序章:言葉とナイフと高校生
お久しぶりの方はお久しぶりです。
今回は学園もの第二弾。ありがとうございます。
更新はまったり遅めです。
また違った形式で小説を書いていきますので、色々思われることはあるかもしれませんが、娯楽程度に見てあげてください。
「認めよう。事実、お前の言っている事が、現実で起こっていた事だと、俺は信じよう。だがな。それよりも先にだ」
「先に……?」
「俺は本当の事を、最初からお前に話しているつもりだ」
「……嘘」
「いや、本当だよ」
「嘘よ」
「本当だ」
「……そ」
「声を小さくしても無駄だぞ」
「うっそ☆」
「可愛く言っても、俺には通じん!だからな、何度も言っているが嘘ではない、本当なんだ。なぁ、とりあえず俺の話を聞いてくれ。お願いだ」
仮に俺が、この絶望的な状況の中で嘘をついて何になるのか。俺は、そこまで計算高い人間ではない。
逆に、俺が今思っている事は、この女に、下手な事を言った途端、俺の輝かしく未来に羽ばたく素晴らしい命が、一瞬で吹き飛ぶ事になる。確証はないのだけれど、俺に向けられているナイフが、そう感じさせてくれた。だがそれは、勘弁願いたいところだ。
「ところで大野君」
「……んん、ああ、えぇと」
「とりあえず、ここまでのまとめに入りたいと思うのだけれど」
彼女が急に、ナイフの向けるポーズを変えるものだから、俺がどれだけ焦ったのかなんてことは、これから先も、決して語り継がれることはないだろう。
「そうだな、現状説明も兼ねて、ここまでのまとめ作業に入るとしよう」
「まず、私と大野君は教室にいる」
「時間は……」
俺は、教卓の上に置いてある時計を確認した。丁度、夕方の5時になったところだ。
「まぁ、世間的に言う、放課後というものね」
「あぁ、放課後だな。世間的じゃなくても、放課後だな」
「それで、私と大野君の距離はわずか、5センチ」
「妙なミスリードはやめろ。だいたい1メートルは離れているだろ」
「私と貴方の心の距離は、もっと遠いのだけれど」
「うまくねーし!」
女は、はぁっと、何故か大きなため息を吐き、話を続ける。
「そして、仮に大野君の言っている事が本当でも、嘘でも、これだけは言えるわ」
「いや、だから本当なんだが。……まぁ、この際どうでも良い。話を続けてくれ」
「私は、貴方にナイフを向けている」
そう、なぜこの様な状況になったのか、俺にもよく分からないのだが、
俺は目の前にいる、人間だとは思えない、とてつもない美少女に殺されかけていた。
まるで人形のような白い肌に、感情が読み取れない瞳。今までに、見た事がないぐらい艶やかな長い髪の毛。一つ一つの表情や動作に対して、どこか人間的な雰囲気が感じられない。そう、怖いのだ。一般人では感じることのできない恐怖が、この女に対しては、感じてしまう。
「そして、私は大野君に本当の事を話して欲しいと、心の底から願っているわ」
「そうだな、とりあえず、話を遮って悪いのだけれど、俺は大野ではない」
「小林?」
「違う」
「砂糖?」
「甘くはない」
「……!」
「しょっぱくもないからな!」
「分かっているわよ、馬鹿にしないでちょうだい」
そして、彼女は顎に手を置いて、少々考え込みこう答えたのだ。
「……鈴木?」
「だから、多そうな苗字で当てようとするな!俺の名前は、北島慶吾だ」
「それよ、それ」
「すまし顔で言うな!ぶっちゃけ、知らなかっただろうが」
「知っていたわよ。貴方が生まれた時から、今日の運命的な出会いの日まで、私が貴方を忘れた事なんて、一度もなかったもの」
「物語の感動的シーンに無理やりもっていこうとするなよ」
「……ねぇ、大野君」
「おい、無視したろ!そして、普通に俺の名前を間違えるな」
「ごめんなさい、北島慶吾くん、かっこ笑い」
「文章の末尾につけるものを、言葉で表現するのはやめろ」
「ねぇ、そろそろ、いい加減にしてちょうだい。いつまで、コントみたいな事をしているつもりなの?もしこれが、貴方の望む感動的な物語というのなら、私はここで読むのを中止するわ。訴えても良いレベルね」
「俺は、そんなメルヘンな思考を持ち合わせちゃいない」
「あら、そうなの。やっぱり、見かけで人を判断するのは、考えものね」
「俺の顔がメルヘンとでも言いたいのか。軽く凹んだぞ、今の。まぁ、良い」
「認めるの?認めちゃうんだ?」
「お前、絶対エスだろ……」
「話を続けなさいな」
「……だから。この意味がわからない状況は、俺が仕組んだことではないし、むしろ、なぜこのような状況になっているのか、聞きたいぐらいだ。どうしてこうなった」
「貴方が嘘をつくからよ、北島君。素直に、本当の事を私に言えばいいのよ。そうしたら、すぐ終わらせてあげるから」
ナイフが、夕焼けの光に照らされ、きらりと光る。
そのナイフが、どれだけの殺傷力があるものなのか、俺には、痛いほど感じ取ることができた。
唾を飲む。だが、妙な唾と、手や背にかいた汗は、止まるどころか、今もなお、かなりの量を分泌し始めていた。
助けを呼べば、誰か来るか?……辺りを見回す。人の気配は感じられない。
「誰も来ないわよ」
と、女。表情はまるでない。感情が表に出ない分、この状況を楽しんでいるのか、
それとも、すでに沸点に達している状態なのか分からず、身動きがとれない。
「貴方が大声で助けを呼んでも、その声は届かない」
「……」
「……」
嫌な沈黙だ。
「もし仮に、声を聞きつけ、助けに来てくれた勇敢な偽善者がいたとしても、私が全員殺してあげるから、安心して助けを呼ぶと良いわ」
女が話していること、どこまでが本気なのかは、俺には予想もできないが、ただ、ここで助けを呼ぶには、あまりにもリスキーだということが分かった。
俺が大声で助けを呼んでも、それに気づき、助けに来るなんて奴が、この時間いるだろうかということ。ほとんどの生徒が、部活で必死になっていたり、部活がない連中は、とっくに帰宅を始めている時間帯だ。さらに、こういう時に必要とされる先生は、基本的にこの時間帯は職員室にいる。各教室の見回りをする時間は、もう少し後になってからだろう。だがしかし、これはあくまで俺の予測でしかない。だとして、仮に誰かが俺の声に気づき、助けに来たとしても、恐らくは、この女の言っていた通り、待ち伏せされ、俺のために無駄に命を落とす事になるのは、鈍感な俺ですら予想できてしまう。
「で、どうするの?助けは呼ばないのかしら」
ニヤリと、女の綺麗な歯が光る。目は相変わらず感情が出ていない。
「他人の命が危険に晒されるのを知りながら、それでも他人に助けを求めるほど、俺は他人に依存しているわけじゃない」
「そう、残念ね」
「……正直に言わせてもらうぞ。これ、おかしいとは思わないのか?」
「……?」
女は首を斜めに傾けた。
「だから、お前のとっている行動全てだよ。なぜ、ナイフを俺に向ける?そして、なぜ人を殺すということに、抵抗がないんだ」
あるのかもしれない。もしかしたら、俺の勘違いで、彼女は人殺しなんて、今までも、これから先も、やるつもりはないのかもしれない。今のこの状況も、結果的にこうなっただけで、元々望んではいない状況なのかもしれない。だけれど、そうは思えないほどに、彼女の発言一つ一つに、リアリティがあり、そして、あまりに非情なのだ。
「殺すって最初に言ったのだけれど」と言いながら、人を殺めている光景が、なぜか想像できてしまうから困ったものだ。
「北島君は、何か勘違いをしているみたいだけれど」
「勘違い?」
「私は、人を殺した事なんて、一度もないわ」
「……そうか」
なぜか、俺は納得がいっていない。だが、ほっとしているのは確かで、こう……なんと表現するべきか。そうだな、例えるなら青春。そう、青春時代に感じる、あの妙なやきもき感が俺を襲った。
「今日がその最初の日になるかもしれないけれど」
「初体験ってやつか。はは、記念日だ」
「初体験?そうね、ロストバージンね」
「女の子がそんな事言うんじゃありません」
「それでね、北島君。まとめに関して、一つだけ、まとめ忘れたことがあるのだけれど」
「あぁ、なんだよ、言ってみろ」
「なぜ、そんなに偉そうなのかしら」
「……っ。あぁ、もう分かったよ。どんなことか教えてください、お姫様」
女は机にちょこんと座り、ブラブラと足を動かしながら、外の風景を見つめる。
俺も流されるまま外を見ると、そこにはグラウンドで走る生徒たちがいた。まさに、学生って感じだな。って、いや、おい、待てよこら。俺が恥ずかしさを覚悟で言ったこと、こいつはしっかりと聞いているのか?もし、聞いていないのなら、俺がそのふざけた幻想をぶち殺してやりたい。
だが、俺のアタックチャンスが来る事は決してないだろう。なぜなら、今もなお、俺にはナイフが向けられているからだ。
「これがラストチャンスよ、北島君」
「……」
沈黙する俺に、女は顔を向け、無表情なまま、問いかけた。
「私の両親を殺したのは、貴方よね、北島君」