10話 彼は会う。そして、姫に爆弾を落とされる。
艦これのイベントE-2のクリアを諦めたignisrubyです。
では、10話を。
本日も晴天。
あの爆弾発言から数か月。
聖歴1743年閃月(8月)のこと。
今日もクリフは家庭教師のアイヴィー・ブリッジと共に稽古に励んでいた。
と言っても、読み書き、計算はこの世界にとっては有り得ないほどできるクリフは、受ける側ではなく、教える側に立っていたのだが。
また、歴史や地理も基本的なものは本で学んでいるため、不要とのこと。
この数か月間、午前中、魔法と剣術の練習(クリフは槍術をやりたいと言ったのだが、槍を持つにはまだ、体が成長しきっていないということで却下された)、午後は部屋に戻って、座学と言う日を週六で繰り返していた。
と、そこで疑問に思う人もいるだろう。
何故、午前中に実技で、午後に座学なのだ? と。
実はこれ、この世界のしきたりでもなんでもなくて、クリフの我儘によって、このようになってしまったのだ。
簡単な話が、外に出る必要性のある実技を気温の上がらない午前中にすることによって、暑さから逃げたのだ。
まあ、その所為で実技をやった後は一回、水浴びをしなければならなくなったけど。
ところで、この世界では何の悪戯か知らんが、地球の時間の単位は全くもって一緒だった。
流石に、現代の1秒の定義であるセシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位間の遷移に対応する電磁波の9,192,631,770周期に対応する時間であるというのは確認できなかったが、一分と言えば、60秒だし、一時間と言えば、60分、一日と言えば、24時間、一週間と言えば、七日、一か月と言えば、大体30日、一年間と言えば、平年であれば365日で、閏年なら366日であった。
したがって、週六で、こんな生活を過ごしていた。
休日は実にゆっくりとしていたが。
そんな日にクリフが恐れていた事態が起こった。
許嫁の来襲である。
最初の頃に比べたら、まだ振れるようになってきたクリフの剣だが、未だにアイヴィー師範からの許可が下りずに、ずっと素振りを繰り返していた。
「一二、一二、一二」
アイヴィーの掛け声とともに、剣を振り降ろし、振り上げる。
何とも、退屈な作業ではあったが、そこは自分自身に課題を見つけるのが好きなクリフ。さほど退屈はしてはいなかった。
いや、寧ろ、楽しんですらいた。
(……ん? ちょっと、ぶれたかな? ……次は、力が入りすぎたかな?)
クリフが転生前好きだった野球に例えると、ピッチャーのいいピッチングと言うのは力んではいけないそうだ。力を入れるのは、リリースする瞬間。そこに指を掛け、ボールを回転させると、コントロールも、コマンドも、ボールの切れも、伸びもいい球が放れるそうだ。
クリフが目指しているのは、そう言う感じで剣が振れるようにしたいということなのだ。
この成果はクリフには分からなかったが、アイヴィー、そして、すぐ傍で見ていたリアには目を見張るほどだった。
(初めて振ったのを見ると、この素振りは数年掛かる、と思っていたけど、この分なら、後、数か月で次のステップに行けそう……ふええ、私が二年半掛かったものを僅か半年で……すごい……)
アスリートも馬鹿じゃできないのだろう。
それが証明されたのかもしれなかった。
こうして、常に頭を使いながら、練習していると、すぐに時間は過ぎて行った。
最初はぶっ倒れていたクリフも、最近は余裕をもって立つことが出来ていた。
ふう、とリアから渡された手拭いで汗に塗れた顔を拭っていると、声が掛かった。
「クリフ様、お客様です。至急、来て下さい。アイヴィー様、そう言うことなので、今日の練習はこれまでにしてくださいませんか?」
見ると、メイド長だった。
眼鏡が似合うキャリアウーマン風なメイド長ではあるが、実のところ、この顔立ちと仕事ぶりのせいで、中年になっても、未婚の行き遅れ過ぎた女なのだ。……だ、誰か貰ってあげて。
それはともかく、客人……? と首を傾げたクリフは、疑問のまま、練習の片付けを始めた。
リアがあっ、と片付けをやりたそうにしていたが、クリフはさっさと片付けていく。
それはいつものこと。
片付け終わって、クリフは汗を流し、言われるがまま、きちんとした正装を着た。
クリフはまだ。誰と会うのかも知らない。
そして、リアと共に通されたのは、応接間。
そこにいたのは三人の人物。
一人は扉から入ってきたクリフと対するように座っていたスコット。
まあ、当然だろう。当主だし。
二人目はスコットと正対するように座る美丈夫。
短めに切られたブロンドの髪。
緑とも青ともいえない幻想的なエメラルドグリーンの瞳。
そして、端正な顔立ちと芯のあるしっかりした体格だけれども、太さを感じさせない身体。
それらすべてが、神に愛されていると言っても過言ではなかった。
三人目にその美丈夫の隣に座る幼女。
プラチナブロンドの髪はシルクの様で。
美丈夫の娘なのだろうか? その瞳は静謐な印象を受けるトルコ石のような色合いの花浅葱。
体は……幼女なので幼女らしい身体と言うことで。
……ロリコンじゃないよ!
ゲフンゲフンゲフン。
クリフの姿に気付いたスコットは手招きをする。
「お、来たようだな。こっちに来て、座りなさい」
有無を言わさぬ口調に一段と緊張感を高める。
クリフが座ったところは丁度、プラチナブロンドの幼女の正反対だった。
彼が彼女を見ると、彼女は怯えたように美丈夫に体を寄せた。
そして、クリフは何十回何百回と練習を重ねた言葉を言う。
「グリティム領エインズワース家当主スコット・エインズワースの長子エイベル・エインズワースの長子クリフィード・エインズワースです。よろしくお願いします」
言い澱むところなくはっきりと言い切ったクリフは若干の達成感を味わっていた。
そんなものはおくびにも出さなかったが。
「ええ、こちらはマイケル・ブリントンです。ほら、エリノーラ、挨拶」
「……エリノーラ・ブリントン」
そう言って、父親であろうマイケルの服の裾を握る。
(……なにこれ可愛い。も、勿論、小動物的な意味で!)
クリフはロリコンであることを否定しておく。……こういっては何だが、幼女のどこに惹かれるのか全く分からない。かわいいというのは分かるが。でも、まあ、ロリータが幼女と言う意味持ったウラジーミル・ナボコフ作の「ロリータ」って作品が生まれる前に、日本の紫式部が書いた源氏物語の第五帖「若紫」に出てくる紫の上と言うのがあるから、案外、ロリコンってのは最近のものでもないのかもしれない。
(……ブリントン? うーん、どこかで聞いたことがある様な……)
転生前から人の名前と顔を覚えるのが苦手だったクリフでも、ブリントンと言う名前には聞き覚えがあり、少し頭を巡らせてみるが、分からず、諦めることにした。
そんなことは知ってか知らずか、マイケルと呼ばれた美丈夫は風貌はともかく目の前の子と自分の娘の出来の差に辟易していた。
(クリフィード君か……父上の命令だから、来てみたけれど、この子は将来有望だね、さっきの挨拶と言い、ここに来てからの態度と言い、貴族として申し分ない態度だ。かと言って、言いなりで動いているわけでもない。彼は彼なりの考えで動いているんだな。に比べて、私の娘は何でこうも、人見知りなんだ?)
一目見ただけで、クリフのことについて大体の推測を付けるマイケルも相当な人物だと思う。
と、先程まで握られていた指が不意に消える。
エリノーラは自分の指を父親であるマイケルの服の裾から離し、そして、音を立てずに静かにクリフの傍に行き、爆弾を投下した。
それも、最大級の爆弾を。
「……私、クリフィードの赤ちゃん、産む……」
幼女とはいえ、会ってそうそうに妊娠要求をされるのは思考が停止する。
は……、と固まってしまったのはクリフだけではない。
スコットも、マイケルも、皆固まった。
そして、クリフに衝撃が走る。
エリノーラが抱きついてきたようだ。
抱きついてきた結果、肘かけにクリフの頭がクリーンヒットする。
衝撃としては気絶するほどものでもなかったが、この在り得ない状況で、意識を手放したくなったのは致し方ないというところだろう。
そして、薄れゆく意識の中でクリフは思い出した。
ブリントンの持つ意味を。
そして、エリノーラとマイケルの世間的な地位も。
思い出した。
メンデーア大公国ブリントン大公長子マイケル・ブリントン。
そして、第三公女エリノーラ・ブリントン。
歳はクリフの一つ下の5歳だった。
そう、それが彼らは国家元首の一族なのだ。
さて、とんでもないところから、許嫁が来ましたね。
何故、こうなったのかは次回に回すとして……
最近、暑いですね。
熱中症には気を付けましょ。
では次回は、
こんな事態に陥った真実!
呆れるクリフ!
って感じですかね。
では日曜(予定)までお待ちください。