13話 彼は貰う。そして、剣を鍛造する。
では、13話。
カン。
カンカン。
カンカンカンカン。
槌が鉄を打つ音がする。
「ふう、こんなものかな?」
赤くなった鉄を水の中に沈め、ジュワーと言う音がする。
クリフは今、刀を鍛えていた――。
「クリフ様。アイヴィー様から、剣を頂きました」
剣術の素振りでアイヴィーから一応の許可をもらった次の日。
「へえ。これが……」
リアが手に持っていた剣は質実剛健を地で行っているシンプルな一物だった。
ぶっちゃけ、そこら辺の武器屋で買ってきた剣の様だ。
この国では貴族とは、領地をもった騎士と言う扱いである。
だから、男爵であるエインズワース家には様々な剣や槍があった。
けれども、喩え、そんなものでも、クリフにとっては初めての自分の剣である。
心躍りするのも分かるだろう。
「……こういっては失礼ですが、この剣はあまり質はよくないのですが、いかがなさいますか?」
「いいや、師匠からの貰い物だから、大事にするよ。それに、こんな腕では唯々、剣を無駄にするだけだし」
斬りつける武器と言うのは他の叩きつけたり、突いたりする武器に比べて扱いが難しい。
下手に扱えば、すぐに刃毀れを起こす。
クリフはリアから剣を貰い、鞘から抜いて、剣を見ていた。
「そういや、これって鍛造なのかな?」
何気なくクリフが呟いた言葉。
但し、その意味を解っていたのは本人だけだったようだ。
「……鍛造って何ですか?」
リアが首を傾げ、疑問を呈する。
「あれ? じゃあ、鋳造っていうのは知っている?」
剣を鞘にしまいながら訊いた。
「いいえ。知りません」
小さく首を振って、否定するリア。
「ふむぅ……それじゃあ、リアは剣の作り方って知っているかい?」
「魔法で成型します」
リアは綺麗な金髪を揺らすこともなく言った。
何で知っているのか? と言う疑問は置いておきつつ、うわぁ……とは思わずにはいられなかったクリフであった。
(……そう言うことか。魔法があると、こういうことになるのか……)
知っての通り、鍛造とは、槌を金属に振るって、鍛えて作るということだ。
一方、鋳造とは、砂型に熔かした金属を流し込んで作るということだ。
魔法で成型するということは、鋳造なのだろう。
(……そりゃあ、あまり、いい剣が出来ないわけだ)
鍛造は目に見えない空気や穴を潰して、強度を上げるのに対し、鋳造はそう言ったことは出来ない。
「それは鋳造っていうんだよ」
「そうなのですか。物知りですね、クリフ様は」
リアの目は柔らかな表情を醸し出していた。
(でも、まあ、この鉄を使って、使いやすい武器を新しく作ってもいいよね)
外道がそこにはいた。
それからと言うもの、鉄の物理特性を知るためにクリフは三つの実験を行った。勿論、魔法を使って。
クリフがこれから作ろうとしているのは、脇差のような小さな刃物である。
流石に玉鋼を使うことはできないし、刀匠でもなんでもないから、その知識や製造法を参考にしただけの似非日本刀になる。
ただし、出来るだけ使うのは、特殊鋼(クロムやニッケルなどを混ぜた鋼)にしたいと思っているが。
転生前は理工系だったクリフとはいえ、専攻が電子系だったため、全くもって、固体物性は門外漢なのだ。
だから、知識を得るために、実験を繰り返した。
材料を手に入れるまでに若干の手間が掛かった。
実験に使う鉄は勿論、炭素、ケイ素、マンガン、ニッケル、バナジウム、コバルト、クロム……等いろいろな種類の金属を掻き集めた。
……やり方は魔法を使ったとんでもないやり方だったが。
まず、最初にやったのは焼き入れの温度とそれに使う水の温度についてだった。
八百度前後で、鉄を急冷すると、マルテンサイトという特殊な鉄ができるのだが、そのようになる温度と言うのをクリフは知らなかったのだ。
更に言えば、焼き入れの際に入れる水の温度と言うのは日本刀の鍛冶では一子相伝の極秘情報であるため知る由もない。
また、その焼き入れに失敗すると、刃毀れをするということもあって、率先してやっていた。
その実験を何百回と繰り返し、温度が分かった。
その次に調べたのは、どんな材料がどのような配分であれば、どのような物理特性になるのかを調べた。
そして、その結果をもとに、芯鉄、皮鉄、刃鉄、棟鉄の鉄に含める不純物を配分を決めた。
ここら辺は、やはり魔法は素晴らしいということなのだろうか?
手間が全然かからない。
実験の再実験のときも、数十秒で再実験が行えるし。
こうして半月が経っていた。
その間もきちんと、剣術や座学、魔法の練習は続けていた。
魔法の練習と言っても、最近はいかに効率よく魔法を使えるようにするのかと言うことにシフトしつつあるが。
膨大なデータから、最適な配分、作り方を決めた。
強度や柔軟性が必要な芯鉄には一般的な鋼に粘りが欲しいので、マンガンの配分を多めにしたものを。
皮鉄には、硬くするため、炭素とケイ素を多くした鋼を。
刃鉄には、硬く、焼き入れ性、そして、粘りが良くなるように一般的な鋼にコバルト、バナジウム、クロムなどを混ぜた特殊鋼を。
棟鉄には、マンガンの配分を多くし、炭素やケイ素を少なくした鋼を。
これらを用意し、槌を打ち始めた。
因みに大槌は魔法で打っていた。
幾つかの失敗作を繰り返し、数日が経った頃。
クリフは脇差と短刀を研いでいた。
銘を切ることはしなかった。どうせ、こんなもの、クリフしか作らないし。
「……案外、時間がかからなかったな……」
ポツリ呟いた声は、クリフにこれまでの苦労を回想させる。
「後は、鞘と柄か……」
若干、この二つを作るのは面倒臭くなってきたクリフは、本職の人間に任せることにした。
「ねえ、リア? これを見てみて?」
紅茶を持ってきたリアに初めて、刀を見せる。
「……クリフ様。これはどうしたのですか?」
疑問を呈するのは当然だろう。
「作った。でさ、この鞘と柄をこんな風に作ってくれる人を知ってる?」
言いながら、絵に描いた鍔も何もない簡単な刀が書いてあった。
「え、ええ。分かりました。知り合いに頼んでおきます」
「……よいしょっと。リア大好き!」
刃物なので、刀を油紙に包んだクリフはリアに抱きついた。
(……ああ、クリフ様の笑顔が眩しいです……)
恍惚としたリアの顔は綺麗だった。
数日後、クリフは二振りの刀を手に入れた。
短刀と脇差の二振りを。
クリフは脇差、短刀を手に入れた!
よくあるRPGならこうなる。
まあ、使っている金属が日本刀じゃないけれど。
このために、今まで以上に調べました。
そして、その多くは
無 駄
と言うことに。
次回は視点を変えてその二。
誰視点になるのだろう?
では14話までお待ちください。