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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  血生臭い天幕|昼前|尋問されたエルが奇妙な仕事を依頼される
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第22話 依頼

いつものエルなら、イオアンの言葉の裏に罠の匂いを感じ取っただろうが、いまは掠れた声で、こう質問するのが精いっぱいだった。


「仕事……なんの仕事?」

「簡単な仕事さ」

「……簡単な仕事……?」


恐怖に麻痺したエルはそう繰り返したが、すぐに引き受けるのは危険だという本能がかろうじて働き、恐る恐る質問した。


「もし、俺がその仕事を引き受けなかったら……どうなるの?」


「どうにもならないさ。私にお前を拘束する権利はない」

とイオアンは肩を竦めてみせた。

「まずは牢獄塔へ連れていかれ、〈暁の盗賊団〉という組織について尋問される。そのときに先程の馬泥棒への関与も訊かれるだろうが、すべて正直に答えて、何の問題がなければすぐに釈放されるさ。私から金貨を盗んだ件については、未遂ということにして黙っておいてやろう」


エルは下を向いて考えた。

処刑人に尋問されたら、カルハースたちのことを漏らしてしまいそうだ。

俺のせいで〈首なし騎士団〉に関わるすべての人間が困ったことになる。そんなことになったら生きてはいられないだろう。

ただでさえ、俺は重い罪を背負っているんだから――。


エルは顔を上げた。

バルバドスは腕を組んで難しい顔をしている。

エルのことより、主人であるイオアンが何を考えているのか分からないので、困惑しているような表情だった。

目の前のイオアンは優しげな表情で、エルの答えを待っている。


自分に選択肢はない――。

そうエルは思ったが、それでも仕事を引き受けるのにためらうものがあった。


「簡単な仕事って何?」

「簡単な仕事は、簡単な仕事さ」

「だから、その仕事の内容を教えてくれよ」


エルは勇気を振り絞って食い下がった。

しつこく訊けば、目の前のイオアンが気分を損ねて、仕事を取り消されそうな気もしたが、それ以上に何か隠しているようで恐ろしかった。


「いまは話すつもりはない」

立ち上がったイオアンの顔からは優しげな仮面が消え、また最初の頃の冷たい表情に戻った。

「引き受けると約束したら説明する。お前なら簡単にできるはずだ」


「……でも、そんな簡単な仕事なら、何も俺に頼まなくていいじゃないか」

と訴えてからエルはハッとした。

簡単な仕事でも、人がやりたがらないものはある。


例えば、殺人。

誰かを殺すのはとっても簡単だ。

数秒で終わる誰にでもできる仕事だろう。

でも駄目だ。

俺は掏摸はするし、盗みも働くけど、人を殺したりはしない。


例えば、墓暴き。

もしかしたら、この男は死霊術師じゃないのか?

帝国で禁止されている魔法に手を染めてるから金持ちなんだ。

この男は深夜の墓場から、死体を掘り起こすのを命じるつもりなのかもしれない。

やめてくれ、そういうのは俺はいちばん苦手なんだ。


「もう俺は……」

わなわなとエルは声を震わせた。

「人の道に反することはしないと誓ったんだ!」


「何を言っている」

とイオアンが訝しげな顔をした。

「お前の仕事はそんなものじゃない。むしろ良いことなんだ」


「……むしろ良いこと?」

だが、まだエルはイオアンを信じられなかった。

だとしたら、どうして隠す必要がある?


人殺しだって墓暴きだって、人によっては良いことだと信じているかもしれない。エルが逡巡していると、険しい顔のバルバドスがイオアンの袖を引いた。


「おい、この小僧に何をさせるつもりだ?」

「だから、簡単な仕事だ」

「何か企んでるんだろう? そういうときのイオアン様はろくなことがない」

「自分のためじゃない、ブッケルムのためだ」

「ブッケルムだと?」


バルバドスが眉をひそめると、イオアンはエルから離れたところまでバルバドスを引っ張っていき、小声で説明を始めた。


「この少年なら、ブッケルムを救えるかもしれない」

「小僧がか?」

「本当に〈首なし騎士団〉の見習いなら、ブッケルムの不調の原因を突き止められるかもしれないだろ」

「ただの見習いだぞ。それも一年しか経っていない」

「だが可能性はある。どうせ馬丁たちは真剣に考えていない。ブッケルムを売りに来た騎士団なら分かるかもしれない」

「売りに来た男ならともかく、小僧はあの駄馬については何も知らんだろ」

「お前だって同じだ。ブッケルムの何が分かるというんだ!」


「糞みたいな馬だってことだ!」

とバルバドスも大声で言い返した。

「あいつのせいで危うく首の骨を折るところだった。悪魔みたいな野郎だよ!」


振り返ったイオアンは、驚いている表情のエルを見て、声を落とした。

「それは、お前が父上に命じられて無理強いをしたからじゃないか。可愛いブッケルムはそんな馬じゃない。それに、ただ試すだけだ。べつに何の害もないだろう? あの少年を屋敷まで連れてきてくれ」


「……俺が連れてくのかよ」

「頼む。私には事前に準備をすることがある」

「あのな、絶対に無理だぞ。門番に呼び止められたら、どう説明する? 糞みたいなブッケルムを助けるために、〈首なし騎士団〉の見習いを連れてきましたって申告するのか? 門番が通すはずがない」


イオアンが口に手を当てて考え込んだ。


「〈酔っ払いの梯子〉を使おう。あれを使って屋敷に忍び込むんだ」

「正気か!?」

「お前だって知ってるだろう。あれなら気づかれない」

「そりゃ知ってるが、イオアン様まで知ってるとは思わなかった。だが俺はあんなものを使ったことはない」

「じゃあ、初挑戦だな。試してみろ」

「仮に屋敷に忍び込めたとしよう。だが見つかったらどうする。伯爵様に知られたらただじゃすまない」

「私の覚悟は……できている」

「イオアン様のことを言ってるんじゃない。小僧の命について心配してるんだ。ブッケルムの一件以来、騎士団のことを毛嫌いしてるのは知ってるだろう。下手をすればあいつは殺されるぞ」


「……いいじゃないか、そんなこと」

イオアンは目を逸らした。

「どうせ牢獄塔で尋問されるはずだったんだ。私はあの少年に、新たなチャンスを与えているだけだ」


眉をひそめたバルバドスは、これ以上は無駄だと悟ったのか、しばらく黙り込んだ。


「なぜ、あの馬にそこまで拘る?」

「お前には分からないさ。いくら私が説明したところで」

「そういう独りよがりな態度はやめろと何度も言ったはずだぞ。言葉にしなくちゃ何も始まらんだろうが」

「お前には、ただの死にかけた馬なんだろうが、私にとってはそうじゃない」


「俺が止めるのはな、イオアン様のためでもあるんだぞ!」

とバルバドスが強く言うと、イオアンも反発した。

「だから、そういう押しつけがましい説教はよせ。もう護衛じゃないんだから!」


数年前に、何度も繰り返したような言い合いだった。

バルバドスが声を低くして指摘した。


「本当に小僧が騎士団の見習いだったら、面倒なことになるぞ」

「どういうことだ」

「騎士団の連中と離れてるぶんにはいいが、近い関係になると問題が起きる。秘密を知られたと思って、イオアン様の命を狙うかもしれん」

「あの少年がか?」

「あいつだって、自分の命がかかってると思えば、イオアン様にナイフを向けるかもしれん。事実、市場では簡単に背後を取られたんだから」


むっつりと黙り込んだイオアンに、バルバドスがさらに続けた。


「小僧はともかく、恐ろしいのは〈首なし騎士団〉だ。辺境を渡り歩く奴らは、帝国の騎士とは比べ物にならないほどの実戦経験がある。魔物がうようよしている地域を縄張りにしてるんだからな、そのへんの冒険者よりも詳しいだろう。どこの公爵家も連中を配下に組み込もうと腐心してるのはそういうわけだ。もちろん皇帝嫌いのあいつらは大金を積まれても、どこの旗下にもつかないだろうがな」


「しかし、アルケタたちには尻尾を巻いて逃げ出したじゃないか」

「そりゃあ、イグマスの真ん中で捕まりそうになったら逃げ出すだろう。絶対に勝ち目はないんだから」

「そんなに恐ろしい連中なのか」

「ああ、俺なら絶対に近づこうとはしないね。それこそ〈魔の馬〉ような奴らだよ。謎めいていて予測がつかない。だから小僧に関わるのはよせ」


天幕の天井を見上げ、苦しそうに喘いでいたイオアンが、


「頼む、バルバドス!」

と元護衛の手をぎゅっと握りしめた。

「ブッケルムが死んだら、私の魂まで失われてしまう。あいつとは私は一心同体なんだ。深いところで繋がってるんだよ。ただの馬じゃない。お前がいなくなった今では、唯一の心の拠りどころなんだ。どうか助けてくれ!」


「……ただの性格の悪い馬なだけだろ」

手からイオアンの指を引き剥がしながらバルバドスは、そうぼやいた。

「まあ、イオアン様と似てるかもしれんがな。あと、そういう芝居がかった台詞はやめておけ。頭がおかしいのかと思われるぞ。本の読みすぎだな」


うんざりしたバルバドスは、背後からのエルの不思議そうな声に振り返った。


「簡単な仕事って、馬のこと?」


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