7話 彼は教えを受ける。そして、彼女を泣かせる。
うーん、10話終わってないけどいいよね……。
では、よろしくお願いします。
彼女は大きなお屋敷の前で緊張していた。
「大丈夫。大丈夫よ、アイヴィー」
何やら呪詛の様なものも聞こえるが、聞かなかったことにしよう。
「今までにも、貴族の子には会って、話したことがあったじゃない、大丈夫よ、アイヴィ―」
通り過ぎたことを会うと言ったり、挨拶をされることが話すというのであるならば、であるが。
呪詛を唱える彼女にとって、幸運だったのは、この屋敷を訪ねる人は全くと言っていい程なく、辺りは人の気配すらなかったことだろう。
だって――
――陽も昇っていないんですもの。
まあ、彼女は平民――魔法学校に通えるほど、裕福な家庭ではあったが――で、これからずっと教えることになる子は、貴族である。
それも、学園にいた次男、三男ではなく、のちの跡取りとなる長男である。
何故、跡取りとなる長男が魔法に興味を持ったのか、甚だ疑問ではある。が、試験や面接をパスして、100名を超える女生徒の中で、たった一人やってきた以上、きちんと粗相のないようにやらねば、と思っているのを斟酌すれば、彼女がここまで、緊張するのは分かるであろう。
そう、彼女は、本日付でエインズワース家クリフィード専属家庭教師となった、アイヴィー・ブリッジである。
……間違っても吹いてはいけない。姉貴に食われた可哀想な奴じゃないから。
陽も昇り、道路も喧騒に満たされつつある頃。
先程、家の前に突っ立っていた彼女をメイドの一人が引っ張り上げた。
そして、彼女は家の中の一室に連れて行かれ、スコットリア共に、人形の様な子と対面していた。
(はわわ~お人形さんみたい~、この子はクリフィード様のご家族かな?)
「やあ、私はグリティム男爵スコット・エインズワースだ。それで、こちらが」
にっこりと笑って挨拶をする男爵。
間違っても、平民に見せるべき、笑顔じゃない。
彼女はそう思ったが、胸の中にしまっておく。
「クリフィード・エインズワースです! よろしくね、おねえさん!」
人形だと思っていた子がいきなり喋った。
その様子に目を白黒させるが、それ以上にビックリさせたのは直後に喋った内容である。
(え!? は。へ? この子がクリフィード・エインズワース様??? ええええええええ!!!?!)
何秒、固まっていただろうか?
スコットがわざとらしい咳払いをして、彼女に自己紹介を促す。
「は、初めまして! 私はアイヴィー・ブリッジです」
突如、クリフが下を向いた。
気持ち悪くなったと勘違いした、アイヴィーは慌てふためくが、スコットもそこにいる私よりも年下のメイドも微動だにしない。
何故なら、ただ、笑っていただけだから。
(アイヴィー・ブリッジって……IvyBridgeかよ。2012年に、第2世代プロセッサSandyBridgeの後継機――第3世代プロセッサとして、Intel社から発売したあれか。そんで、ネット界隈の話では、SandyBridgeがコスバその他もろもろを含めて優秀過ぎた為に、空気と化したあの可哀想なプロセッサだったな。ああ、今頃、地球はSkylakeとか売ってんのかな?)
一頻り笑った後、表情を元に戻したクリフはスコットに問い掛けた。
「それで、お爺様。アイヴィーさんは何をやるの?」
俺を呼ぶくらいだから、俺に関係するのだろうを推測するクリフ。
「ん? 言っていなかったか? この子はお前の家庭教師だよ」
因みに、ここで説明させていただくと、魔法学校の教師はともかく、家庭教師など、教鞭をとる人間の地位はこの国ではそこまで高くない。だから、家庭教師などの仕事は必然的に女性の仕事になってしまうのだ。多くの場合、求人には男女問わずと書いてあるのだが。
「ああ~、あ? このおねえさんが?」
(……大丈夫か? この人)
「うむ、問題ない彼女はメンデーア大公国立魔法学校で、主席を取って卒業した才女であるぞ」
(いやいや、そういうことではなくて、この子は教えられるのか? と問いてるのだけど)
頭を抱えたくなるクリフ。勿論、そんなことはしなかったが。
「……そうだったの? おねえさん」
「は、はひ! そうですた!」
(……ほら、噛んじゃってんじゃないか、この子)
流石に、自らをサドと自称するクリフでも、ここまで酷いと、いじるよりも心配してしまうものがある。
強い視線でクリフのことを見つめるアイヴィー。
最終的に、クリフが折れた。
「……よろしくね! アイヴィーさん!」
「あ、あの、出来ればアイヴィーと呼び捨てにしてくださって結構です……」
最後にずっこけたのは、内緒である。
その後、クリフの自室にて、読み書き、計算の授業が始まった。物は序でと言うことで、リアもちゃっかり参加していたり。
だが、しかし、クリフは転生者である。
だから、生まれたときから自我があり、積極的に言葉を習得することに一生懸命だった。……人間、必要にならないと言葉って覚えないんですね。
また、地球にいた頃は理工系の学生だったクリフだ。
灘とか、開成とかの御三家の様な中学入試に出てくるような算数はともかく、この世界に出てくる算数なんか、躓くところなんかどこにもない。ただ、単純な計算問題を1000問させられるのと非斉次二階微分方程式を1問解くのはどっちが楽かと言うのはあるが。
横では、うんうん唸りながら解くリアの姿が。
そんな訳で、先生が数年掛けてやる予定だったカリキュラムは完全に崩壊し、半日で終わってしまった。
「はううう~、これからどうしたらいいんですか……」
仕舞いには、アイヴィーは頭を抱えてしまった。
膝を抱えて悩むこと数分、いきなり立ち上がり、そうだ! と息巻く。
「じゃあ、1から100まで計算してみて」
(ふっふっふー。なんてアイディア! 私ってできる子! えっと、答えは……)
「5050」
(へっ?)
呆けた顔をするアイヴィー。
――カール・フリードリヒ・ガウス。
稀代の数学者、物理学者であり、彼は幼少のときから神童ぶりを発揮していた。
三歳の時に父親に帳簿の間違いを指摘したりだとか、さまざまな逸話が残っているが、その中でも一番有名な逸話が、1から100まで計算するというのを簡略化したという逸話だろう。
だから、別にクリフは計算したわけではない。
この逸話が、数字が有名だったから、覚えていたというだけで。
けれど、そうは思わない人もいるわけで。
「クリフちゃん。嘘はいけませんよ、嘘は」
教えを乞う側ということで呼び捨てにすることを要求したクリフとそれを拒んだアイヴィーの折衷案でクリフちゃんと呼ばれることになっていた。な、何故だ……。
「嘘じゃないよ! えっとね~1と100を足すでしょ。2と99を足すでしょ。そうやって、端同士の数字をどんどん足していくと、101っていう数字が50個できるでしょ? それを掛けてあげれば、5050ってなるんだよ」
「へ、へえ……」
クリフにドン引きのアイヴィーは反発するように、次なる問題を出す。
「じゃ、じゃあ、この図形の面積は?」
と言って、書き始めたのは半径2センチの円。それから、二本直線を引いて、陸上のトラックの様な図形になった。直線はx軸y軸とおいて書くと、(0,1)、(0,‐1)を通り、y軸に垂直な線である。
(算数レベルでも解けるけど、アイヴィーの反応が見たいから、積分で解こう)
なんていう屑精神。
そうこうしている間に解き終わり、
「7.65」
って言った。
手元には、2*∫(‐1,1)(4-x^2)^(1/2)dxを解く過程が書いてあった。
案の定、アイヴィーは解き終わっておらず、目尻に雫が溜まってきた。
「えっぐ……じゃあ、リンゴ一つ、みかん三つ、イチゴ六つ買うと、430メル。リンゴ五つ、みかん一つ、イチゴ四つ買うと、670メル、リンゴ三つ、みかん七つ、イチゴ二つ買うと、710メル。リンゴとみかんとイチゴの値段はいくらでしょうか?」
(ほう、三元一次連立方程式か。ここは行列使うしかねえ!)
一回解いたことのある人なら分かるかもしれないが、三元以上の連立方程式は行列を使わずに普通に解くと、面倒臭い。では、行列を使うとどうなるかと言うと、逆行列を求めるだけで終わる。
と言うことで、
「リンゴが100メル。みかんが50メル、イチゴが30メルです」
言った直後、
「私だって、学校じゃあ、計算は得意だったんですよ……えっぐ、っぐ……」
泣き出してしまった。
「クリフ様。少し部屋から出てくれませんか?」
「……は、はい」
すごい剣幕だったリアに気圧されて、部屋から出される。自室なのに。
この日の授業はアイヴィーが泣き出して授業にならなくなった為、お開きになった。
また、今後、クリフがアイヴィーに、クリフとアイヴィーがリアに算数を教えることになった。
全くの自業自得である。
滲み出る理系っぽさの7話でした。
計算間違ってるかも……。
そのときは何か下さい。
因みにアイヴィーブリッジは狙いました。
次回はまた魔法!
これが終われば、一応の魔法の説明は終わり!
出来れば、次は土日のどっちかで上げたいなあ。
そんな淡い希望。
あったらいいなでお待ちください。
じゃあ!