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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  セウ家の馬小屋|昼|イオアンが魔法の馬を救うために一計を案じる
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第28話 絶食

「そして、いまや餌も食べなくなったというわけだ」

この三年間を、木箱に座りながら語り続けていたイオアンは、その終着点が今日の結果なのだと思うと、やり切れない思いだった。

「お前が〈首なし騎士団〉だと聞いて、何か分かるんじゃないかと思ったが、それも無駄だった。いや、お前が悪いと言ってるわけじゃない。所詮ただの見習いだしな。期待し過ぎていた私が悪いんだ」


乾草の山に座り、じっと話に耳を傾けていたエルも、

「で、これからどうするつもりだよ?」

と暗い表情で質問した。


「どうしようもないだろう……もう手の打ちようがないんだから。あとは私が、ブッケルムに別れを告げる覚悟を決めるだけだ」


「あんたの話を聞いてさ、俺にも思うところはいろいろあるよ」

エルが言葉を選ぶようにゆっくりと喋り始めた。

「あの馬があんたに懐いてる理由は分かった。〈魔の馬〉でもないのに理不尽な訓練を受けてるあいだ、あんただけが心を許せる相手だったんだろう。でも逆に不思議なのは、家庭教師のあんたが、あの馬にそこまで入れ込む理由だよ。日頃からこの馬に乗ってるわけでもないんだろ?」


「……親近感を感じるんだ。なぜだか私にも分からないが」


曖昧な言葉でイオアンは誤魔化したが、はっきり理由は自覚していた。

だがそれを、この場でエルに話すのには抵抗があった。

あまりに個人的なことだからだ。

瀕死の馬だけが屋敷での唯一の友人で、毎晩話すために会っていたなどとは、口が裂けても告白したくなかった。


エルは頷いた。

「あんたが大切に思ってるのは感じるよ。それで、所詮見習いの俺が感じたことだけどさ……あの馬を救う方法はあると思う」


「……本当か?」

半信半疑のイオアンは用心深く尋ねた。

これまでにも馬医者や馬丁たちから様々な提案を聞かされ、そのたびに失望を繰り返してきたのだ。

「しかし、病気でも怪我でもないんだろう?」


「ある意味ではそうだし、ある意味では違うと思う」

とエルは謎めいた言葉を返した。

「ただ、この解決法はあんたは気に入らないかもしれない。納得してもらうために、ちょっと俺の話をしてもいいかい?」


イオアンは黙って頷いた。


「俺は騎士団に入ってから一年ちょっとだけど、それなりの馬を見てきた。なぜか俺たちのグループは〈魔の馬〉どころか、普通の軍馬も手に入らない。だから野生の馬を捕まえて調教したり、怪我をした馬を治して売ってきた。あとは性格が悪すぎて手放された軍馬を引き取ることもある」


「ブッケルムのような馬か」


「そう、もっと酷い馬もいたよ。あの馬は、まだ戦う気持ちが死んでないだけマシなのかもしれない。心が折れて無気力になった馬、ちょっと近づいただけでパニックを起こす馬もいる。そんな馬たちの原因のほとんどは人間なんだ」


「ああ」とイオアンは気が抜けたような声を出した。それはエルの話が、自分の見てきた光景と一致していたからだった。


「とくに騎士たちさ」

とエルが憎しみを込めて口にした。


「お前の言いたいことは分かる。だが従士たちだって、ブッケルムが憎くて訓練してたわけじゃない」


「そうだとは思うよ、あんたの話を聞いてた限りじゃね」

とエルは頷いた。

「でも本当に酷い騎士はいるんだ。高い金を払ったんだから何でも自分の思い通りになると思ってる。馬が嫌がってるのにも気づかない。嫌がれば嫌がるほど、反抗的だと言って無理強いをさせる。何もかも力づくで解決できると思ってるんだ」


「伯爵様がそうだと言いたいのか」


「べつに、オウグウスだけじゃない」

エルは自分の過去を思い出してるようだった。

「すべての騎士がそうだと俺は思ってる。騎士っていうのは魔物を退治するために、教皇様から叙任されたんだろ? それなのに人間同士で殺し合っているんだ」


「何百年前の話をしてるんだ。まあ、お前が心底騎士が嫌いなのは分かった。それよりブッケルムを救う方法があるのなら教えてくれ」


「その前にまず、あの馬が食べなくなった理由を話すよ」

「分かるのか?」

「これはあくまで俺の考えだ。あの馬は……自殺しようとしてるんだと思う」


「まさか……そんなはずはない」

驚いたイオアンは口をあんぐりと開けた。

「なぜ、ブッケルムが死のうとしなきゃならない!」


「だって、このまま屋敷にいたって嫌なことしかないんだろ? ずっと狭い馬小屋の中に閉じ込められてるだけだ。だったら死のうとしたっておかしくない」


「そんなわけあるか。ふつう馬がそこまで考えるか?」

「でも、賢い馬なんだろ?」

「だいいち私と遠乗りに出かけたんだぞ。ずっと閉じ込めてたわけじゃない!」


「そんな、しょっちゅう出かけてたのかよ?」

と醒めた口調でエルが訊くと、


「そ、それは……」

公務が忙しくなり、よくて月に一度か二度ぐらいだった。思いがけないエルの答えにイオアンは動揺していた。

「では、ブッケルムは自ら命を断とうと……」


「べつに責めてるわけじゃない。あんたは立派さ。それにこれは俺の考えに過ぎない。ダマリじゃあるまいし、馬が何を考えてるなんて分からないんだから。俺が言いたいのは、この屋敷にいる限り、元気にはならないってことだよ」


「じゃあ、ブッケルムを救う方法というのは……」

「聞きたいか?」

「もったいぶらずに早く教えろ!」


「簡単なことさ、あの馬を誰かに売ればいいんだよ!」

とエルが自慢げに叫んだ。

「どうせ農場で生まれたんだろ? そこに返してやればいいんだ。そうすりゃ、そのうち元気になるよ!」


エルの回答に、木箱に座ったイオアンは頭を抱えた。


「あれ? 俺、おかしなこと言った? 名案だと思うんだけど? あんたは離れ離れになるから嫌かもしれないけど、無駄な金は減るし、オウグウスだって自分の失敗を気にしなくても済むわけだし……」


イオアンが死人のような声で告げた。

「それを今朝、私が伯爵様に提案したんだ。ブッケルムを手放しませんかと」


「え、本当に?」

「朝食のときに話す機会があった」


「ただの家庭教師がよく話せたな。俺はいろいろ言ってるけど、正直なところ、オウグウスに面と向かって話すなんて絶対に無理だと思うね。南大陸の人間は、子供の頃から沁み込んでるんだ。オウグウスが来たら、とにかく逃げ出せって」


「ブッケルムのことでなければ、私だって逃げ出していただろう」

「それで?」

「まったく駄目だった」

「駄目? どういうことだよ、死んでもいいっていうのか?」

「いや、伯爵様は死なないと思っている」

「だって数か月食べてないんだろ? いずれ死ぬに決まってる」

「伯爵様は違う。〈魔の馬〉なんだから、数か月ぐらい水だけで生きるのは当たり前だと思ってる」

「でも、見捨ててるんだろ? 売ればいいじゃん」

「私もそう思うんだが、伯爵様は違う考えをお持ちのようだ。とにかくブッケルムは〈魔の馬〉だと信じ込んでいる」

「なんで、そこまで頑なに信じ込んでるわけ?」


「その揺るぎない信念こそ伯爵様らしいとも言えるが、確かに私もおかしいとは感じていた。ルベルマグナの個人的な記憶だけで、日頃は金にうるさい伯爵様が、金貨三百枚を即決するだろうか? 気になって私が調べてみると、いろいろな情報が隠されていることが見えてきたんだ」


「じゃあ、ブッケルムの出生の秘密か!」

と興味津々な様子で、エルが乾草の山から身を乗り出すと、


「そうとも言えるが、正確には違う」

とイオアンが答えた。

「私が探り当てたのは、父親であるルベルマグナの秘密だ」


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