16話 彼は巻き込まれる。そして、尻拭いをする羽目になる。
久しぶりです。
では。
「久しいの、ブラッド」
「ええ、お久しぶりです、お父様」
にやりと笑うブラッドの姿はスコットにとって、薄気味の悪いもののように感じられた。
「しかし、急な来訪で、こっちの準備も全く整っていないのだが」
アポイントを一週間前に取り付けたことに対しての嫌味を言う。
実際、スコットはこの三人の来訪のせいで今日のスケジュールを始め、前後に一週間ずつに渡って、スケジュールの調整をしなければならなかったのである。
そうすることで、無理やり、このような場をセッティングしたのだろうが。
「いやあ、それは済みません。しかしですね、私も急にこの話をせねばならなくなったのですよ。少し市民との話し合いでね」
ふん、と鼻で笑ったスコットは視線を変えて、ベティとジェラートの二人を見た。
「それで、この二人はどういうことだ?」
ああ、とブラッドは言い、そして、話を続けた。
「彼女らはですね、今回の融資の中心人物なのですよ。それで、二人とも連れてきたわけです」
「ほう……それはどんな?」
「後で、説明しましょう。さ、案内してください」
腹しか立たないこの傲慢な態度だが、そこは流石、大公の懐刀と呼ばれるスコット。涼しい顔で流した。
「そこの小僧。勝手に動くでない」
と、うろちょろしていた数年前より縦にも横にも大きくなったジェラートに釘を刺して、振り返り、執事に案内を命じて、先に応接室に向かった。
「あら、クリフちゃんでしたっけ? 彼は来ないんですか?」
最初に攻撃したのはベティだった。
「ふん、あんな子供に今日の話は早すぎるだろう?」
素っ気なくスコットは言い返した。
一時、双方ともに睨みあった。
「あら、このティーカップなかなかいいものですね。どちらの作品ですか?」
「……クリフだ。魔法練習の一環でな」
逡巡したが、下手に嘘はつかないほうがいいと思い、正直に話した。
「それはともかくだ。本題に入ることにしよう」
と割って入ってきたのは、ブラッドである。
「ふむ、それもそうだな」
クリフのことが話の話題から降りたので、ほっと息を吐く。
「……で、今回、来たのは何の様だ?」
「今回は、新規事業の立ち上げに伴う支援の要請に参りました」
「んな事は分かっておる。どういう事業でいくらと訊いているのだ」
眉を顰めながら問い直すスコットはいかにも不機嫌そうだ。
「父上。そう、急かすものではありませんよ」
ブラッドは口を出された紅茶で潤す。
「今回の事業は、私の街――リリラに製鉄場を建設することです。昨今、リリラでは、鉄の消費量が増加中でして、既存の製鉄場では近く回らなくなりそうなのです。ですから――
「その建設費、及び、運営費の一部の肩代わり、そして、鉄鉱石の輸入枠の拡大……と言ったところか……?」
――そう! 話が早くて助かります」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せるブラッドに対し、無表情のスコット。
暫しのとき、静寂が場を支配した。
そして、スコットが口を開いた。
「ブラッド、次の質問に答えよ」
「はい、何でしょう」
「では、今回の話に何故、彼女らが必要なのか分からないのだが」
「それはベティとジェラートの二人がこの際、鍛冶場と金細工屋を開いたらどうかとのことだったので」
「……ふん、この荊妻豚児めが……」
彼はよくぞ聞いてくれたとばかりの表情である。
「では、ここからの話は二人に任せることにします」
と言って、紅茶を飲み干した。
「では、今回の件について改めて、わたくしから、説明させていただきます」
ベティは優雅に立ち上がり、スコットと対した。
それから、小一時間に渡って、ベティは喋り続けた。
その間、スコットは口を閉ざし、唯々、耳を傾けていた。
内容としては、ものすごく厳しい世の中をこれでもかと嘗めきっている内容で、聞くに堪えない物であった。
「いかがでしょう? 私の演説は」
「……」
だからと言って、小馬鹿にするわけにもいかなかった。
それこそ、ブラッドの思う壺なのだから。
上手い逃げ口上が見つからなかったスコットは沈黙を続けた。
「それではこういうことにしましょう。私の息子、ジェラートとクリフィードを決闘して決めるのは?」
「そんなものは認めるわけにはいかない」
そもそも、彼らの目指しているものは、こんなことではなく、相続権を私たちに渡せということなのだから、決闘などと言う結果によって、相続権の処遇を明らかにしてしまう行為はスコットとしては避けねばならなかった。
かと言って、家から追い出すのは、それもまた、ブラッドたちにいい口実を与えてしまうため、論外だった。
結局のところ、スコットに打つ手なしの状況だった。
ふむぅ……と一息を吐いて考え込んでいるスコットに対し、ベティはとにっこりと笑っていた。正直、薄気味が悪い笑みだった。
ジェラートの太ももを突きながら、口を開く。
「では、
『ガッシャーン!』
こういう事態ならどうでしょうか?」
音の発生源は息子のジェラートだった。
彼はびしょ濡れだった。
そして、足元には割れたティーカップが。
これらの状況から、大方の事態を理解したスコットはいよいよ、耐え切れず、能面のようだった顔の眉間に深い皺が刻みこまれた。
(……こちらが手詰まりの状況でこんな手を使ってきたか)
したり顔のブラッドとベティ。
二人は無性に腹が立つ、|勿体<もったい>ぶった様にくだらない茶番劇を始めた。
「ねえ、あなた。これでは、私たちはスコット様に何かしらの謝礼を頂かないといけませんわね。孫のクリフのティーカップが丈夫じゃないばっかりに」
「ああ、そうだな。しかし、割ったのはジェラートの所為なのだから、間をとって、決闘で決めることにしよう。いいですよね、お父様」
お前なんかにお父様なんて呼ばれたくない! と叫びたかったスコットだが、状況が悪くなるだけなので流石に抑え込む。
「……ああ」
スコットはできるだけこの状況は避けたかった。
何故ならば、どちらがどのように勝っても、こちらが有利になることはないのだから。
クリフが勝ては、"魔法師"の癖にだとか、当主の跡継ぎなのに手を抜かないのか、とか囃し立てられ、
クリフが負けても、当主の跡継ぎの癖に弱いのかと言われるであろう。
では、スコットはどうすればよかったのか?
簡単である。
彼らを家に上げなければよかったのだ。
確かに、ティーカップの製作者がクリフと言ったことは問題があったが、このようにあくどい手段を使って、欲しいものを手に入れようとする人間だ。言わなくても、このような結果になったであろう。
であるからにして、それがスコットにできる唯一の行動であった。
読む暇も書く暇もなかった数か月が終わった……。
なんてことはあまりなくて、展開が思いつかなかった。遊んでいた。等、で時間を自堕落に潰しました。
まあ、レポート等面倒くさくて、あまり暇がなかったのも事実ですが。
次でこの章は終わりです。
次回。
クリフは勝てるのか?
あの男に。
ということで少々お待ちください