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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません!  作者: くもま
一章 向かう所敵なしのお子様、小学生篇
10/42

10.キャンプ一日目(医務室で恐怖体験)

 こんばんは! 相変わらずの更新速度で申し訳ないです。

 それでもお気に入り登録が2200名様突破! ありがたいですっ。

 感想も執筆活動への力と日常生活への糧になっております。有難うございますっ。

 山頂付近の宿泊施設に龍治達が辿りついた頃には、日が傾いた空は橙色に染まっていた。昼食休憩を取りすぎた結果である。

 予定時間より少しオーバーしてしまったので、引率の先生が他の教師から叱られやしないかだけが気になった。何かあったらフォローを入れねばと、小学生らしからぬ気を回してしまう龍治である。

 宿泊施設前の広場に入ってふぅと息を吐いてから、登って来た道を振り返った。


「おお……」


 素直に、感嘆の声が出る。

 緑に染まる山々の間に、日が沈んで行く。太陽は大きく、濃い橙色に染まっていた。

 天にある時より大きく見えるのは、目の錯覚だとか見かけの距離説とか色々あるそうで、未だ完全に解明されていないと云う。不思議だな、と龍治は感じる。千年万年、人と付き合いのある天体だと云うのに。

 付き合いが長いだけでは、わからない事もあるらしい。


「きれいですわ……」


 龍治の隣で、花蓮がうっとり、と云うよりは、しみじみとした声で云った。

 しみじみ。少女が出す声の表現として適切ではない気がした。けれど龍治は、しみじみとした声だなと思わずにはいられない。そして、納得もする。


(自分達で登って、見れた夕陽だもんなぁ……)


 ロープウェイで来ようが、自力で登ろうが、同じ景色を見る事は出来る。けれど、感じるものは違うだろう。同じ結果だって過程が違えば抱くものも変わるのは、当たり前の話だ。

 月並みな云い方だが、頑張って得たものは、頑張らずに得たものよりきっと大きな価値がある。きらきらと輝く、何かがそこにあるのだ。

 だから、花蓮の声はしみじみと聞こえたのだろう。「頑張って登って、この綺麗な夕陽を見れたのだ」と云う――自信や満足、と云うべき感情があったのだ。

 それは皆も同じらしい。柾輝も玲二も恵理香も莉々依も、先生すらも、感じ入った様子で夕陽を見つめていた。

 その様子を見て、龍治は一人うむ、と頷く。


(みんなと頑張るって、良い事だ)


 沢山の事を頑張って来たゼンさんの記憶が、穏やかに笑ったような気がした。



 *** ***



 やはり先生が他の教師に文句を云われそうになったので、それとなく綾小路を振りかざしながら庇っておいた。でかすぎる実家の威を借るのは毎回いい気分ではないが、立ってるものは親でも使えと昔の言葉にあるので仕方なしとする。まだ自力では何も出来ないお子様は何でも利用するのだ。


 夕食まで時間があったので、部屋に荷物を置いて、シャワーをさっと浴びてきた。

 さて。

 この外泊はイベント的に云えばキャンプなのだが、正直龍治は、『瑛光学園』はキャンプの意味を辞書で引くべきだと思っている。


 キャンプ。露営、野営、宿営。野外で一時的な生活をする事、だが。


(して、ない、よな……)


 龍治が思わず遠い目をするのも、仕方ないと云えば仕方ない。

 明け透けに云ってしまえば、良家の子息子女を布で作った小屋で寝かせる訳にいかぬ、と云う大人の事情が多大に絡んでいるのだ。


 山の中の宿泊施設とは云え、平均水準を大幅に上回る設備が整っている。公立・市立の小学生が泊りに来る事は間違ってもないだろう。

 建物そのものの見た目は、割と味気ない。白い角ばってる三階建ての建物、実に施設的な外観だと云えるだろう。しかし中身は外の素っ気なさからは想像出来ないくらい気合が入りまくっていた。

 約百人収容可能な広場、プロ仕様大量調理向けの厨房、男女に別れた大浴場、リラックスルーム、小規模の図書室、シアタールームなどなど。小学生のキャンプに要るのか、と思うものが幾つかあるが、毎年かなり利用者が存在するとの事だ。自然に囲まれた場所で暇なのだろう。その自然を満喫すると云う発想はない。

 二階は毎年女子が使う部屋。内装は知らないが、三階の男子部屋とは壁紙やシーツの色が違うくらいで、設置されている家具類に違いはないらしい。

 宿泊する部屋には、ベッド、クローゼット、ソファテーブルセット、テレビ、冷蔵庫、洗面所とシャワールームがある。三人部屋とは思えないほど広い。ホテルのような設備である。名目がキャンプの時に泊る部屋じゃない。それは断言出来た。

 しかし、最低限この程度揃っていないと、保護者から苦情が出るらしい。


(家を背負う重圧をかけつつ、こう云う所では甘やかすのが上流階級流の子育て法なのだろうか……)


 効果があるか結果が出るのか、それは今の育てられている段階の龍治には判別出来ないが。甘やかしを発動する場面が違うのではないかな……と、一般人知識がある龍治は思うのだった。

 それより頭を撫でてやったり抱きしめてやったりする方が効果的では、と思うが、これは龍治の主観である。世の中には放っておいて欲しい生まれながらのぼっち体質もいるので。

 後自分も、父に抱き締められるのは少々遠慮したい。厭なのではない。抱擁になれてない父は力の加減が上手く出来ないので、本気で抱き潰す気なのではと思うくらいの圧力を与えて来るので怖いだけだ。もう一度云う。厭なのではない、怖いだけだ、と。

 でも、いつか愛玩動物ペットを飼うような事になっても、父には抱かせたくないものだ。


「うーん、なんか気持ちよく疲れたーって感じがするね!」

「そうですね。今晩はよく眠れそうです」

「うんうんっ。あ、ねぇ龍治君、これからどうする? ご飯までまだ時間あるしさー」

「んー、そうだな……」


 時間があるとは云っても、三十分程度。わざわざシアタールームやら図書室へ行っても中途半端な時間になってしまう。これならソファにでも座って喋っているくらいで丁度よいだろう。

 そう結論を出すと、柾輝も玲二も異議なく頷いた。同じくシャワーを浴びていた女子陣もやって来たので、適当な場所へ座るかと視線を巡らせた時である。


「龍治様!」


 自分の名を後方から呼ばれ、ん? と首を傾げながら振り返る。

 そこには、眞由梨まゆりの取り巻きである女子が四人いた。――取り巻きだけである。当の眞由梨がいなかった。それでも、柾輝と花蓮達の眼差しがキツくなるのを気配で感じ取る。


「どうした、何か用か?」


 今にも噛みつきそうな柾輝を手で制しながら、尋ねてみた。彼女らは顔を見合わせると、ぱっと龍治に近寄って来た。近い。本当に近い。パーソナルスペースを侵食しすぎである。

 思わず身を引かせると、斜め後ろに居た柾輝にぶつかってしまった。謝る前に、取り巻き達が「あのっ」と声を上げる。


「眞由梨様が、体調を崩されてしまって……!」

「眞由梨が?」

「はいっ」


 取り巻きの中でも特に眞由梨に近い少女が答えながら、チラリと視線を花蓮へと流す。その目には、「お前のせいで」と云う責める色があった。

 それが分かっているだろうに、それでも花蓮はツンと澄ました顔を少しも崩さない。見上げた胆力である。


「ご家族の元を離れ、こんな山奥に来て体調を崩されて、大変お心細そうなのです」

「そりゃまぁ、そうだな」


 さて、本当マジか仮病か。この段階では龍治にだってわかりはしない。なので、本当であると云う前提で受け答える事にした。

 確かに、温室育ちの百合の花が温かい場所から離れた山奥で体調を崩せば、心細くもなるだろう。それに対して、龍治にも否はない。


「お願い致します、龍治様。医務室までお見舞いに来て下さいませんか?」

「あぁ、それなら――」


 龍治の反応に脈あり、と判断したのか、彼女が健気な風に主への見舞いを願い出る。それに対して龍治は、無碍むげにする必要も感じず、不調が事実なら確認して幸子ゆきこ伯母へ連絡しなくてはと思ったので了承しようとした、が。


「その必要は御座いませんわ! どうせ仮病に決まってますっ!」

「担当の教員がついているのですから、わざわざ見舞いに行く必要はありません」


 即座に、花蓮と柾輝が拒絶を示した。それに恵理香も「その通りですわ」とあおりを入れる。取り巻き達が、ムッと顔を顰めた。

「あちゃー」と呟く玲二の声と「ああぁ……」とうめ莉々依りりいの声が聞こえた。


「わたくし達は龍治様へお願いしているのです! 貴方がたは黙ってなさい!」

「龍治様のお優しい心に付け込む貴方達こそ黙りなさいな!」

「龍治様のお世話役として、黙っていられませんね」

「大体貴方がたはいつもいつも眞由梨様の邪魔ばかりっ! いい加減にして欲しいものだわ!」

「お黙りなさい! それはこちらの台詞ですわ!」

「眞由梨様こそ弁えるべきでしょう。従姉妹と云うだけで龍治様に対して図々しいんです!」

「なんですって――っ?!」


「俺を挟んで喧嘩すんなお前らああああああああああッッ!」


 あっと云う間もなくヒートアップのオーバーヒートし始めた柾輝達を、思わず龍治は怒鳴りつけていた。怒鳴ると云うか、叫んでいた。

 いや本当に、自分を挟んで喧嘩はやめて欲しい。前後から喧嘩腰の声をぶつけられるのは精神的に宜しくない。例えそれが、自分宛ての悪意でなくてもだ。

 はっとして口を塞ぐ令嬢達と硬直する柾輝を順に見回して、大きく息を吐く。


「眞由梨の見舞いには行く」


 取り巻き達の顔がぱぁっと輝き、柾輝と花蓮達はショックを受けたような顔になる。

 柾輝達に落ち着けと云いたい。いくら苦手としている相手でも、具合の悪い親戚を見舞わないのは常識的におかしいだろう、と。まぁ小学生なので、嫌いな相手は徹底的に避けてよし、と思っているのかも知れないが。


「ただし俺一人で行くから、共はいらん」


 続けて云うと、取り巻き達が慌て出した。「そんな」とか「お一人では」とか言葉にはなっていないが、とにかく自分達を率いて行けと云う類の雰囲気を押し出しながらである。

 だが、御免こうむる。

“龍治が取り巻き達と共に眞由梨の見舞いへ行った”と云う事実を最大限に誇張して吹聴する気配が満点だからだ。せめて“龍治の側へ侍る事は許していない”と示しておかないと、後々面倒だ。

 柾輝も花蓮も不安げに名前を呼んで来るが、手を上げて全員黙らせた。


「見舞い程度で大人数率いて行けるか。眞由梨の具合が悪いなら尚更だ。お前らは適当に待ってろ、様子を見たら戻って来るから。――花蓮、副班長として任せたぞ」

「は、はい。龍治様……」

「俺がいない間、喧嘩するなよ。じゃ、いってくる」


 一応玲二と恵理香、莉々依にも目配せをしてから、龍治は医務室へ向かって歩き出した。


(……まぁこれが、眞由梨たちの部屋だったら柾輝は連れて行ったけど)


 そんな事を思いながら、頭を掻く。背中に焼けつくような柾輝の視線を感じながら、溜め息をついて。



 *** ***



 医務室は学校の保健室と似た雰囲気だった。全体的に白く、消毒液の匂いが強い。傷の手当てをする為の簡易なテーブルセットと薬品棚、デスクがあり、奥にはベッドを隠すクリーム色のカーテンが引かれていた。

 詰めていた保健医に声をかけ、眞由梨が寝ているベッドを教えて貰った。カーテンの前に立ち、一度深呼吸。開けないまま、中に呼びかけた。


「眞由梨、大丈夫か?」

「まぁ、龍治様!」

(具合悪いんじゃないんかいっ)


 明るい声に、龍治の眉間へグッとしわが寄った。保健医が苦笑している気配がする。

 溜め息を一つ軽く着く。カーテンを少し開いて、滑り込むように中へ入った。


「元気そうだな」

「龍治様のお顔を見れたからですわっ」

「そうか」


 好意を持った相手の顔を見て元気になる、と云う理屈は確かにあると思う。少なくとも、嫌いな奴の顔を見るよりは元気になれるだろう。人によっては嫌いな相手の方がやる気が出る事もあるかも知れないが。


 眞由梨はいそいそと起きあがって龍治を迎えた。ブレザーを脱いだ制服の上にガウンをはおり、にこにこと笑顔を浮かべる。顔色を見ると、確かにいつもより白いような気がした。具合が悪かったのは本当なのかも知れない。


「……急にどうした。朝会った時は元気そうだったじゃないか」


 軽く探るつもりで問いかける。すると眞由梨は、大きな黒い瞳にじわりと涙を浮かべた。涙に濡れる瞳は客観的に見て美しいのだろうが、龍治からすると、「またか」と云う感想が沸き上がる。

 何かあるとすぐ泣くのが、眞由梨の“武器”なのだ。


「お聞き下さいまし、龍治様。花蓮さんったら、本当に酷い方ですのよ」

「へぇ」

「あまり丈夫でないわたくしが、龍治様のお側に居たくて、周りが止めるのを振り切りハイキングをすると決めましたのに……」

(自分で云っちゃうなよ……)

「それを、愚かな行いだと莫迦にしたのですわっ」

(俺も脆弱さんは散歩から始めろと云うよ)

「わたくしは龍治様のお側に居る為に……龍治様の為に覚悟を決めたと云うのにっ」

「いや、たかがハイキングでそんな悲壮な決意をされてもだな」

「龍治様、わたくしが居なくて大丈夫でしたか? 花蓮さんに酷い事されてません? 柾輝さんはお役に立ちましたの?」

「花蓮は俺に優しいし、柾輝が居ないと俺は困るよ」


 ぽろりぽろりと涙を零しながら云う眞由梨の言葉に、龍治は真実のみを口にする。どうにも、眞由梨の二人に対する印象は最悪を極めているようだ。

 花蓮とはよく口喧嘩をするのでわからないでもないが、柾輝の何を指して役立たず扱いするのかはよくわからない。実際、柾輝がいないと龍治の日常生活は非常に不便であるのだが。一人でも出来るし、気恥かしさはまだまだ消えないが、それでも楽であるのは事実だ。


 その後も眞由梨は、いかに花蓮が自分に対して酷かったかを切々と語った。しかし、どの言葉も龍治には響かない。ピンと来ない、とでも云うのか。普段から一緒に居る花蓮と、眞由梨の語る花蓮がどうしても一致しないのだ。

 無論龍治は、ゼンさんの記憶から人間が持つ二面性を学んでいる。天使のような優しい顔の裏で、悪魔の如き憎悪を募らせる人間が居る事だって知ってる――あくまで知ってるだけだが。人によって態度を変えるのはおかしな事ではなく、むしろ感情ある人として当然の事ではないかな、程度には思っているのだ。

 だから眞由梨の抱く花蓮の印象が悪いのは仕方ない。二人は龍治を巡って競い合う――争うライバルなのだから。

 それは分かっているのだが――それでもやはり、花蓮を悪く云われるのは、


(気分悪いよな)


 花蓮は大事な婚約者で、可愛い初恋の君である。悪く云われれば、当然気分は悪い。

 龍治の眉間にくっきりと刻まれた皺に気付かないのか、眞由梨は絶好調で花蓮を悪し様に罵った。少しでも龍治の中の花蓮への株が下がればよい、と思っているのか、単純に花蓮の悪口を云いたいだけなのかは判断できない。

 例えどんな理由であろうと――眞由梨への好感度は急降下の一途だけれど。


「話はわかった」


 いい加減厭になってきたので、低い声で話を遮る。眞由梨は「そうですか?」などと云いながら、まだ云い足りないような顔をしていた。もっと聞いて欲しいのに、と云わんばかりの眼である。


(こいつってこんな莫迦だったかな。それとも、俺の勘違いか?)


 龍治は彼女の事を賢い女だと思っていた。云い換えれば、小賢しいと。

 少なくとも龍治が花蓮へ好意を向けている事くらいは理解しているだろうと、普段の行動から計っていたのだ。それが今日はどうもおかしい。


(まさか眞由梨も、親元離れてハイテンションとか云わないだろうな……)


 ない、とは云い切れない所である。保護者かんししゃが側にいなくて暴走するのは、子供にありがちな事である。一般家庭の子供より高等な教育と躾を受け、精神的に大人びたものが多いとは云え、あくまで自分達は小学生だ。自制など、あってないようなもの。


 そう考えて、とにかく面倒だから話を切り上げようとした龍治に、眞由梨が爆弾発言をかました。


「ところで龍治様は、いつ花蓮さんとの婚約を解消なさるのです?」

「―――……は?」


 思わず、頭の中が真っ白になった。ゼンさん記憶すら、「はい?」と呆気に取られてる気配がする。


(いつ解消なさるのです――って、何だそれ、婚約解消が確定事項になってないか?)


 思わず眞由梨の頭を疑ったが、表情にも目の色にも狂気の色は見えない。よもや自分がゼンさん記憶にある数多の恋愛ゲームで云う、ヤンデレルートにでも入ってしまったのかと思ったが違うようだ。ゲーム脳乙。

 眞由梨は心底、ただ単純に、龍治がいつ婚約を解消してくれるのか、疑問に思っている顔だった。


 龍治の背筋を、ぞっとした悪寒が撫ぜた。伯母と最後に会った時の記憶がよみがえる。



 ――それで、まあ、私と龍ちゃん仲いいじゃない? 眞由梨もそれは知ってるから、それも誤解と思い込みに拍車をかけてる気がするのよね――



(……甘く見てた、のかな)


 女でも男でも、とにかく人間の思い込みとは恐ろしいと、ゼンさんの記憶から学んでいたはずなのに。それでも、見誤った。所詮は知識と云う事だ。薄っぺらな、経験を伴わない、前世の記憶。活用出来るかどうかは、龍治次第の、莫大な遺産きろく


 眞由梨の眼は、狂気も哀願も縋る色すら見せず、ただ真っ直ぐに疑問をぶつけてくる。

 いつ貴方は、私を婚約者にしてくれるのですか、と。

 自分が婚約者になる事に一切疑問はなく、ただ、それが“いつなのか”とだけ、聞いて来る。


「……眞由梨」

「はい、龍治様」


 眞由梨が目を輝かせた。明確な答えを貰えると、信じて疑ってない。

 さてここで龍治はどうするべきか。曖昧に濁すか、きっぱり拒絶するか。――例え間違いであっても、失敗しても、龍治には一つしか選べないが。


(花蓮を裏切る事はしない)


 言葉だけであっても、その場凌ぎであろうとも。裏切り行為だけは、決してしまいと、誓っているのだ。

 ゼンさんならどうするかな、と考えて、彼女の記憶が「好きにしなさい」と囁いてきた気がした。


 じっと眞由梨を見る。眞由梨も、龍治を見つめている。



「――俺の婚約者は花蓮だけだ。お前が選ばれる事は、決してない」



 断言する。誤魔化しも、お愛想も、何も含めない。

 眞由梨に許された武器が涙なら、龍治に許された武器は正直である事だ。

 途方も無い家を背負った龍治が己を嘘で塗り固めたら、何も誰も近寄って来なくなる。嘘にまみれた巨大な力ほど、恐ろしく信じられないものはないのだ。怯えられるだけの力は、何の意味も無い。そんなもの、物語の中の魔王や悪役が持っていればよいモノだ。

 だから龍治は、正直を選ぶ。正直を尊ぶ。世辞や方便として言葉を弄する事はあっても、それは場の流れをスムーズにするため、他者のためだ。自分の為の嘘ほど、龍治に不必要なものはない。


 故のきっぱりとした拒絶だが、何故か眞由梨は――龍治を哀れむ目で見て来た。


(ん?)

「お可哀想に龍治様……。お家の為に、そのような嘘を……」

「えっ、ちょ、」


 人の決死の言葉を嘘とか、どう云う事だ。


「わたくしには、そのような嘘をつかなくとも宜しいのですわ。正直に仰って下さいまし」

「いやいやいや、マジで正直に云ってるぞ俺。未来の妻は花蓮一択だからな?」


 言葉遣いが崩れたが、それを気にする余裕も無い。

 何故に眞由梨は、こんなに頑ななのだ?


「まぁ……そんな意地を張って……。それほどまでに、綾小路の叔父様が怖いのですか?」

「父さんは色んな意味で怖いが、今は関係ないぞ」

「ですが花蓮さんを妻になさると仰ったではないですか。叔父様がお決めになった、あの女を」

「いや、決定したのは父だが、そもそもは俺が選んだ相手だぞ。ちゃんと花蓮が好きだ」


 正確に云えば、“選んだようなもの”に分類されるだろうが、ここで曖昧な言葉は自殺行為である。父に決められた事は確かだが、それでも、自分で選んだと云うのも事実だ。嘘ではない。


「叔父様に逆らうのが怖いから、そのように虚偽の愛を掲げるのでしょう?」

「はぁ?」


 どうにも噛み合わない。

 確かに龍治は色々な意味で自分の父・治之はるゆきが怖いとは思っている。しかしそれは、「何をしでかすかわからんビックリ箱のような人」故の恐怖で、逆らえない訳ではない。確かに真っ向から逆らうのは得策でない場合が多いので、言葉を弄しての事が多いが、己の意向に沿わない場合は拒否・拒絶はきっちりしてるのだ。

 なのに眞由梨は、治之が怖いから花蓮を婚約者にしている、と云う。

 何だそれは、と龍治が思うのは当然だった。


「わたくしはちゃんと分かっておりますのよ? 龍治様が真に愛しているのは――わたくしだって」

「待て、その自信の根拠はなんだ。証拠を示せ!」

「だって龍治様、仰ったではありませんか」


 うっとり、眞由梨は瞳を細め、夢見るようなトロけた表情になる。

 再び、悪寒が龍治の背中を撫でまくった。



「今より小さい頃に――わたくしを、嫁にして下さるって」



「云ってねぇー! 覚えがねぇよ! どこで記憶改竄かいざんしたよお前ッ!」


 どこぞのチート能力でも使われたのかと喚く龍治を、眞由梨は心底不思議そうな顔で見て来る。龍治の否定の言葉すら、「またそんな事を仰って。困った方」とでも云わんばかりだ。

 どうすりゃいいんだこれ、と龍治は頭を抱え、呻くのであった。


 眞由梨の云った事が事実なのか? 記憶改竄なのか?

 なんにしろ、龍治が頭を抱える案件が増えました。(笑)


 名前の間違い修正しました! ごめんなさいっ!(´Д`;)アアアア…

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