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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  血生臭い天幕|昼前|尋問されたエルが奇妙な仕事を依頼される
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第17話 尋問1

薄暗い天幕の中は血生臭かった。


赤く染まった鋸屑の上で、エルが胡坐をかいている。

上着を脱がされた上半身は裸。

両腕は後ろに回され、手首は縛られている。

頭はがっくりと下を向き、息はあるが意識は失っていた。


日差しを遮るため、天幕は厚い布で覆われている。

夏の太陽に熱せられた空気は逃げ場所がなく、梁から吊らされた獣肉の血の臭い、それを処理するための道具の鉄の臭い、そして酸っぱい腐敗臭も微かに混じり合って、吐き気を催す混合物になっていた。


エルの手前、黒ずんだ作業台に凭れかかるようにして、ドワーフのバルバドスが肘を着いて、エルを見下ろしている。

バルバドスは足を延ばすと、ブーツの爪先でエルの体を小突いた。


だが、エルは目を覚まさない。


手持無沙汰な様子で、バルバドスは作業台を振り返った。革の道具入れには、様々な形の包丁が並んでいる。

分厚くて重い四角い形をした鉈。

骨をすくために切っ先が鋭い十五センチほどのナイフ。

皮剥ぐために半月状に大きく湾曲している包丁。


バルバドスが研ぎ棒を手に取り、油じみた包丁の刃を研ぎ始めると、シャッ、シャッと神経を逆撫でするような金属音が響いた。しばらくするとそれにも飽きたのか、バルバドスは包丁を作業台に戻した。


天幕の奥から、水が零れないように桶を慎重に運び、エルの頭の真下に置いた。

エルの頭の上に手を置き、ゆっくりと押し下げていく。

顔が桶に浸かり、巻き毛の黒髪が濡れる。


鼻と口から大量の水が流れ込み、肺の焼けるような痛みを感じたエルは、咳き込みながら、弾かれたように意識を取り戻した。


「どうだ? 頭がすっきりしただろう」


バルバドスは満足げな表情を浮かべると、再び作業台に凭れかかり、苦しそうに咽ているエルを見下ろした。


手足が縛られ、美しい短剣も奪われていることに気づいたエルは、苦痛に顔を歪めながら、目の前のバルバドスを見上げた。


なんなんだこいつは?

知らない奴だ。

いや、それともどっかで見かけたのか?

確か、俺はあの子と喋っていた。

もう別れようとしたところで――こいつにやられたのか?

血で汚れた前掛け? 肉屋なのかこいつは?

いや、そうじゃない。足元にはごつい鉄槌が置いてあるし、派手な色に染めた皮鎧を着こんでいる。

じゃあ、傭兵なのか?

少なくとも、タタリオン家の兵士や衛兵じゃない。


探るような表情のエルを、バルバドスは平然と見返すと、

「さて、お前は何者だ?」

と静かに尋ねた。


まだ頭はくらくらしていたが〈首なし騎士団〉の見習いだと、正体を明かしてはいけないことぐらいはエルにも分かっていた。


それより、状況を把握しなくちゃいけない。


吐き気がするような場所だ。

血抜きされた肉塊が幾つも吊り下げられ、羽を毟られて虚ろな目をした死んだ鶏たちが俺を見下ろしている。

ヤヌス神殿の市場から、どこかに移されたのか?

分からない。

記憶がまったくない。

だいたい何で俺を捕まえる?

エルは自分の上半身が裸であることに気づき、嫌な感覚に襲われる。健康かどうかを確かめられたのだ。

こいつ、もしかして人攫いじゃないか。

俺は奴隷商人に売られて、遠い属州にでも連れていかれるのか?

まさか、無理やり男娼とか?


「お前は耳は聞こえるし、口も利けるんだろう? 市場で『隠れ家がどうのこうの』とか喋ってたよな?」

というバルバドスの言葉に、エルは青ざめた。


――聞かれてたんだ!


こいつ、俺の話をどこから知ってるんだ?

まずい。

カルハースのこととか喋っちまった。


「おい、お前は何者なんだと聞いているんだがな」

面倒くさそうに繰り返したバルバドスの顔を、エルはまじまじと見つめた。


殺気とか焦りみたいのは感じられない。

むしろ、こういう仕事に手慣れてるみたいな感じだ。

頭は薄くなってるから四十ぐらいか? その割には童顔だから、もっと若いのかもしれない。ドワーフらしく暑苦しい顎髭を生やしている。

いったい俺をどうする気なんだ。


「あんたこそ、いったい何者なんだよ?」

と思わずエルが口にすると、

「あーあ」

とバルバドスは薄い頭を掻きむしってエルに近づき、その頭を掴んで、また桶の中に押し下げた。


エルは抵抗しようとしたが、体を縛られているうえに、バルバドスの万力のような握力には敵わず、もがいているうちに血と油で汚れた水を飲み込んだ。一回目のバルバドスはすぐに手を放したが、今度はしばらくエルの頭を押さえつけている。


水桶で溺れたエルは、意識が途切れかけた。


タイミングを見計らってバルバドスが手を離すと、顔を上げたエルの体は海老のように反り返り、桶をひっくり返しながら床に倒れた。


咳き込み、水を吐く。

血生臭い空気を吸い込もうとする。

だが鼻孔の奥で激痛が走り、涙と鼻水が止まらない。

しばらくは陸に上がった魚のように、エルは土の上で体を痙攣させていた。


「これで、役割分担は理解して頂けたかな?」

というバルバドスの慇懃な言葉が聞こえたが、エルは何も考えることができず、まだ苦しそうに呻いていている。


「つまり、お前の仕事は答えることだ。もし次も答えないと……」

バルバドスは倒れた桶を足で転がした。

「代わりを考えんとな。さて今度は何に致しましょうか?」


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