁに?」

「俺、お前の事、大事だよ。大切な、従姉妹だと思ってる」

「……」


 またフラれた。

 従姉妹しんせきだと云い切られて、眞由梨はちょっと哀しくなる。どう頑張っても、結婚相手にはなれないんだよ、と云われている気がして――いいや、云われているのだろう。

 花蓮以外とは、結婚しないのだ、龍治は。


「でも、でもね、りゅうちゃん」

「ん?」

「マサキやカレンのことで、いっぱいこまってるでしょ?」

「……」

「くるしい顔してるの、まゆり、知ってるよ?」

「……そうか」


 龍治が身を起こした。顔が離れてしまった事が、酷く哀しい。でもすぐに頭を撫でて貰えたから、その気持ちは霧散して喜びが胸に満ちた。


「確かに、俺は二人の事で悩んでるよ。二人とずっと一緒に居る為には、どうしたらいんだろうって」

「まゆりとなら、なやまなくても、ずっといっしょだよ? くるしくないよ?」

「うん。でもな、眞由梨。……好きな人の事で悩むのも、苦しむのも、辛くはあるけど……不幸じゃないんだよ」


 優しい目をする龍治に、じわじわと涙が浮かんできた。


「二人のためなら俺は、何だってしたいって思うから。もっと強くなりたいって、もっと優しい人になりたいって思うから……それは、幸せな事なんだ」

「しあわせ……」


 眞由梨があげたかったものを、龍治はもう手に入れてしまっていた。腹立たしい事に、柾輝と花蓮のお陰で。それが悔しくて、哀しくて、辛いけど。

 ――不幸だとは、思わなかった。


(りゅうちゃん、わらってる……)


 龍治が笑っているから、それでいい気がした。

 そうして思い出す。この優しい顔を、眞由梨もして貰った事があった。


(おじいちゃんが、死んだ時だ……)


 小学校に上がってすぐ、祖父が病院で亡くなった。もう治らない病気にかかっていたのだと、その時初めて知ったのだ。

 家族と一緒に病院に駆け付けた眞由梨は、もう冷たくなってしまった祖父にすがりついて赤ん坊みたいに泣いた。もう笑ってくれる事も、折れそうな指で頭を撫でてくれる事もないのだと直感的にわかって、それが寂しくて哀しくて。

 泣き続ける眞由梨の側に、いつの間にか龍治が居た。うぐうぐと泣き続ける眞由梨の背中を撫でてくれて、それでも泣きやまないから手まで握ってくれて。葬式が終わるまで――いや、終わっても手を繋いでいてくれた。どうしてかそれが、眞由梨には申し訳なく感じて、泣きながら謝った。なのに龍治は、褒めてくれたのだ。優しい顔で、笑って。


 ――俺の分まで泣いてくれて、ありがとう――


 龍治は、あの場で泣けなかった。だって、眞由梨とは立場が違うから。綾小路の後継で、人前で泣く事なんて許されなくて。

 でも、眞由梨は勝手に泣いたのに、自分の思うままに泣いていただけなのに、龍治は許してくれた。龍治の分まで泣いたと、理由をくれてまで。

 それを思い出して、眞由梨はついに涙を流した。鼻の奥がツンとする。目元が焼けるほどに熱くなった。


「――ふ、うう、うぐぅ、ううう~……」

「眞由梨」

「うえ、りゅうちゃ、うえぇえ……」

「ごめんな、眞由梨。ごめん」

「ひぐ、ひとり、うぅ、やだよぉ。きらいに、うえっ、なっちゃ、……やだぁ」

「一人にしない。嫌いになんて、ならないから」

「う、うう、うぐ、ううぅ~」

「ちゃんと、始めようか、眞由梨。俺、お前と終わりたくない。最初から、やり直したい。都合のいい事云ってるって、わかってるけど。でも、……眞由梨を、諦めたく、ないよ」

「うんっ、うん、う、うんッ! まゆ、まゆりも、いっしょっ」

「うん……」

「りゅうちゃあん」


 それから後は、龍治の手に縋りついて大声で泣きまくった。咽喉が枯れて咳き込んでも泣いて、龍治の手を涙まみれにしながらそれでも泣いて。

 言葉にならない眞由梨の喚き声に、「うん、うん」と一々相槌を打ってくれる龍治の優しさが嬉しくて、眞由梨はずっと泣いていた。



 *** ***



 目を覚ますと、頭痛は消えていた。

 目を開いても真っ暗だったので驚いたが、目元に何か乗っている事に気付く。手をやって持ち上げる。濡れタオルだった。まだ冷たいので、乗せられたばかりなのだろう。


(……夢? だったんだよ、ね?)


 部屋は薄暗い。窓へ目を向ける。カーテンの隙間から、橙色の光が漏れていた。夕方のようだ。いや、今は夏だから、もう夜か。

 起きあがると、毛布がぱさりと落ちた。布団だったはずなのに、誰が替えたのだろう。そもそも、この濡れタオルを置いたのは誰だろうか。勝手に部屋に入られたに違いないのに、眞由梨は何故か、眠る前のような異常な苛立ちを感じなかった。


(龍ちゃんの夢、見たから、かな)


 眞由梨の思い通りにならない酷い夢なのに、それでも凄く幸せだと感じる夢だった。

 龍治が眞由梨の部屋に来てくれて、手を握って頭を撫でてくれて、おでこコツンまでしてくれて、また仲良しになろうって云ってくれて――


(あ、でもすごい泣いちゃった。恥ずかしいな……)


 夢だから気にしなくてもよさそうなものだけれど、例え夢であっても好きな人の前では可愛くいたいのが乙女心と云うものだ。


 ふと、枕元に何かある事に気付いた。薄暗い部屋では何かわからないので、近くにあったリモコンを手に取り電気を点ける。急に明るくなった部屋に目がしぱしぱしたけれど、何度か瞬きをしてやり過ごした。

 改めて枕元を見る。淡い薔薇色の封筒と、白薔薇のコサージュ、そして咽喉飴が三個置いてあった。封筒には「眞由梨へ」と見覚えのある字で書いてある。目を見開いた。


「りゅ……っ、けほっ、ごほっ!」


 文字を書いた人の名前を呼ぼうとして、咽喉の痛みに咳き込んだ。慌てて水差しから水を飲み、それから咽喉飴を口へ放り込む。眞由梨が好きな、檸檬味だった。

 もにもにと口を動かしながら、封筒を手に取る。間違いなく、龍治の字だった。

 気持ちは逸るが、破いてしまったら大変だと震える手で封筒を開く。中には白い便箋が折り畳まれて入っていた。ゆっくりと開いて、中身を確認する。

 内容を読みながら、眞由梨は赤くなったり青くなったり、また赤くなったりしたけれど。


(ゆ、夢じゃ、なかったんだ……)


 全部本当の事だった。夢だと思ってた事、全部。

 龍治が眞由梨の部屋に来てくれた事も、手を握って頭を撫でてくれた事も、おでこコツンしてくれた事も、また仲良しになろうと云ってくれた事も。

 全部、全部が、夢などではなかった。


 喜びと恥ずかしさが混ぜ合わさって、眞由梨は今自分がどんな顔をしてるかすらわからないくらい混乱したけれど。最終的に勝ったのは、やはり喜びだった。


(龍ちゃん……龍ちゃん……龍ちゃん……!)


 ぎゅぅと手紙を抱きしめて、くしゃりと音がしたから慌てて体から離した。皺になった部分を丁寧に伸ばす。何度読み返しても、そこには龍治の綴った龍治の言葉がある。

 眞由梨の為に書いてくれた、龍治の手紙。眞由梨の為に選んでくれた、白薔薇のコサージュ。泣き喚いた眞由梨の為に置いていってくれた、檸檬味の咽喉飴。

 龍治が、眞由梨の為にくれたもの。それを得た眞由梨は今、幼少期以来の幸福の中に居た。


(また、一緒に遊べる? 眞由梨の事見てくれる? 仲良くしてくれるの?)


 そう考えると嬉しくなって、涙が出てきた。散々泣いたはずなのに、枯れる事など知らないようだ。

 けれど眞由梨はわかってる。あれが全部現実だとしたら、最高に幸せで、それと同時に、最大に残酷だと云う事を。


 龍治は、眞由梨を大切だと云ってくれたけれど――好きだとは、云ってくれなかった。


 だが、それでもいいと思った。側に居られるなら、また仲良くなれるなら、そこに“好き”がなくても――散々夢に見た、龍治の花嫁になると云う未来がなくたって構わない。

 龍治かみさまの側にある事を許された。それで、もう、充分だ。


 眞由梨はごしごしと乱暴に目元をこすった。家族が見たら慌てて止める行為をするのは、何故か気持ちがスカッとした。

 立ち上がって、カーテンを一つ開く。実に一ヶ月ぶり以上、久々にカーテンを開いた窓の外は橙色に染まっている。窓も開ける。夏の風がふわりと室内に入って来た。空調の効いた部屋に夏の熱気がよみがえり、眞由梨は小さく笑う。


 もう眞由梨の顔には、世界を呪う涙はなかった。



 眞由梨視点だと意外な事実も発覚したりしますね。

 眞由梨と治之が親しげだったとか。(笑)

治之「姪が可愛くない叔父(伯父)なんていない(キリッ」

 お前は例外っぽいよ……←

 ただ結局、息子>姪なんでしょうね、治之は。


 初めての別キャラ視点が眞由梨になったのは、自分ではちょっと意外です。押さえておかなきゃいけない子でしたが、花蓮かな~とか連載当初は思ってたのです。

 しかし、いざ書いて行くと……なんというか、花蓮と柾輝が何を考えて龍治の傍に居るかを自分で書いてしまうのって詰まらないような気がしてきました。皆様のご想像にお任せしつつ、最後には明かされる……みたいな。←

 あなたの考えていた花蓮・柾輝像は正解なのか?! 的に。

 龍治と一緒に、「花蓮と柾輝って何考えてんだろう」と悩んで欲しいと云う作者のわがままと云いますか。

 でもこんな事云っておいて、そのうちさくっと書いてるかも知れません。予定は未定!←


 今年は沢山お世話になりました。

 正直自分のようなニッチ向け底辺が、ここまで大勢の方に受け入れていただいて評価して貰えるとは思っていませんでした。嬉しい意味で予想外です。

 ご期待に添える小説を書ける自信はあまりないのですが、少しでも皆さんを楽しませられるものを書けるよう精進して参りますので、来年も宜しくお願い致します。

 では皆様、よいお年を~!


 誤字修正しました! ご指摘有難うございますっ>//<

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