3話 彼はいじる。そして、誕生日を迎える。
意外に早くできた。
では、よろしくお願いします。
リアに本を取り上げられるということが起きてから、少し時が過ぎた。
「ねーお母様ってどこー?」
リアのロングスカートの裾を引っ張って駄々をこねる。
クリフの行動は、すべて演技だ。
そんなことは露知らず、リアは柔和な笑みを浮かべながら、しゃがみこんだ。
リアの金糸が窓から入ってくる光を反射する。
それはまるで、下界を温かく見守る女神様の様で。
「お母様はちょっと離れたところにいらっしゃいます。でも、クリフ様がいい子にしていれば、すぐにでもやってきますよ」
「いつぐらいに来るのー?」
「それは分かりません。ですが、クリフ様の誕生日にはやってくると思いますよ」
因みにマリアが登城してから、両親には一度も会ったことがない。
理由は父親のアベルは外交官で多忙であること、母親のマリアは大公家の乳母のため、離れていた。
代わりに、ずっと傍に祖父で当主のスコットが傍にいたが。
「またー? リアって嘘吐きなの?」
ぐさっ。
リアは自分のハートに矢が突き刺さる、そんな音が聞こえた気がした。
「……クリフ様、そ、そんな風に言わないでください」
まだ幼い美少女が子供の言葉に膝を折る。リアの目尻には、何やら、光るものが。
(リアって、何でも完璧にできるけど、少しいじると、こんな風にかわいくなるんだよね。だから、俺はこの人を傍に置いているんだけどね)
改めて言うが、それだけが理由ではない。……多分?
「えーだってー」
クリフはリアを見つめて言ってみた。
「ううークリフ様のばか~」
(あらら、逃げてしまった。ちょっといじりすぎたかな? ……にしても、逃げる時のリア、すごくかわいかったな~)
泣きながら逃げてしまったお付きのメイドに萌え死にしそうなくらい悶えているクリフだった。
後日談ではあるが、リアはメイド長に見つかりこっぴどく叱られていたところをクリフに見つかり、クリフはまた萌え死にしそうになったとかないとか。
それから、数か月が経ち、地球で言う12月に当たる極月になった。ちなみに、極月は日本でも一般に使われる異称である。
今日はクリフの三歳の誕生日だった。
「ねー今日はお母様来るかなー?」
「どうでしょう?」
リアにそんなことを訊いた。クリフは数か月前のやり取りはほとんど覚えていない。覚えていることと言えば、リアが珍しく怒られていたことやリアが可愛かったということぐらいだった。
リアの顔はいつも通りの顔だった。
リアはクリフと話をしながら、クリフの身支度をしていく。
今日はクリフの誕生日でこのパーティーの主役なのだから。
クリフの身支度をてきぱきと澱みなく熟しているのは、リアには経験と才能があることを滲ませていた。
今日は流石にスコットの目や他家の要人たちが集まっている手前、リアをいじることができなかった。
(ううーリアをいじれなくてフラストレーションが溜まる。よし、これが終わったら、リアをとことん、いじろう)
そんな決意をクリフがしている間に身支度が完了した。
「クリフ様、終わりました」
「うん、ありがとう、リアおねーちゃん!」
「ふふっ、では、いってらっしゃいませ」
リアはお付きといえど、メイドのため、パーティーには招待されていない。更に、彼女はお付きだからこそ、他にやらなければならないことがあり、スタッフとしても参加することができなかった。
けれども、リアは穏やかに笑って、クリフを送り出した。
彼女は心の奥底から喜んでいた。
この数か月間の努力が実ったのだから。
最初はクリフにいじられた腹いせのつもりで始めたことだけれども、途中からはクリフのために心血を注いでいた。
(本当に良かった。クリフ様はどんな顔をしてくれるのだろう? その顔を見れないのが心残りだけれど、クリフ様が喜んでくれるのなら、それでも構わないわ!)
リアは日々成長していくクリフの背中を見送り、溜まった仕事を片付けるため、控え室から退去した。
クリフはエインズワース家本邸の大広間の扉を開いた。
目の前には、いつもいないはずの人間がいた。
尤も、そんなことは顔に出しはしなかったが。
寄り添う男女の二人組。
男は赤毛に彫の濃い顔で、女は黒毛に端正な顔立ち。
クリフの両親だった。
「お父様! お母様! お久しぶりです!」
両親に駆け寄るクリフ。
二人とも三年振りとなるわが子の再会に嬉しそうな笑顔をしていた。
二人ともしゃがんで、クリフとハグをした。
そこには、理想の家族があった。
「久し振り、クリフ、大きくなったなあ」
「ええ、もう、4歳でしょ。時が経つのは早いわ~」
「ああ、そうだな」
抱き合うのを止めて、クリフは入ったときから疑問だったことを訊いた。
因みに、まだ小さいということで、弟のグレンと妹のイーヴァは欠席することは予め手紙で伝えられていた。
(……見たかったな、俺の弟と妹)
前世で一人っ子だったクリフは自然と兄弟と言うものに対する羨望は強かった。
「お母様、お父様、大丈夫なのですか?」
「ん、仕事か?」
頷くクリフ。エイベルは嬉しそうな顔をして言った。
「大丈夫だよ、あの子のお蔭でね」
「私もよ、あのリアって子にはびっくりさせられたわ」
どうも、リアが頑張ってくれたみたいだ。
それで、話を聞いていくと、数か月前から、リアがクリフィード誕生日祝賀パーティー参加の打診があり、さまざまな折衝をこの数か月間やっていたそうだ。
この一日のために。
加えて、彼女はそんなことはクリフに、ばれなかった。
つまり、リアはクリフのお付きの仕事をきっちり行った上で、この折衝を行っていたということである。
この努力は並大抵のことじゃない。勿論、彼女にはそう言った才能があったことも確かだが。
クリフはその話を聞きながら、リアには頭が上がらないな、と目頭を押さえた。
それから、スコットに連れられて、皆の前に出た。
「今日、お集まりの諸君! この子が我が孫、クリフィード・エインズワースである。ほれ、クリフ挨拶しなさい」
「えっと、こんにちは。僕はクリフィード・エインズワースです。これからもよろしくお願いします」
僕の挨拶を受けて、会場が沸く。
「では、今日は私どものもてなしを存分に楽しんで行ってくれ!」
スコットは簡単に開会の辞を締め、壇上から降りてきた。
と、そこに、
「エインズワース卿。息災ですかな?」
髭を生やした痩躯の老人がスコットに近付いてきた。
「これはガーランド卿。この頃は腰も元気で、元気にやっておるよ。これも、この子があまり手間のかからない子でよかった」
ガーランド子爵。クリフたちが住むグリティム領から北方にガーランド子爵が治めるテレスト領が接している。
「ほう、それは喜ばしいことですな。確かに、今日の挨拶はなかなか素晴らしいものだった。この子が卿の後継者となるのなら、この家も安泰だな」
「ええ、ではまた」
「じゃあの」
「じゃあねー」
(……つ、疲れる。こんなことをいつもやっているのか、貴族様は)
それから、クリフはスコットの後ろに付いて行って、各要人に挨拶をしていった。
その中で異様に敵愾心を抱く人がいた。
クリフの従兄とその母だった。
ジェラートは、クリフの父、エイベルの弟、ブラッド・エインズワースの長子だった。
もう6歳になる、ジェラート・エインズワースはクリフに敵対心を剥き出しにしていた。
このメンデーア大公国では、貴族とは領地を持つ騎士のことを指し、他の騎士とは一線を画している。一般に貴族として見られるのは、当主と直系家族のことを指す。すなわち、スコットが存命中はジェラートは貴族として見られるが、エイベルが当主になったとき、ジェラートは貴族とは見られなくなるということだ。唯、いきなり、平民になることは少なく、大抵は騎士として、身を立てることとなることが多い。
「ベティ、ジェラート。元気か?」
「ええ、元気でございます。義父様」
「ジェラートはどうだ?」
「元気です。お祖父様」
「ん、それで、この子がクリフだ。よろしくやってくれ」
(無理です。お爺様。ジェラートがすっごく睨んでます)
「よろしくね」
「……ふん」
表情を体で表現するあたり、ジェラートもまだまだ子供と言ったところか。
尤も、転生して精神年齢的には24のクリフを比べるのは酷だが。
「ところで、ブラッドはどうかしたのか?」
クリフの叔父にあたるブラッドの姿が見えないことをさりげなく揶揄するスコット。
「ブラッド様は、部下が帳簿の計算を間違えていたので、それの後始末をやっています」
「あやつめ……」
そんなのは嘘だ、とわかるスコット。
なぜなら、ブラッドは兄であるエイベルのこと、如いてはエイベルの息子、クリフのことを敵対視していることを知っていたからだ。
ブラッドは、権力に取りつかれた愚か者だ。
誰が、この先この領土を荒らすと分かっている者に領土を移譲するのだろうか?
エイベルが長子であったから、話がそこまで難しくならなくて済んだが、もし、ブラッドが長子だとしたら、どんな手を使っても、ブラッドに移譲させなかったであろう。
これは、別にブラッドに領土を治める才覚がないからと言う訳ではない。寧ろ、エイベルよりあるだろう。
しかし、ブラッドには決定的な欠点があったのだ。
それは物事を短期的にしか考えられないということ。
ブラッドは百年先、二百年先のことを考えられないのだ。
そのことと権力を求める気質より、スコットはブラッドに権力や領土を渡すことを一切しないことにしたのだ。
「では、義父様。私は少し向こうで話をしますので」
「ああ、分かった」
それがジェラートとクリフの初めての邂逅だった。
一通り、参加者に挨拶をして、スコットは先程のガーランド子爵と話をすると言って、クリフを置いて行った。
手持無沙汰なので、彼は両親を探し始めた。
こうして、夜が更けて行った。
ここを温まる両親との再会から一夜明け、クリフはいつも通り、本を読んでいた。
リアはテーブルに上品に座り、クリフが本を読んでいる様子を眺めていた。
(物憂げに浸るクリフ様かわいい!)
リアはクリフを眺めながら愛でていた。
不意にクリフはガバッと顔を上げた。
「リアおねーちゃん、昨日はありがとう!」
「?」
「昨日のお父様とお母様のこと、ありがとう!」
「……ああ、別に大したことじゃありませんから」
「ううん、すごいよ!」
クリフが目をキラキラさせて言うと、リアは慈しむ様な笑みを浮かべた。
(リア、笑っても可愛いなあ)
「ありがとうございます。クリフ様」
何とも言えない微睡が二人の間にはあった。
クリフは昼食のため、食堂に向かった。
リアは部屋の片づけと整理をしようと部屋の中を歩いていた。
ふと、リアはクリフが読んでいた本が開きっぱなしになっていたのを見た。
そこには、魔法に関しての知識が書いてあった。が、本の端っこに――クリフが書いたと思われる――リアには読めない図形みたいな文字か書いてあった。
そこには、
『魔法=プログラミング言語』
と書いてあった。
やっと来た。魔法!
これで勝る!
ってことで、読了ありがとうございました。
いつの間に200pvか。多いのか、少ないのか分からん!(笑)
さて、次回は、楽しい楽しい魔法の授業の時間です。
では、暫しお待ちください。