乙女ゲームのモブはヒロインと結ばれたいのに、攻略対象(※転生者)がいらねぇ茶々入れをしてくるんだが
どうしてこうなった。
俺は天を仰いだ。憎たらしいくらい、空は青い。
(あー、魔王軍でも隕石魔法でも何でも良い、とにかくなんか降って来いよ!!)
それでデートがふいになってしまえばいい。そう思うのに、スローライフがウリの世界にそんな邪悪な設定は存在しない。
ため息が漏れる。ありとあらゆる『デートを中止させる』妄想に浸っていた俺の前に、小さな足音が近付いてきた。
「こんにちは、お勤めご苦労さまです」
鈴が鳴るような声。顔を正面に向けると、この乙女ゲームのヒロイン、リディーが俺に輝く翠の瞳を向けていた。茶色の柔らかそうなふわふわ髪が風に揺れる。
(超可愛い! 大天使降臨ッ!)
そう思いながら俺は口を開き――
「ようこそ、ここは光の花園です。花は人の想いを運びます」
やたらとファンシーな台詞が飛び出した。
(いやいやいや、リディーは『おはよう』って言ったんだぞ、会話噛み合ってねーから!)
内心ツッコむが、
「ようこそ、ここは光の花園です。花は人の想いを運びます」
台詞は変わらない。俺はRPGで街の名前を教えてくれるNPCと同じ。
設定された台詞しか! 喋れないのだッ!!
リディーは返答のちぐはぐさに首を傾げる。ああそんなところも抜群に可愛い。幸せ。
「リディー? 何してるのかな」
そんな俺の世界を、男の声がぶち壊した。リディーが振り向き、赤髪の派手な男の方へと走っていく。
「ファブリスさん!」
彼女の口から俺の名が呼ばれることは、ない。
(クソが!! おいやめろ手を繋ぐなそんなイベントは認めんぞ今すぐ離れろッ!!!)
とてもリディーには聞かせられない罵詈雑言で、俺は攻略対象であるファブリスを罵った。
そんな内面など知る由もなく、ふたりは楽しげに会話しながら、目の前を通過して花園へと入っていく。
寸前、ファブリスがちらりと俺を見た。
「悪いね」
ウインク。
(いやお前絶対悪いと思ってないだろおおおお!)
「花は人の想いを運びます」
口から出るのはテンプレだけ。俺の気持ちは、今日も運ばれない。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
俺、柊真は魔法使い寸前の28歳。過労死し、ゲーム世界に転生したらモブだった。
この世界、『ユニヴェール王国物語』は箱庭系スローライフ乙女ゲームだ。妹に押しつけ……じゃない、布教されて始めたゲームだったが、スローライフや経営要素がなかなか面白く、かなりやり込んでプレイしていた。
なにより、ヒロインのリディーが可愛く健気な頑張り屋。攻略対象たちが彼女に惹かれる理由が、俺にはとてもよくわかる。
のだが。
「リディーちゃんって、恋人いるの? 僕とかどう?」
「ファブリスさん、それ、昨日も聞きました」
「君が可愛いから、何度でも言いたくなるんだよ」
それとこれとは別問題。
アイツにリディーを奪われるのは、どうにも納得がいかない!
ファブリスを睨んだら、なぜか目が合った。
ふたりが親密度イベントを終えて光の花園から出てくる。
「リディーちゃん、また明日ね」
(ふざけるな明日もデートするのかよ!)
「はい。今日はありがとうございました」
(素直で可愛い天使!)
リディーが笑顔でファブリスに手を振る。律儀に俺に一礼してから、彼女は家への道を歩いていく。
「気を付けてお帰り下さい」
俺はその背中を、設定された台詞で見送ることしかできない。
リディーが見えなくなってから、ファブリスが微笑ましいものを見るように表情を緩める。女の子に声をかけまくる軽薄男のくせに、乙女ゲームの攻略対象らしい絵になるイケメンぶりで、妙に腹が立つ。
「ていうか家まで送れよ、そういうシステムあっただろ」
「あれ、君、喋れたんだ」
ファブリスがこっちを見た。
「喋れるに決まってるだろ」
そう、ゲームのヒロインであるリディーがいない場所では、俺も普通に話すことができる。ゲームの強制力なのだろう。
なんて考えている間に、ファブリスが俺に近寄ってきた。
「近付くな変態」
俺は言葉で牽制する。コイツは『ユニヴェール王国物語』で唯一のドS兼闇のヤンデレ属性。
妹はめちゃくちゃ推していた。
俺はめちゃくちゃ嫌いだった。
(こんな男に俺の天使がっ……!)
俺の脳内にめくるめく妹のファブリス語り(※過激な内容のため、ご想像にお任せします)が蘇ってくる。
当の闇ヤンデレはこっちを見て、にっと笑った。
「君、リディーが気になってるよね? でも彼女の前では決まった台詞しか喋れないみたいだね。モブだから?」
「は???」
硬直した。
今、コイツ何て言った?
「君も転生者、なのかな」
「まさかお前も?」
「へえ。こんなこともあるんだね。……というか、彼女と自由に話せて羨ましいでしょ」
ファブリスはドヤ顔でこちらを見下ろしてくる。ズルいだろ、イケメン高身長でリディーとも自由に話せて――
「いや待てよ、おかしいだろ。なんで台詞固定じゃないんだよ」
「ほら、このゲームってネームドキャラはAIである程度台詞を自由に生成するでしょ? その影響かな?」
「不公平過ぎるだろおおおお!」
俺の叫びが、花園にこだました。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
それから毎日のように、ファブリスはリディーとデートしていた。デートスポットはシステム上いくつもあるはずなのに、なぜか毎回、俺がいる光の花園。
(イケメンでまともに喋れるとかチートスキル持ちかよ……ていうか俺が手入れしてる花園でデートしやがって!)
デート中にふたりがこっちをチラチラと見て、何かを話し合っている。美男美女が花を愛でて笑い合っているところはとても見栄えがいい。通りがかりのNPCがふたりを見てニコニコしている。
(クソっ!)
俺はひとり、花園の草取りをこなしていく。リディーの目に入る花壇だ、完璧に整えておかなければならない。そんなオタク精神で雑草を抜き続けていた俺は、ふと思いつく。
抜いた雑草たちを並べ、整え――花園の出口付近に『LOVE』の文字を作っていく。
そう! 筆談なら!! この思いがリディーにも届くはず!!
デートが終わり、リディーがこちらに近付いてくる。
「管理人さん、いつもお手入れありがとうございます」
ああ、その一言で報われる。生きててよかった。
「気を付けてお帰り下さい」
俺はお決まりの台詞を言いながら、それとなく地面の文字を目線で示す。リディーはぱちりと目を瞬かせ(可愛い)、微笑んだ。
「見たことのない模様です。面白いですね」
彼女の後ろで、ファブリスが吹き出していた。
リディーが帰った後で、ファブリスがこちらに近寄ってきた。これも毎回お決まりのことだ。俺はため息をつく。
コイツは最近、リディーを振り向かせようと四苦八苦する俺を見て楽しんでいる節がある。
「笑うなよ」
「今日のは傑作だったから、つい」
「うるさい黙れ」
「この世界の文字、知らなかったんだね。それにしても『LOVE』か、直球でいいね」
「蒸し返すなああああ!!!」
俺は手にしていた箒で掃くようにして、ファブリスを花園の外へと追いやった。
次は、花を贈ろうと思った。
このゲームは現代日本の価値観で作られている。つまり、花言葉や花を贈る意味そのものは、ニュアンスとして通じるのではないか、という作戦だ。
この日のために、俺は花園の片隅でせっせと赤い薔薇を育てていた。その中から特に美しい3本を選び、花束にして、今日のリディーたちを待つ。
リディーとファブリスは、いつもの時間に花園を訪れた。
「ようこそ、ここは光の花園です。花は人の想いを運びます」
いつものアレと共に、花束を差し出す。3本の薔薇。告白だ。少しでもいい、ニュアンスが伝われば……!
「ありがとう」
そう言って微笑んだのはファブリスだった。
「花は人の想いを運びます(お前じゃねえええええええ!!!!! ていうか照れ顔晒すなキモいんだよおおおおお!!!!!)」
俺の心の叫びは、いつもの台詞で上書きされる。リディーが不思議そうに俺を見た。
「3本の薔薇は『告白』って意味があるの、知ってる?」
「ようこそ、ここは光の花園です(解説すんな!! 解説するなら俺の気持ちを伝えてくれよ!!)」
「照れてるのかな。でもね、僕は普通に女の子が好きなんだ。だからごめんね?」
「気を付けてお帰り下さい(なんで俺がお前に振られたみたいになってるんだよ!?)」
「リディー、僕は彼と少し話しているから、先に行っていてくれないかな」
硬直していたリディーは話を振られて我に返ったらしい。俺とファブリスを交互に見た。
「あ……そ、そういうことでしたか」
それからほんのりと頬を染める。こくんと頷いた彼女は、花園の奥の方へと歩いていく。
「だから、あんなに熱心にお花の手入れをしていたんですね……」
去っていくリディーの独り言が聞こえる。
(違うッッ!!)
俺の心からの叫びは、彼女の背中には届かない。
「おいお前絶対誤解されただろいい加減にしろ」
普通に話ができるようになった。ファブリスがニヤニヤしながらこちらを見る。
「いやあ、面白くてつい、ね」
「面白がるな!! このヤンデレ野郎!!」
と口にしてから、はたと気付く。
「いや待て。ゲームのファブリスは闇ヤンデレだが、お前の中身はヤンデレじゃない可能性……?」
「いや? 僕はこうなった以上、徹底的に『ファブリス』の人生を追体験してやろうと思っているんだ。なにせ、彼が一番好きだったからね」
「そんな信条は今すぐデリートしろッッ!!」
俺の叫びをよそに、ファブリスはハハッと笑っていた。
「ところでさ、君って『ユニヴェール王国物語』の恋愛イベントを起こしたこと、ないでしょ」
「は? 当たり前だろ」
俺のヒロインを誰かに渡すなんてとんでもない。だから恋愛イベントは徹底的に避けていた。
ファブリスの青い瞳が、獲物を見つけたように煌めく。
「君がこの花園で育ててるコレなんだけど」
言いながら、彼は花壇を指さした。そこには『光の花園』の由来でもある、淡く光を放つ花が植わっている。
「告白用アイテムだって知ってる?」
「は?」
「これをヒロインが受け取れば、告白成功で恋人同士になる。ゲームクリアだ。……僕は明日のデートで、リディーに渡すつもり」
「え……」
「ま、一応君に断っておかないとフェアじゃないかなと思って。じゃあね」
ファブリスは返事を待たず、ひらひらと手を振ってリディーの方へと歩いていってしまう。
俺はただひとり、光の花たちに囲まれて、立ち尽くしていた。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
翌日。
『ユニヴェール王国物語』にしては珍しく、マナのバランスが狂う悪天候の日だった。魔法障害が発生する可能性があるため、ゲームシステム的には、基本的にこの日にはどんなイベントも起こらず、翌日に延期になる。
それは承知しているのに、俺はいつも通り光の花園にやって来ていた。花たちを悪天候から守るように、魔法結界を起動する。現世で言えばビニールハウスみたいなものだ。
「あいつ、転生者のくせにこんな日を選ぶなよ」
思わず呟く。
俺も一晩、色々考えた。自分から光の花を贈ることも考えた。でも――
(無理だろ、普通に)
まともに喋ったこともない男から贈られたら、リディーはどう思う? 当然驚き、そして恐怖するだろう。彼女の笑顔を曇らせることは望むところではない。
(ファブリスはクソ野郎だけどさ)
リディーに対しては、いつも親切だった。そもそも奴は攻略対象。あいつと恋人同士になればゲームはクリア。リディーは間違いなくハッピーエンドを迎えることができる。
自分の気持ちより、その方が大事なのではないか――
「そう、気付いちゃったんだよな」
「その話、もっと詳しく」
「は!?」
突然、花園内にファブリスが現れていた。
「なんでいるんだよ! ていうかどこから生えた!?」
こんな天候の日に出歩く奴はいないと思って、完全に油断していた。
「面白いものが見られそうだな、と思ってね」
「は?」
「お邪魔します」
鈴の声が響く。はっとして振り向くと、花園にリディーが入ってきたところだった。風で乱れた髪を、手櫛でさっと整えている。
「ようこそ、ここは光の花園です(なんで、ここに?)」
トンチンカンな俺の台詞にも動じず、彼女は周囲を見回して、それから微笑んだ。俺に向かって。
「あなたがここで花を守ってくれているかと思って、つい来てしまいました」
俺が?
どういうことかわからず、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「ほら、いけ」
そんな俺の背中を、ファブリスが小突いた。振り向くと、彼はいつものニヤケ顔で光の花を示す。
「僕が渡したらお前、完全にチャンスなくなるだろう? 今のうちに渡して、玉砕しとけ」
(こいつ……)
いつも通り、最低最悪のクソ男ぶりだった。非常にムカつくが、彼の言葉は本当だ。
俺は一度深呼吸をしてから、花を1輪摘んで、リディーに向き合う。
俺はモブだ。
ゲーム中の台詞以外の言葉が伝えられない。ロクに話したこともない。ファブリスみたいに一緒に過ごしたこともない。
それでも彼女を想う気持ちは本物で――
「花は人の想いを運びます」
ただ光の花を差し出す。それと同時に淡かった花の光が眩く光輝き、花園全体を飲み込んだ。
白い光の中で、リディーが手を伸ばしてきた。花を受け取り、微笑む。
「あなたのこと、お名前から教えて頂けませんか」
その瞬間、『何か』が変わった。ファブリスも目を見開いている。目の前のリディーだけが、何も変わらずに真っ直ぐに俺を見つめていた。
「リディー……」
一度も言えたことのない言葉が俺の口から飛び出して、はっとした。
リディーは花を受け取った。ゲームクリア。つまり俺は、もうシステムの台詞に縛られる必要がなくなった。
口を開く。リディーが待っている。早く、彼女に名前を伝えたい――!
「あ、あの、俺……その……ええと、おれ……」
リディーが目を瞬かせた。花園に沈黙が落ちる。
「お前さ……」
最初に口を開いたのはファブリスだった。
「まさかコミュ障? システムから解放されたのにまともに喋れないのか? なんだそれ!! ウケる」
彼は腹を抱えて笑っている。
「くそ、黙れ! 悪いかよ! 好きな子の前でペラペラ喋れるか! お前みたいな軽薄男と一緒にするな!」
「あー面白。来てよかった。スマホがあれば動画撮影してたな」
「お前マジでいい加減にしろよな……!」
俺はファブリスを睨むが、彼は止まらない。
そんな俺たちを見て、リディーがくすっと笑った。
「お二人は、とっても仲良しなんですね」
「違う」
「違う」
俺とファブリスの声が、どうしようもなく重なった。
連載中の小説がシリアスなので、明るくて勢いだけアホな話が書きたいと思って、ついやってしまいました……。
リディー「そういえば、管理人さんはファブリスさんが好きなんじゃなかったんですか?」
ファブリス「そうそう、困っちゃうよね」
俺「ちげぇよ!!!」




