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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  血生臭い天幕|昼前|尋問されたエルが奇妙な仕事を依頼される
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第21話 春の夜

「ああ、なんという悲劇なんだ!」

言葉を失っているエルに、バルバドスが愉快そうに声をかけた。

「あれほど信頼し、擁護していた仲間から、一方的に見捨てられたとはな!」


最新の情報に、まだ気持ちが追いついていないようなエルの表情を、注意深く観察しながらイオアンが訂正した。

「いや、この少年を見捨てたというのは正しくないだろう。彼らは自分たちのことで必死だったんだ」


「そ、そうだよね」

とエルがすがるような表情をイオアンに向けた。

「ダルトンやブシェルが、俺をイグマスに置いていくはずがない……いまごろきっと俺のことを探しているんだ!」


「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない」

エルの願いをはねつけるように、イオアンが感情を交えずに答えた。

「おそらく、お前たちの過去の行為によって、その意味が変わってくるのだろう」


「俺たちの過去の行為って?」

困惑した表情で、エルが不安そうに尋ねた。


「より正確な回答は、今年の春先ということになるようだ」


魔術師が被術者を眺めるような、イオアンの冷酷な視線にエルは身震いした。

「そ、その春に俺たちがやったことと関係するのか?」


「さあな。私には分からない。真実を知っているのはお前だけだ」

と肩を竦めたイオアンが淡々と語りだした。

「オークが暴れ、ワイン商の屋敷にかけつけた夜警隊に、ひとりの新兵がいた。その兵士は辺境の砦を守っていたのだが、任務中に大怪我をして、このまま山地での任務は厳しいだろうということになった。公爵家への忠誠が厚い兵士なのだろう。兵士は傷が癒えると、イグマスへの配置換えを自分から申請した。ひと月前から夜警隊に加わったこの兵士は、ワイン商に売られた馬になぜか見覚えがあった。不思議に思った兵士が馬の尻を確かめると汚れで隠されていた。汚れを取り除くと兵士が駐在していた砦の刻印が現れた。新兵は夜警隊の指揮官に進言した。こいつは、私がいた砦から盗まれた軍馬に間違いありません。それを耳にした〈首なし騎士団〉の騎士が、突然馬をけしかけ暴れさせた。まわりが混乱に陥っているあいだに、騎士たちは現場から逃走した。いまごろ夜警隊が新市街を捜索しているはずだ」


話を聞いているうちに、エルの頭はだんだん下がっていった。血で固まった地面の鋸屑を見つめながら、数か月前のことを思い出していた。


三月にしては、暖かい春の夜だった。

まだ背骨山脈にある砦のまわりには雪が残っていて、ところどころ黒い土で汚れ、ぬかるんでいた。

砦のそばで待機し、第三夜警時になるのを待った。

夜更けを過ぎて日の出前の、見張りの注意力が落ちる時間を狙っていたのだ。

先行して、エルが砦の厩舎に忍び込んだ。

藁を自分の体にこすりつけて馬たちの警戒を解くと、蹄に布を巻き付けた。

カルハースたちも合流し、エルを含めて五人が音を立てないように、砦の石畳の通路を曳いていった。

ダマリは加わっていない。

気が弱く、こういう咄嗟の判断が必要な盗みには向いていないからだ。

慣れていない最年少のディオンが、体の大きな軍馬を上手く操ることができず、砦の見張りに気づかれた。

警戒の叫び声をあげた兵士を、カルハースがためらいなく突き落とした。

空堀に落ちたドサッという音が聞こえた。

死んだのだろうと思っていた。

カルハースを先頭に四人が、四頭の軍馬を手綱で曳きながら、砦から離れた。

追手を撒くために、雪解け水でまだ冷たい渓流を遡った。

ようやく山から顔を見せ始めた太陽によって、まわりの数メートル四方の視界は確保できたが、それ以上は乳白色の朝霧に遮られ、何も見えなかった。

猟犬に臭いを与えないように、濡れて滑る岩場を嫌がる馬たちを宥めながら、カルハースたちは進んでいった。

州境の峠を越えると、タタリオン領から離れられたので、エルはほっとした。

彼らは携帯食で腹を満たし、獣道のような山道を進んだ。

三日後、雇い主の小さな城に到着した。

周囲に気づかれないように城に入ると、カルハースたちは馬を降り、盗み出した八頭の軍馬を引き渡した。

城の馬丁が注意深く馬を確かめたあと、そのうちの一頭の軍馬を、領主が八頭分の代金と共にカルハースに与えた。

その馬は渓流の岩場で怪我をしたのか、微かにびっこを引いていた。

エルには経緯がよく分からなかったが、領主がカルハースに、いままで長いあいだご苦労だった。この馬は餞別として受け取ってくれ。怪我さえ癒えれば、十分な売り物になるだろうと話していた。

カルハースたちは隠れ家に帰り、怪我をした馬はダマリに任せた。

軍馬がダマリによって完全に復調すると、その馬を連れて今朝、エルたちはイグマスへ取引に向かったのだった――。


これらの記憶が、エルの脳裏で一瞬で蘇った。いっぽうのイオアンは、俯いているエルに向かって喋り続けている。


「砦からやってきた新兵の報告が何を意味するのか、私には正しく判断できない。軍のことには疎いからな。馬泥棒に対する処罰は、農家から駄馬を盗んだぐらいなら鞭打ち程度で済むだろうが、それが高価な軍馬となるとな……どれほどの重いものになるのか見当もつかない。どうだ、分かるか?」


イオアンが質問を投げかけた先はバルバドスだった。

先程まではにやにやと面白がっていたバルバドスだったが、いまは笑顔をまったく見せずにエルを値踏みしている。


「その軍馬の質にもよるが、いい馬だったら一頭でも金貨十五枚は下らんだろう。兵士の三年分の給金でも足らん価値がある。だが問題は値段じゃない。わざわざ砦から軍馬を盗んだというのなら、これはタタリオン家に対する明確な反逆罪だ」


「なるほど」

とイオアンが興味深そうに頷いた。

「軍馬を盗んだ場合だと、罪の種類が違ってくるということだな。そうすると、どんな処罰が与えられると思う?」


「死罪は確定だが。あとその方法だな」

バルバドスは顎髭を撫でた。

「公爵様の私物を盗んだとなれば、何らかの見せしめの対象になるだろう。街道沿いで磔にされ、飢えながら腐るまで放置されるとかな。もしかしたら馬を盗んだということで、四肢を馬に繋げさせて、引き裂かれるかもしれんな」


イオアンは顔をしかめた。

「それはとても残酷だな。総督府はそんなことまでさせるのか?」


「一頭の軍馬を盗むのは、それぐらい重い罪だってことだ」


「聞いていたか? つまりお前の問いに対しては、こういう回答になる。ふたりの騎士が逃げ出したのは、お前を見捨てたんじゃない。軍馬の盗みが発覚したときの罪の重さを知っていたからなのだろう……と。ここで新たな疑問が発生する」

とイオアンが、下を向いたままのエルを見下ろした。

「騎士たちが軍馬を盗んだとしたら、見習いのお前やオークはその馬泥棒に加わっていたのか?ということだ。もしそうだとしたら、いま話したような刑罰をお前も受けることになる。金貨三枚の盗みどころではなくなるだろう」


「しかし……」

イオアンが、身動きをしないエルの前でしゃがみ込んだ。

「私の仕事を引き受けるのなら話は別だ。終わりしだい、お前を開放しよう」


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