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弱き王の叫び

「何故だ。何故だ、何故だっ」

薄暗い森の中に少女の声がしてはすぐに後方に流れ去っていく。

王は泣きながら叫び続けていた。

抗議できるのは口だけ。手も足も縛られ、さらに体を布で包まれ、一人の男の肩に担がれてものすごい速さで運ばれていた。黒く長い髪が振り乱れている。


 その男は国で一番速く走れるシエンの戦士。名を竹笹たけささ

「私は王だ! 戦える。戦えるっ。皆と共に、戦わせてくれっ」

流れる涙は走る男の服に落ち、染み込んで消えていく。

「姫、どうかお静かに。敵に感付かれます」

走るための息を吐きながら竹笹は苦しそうに言葉を出す。どれほど言われても、竹笹に里に戻るつもりなどない。

本当なら、竹笹も戦いたかった。しかし、足の速さを理由に姫を逃がす大役を任されてしまった。

遠くなった里の方を見れば赤々と火の手が上がり、黒い煙が幾本も天に昇っている。


 その時、竹笹の耳は小さな音を拾った。

「こんな時にっ」

警戒しながらもいくらか走り、竹笹は森の中の音を睨む。自分の足音は消し、気配を絶つ。

感じ取ったその声は今の竹笹ではどうしようもない相手だった。



 王を抱えて走っていた竹笹は焦ったような声を出した。

走る足を止めると、するりと王は地面に降ろされる。

そして、竹笹は王を縛る布と縄を短刀で切り裂いた。

「魔獣です。ここは俺が抑えます。どうかお逃げください」

真剣な顔に汗を浮かせて竹笹が王にそう言った。

縄を解いたということは、この男に倒せるかどうかも判らないほどの強い魔獣ということだ。


「逃げる? お前は私が逃げると思っているのか?」

すぐさま立ち上がると、王は涙を流したまま、笑うように言ってやる。

ここまでされて、ただ一人守られようとしていて、それでシエンの王が務まると、この男は、里の男達は思っているのだろうか、と。

王の耳にも遠くから、低く唸る魔獣の声が聞こえてきた。聞こえた声は遠かったのに、数を数える間もなく魔獣の足音はすぐ近くにまで走り寄っていた。


 それに気付いた竹笹は自らの手に短刀を走らせる。

「さぁ、お前の相手はこっちだ!」

その血を見せ付けるように魔獣に言う。

里を焼く煙の匂いででも興奮しているのか、落ち着きのない巨大な狼の姿の魔獣が目の色を変えて竹笹に襲い掛かる。

その速い攻撃を木から木へ飛び移る様にかわしながら、竹笹が森の中へと姿を消していく。

鬱蒼とした森の中では何が起こっているのか見ることもできない。葉の擦れるたくさんの音と、細い木の折れる音。魔獣の低い唸り声。竹笹の、苦戦しているかのようなくぐもった呻き。


 武器も持たない王には助けに入ることもできず、堪らなくなり、歯を噛み締める。手のひらに爪を立て、握り締める。

助けると、国の者を守るとそう言った自分が何もできない。王に本当に守る気があるなら、飛び出していけばいい。その身を持ってでも大切な民を仲間を、すぐそばで戦う竹笹を守ればいいのに、王の手足は武器を持たぬ己を恐れたように動かない。


 魔獣と戦う手段を持たない自分が怖い。


「……っ何故こうなる。ここは私の国なのに。許さない。私の民に手を出す者は。人も、魔物も天であろうと」

手のひらの肉を突き破るように、深く爪を突き立てる。拳を震わせ、肩を震わせ、王は言葉にもならない慟哭を空に向かって叫んだ。


これが、幼き日に王にはなれないと言われた者の真実。

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