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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
13/42

13.キャンプ二日目(莫迦な夢見て悪夢に嘆く)

 嘔吐描写あります。

 苦手な方はお気をつけ下さい。


 眞由梨と決着を付けた夜、龍治はまた、幸子伯母へと電話をかけていた。

 もちろん、本日あった事を報告する為だ。

 今度は消灯後トイレの中で、ではなく、柾輝に予め「伯母様に電話する」と告げて脱衣所でだが。またトイレの前に正座待機されてたら怖いし、密談染みた事をしなくても良くなったからだ。


「――と云う訳で、一応、終わったと思います」

『そう……。龍ちゃん、お疲れ様』

「いえ。……宅の娘さん、泣かせてすみません」

『いいのよ。これで目が覚めたでしょうし、あの子の為にもその方が良かったし』


 幸子の声音はいつもより静かで、それは怒っているとか悲しんでいるとかではなく、龍治を労わっているように聞こえた。思い込みではなく、そう感じる。伯母と自分は同士だからだ。

 龍治も幸子も、眞由梨が目を覚ます事を望んでいた。彼女が周りの大人の都合に振り回されず、現実を見てくれる事を願っていた。

 それは叶うと思われる。あそこまで追いつめられて泣いた以上、これまで通りでは居られない。居られたらそれはそれで凄いと思うが、眞由梨の性格と胆力上、あり得ないだろう。


「出先での事ですし、父の耳には入り難いと思います。一応、周りにも口止めしておきました」

『その辺りは私も根回し済みだから。気にしなくて大丈夫よ』

「そうですか。……その、学校側から連絡はありましたか?」

『今のところないわね。まぁ、あっちとしても云い辛いでしょ』

「それは、そうですね」

『来るとしたら、明日の朝一だと思うわ。そうしたら、次男坊辺り迎えにやるから』

「伯母様はいらっしゃらないのですか?」

『私は待ってるわ。その方がいいと思うし。あの子も私の顔は見たくないでしょう』

「そんな事はないですよ」

『ふふ、ありがとう龍ちゃん』


 伯母の穏やかな笑い声が、少し胸に痛い。

 眞由梨の横っ面を叩いた事で龍治の周りは静かになるだろうが、幸子の周りはそうならない。むしろ過熱する可能性が高かった。


『ここまで御膳立てして貰ったんだから、後は伯母様のお仕事よ』

「何か出来る事、ありますか」

『これ以上龍ちゃんに何かして貰ったら、私の立つ瀬がないわねぇ』


 ケタケタ笑う幸子に、龍治は苦笑を漏らす。

 確かにその通りだ。客観的に見て、龍治は小学生の身分で出来る限りの事はもうやっただろう。後は親の仕事として幸子に任せるのが自然の流れであって、そこにまで龍治がしゃしゃり出たらそれはもう大きいどころか巨大な御世話である。眞由梨の母親としての幸子の立場がない。

 だから龍治は、電話越しであったけれど頭を下げて、云った。


「後はお願いします」

『はい、任されました。……ところで龍ちゃん』

「はい?」


 幸子の声音が変わった事に、龍治は首を傾げた。ところで、と話題転換されたが、今これ以上に話さなければいけない事はあっただろうか。


『伯母様に云いたい事って、なぁい?』

「云いたい事、ですか?」

『云わないといけない事、でもいいんだけど』

「いえ、眞由梨の事以外では特には……」


 本気で龍治は彼女が何を求めているのかわからない。現状、眞由梨の事以外で話さねばいけない事はないはずだ。


『ふぅん。なら、いいんだけど』

「あの、何かありましたか? それとも俺、何かしましたっけ」

『ううん。そうじゃなくってね。ほら、眞由梨が云ってた事が本当かどうか確認してた時に、ちょっとね』

「あ、そう云えばどうでしたか。じいやさん、何か知ってました?」


 例の眞由梨が云った、「三歳の時に龍治からプロポーズされた」件である。龍治の記憶にはさっぱりないし、眞由梨から得られた情報はむしろ否定材料になってしまったが、念の為確認しておいた方がいいだろう。

 龍治の問いかけに、幸子は溜め息混じりに話し始めた。


『じいや達は黙秘権行使してきたわ。多分、ばーさんから口止めね』

「口止めですか? 何でわざわざ……って、あぁー……」

『あぁうん、龍ちゃんが思った通りだと思うわ』


 はぁ、とお互いに溜め息をつく。

 眞由梨の側に控える使用人達は、今より幼い頃からずっと一緒に居た訳で。今回の件について、真相を知っている可能性が一番高い人達な訳だ。

 そんな彼らが口を割らない、口止めをされていると云う事は、だ。


「風祭のおばあ様から吹き込まれた、と考えていいんでしょうか……」

『いいと思うわよ。あのばーさんもよくやるわホントに……』

「お、お疲れ様です……」


 珍しくうんざりとした陰鬱な声に、龍治は心底同情した。

 嫁姑問題と云うのはどこの時代どの家庭にもあるとは云うけれど、風祭家でも苦労しているのだなぁとつくづく思うのだ。

 ゼンさんはどうだったっけと記憶を漁る。旦那さんが天涯孤独だった情報が出てきて別の意味でへこんだ。基本穏やかで明るく腐ってるものが多いのに、たまにこうして胸を抉る記憶が出てくるので油断ならない。


『それでね、使用人の一人と思い出話をしててふと思ったのよね』

「はぁ、何かありましたか」

『龍ちゃん、性格変わったわよね』

「はい?」

『五歳の発熱前と後だと、性格変わったと思うの』

「え」


 真剣になった幸子の声と言葉に、龍治はギクリとした。

 やましい事ではないのに――いや、やましい事、なのか。


(そりゃ、変わりもするさ。前世の記憶があるなんて、自覚もすれば)


 しかもそれが、自分とは似ても似つかないどころか、真逆の存在の記憶であれば尚の事。脳内をかなりの容量で占拠する記憶から影響を受けないなど、その方がおかしいだろう。

 だが、それを口に出せば、龍治は「頭のおかしい奴」認定を受ける。ゼンさんの記憶でも、龍治を取り巻く常識でも、「前世と云うものは存在しない」もしくは「前世の記憶を持つ者はいない」が共通認識であった。あくまで「前世」と云うものは、宗教上の建て前か、架空の物語を楽しむ要素にしかなりえない。

 龍治が、「前世の記憶を得たので、性格が変わりました」などと伯母に云えばどうなるか。想像するしかないが、頭を疑われるか、冗談を云われたと思われるかのどちらかではないだろうか。素直に「へぇそうなんだ」と云われるとは思えない。信じて貰えるなんて、考えられない。


『龍ちゃんは自覚ある? 自分の性格変わったって』

「さ、ぁ。特には。発熱前の事は、曖昧、ですし」


 声は震えていないだろうか。自信がない。妙な発言は、していないと思うが。


『そっか。……そうよね、自分の事なんて、よくわからないし』

「……伯母様は、」

『うん?』

「俺が変わったって、思い、ますか?」

『えぇ、思うわ』


 心臓が軋む。何故だろうか。そんなに、怖いのか、自分は。

 けれど。


(何が、怖いのだろう)


 頭がおかしいと思われる事か。

 事実ある前世の記憶を、あり得ないと否定される事か。

 それとも――


(そもそも、そんなに怖い事か?)


 例え否定されて頭を疑われようが、その後に「冗談です」の一言でも云えば済む話だ。今の龍治ならその弁解が通じると思う。別に今の立場を脅かされる事態にはならないだろう。

 ならば、恐れる事はないと思う。試しに云ってみるのもありかも知れない。

 けれど心臓が落ち着かない。引きつるようだ。何かに怯えるように、本能がよせ、やめろと叫んでいる気がした。


「……」


 龍治は目を細めて、幸子にばれないように深呼吸をした。肺腑に新鮮な空気を送り込めば、それが脳に巡り思考もクリアになる。

 気を落ち着かせろ。慌てて混乱したところで、事態が好転する事などないのだから。そう、自分に云い聞かせた。


「俺には、わかりません。俺は――俺のままだと思います」

『……そうね。ごめんね、伯母様、変な事云っちゃったわ』

「いえ」


 龍治の短い返答に、伯母は僅かに苦笑したようだった。

 ――大事な伯母に嘘をつくのは心苦しいが、仕方がない。嘘も方便と云う便利な言葉が、日本にはあるのだ。誰も幸せになれない真実より、誰かが幸せになる嘘の方がいいと云う考え方は、龍治も肯定する。

 本当の事を云っても仕方がないなら、罪のない嘘をつくだけだ。


『でもね、龍ちゃん』

「はい?」

『もし本当に……何かあった時はね、誰にも云えない事でも、私にだけは話してね』


 そう云う伯母の声は透き通っていた。電話越しでは見えない彼女の笑顔が、見えた気がする。


『どんな事があっても、私、龍ちゃんの味方でいるから』


 その言葉に龍治は目を伏せて、「はい」と返事をした。

 嘘に嘘を重ねると罪悪感がマヒして行くのだなと云う事実を、確認しながら。



 *** ***



 消灯時間通りにベッドに入った龍治は、すぐ眠りについた。

 そうして今、夢を見ている。

 龍治が見る夢は、ほとんどが明晰夢と呼ばれるものだった。自分が夢を見ていると自覚している夢。自分の頭の中で繰り広げられている世界なのに、他人ごとのように思えるソレ。一歩下がった場所から、透明で分厚い壁を一枚挟んで見ているような感覚。

 ――前世の記憶を垣間見る時と、よく似ていた。



 僅かにノイズが走る世界は、太陽に照らされていて明るかった。けれど、室外ではない。ガラス張りなのか、ビニールハウスなのか――キラキラ光るように見えるから、恐らくガラスだろう。

 花の香りが漂う。温室と云う単語が浮かんだ。花ばかりの温室。それも、薔薇が多数の。薔薇園と云うべきか。多分、そう云う建物だ。

 人がたくさんいる。顔はわからない。ノイズが掛かっている。あぁ多分、“興味がなかったのだ”。だから、くしゃくしゃに潰してあるのだ。どうでもよかったから、どうでもいい扱いなんだ。

 龍治はその中に立っている。くしゃくしゃの何かが話かけて来るけれど、気味が悪くてプイとそっぽを向いて駆け出してしまう。笑い声がする。穏やかな笑い声。仕方ないねとでも云わんばかりの、胸糞悪くなる優しい笑い声。

 気持ちが悪い。気味が悪い。なんだろう、此処は。

 走ってもそこから出れない。薔薇に囲まれた世界から、抜け出せない。どこにも行けない。

 薔薇が揺れる。真っ赤な薔薇だ。大きくて、色が濃くて、見ていると怖くなった。


 ――りゅうちゃん――


 幼い、少女の声がした。振り返ると、黒髪の少女――童女が居る。薔薇と同じ、真っ赤な振袖を着た、人形のような童女だ。

 黒髪は肩のあたりで切り揃えられていて、髪と同じ色の大きな瞳は長い睫毛に彩られている。肌は白くて雪のよう。

 白と赤の対比が美しいはずなのに、龍治には気味が悪い。人間ではないようだ。怖気おぞけがするほど美しい童女からも、プイと顔を逸らす。

 歩き出すと、童女もぽてぽてと軽い足音を立ててついて来た。顔をしかめる。


 ――ついてくるな――

 ――やだ。いっしょに、いるの――

 ――うるさい――


 龍治が喋っているはずなのに、自分の声ではないようだ。勝手に喋っている、喋らされている感覚がする。そんな、冷たい声だ。

 罵られた童女は黙り込むが、それでもついてきた。莫迦だな、と思う。放っておけばいい、こんな奴なんて。


 ――りゅうちゃん――

 ――うるさい――

 ――やだ、まって。ねぇ――

 ――うるさいっ――


 振り返って、童女を突き飛ばす。酷い事をするものだ。不快気に顔を顰めると、夢の中の龍治も同じ顔をしたようだった。

 尻もちをついた童女の瞳が揺れる。泣くのだろうか。泣いたら鬱陶うっとうしそうだ。酷い事を考えて、また顔を逸らす。

 童女は泣かなかった。黙って立ち上がり、まだついて来る。莫迦なんだろう、きっと。


 薔薇は続く。延々と続いている。永劫に続いている。きっと、外の世界なんてない。ここは、薔薇だけの世界なのだ。

 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 でも出口はない。

 ここには、薔薇と、龍治と、童女しかいない。

 ああ――悪夢のようだ。


 ――りゅうちゃん――

 ――……なんだよ、もう――

 ――あのね、ずっといっしょだよ――

 ――うるさいな……――

 ――“まゆり”ね、りゅうちゃんとけっこんするの――


 眞由梨。

 眞由梨?

 あぁそうか。この童女は、眞由梨だったのか。そうか。考えれば当たり前の事だと、龍治は何故か笑えて来た。

 黒い髪、黒い瞳、白い肌、赤い振袖。眞由梨を構成する全てが、そこにあるではないか。

 眞由梨の言葉を、夢の中の龍治は鼻で嗤った。


 ――バカ云うな。おまえなんて、いらない――

 ――やだ、けっこん、するの――

 ――なくなよ。めんどうくさいな――

 ――なかないよ。りゅうちゃんが、いるもん――

 ――ああ、そう――

 ――りゅうちゃんの、およめさんに、なるんだもん――


 今にも泣きそうな顔をしながら、眞由梨は云う。こんな糞野郎の嫁に、なんでそんななりたがっているのか。理解が出来ない。この世界には、龍治以外に人がいないからだろうか。それにしたって、莫迦な選択をするものだ。


 ――りゅうちゃんと、いっしょにいるの――

 ――いらないってば――

 ――りゅうちゃんがないたら、まゆりがだきしめるの――

 ――……――

 ――まゆりだけは、りゅうちゃんと、ずっといっしょなんだよ――


 それは、恋なのだろうか。愛なのだろうか。執着か、慈愛か、妄執か、哀れみか。

 あまりに純粋な思慕は、狂気と隣り合わせのようだった。

 薔薇と同じ赤い童女が気味悪く思えて、龍治は近寄るなと睨み付ける。それでも童女は、必死に手を伸ばして来た。泣いてはいない。泣きそうに顔を歪めているのに、涙の雫は零れない。


 ――りゅうちゃん。だいすき――

 ――……――

 ――まゆりは、りゅうちゃんの、みかただよ――


 そう云って一所懸命に笑うイキモノに、龍治は皮肉な笑みを浮かべた。

 嗚呼――今から、酷い事を云うに、違いない。


 ――そうか。いいぞ、結婚してやっても――

 ――ほんとう?!――

 ――おれが、――


 ザリザリザリザリ―――激しいノイズが、頭を削る。痛くないはずなのに、脳を直接削られているかのような激痛を覚えた。そんな訳が、ない、のに。


 こちらの痛みなど知らないかのように、夢の中の龍治は告げる。



 ――おれが、いつか結婚するとき、ちょうどいい相手がいなかったら、おまえを嫁にしてやるよ――



 ―――。



(―――なん、だ、この糞野郎はッッッ!)


 夢の中の自分に殺意を覚える。

 あぁ確かに鬱陶しい相手だった。追い払うほどでもなかったが、いつもいつも後ろをついて来て、にこにこしていて、目をキラキラさせて、何か素晴らしいものを見る様な目で自分を見てきて!


(なんでこんな奴がいいんだよッッ?! 何がいいんだよ?! なんでそんなに好きなんだよッ?!)


 まるで、擦り込みのようだ。

 インプリンティング。初めて見た動くものを、親と思い込むもの。鳥類によくみられる現象。

 本人ではどうしようもない、呪いのような――


(――呪い?)


 何かの真実に触れた気がする。

 呪い。

 何が。

 眞由梨が、龍治を好きになる事が?


 夢の中で、童女がはしゃぐ。約束ね、と舌ったらずに云いながら、頬を紅潮させて喜んでいる。これ以上幸せな事はないとでも云わんばかりに。莫迦。莫迦だ。どうしようもない――莫迦だ。


 ザリザリ、ザリザリ、ザザザザザ、―――ノイズが激しくなる。世界も歪む。薔薇と龍治と眞由梨だけの世界が崩れて行く。



 カチリと――スイッチを切り替えるかの如き容易さで、世界が変わった。

 今度は、薔薇だけの世界ではない。狭い部屋だ。いや、多分、世間一般的に云えば、狭いと云う程ではないかも知れない。龍治の感覚で云えば狭い。九畳か十畳くらいの広さの部屋だ。

 カーテンは明るいオレンジ。壁紙は白い。至る所にアニメや漫画のポスターが貼られている。可愛い洋服ダンスの上には美少女フィギュアと男性フィギュアが並んでいた。テレビの下の棚にはアニメDVDとゲームのハードとソフトが収められている。何と云う分かりやすいオタク部屋か。


 その部屋の中で、龍治はベッドに膝を立てて座っている。膝の上には、――『せかきみ』の設定資料集。多くのページに付箋ふせんが貼ってある。どんだけ好きなのか。

 確かめなくてもわかる。ゼンさんの記憶だ。彼女の記憶は頻繁に見ている。けれど、こんなに臨場感を覚えるのは初めてだった。

 一人暮らしを始めたばかりの頃だ。弟も自立して、一人になって。憧れていた一人暮らしだけれど、部屋に帰っても誰もいない、自分以外誰も帰って来ないココは、結構寂しかったのだ。

 ならば弟とずっと一緒に暮らしていればよかったのに。莫迦だなぁと思う。

 彼女はそんな部屋で、ラジオを聞くのが好きだった。テレビではなく、敢えてラジオ。しかも、アニメやらゲームやらの声優がパーソナリティをしているようなのが好きだったのだ。分かりやすい人である。


 今日は――ああ、『せかきみ』のラジオだ。『ヒロイン』役の人と『綾小路龍治』役の人がパーソナリティで、ゲストに他の声優を一人二人呼んで、ゲームについて喋る感じの奴。

 それで、凄く楽しみにしていたんだ、今日のは。だってゲストが、『岡崎柾輝』役と『東堂院花蓮』役の人達だったから、すごく、すごく、楽しみで。仲良くしてる四人を妄想出来るから、本当に楽しみで。

 だってリアルだと、『ヒロイン』役と『東堂院花蓮』役はとても仲が良いのだ。親友です、なんて云えるくらい仲良しで、別のゲームではキャラソンデュエットCDだって出てるんだ。どうして『せかきみ』だと出ないのかな、残念だ。インタビューでも仲がいいんだよ、本当なんだ。一緒に遊びにだって行ってるんだよ。お揃いの服とかアクセサリーとか持っててさ。だから、ゲームの二人が幸せになる百合本出したんだよ。好評だったんだ。アンチ的な批判も来たけど、面白かった、また作ってって声もいっぱい貰ったんだよ、本当に。嬉しかったなぁ。

 あぁ、楽しみだな。今日は四人が仲良く喋ってくれるんだよ。嬉しいなぁ―――……




 ――そうして見た前世の記憶に、絶叫して飛び起きなかったのは、奇跡だと云うしかなかった。



 *** ***



 ぱちりと目を開く。部屋は暗く、天井はぼんやりとしか見えない。足元を僅かに照らす間接照明があるばかりで、まだ時間が夜である事を示す。

 龍治は胃からせり上がって来るものを耐えながら、ゆっくりと起きあがり、極力音を立てないようにしてトイレへと向かった。多分と云うか確実に、柾輝は気付いて起きるだろうが、それでも気を使ってしまう自分に少し笑いそうになった。


 トイレに入って鍵をかける。そして、便器に向かって耐えていたモノをぶちまけた。

 夕食は当の昔に消化され、次の器官へ移っていたのだろう。吐き出したものは咽喉を焼く胃液だけだった。酸の臭いが鼻につく。ぎゅぅと締まる胃袋に押し流されて口から垂れるそれは、在庫が空っぽになるまで出続けた。

 咽喉が痛んで咳き込む。刺々しい咳が出て、自分の咽喉が傷付いている事を知る。声が掠れて出なかったらどうしようか。また周りを心配させてしまうなと、今はどうでもいい事を考えてしまう。

 生理的に滲んだ涙が、ついには雫となって落ちる。一度流れると止まらなくて、龍治は無言で泣いた。


(なんでだよ)


 水と胃液と混じり合って行く涙を見届けながら、詮無い疑問を抱く。


(なんで、“今”、あんなもん見せるんだよッ!)


 そうして、ぶつけようのない怒りを抱く。どうしようもないだろう。前世の自分に怒っても、どうにもなりはしない。ゼンさんが見せたと云うならば、それは必要な事だったのだと納得する以外ない。


 でも、悪夢だった。酷い夢だった。

 虫食いになっていた眞由梨との思い出と、“眞由梨がなんなのかと云う答え”と。

 それを飲みこめと云うのは、龍治の精神にとって酷な事だった。


(俺は云ったんだ。眞由梨に、酷い言葉で、嫁にしてやるって)


 眞由梨は嘘なんてついてなかった。ただ、あの残酷な言葉を、優しい言葉として記憶しただけで。

 それは自己防衛だったのだろうか。年を経れば気付く悪辣な言葉を無意識下で改変させて、初恋の君りゅうじの幻想を守ったのだろうか。

 ならば眞由梨も、なんて愚かな事をしたのか。


(見放せよあんな糞野郎! ただの莫迦じゃねーか! なんで一途に想ってんだよッ!)


 その答えを、ゼンさんの記憶ゆめで思い知った。

 ぶわりと大量の涙が溢れ出て、視界があっと云う間に歪んだ。鼻の奥までツンとして、最悪な気分になる。


「――龍治様?」

「ッ!」


 小さくドアをノックされ、呼びかけられる。声は当然のように、柾輝のものだった。


「如何なさいました? 具合でも……」

「なんでもないっ」

「りゅ」

「うるさい……っ!」


 凶暴な気持ちになって、心配してくれている柾輝を拒絶する。柾輝が息を飲む気配がした。普段ならそこで罪悪感が芽生えて謝るはずなのに、龍治は無言を貫く。涙と荒い呼吸が止まらない。最悪に惨めな気分だ。


「龍治様」

「……っう、……ぃ……」

「出てきて下さい。お願いですから」

「うる、さい……!」

「お願いします、龍治様、」

「うるさいっ!」


 ドアを思い切り殴る。ガツンと喧しい音がして、柾輝が黙った。



 どれだけの間、沈黙していただろう。龍治は鼻をすすって、手の甲で乱暴に口元を拭うとドアの鍵を開けた。すぐに外からドアが開く。そこには勿論、柾輝が立っていて。柾輝は真っ青な顔で龍治を見下ろしていた。


「りゅう、じ、さま」

「……」


 龍治は無言で立ちあがると、柾輝を押しのけて洗面台へ向かった。

 酸に支配された口をゆすいで、涙で濡れた顔を洗う。顔を上げると、タオルが差し出された。

 ――莫迦だな、と思う。こんな時にまで、世話役の仕事を全うしようとするなんて。

 受け取ったタオルで顔をふく。安堵の気配がして、どうしようもなく腹が立ったからそのタオルを投げつけた。柔らかなそれはぶつけられた所で痛くなどあるまい。それでも視界にある柾輝の顔は、酷く傷付いた顔をしていた。

 その顔を見て、自分の心臓を掻き毟りたい衝動に駆られる。自分は何をしているのだろう。そんな事を思って、でも、心は落ち着かない。



 思い出す。ゼンさんの記憶。見せられた夢を、改めて記憶から引き出す。

 楽しげに会話をする声優たち。それを喜んで聞くゼンさんの感情の波。付箋まみれの設定資料集。

 声優たちはゲームについて語り合う。

 花蓮の扱いが酷い、だがそこがいい、花蓮かわいいよ花蓮、柾輝ってどうなの、いやあれはあれで、百八十度回って素敵じゃね、龍治こそどうなんだ、あいつはアレだな、そこが愛しいんじゃないか、ヒロイン最強、わかる、ヒロインがイケメン、誰得なんだ。

 取りとめない会話。でも楽しんで話してるのが伝わってきて、ゼンさんの顔はきっとにこにこしてただろう。

 そうして、ふと変わった会話。『龍治』のトゥルーエンドに至るルートについて。


 ――『龍治』のトゥルーエンドルート、ボツキャラが居たんですよ――

 ――設定資料集にも載って無いの。スタッフからたまたま聞いちゃって――

 ――『花蓮』を下した後に出てくる、真の婚約者がいたんです!――

 ――でも『龍治』ばっか贔屓しすぎだろって事で、ボツになったそうで――

 ――『龍治』の親戚だったらしくて、後は簡単な外見設定しか決まってなかったって――

 ――洋風な『花蓮』とは逆に、和風美人だったらしいですよー――

 ――出してくれても良かったのに。勿体ないですねぇ――


 楽しげな声。それはそうだ。彼らにとっては、自分達が演じたゲームの話題に過ぎない。

 けれど龍治にとって、それは泣き叫びたくなるほど残酷な事実だった。

 なんで、まさか、とそんな言葉が頭を巡る。だが、考えてみればそうか、と納得出来るから、それがまた厭だった。


 眞由梨の自儘な態度も、龍治への執着も、花蓮に対する悪意も、全て納得が行く。


(身代り、代理、違う――……穴埋めの、“成り変わり”、だ)


 龍治が“まとも”になったから、眞由梨が我が侭になって周囲を翻弄した。

『龍治』の“真の婚約者”だったから、あそこまで思い込んで執着した。

 花蓮が“ヒロインのように”愛されたから、眞由梨が代わりに憎しみを背負った。


 そう云う事なのだと、納得してしまうのが厭だった。

 莫迦らしいと笑い飛ばせないのが、厭で、厭で。だから龍治は、泣いたのだ。そんなの厭だと思っても、否定材料が見つけられなくて、そんな自分が情けなくて。


(厭だ。厭だ。ここはゲームじゃない。俺は『綾小路龍治』じゃない。俺は、だって、俺は――)


 自分は―――――“なんだった”?


 目を見開く。愕然として、立ち尽くす。悲鳴を上げそうになる。また、涙が出そうになった。

 けれどそれより先に、柾輝が泣いた。驚いて、呼吸と一緒に涙も悲鳴も引っ込んだ。なんで、どうしてと混乱する龍治を、柾輝がぎゅぅと強く抱きしめて来る。痛いくらいに抱きしめて来て、しくしくと泣き出す。

 同じくらいの身長だから、龍治の顔のすぐ側に柾輝の顔もあって。柾輝の涙で濡れて行く頬を、冷たく感じた。


「……なんで泣いてんの」

「龍治様が、哀しそう、で……」

「苦しいから、離せよ」

「いやです……っ」

「……」


 ふと思う。

 柾輝から見て、今の自分はどんな主なのだろうかと。


(きっと、厭な奴だ。吐いて、泣いて、八つ当たりする、意味不明で駄目な主)


 駄目すぎる。そう思って、息を細く吐く。

 柾輝はまだ龍治を抱きしめて泣いている。莫迦だなぁ、と思う。こんな奴のためになんで泣くのだろう。どうして、守る様に抱きしめて来るのだろう。


(莫迦だなぁ)


 そう思ったけれど、振り払う気力もなくて。

 龍治はしばらくの間、柾輝の腕の中で大人しくしていた。抱き返す事も、柾輝を宥める事もしなかった。ただ、そこに居ただけだった。

 もう自分の涙は乾いているのに、頬は、柾輝の涙でずっと濡れ続けていた。


 重っ……。(・ω・`)

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