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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  血生臭い天幕|昼前|尋問されたエルが奇妙な仕事を依頼される
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第23話 誓い

エルの質問に、イオアンとバルバドスは顔を見合わせた。


「ブッケルムっていうのが、その馬なんだろ?」

とエルはさらに問いかけた。


しばらく返事をするのをイオアンはためらっていたが、バルバドスがどうするんだというふうに顔を向けると、

「そうだ。お前には、ある馬を診てもらいたい」

と、意を決したように答えた。


エルは安堵の溜息をついた。

ふたりの会話から、そうじゃないかと想像はしていたが、これでようやく、イオアンの仕事を引き受ける気になった。

「でも、なんで隠そうとしてたわけ? 馬を診るだけなんだろ? 変な想像をしちゃったじゃん」


「特別な馬だからだ。それ以上は言えない」

「じゃあ、本当にその馬を診ればいいだけなんだな? それ以外に危険なことをさせたりしないよな?」

「その通りだ。約束する」


エルはふたりの顔を見比べ、バルバドスの納得のいっていなさそうな表情が気になったが、最終的に頷いた。

「いいよ。やるよ」


「では、具合の悪い馬の状態を視認して、原因を究明する仕事を、〈首なし騎士団〉の見習いであるお前が引き受ける、という契約でいいんだな?」

とイオアンが回りくどい表現で確認すると、

「だから、その馬を診るって」

とエルが面倒臭そうに繰り返し、イオアンはホッとした表情を浮かべた。

「では、バルバドスに屋敷まで案内させる」


「その前に縄を解いてくれよ。これじゃ歩けないだろ」

とエルが口にすると、イオアンが心配そうにバルバドスに尋ねた。

「大丈夫だと思うか?」

「仕方ないだろ。俺が担いでいくわけにもいかんだろうし」

「手も解くのかということだ」

「縛ってたら、むしろ人目を引くと思うぞ。解き方を教えてくれ」

「いや、短剣で切ってくれ」


ふたりの会話を聞きながら心の中で、隙あらば逃げようと考えていたエルだが、いまは神妙な顔をしていた。ここがどこかも分からない。逃げ出すのは勝算が見えてからだ。それまでは従順な振りをしている必要がある。


バルバドスは縄を切ると、エルに短剣も返した。ただの見習いのエルには、似つかわしくないほど美しい短剣だった。縄を解かれたエルは顔をしかめながら、ぎこちなく手足を伸ばし、縛られた跡をさすった。ゆっくりと立ち上がると上着を着て、大事そうに短剣を腰に下げた。


ぶら下がった肉塊に当たらないように、エルは伸びをしながら、

「それで、どんな馬なのさ?」

とイオアンに尋ねた。


「詳しい話は、後だと言っただろ」


「仕事を請けたら教えてくれるって約束したじゃん。ただ馬を診るっていったって、いろいろ心づもりが必要なんだよ。誰かに話すわけじゃないし、先に話しておいたほうがお互いやりやすいじゃん?」


「〈魔の馬〉だ」

渋々といった感じでイオアンが教えると、ひゅーとエルは口笛を吹いた。

「本当かよ!?」

「名前をブッケルムという」

「〈魔の馬〉なんだろ? 聞かない名前だな」

「ずっと屋敷で囲われていたからな。知る人が少ないのだろう」

「で、何が問題?」

「餌を食べない。あとは実際にブッケルムを診て、判断してくれ」

「ふーん、なるほどね」


エルは考え込むような表情を浮かべたが、実際には馬のことは何も考えておらず、逃げ出すことだけを考えていた。


だいたい、本物の〈魔の馬〉など見たこともない。

帝国では貴重な〈魔の馬〉は〈首なし騎士団〉の他のグループでは扱っているようだったが、カルハースたちのところまでは回ってこなかった。

理由は分からない。

過去に何かの事件を起して、絶縁されているらしかった。

だから、隠れ家は使わせてもらっているが、他の〈首なし騎士団〉との交流はほとんどない。

いまだに、その過去の事件をカルハースからは教えてもらえず、他のメンバーも聞けるような雰囲気ではなかった。


そんなわけで、曖昧な表情を浮かべていたエルに、

「お前は〈魔の馬〉の世話をしたことがあるのか。見習いになって、まだ一年しか経っていないんだろ?」

とバルバドスが疑いの目を向けた。


「うん、まあねえ……」

とエルは言葉を濁した。イオアンはともかく、世慣れたバルバドスに嘘をつくと、墓穴を掘ることになりそうだった。


案の定、目を逸らしたエルを見るとバルバドスは、

「どうせ、こいつは何も分かってないぞ」

と断言した。

「ブッケルムを診させるのはやめておけ。こいつは屋敷で問題を起こすだけだ。だったら、まだ俺が牢獄塔に連れていくほういい」


だがイオアンが、

「何かあれば責任は私が取る。診るだけ試してみたい」

と頼み込んだ。するとバルバドスは、

「責任を取るって取れんのかよ。何かあったら、俺まで巻き込まれるんだぞ」

と不満を口にしたが、それ以上は言わなかった。


薄々感じていたことだが、このやり取りを見て、エルは確信した。

第一に、バルバドスは口で何と言おうが、主人であるイオアンには逆らわない。

第二に、主人であるイオアンは、ブッケルムという馬を救うためなら、どんな犠牲を払っても惜しくないらしい。


素晴らしい!

エルは心の中で拍手喝采していた。

この若者にとっては、命よりも大事な馬みたいだ。


つまり、イオアンにとってブッケルムというのは――一番の弱点なのだ。

人は誰しも、そこに触れられただけで力が抜けて、床に崩れ落ちてしまうような柔らかいところがある。


これは旅のあいだ、先生から口酸っぱく言われたことだった。

この弱点を見つけ出し、そこを揺さぶれば、たやすく相手をコントロールし、交渉も有利に運べるのだと。

この弱点は人によって様々だ。

親に刷り込まれた信念、信仰している神、自分の理想像、人には言えない秘密、守るべき家族、手放したくない財産や立場――。


敵を出し抜くには、この相手の弱点を見極めることが重要だ。

それは権力者や金持ちだって変わらない。

むしろ持たざる者より、持っている者のほうが、常に不安に晒されているものだ――そんなことを先生は教えてくれた。


試してみようと思ったエルは、さも心配そうに告白した。


「確かに……俺は経験が少ないんだ。でも見習いとして、みんなが〈魔の馬〉の世話をするのをこの目で見てきた。だから、その記憶を頼りに頑張るつもりさ。けど、牢獄塔に連れていかれるのか不安だと、集中ができなくて、ブッケルムとかいう馬をちゃんと診れないかもしれないな……」


すると、イオアンが約束した。

「分かった。絶対に牢獄塔には送らない。仕事に専念できるようにする」

「本当に? さっきこいつは俺に酷いことをしたんだぜ」

とエルは、バルバドスを指さした。


「何をしたんだ?」

とイオアンが顔を向けると、バルバドスは素知らぬ顔をした。

「べつに。熟睡してたのを起こしたから、それで小僧は気に障ったんだろう」

「ほら、信用できない!」

とエルが大袈裟に非難すると、

「私が約束するから、ブッケルムを診てくれ」

とイオアンが困ったような顔をして、エルに再び頼み込んだ。


「じゃあ、神に誓ってくれよ」

イオアンの顔色を確かめたエルが、狡そうに念押しした。

「本当に、その馬を助けたいと思ってるんなら、ちゃんと誓えるよね?」


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