14話 翁は悩む。そして、改めて決心する。
では、14話よろしく。
「ふむ……どうしたものか」
儂の目の前には、二本の奇怪な短刀があった。
一本は三十センチほどの刀で、もう一本はそれよりも短い二十センチほどの刀だった。
この二本の刀は、クリフが鞘と柄を作ってほしいと木細工師に頼むように言われたとリアから受け取ったものなのじゃが……
その二本とも、可笑しなことに刃を突き出すように反っているのだ。
これを可笑しいと言って何となる。
この二本の短刀は、孫のクリフが作ったものなのじゃが……どこからどう見ても、この辺りの刀ではない。
この周辺の剣と言うのは、武骨な実用的な剣か、装飾過多な見るだけの剣かどちらかしか存在しない。又、ナイフや包丁のような例外を除いて、多くは両刃の剣なのだ。
しかし、この刀は実用的で装飾と言うのもさほどないシンプルな片刃の剣だ。それにも関わらず、この刀は芸術的で心を震わせるような美しさを感じる。
……それにしても、人生長く生きるものだのう。世の中にこれほど美しいものがあったとは。
流石の儂も、目から鱗、である。
と同時に、こうも思ってしまうのだ。
これは本当にクリフが作ったものなのかと。
でなければ、あの子は悪魔の子ではないのかと。
……じゃが、これほど美しい刀を作ったのはクリフと言うことなのは間違いない。あの子は外に興味がないのか、まったく、そう言ったことを言い出さないから、外に出なかったし、逆に彼に用事のあるものなど、エリノーラ嬢、アイヴィー嬢以外にいないからのう。
更に言えば、悪魔の子と言うのは甚だ可笑しな話で、儂の息子が悪魔であった訳でもないし、嫁のマリア嬢もれっきとした人間だ。
人間の子は人間。
これは世界が天変地異に陥っていても、変わらぬ真理である。
……まあ、確かに忌み子が生まれてしまうこともあるようじゃが。
それはそれとして、クリフは悪魔の子でもないのだろう。
であるならば、神の子か?
……在り得ん。神なんて不確実なものを信じるのは小さい頃、痛い目を見て以来、止めているのじゃ。
儂はクリフのことで一つだけ心に刻みつけている想いがある。
それは、どんなことがあっても、クリフの味方でいるということだ。
儂はクリフが怖い。
儂よりも計算が出来て、儂が知らぬ知識を持ち、世界に類を見ない程、素晴らしい魔法の才能を持つクリフが怖い。
それは致し方ないのだろう。
儂とて、人間じゃ。
人間と言うものは、多くの場合、知らぬ知識や特殊な能力を持つ者に対し、途轍もなく恐怖をする。
その恐怖心が、
その劣等感が、
その抑圧感が、
人間を鬼と化す要因になる。
儂はこんなことで悩んでしまうような、あんな小さな子に恐怖を覚えてしまうような弱い心の持ち主だ。
だからこそ、儂はクリフの最後の楯になりたい。
あの子の人生は少なくとも、平穏無事とはいかないだろう。
いや……あの子がどんなにうまく立ち回っていても、多くの確率で波乱万丈な、それも人が死ぬような人生になるだろう。
けれども、彼の生み出すものは世界に確変を起こす。
それどころか、クリフ自身が確変を起こすだろう。
そして、それを妬む者たちから、最悪、命を狙われる。
それが分かっているからこそ、儂は彼の楯になりたい。
あんな、儂の腰ほどしかないあの小さな子を儂は守りたい。
儂はこの二振りの刀を見ながら、そう改めて、決心した。
そうして、儂は短い方の刀を持ち、紙にあて、切ってみた。
スッ。スパっ。
おおう、下の机まで傷つけてしもうた。
……この刀、恰好いいし、切れ味もいいから、後でクリフに作ってもらおうかな。
と、そこにノックの音が。
「スコット様。ブラッド様から言伝を預かってきました」
古参の執事が言うのを聞いて、儂は訝った。
何故? と。
ブラッド・エインズワース。
儂の次男坊じゃ。
あやつは兄のエイベルとは異なって、欲深い性格の持ち主で、だからこそ、儂はあやつには絶対に当主にはしないと決めておる。
儂は当主に必要なものがいくつかあると思っておる。
その内の一つは、分を辨えることだと思っておる。
儂らのエインズワース家は、貴族の中で最も卑しい男爵じゃ。
だからこそ、それを胸に刻んで、物事を運んで行かねばならぬ。
エイベルはそれを理解してくれているが、ブラッドの方はそれを理解しておらぬ。
しかし、その欲が功を奏したのか、領土管理はブラッドの方が優秀だ。
だから、私は彼にはリリラと言うグリティム領南東の街の長として就かせておる。
そのお蔭で、前任者がやっていた時よりも栄えて、税収も上がったのだが。
「で、何じゃ?」
「一週間後、こちらにやってくるそうです」
「一週間? あやつめ何を考えているのか……」
普通、そう言うアポイントメントは一か月前に済ませるのが筋だろうに……。
「後、ジェラート様とベティ様の二人も来るそうです」
「……ん? あの二人もか?」
「ええ。で、要件は新しい事業を起こすので、リリラの商人組合に融資をしてほしいとのことです。今回来るのはその説明と融資額の調整だそうです」
「あやつめ……どんな口八丁で儂に融資を引き出すんだ?」
儂は一週間後のやり取りを想像して、頭が痛くなる。
「それなら、あの二人は来なくても構わないじゃないか」
揚げ足を取るような真似をしてみる。
「それが、息子のジェラート様にも後学のためにも見せたいとかで……」
ふん、この程度、想定済みか……。
どうせ、裏があるのだろう?
それにしても、ベティ……か。
あの嫁は見ようによっては、ブラッドよりも危険な人物だと思う。
彼女は儂の勘ではあるが、エインズワース家を乗っ取ろうとしているのではないか? と感じさせるほど、不気味な行動をしている。
あの娘の目を、表情を見ていると、すべてを飲み込む蛇のような存在。
それが儂が彼女に持った印象だ。
夕焼けが儂の目に射す。
窓の外には、クリフが剣を振る姿が見える。
思えば、彼が生まれてから、早五年。
この五年間は、エイベルが生まれた時とは違った忙しさがあった。
それも七年前に死んだ儂の妻がいなかったというのもあったが、それ以上にクリフの才覚のせいで起きた問題を処理する忙しさだった。
まあ、それも嬉しい悲鳴なのだがな。
……今回のことも同じようなものだろう。
この五年間のことを懐古して、自然と笑みが零れ堕ちた。
パトラッシュ……僕はもう疲れたよ……
さて、次回からこの章の山場に入ります。
それで、次回は少し一週間ほど期間が空けます。
ですが、8月31日25時には前に書いた短編を落としておきます。
そちらもよろしくね。
では、次回までアディオス!