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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  セウ家の馬小屋|昼|イオアンが魔法の馬を救うために一計を案じる
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第29話 ルベルマグナ

エルが怪訝な顔をした。

「ルベルマグナ? なんでいまさら? もう死んだ馬だろ」


「伯爵様が、ブッケルムを〈魔の馬〉だと信じ込む原因が分かるからだ。そしておそらく、放置している理由も……」

と呟いたイオアンが、エルへ顔を向けた。

「じつはルベルマグナが、まだ死んでいないとしたらどうする?」


「え、嘘だろ」

「なぜ嘘だと思うんだ」

「だって、先代の公爵と一緒に戦場で華々しく討死にしたんじゃ……」


「それは、民衆が信じ込んでいるテオドル様の数多の伝説のひとつに過ぎない。吟遊詩人たちが物語に歌ったせいなのか、それとも、タタリオン家の密偵たちが流布させたのかは分からないが、とにかくそれは事実じゃない。テオドル様が戦場で病を得たのは本当だが、亡くなったのはイグマスに戻ってからだ」


「じゃあ、愛馬のルベルマグナは……?」

「一緒にイグマスに戻り、北宮の厩舎で飼われていた」

「じゃあ、まだ生きてるのか!」

「いや、もう北宮にはいないから確かなことは分からない。普通の軍馬であれば死んでいてもおかしくない年齢だが、なにせ〈魔の馬〉だからな。まだ生きていて、ぴんぴんしてることもあり得る」


「でも待ってくれよ、それって本当?」

とエルが首を傾げた。

「俺たち〈首なし騎士団〉は、領主や騎士たちが保有しているような有名な軍馬については、ある程度把握してるんだ。そのうえで誰に軍馬を売り込むかを決めてるからね。それこそが俺たちの強みであるんだけど、ルベルマグナほど有名な馬なら、生きていたら絶対に知れ渡ってるはずだよ」


「お前は見習いだから、知らないだけじゃないのか」


「あんたさ、人を馬鹿にするにも程々にしろよ。ちゃんと俺はカルハースから教わってるんだ。帝国の騎士たちが知らなくても、俺たちは帝国じゅうの軍馬の流れを押さえている。ルベルマグナが生きてるなら教えてくれるはずだ」


「そのカルハースというのは、お前の仲間か?」

「え、いや、それは……」

「そのカルハースが知らなかったのにも理由がある。なぜならルベルマグナの行先は意図的に秘匿されていたからだ」

「いとてきにひとく?」


「わざと隠していたということだよ」

とイオアンが説明した。

「お前はルベルマグナがどんな馬か知っているか?」


「そりゃあ知ってるさ、ルベルマグナだろう!」

と叫んだエルは、目を輝かせて語り始めた。

「象みたいに馬鹿でかい馬で、立ちふさがる兵士を踏み潰し、近づく敵を噛み殺すその姿から、別名〈人喰い〉とも呼ばれてた。そして、背を向けて逃げる者がいれば、血のように真っ赤な汗を流しながら、どこまでも執念深く追いかけるんだ。タタリオン家の〈魔の馬〉だけどさ、話を聞いていて子供ながら痛快に思ってたよ。哀れな人間どもを木っ端微塵にしちゃうところなんかさ!」


「お前の趣味はよく理解できないが……」

とイオアンは眉をひそめた。

「だいたいお前の認識で合っている。ところどころ他の〈魔の馬〉とごっちゃになっているところがあるようだがな」


「だからさ、ブッケルムがルベルマグナの子供だなんて信じられないよ」


「話を戻そう。ルベルマグナがそれほどの力を発揮できたのも、乗り手がテオドル様ほど偉大な方だったからだ」

「そうかなあ? 〈魔の馬〉なら誰でも強さは変わらないんじゃない?」


「いや、ルベルマグナは強すぎたんだ。それも危険なほどにな」

と言ってイオアンは声をひそめた。

「ここからは他言無用だぞ。凶暴なルベルマグナを引き継ぐことを、タタリオン家のどの騎士も拒んだ。伯爵様ですら乗りこなせなかった。結果的にテオドル様の死後、北宮で放置されていたわけだが、狭い馬房に閉じ込められたルベルマグナは、馬丁たちを次々に怪我をさせ、死人まで出る事態になった」


「どっかで聞いたような話だな……」


「悲鳴をあげた馬丁たちは、総督府に願い出た。どうかこの悪魔のような馬を殺してくれと。とはいえルベルマグナだぞ。先代のテオドル様の愛馬であり、タタリオン家の名声を高めてくれた貢献者でもある。世に知られた〈魔の馬〉を使い捨てのように殺すのは、さすがに外聞が悪い。そこで兵站局は一計を案じた。こっそりルベルマグナを目の届かない遠くへ追いやってしまおうと」


「じゃあ、それがイザナミアの牧場なんだ!」


「おそらくな。だが確証はない。ここまで話を聞き出すのも大変だった。口が重い北宮の馬丁たちに、金を与えたり脅かしたりした。彼らもルベルマグナを追い出したことに、引け目があったのかもしれない」


「あんた本当に家庭教師なのかよ。よくやるな」


「あとは誰が、どこの牧場へ連れていったかだが、馬丁たちも知らなかった。手筈を整えた兵站局の役人が誰なのかも分からない。ただ、それなりの金額が動いたはずだ。記録が残ってるかもしれないと私は考え、公文書館を訪ねた」


「公文書館?」

「イグマスの大図書館は知っているか?」

「知らない」


「公爵夫妻が私財を投じて設立した図書館で、帝国でも指折りの規模だが、その中には総督府の帳簿や記録を保管している部署がある。そのなかでも一般の閲覧を禁じている文書の中に、ルベルマグナの記録が残っていた」


「あんただって一般人みたいなもんだろ? どうやって見れたのさ」


「私は……学者だからな、特別なつてがあるんだ。そんな些細なことはどうでもいい。大事なのは、確かに莫大な金が支払われたということだ。そして、その金を受け取っていたのが〈首なし騎士団〉だったんだ」


「えー、本当かよ」

「非公開の文書に嘘を書いても仕方ないだろ」

「そうなんだけどさ、カルハースも知らなかったなんて」

「支払われた金額には、口封じの意味も含まれていたんじゃないか」

「まあ、〈魔の馬〉をちゃんと扱えるのは俺たちしかいないから、そういうことになるのかな?」


「その通りだと思う。そのときまでは正直、私は〈首なし騎士団〉のことは深く考えていなかった。ブッケルムを連れて屋敷に現れた男も、騎士団のふりをした偽者じゃないかと疑っていたぐらいだ。だが総督府の記録を見て、考えを改めた」


「じゃあ、誰だったんだろ?」


「証書には、金を受け取った騎士の名前までは書かれていなかった。だが役人の名前は署名されていたので、その男を訪ねた。役人はすでに引退して、イグマス近くの農場でひっそりと暮らしていた。最初は渋っていたが、金貨を見せると男の口はとても滑らかになった」


「あんた本当に金持ちだな……」


「相手の名前は知らないが、〈首なし騎士団〉の中でも大人数を率いている年老いた騎士だという。軍団としても、実績のある騎士に任せたかったそうだ。役人が総督府の要望を話すと、年老いた騎士は詳しいことは質問せずに、ルベルマグナを引き取ってくれたらしい。その後どうなったか役人は知らないそうだ」


「じゃあ、その老騎士が連れていった先が、かなり遠いけど、イザナミアの牧場だったってこと? そして、ルベルマグナと牧場の雌馬のあいだにできた子供が、ブッケルムだってこと?」


「〈魔の馬〉の繁殖がどのようにして行われるのかは私は知らないが、おそらくそういうことなんだろう。重要なのは、このルベルマグナの移送は、兵站局の役人が独断で行ったものではなく、軍団の上層部も承認していたということだ。だとしたら……総指揮官である伯爵様が知らないわけがない」


「それでオウグウスは、大金を即座に支払ったというわけか……」


「おそらくそういうことだ」

とイオアンは頷いた。

「この極秘の取引を知っていたからこそ、伯爵様はブッケルムの売買証書を作らせなかったんだ。父親であるルベルマグナ自体、存在しないことになっていたからな。それなのに証書を作らせたら、困った事態になっていただろう」


「でもなあ……」

エルは乾草の上で伸びをした。

「結局ブッケルムは見込み違いだったわけじゃん?」


「伯爵様はそうは考えてはいないのだと思う」

「どういうこと?」


「おそらくこう考えているはずだ……」

木箱の上に座っているイオアンは手を組んで、考え込む表情になった。

「ブッケルムが〈魔の馬〉であることは間違いない。あと必要なのは……ブッケルム自身が覚醒する機会だけだと」


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