第16話 騎士団
初めて訪れたタタリオン領は、驚くほど豊かだった。
南大陸とは比べ物にならない。
町は綺麗で人々は親切だった。海の向こうでは戦争が続いていることを知らないのかもしれない。先生と俺は、お人よしの市民を騙しては荒稼ぎした。
やがて先生は騒がしい町を離れ、背骨山脈の奥深くへと分け入った。
どうしてこんな鬱蒼とした森の中へ?
と俺は思ったけど、秋の森はとても美しかった。
積み重なった赤や黄色の落ち葉を踏みしめ、豊かな黒い土の匂いを嗅いだ。
鹿や栗鼠や狐とも出会った。
背骨山脈の夜は冷え込む。
太陽が沈む前、森の中の開けた場所で、天幕を張っている集団と出会った。
たくさんの馬がまわりにいた。
武装した男たちは真っ黒な革の服を着ていた。
先生は男たちと知り合いのようで、俺たちは焚火に加わった。
最初は山賊かと思ったけど、違った。
帝国では〈首なし騎士団〉と呼ばれる者たちだった。
子供の頃に聞いたような覚えがあったけど、まさか実在するとは思わなかった。
彼らは町では髑髏の仮面を被って、人前では顔を見せない。
そのときは普通に素顔を晒していた。
五人いたうちのリーダーが、カルハースという三十ぐらいの男で、ひとりだけいた見習いが、男のオークのダマリだった。
焚火に加わった俺は大人しくしていた。
彼らは騎士と名乗っていたけど、俺が知っている騎士たちとは違った。
むしろ、山賊や狩人に近いような気がしたよ。
なんというか、とても野生的な、飼い慣らされていない雰囲気を漂わせていた。
だから俺は、彼らを憧れの目で眺め、敬意をもって話に耳を傾けていた。
酒を勧められると嬉しくなって、ずいぶん飲んだのは覚えている。
翌朝、焚火の爆ぜる音に目を覚ますと、先生とルーが消えていた。朝靄に包まれた森を見渡しても、その姿は見えない。
俺が先生のことを尋ねると、ぶっきらぼうにカルハースが答えた。
「お前を預けて、いなくなった」
意味が分からなかった。
「いつ戻るの?」
「二度と戻らないし、お前が今後、あの奇術師と会うこともない」
「嘘だろ」
まだ俺は、冗談を言ってるんじゃないかと思ってた。
「本当のことを教えてくれよ」
「ここには結構な金が入ってる」
カルハースが小さな革袋を持ち上げてみせた。
「私はそこまでいらないと断ったんだがな、タタリオン領で稼いだ金だ、必要ないと奇術師が押しつけるので、仕方なく貰うことにした。素人のお前に、馬の世話を教えるための授業料だそうだ」
泣きながら俺は、先生の後を追おうとした。
その俺を、カルハースに命じられたダマリががっしりと押さえ込んだ。ダマリは熊みたいに体が大きいんだ。俺は何もできなくなった。
「何も言わずに立ち去った老人の気持ちも考えてやれ」
というカルハースの言葉に、俺は絶叫した。
「嘘だ! ぜんぶ嘘だ!」
それ以上カルハースは相手をせず、騎士たちは出発の準備を始めた。暖かいダマリの腕の中で、俺はずっと泣いていた。
それから、一年ぐらい経ったかな。
どうして先生が俺を置いていったか分からなかったけど、俺はしだいに新しい生活に馴染んでいった。
騎士たちは、俺のことを放っておいてくれた。
馬の世話はダマリから教えてもらった。ダマリは昔サーカスで動物たちの世話をしていたみたいなんだ。そういう話を聞くのも楽しかった。
だからもう、先生のことも沼人の姉妹のことも忘れかけていた。
さっき、君と会うまでは。
町で、沼人の女の子と会ったのは初めてだったからね。
びっくりしたよ。
なんで、俺が大きな町にいるのかって?
ああ、それはダマリが世話をしていた軍馬がやっと治ったんで、イグマスまで売りに来たんだよ。素晴らしい馬なんだ。でもなぜか、俺だけ取引から外されたんだけど、まあいいさ。こうやって君と話せたんだからね。
もう先生のことは恨んだりしてない。
この前、その……ある仕事が終わった後で、カルハースが教えてくれたんだ。
お前は自由だってね。
もう〈首なし騎士団〉の見習いをしなくてもいい。
こうして当面の生活に必要な金も渡すから、好きにしていいぞって。
俺はびっくりしたし、ショックだった。
騎士団のみんなが好きになってたし、それなりに役に立ってるつもりだった。
それなのに、どうしてって。
どうして、また俺は追い出されるんだよって思った。
泣き出しそうな俺を見て、カルハースが慌てた。
追い出すんじゃない。お前には選択肢があるって言うんだ。それで、どうして先生がカルハースに俺を預けたのかを教えてくれた。
あのときの先生は、俺がセウ家への復讐心から道を外れて、盗賊になろうとするのを止めたかったみたいなんだ。
掏摸の先生と一緒にいるのが、俺に悪い影響を与えていると思ったらしい。
それで知り合いのカルハースたちに預けて、馬の世話を覚えさせようとした。そうすれば、いずれ馬丁として食っていけるからね。
それを聞いたときは、先生に嫌われてたんじゃないと分かって嬉しかったけど、同時にショックだった。
だって、俺が盗賊になりたいなんて思ってなければ、あのまま先生との旅を続けられていたんだからね。
つまり、自分のせいだったんだ。
でも、だとしたら、どうしてカルハースまで俺を追い出すのかと思った。
だって、馬の世話にようやく慣れたぐらいだったから。
もっと教えてもらいたかった。
仲のいいダマリとも一緒に旅を続けたかった。
そうしたら、カルハースが珍しく申し訳なさそうな顔をした。
先生から金を貰って、約束までしておきながら、結局、俺を悪の道に引き込んでしまったからだと言うんだ。
その悪の道というのは……、
(これは他の人には言わないでくれよ)
じつは……俺たちはタタリオン家から、軍馬を盗んでいたんだ。
俺も詳しいことは分からない。
全部カルハースが計画を立てていたからさ。
俺は言われた通りに動いていただけだ。でも、結構活躍してたと思う。
なんせ身軽だし手先は器用だし。馬ことは未熟でも、盗みに関しては俺が一番だったからさ。先生のおかげだよ。
そして、馬泥棒の計画がすべて無事に終わったから、カルハースは俺を自由にしようと思ったらしい。先生と同じで、このまま〈首なし騎士団〉のみんなと一緒にいても、俺にとっていいことはないだろうからって。
カルハースはこう説明した。
これからもずっと旅の生活で、ずっとお前は見習いのままだろう。
〈首なし騎士団〉で、騎士に叙任されるためには、しかるべき血筋の者でないと認められないからな。
だから俺は言い返した。
べつに騎士になりたくて、みんなと一緒にいるんじゃない。
俺はただ……居場所が欲しいんだって。
そうしたら言葉にこそしなかったけど、案外カルハースは嬉しそうな顔をしてたよ。もしかしたら、金を失わなくて済んだからかもしれないけどさ。
ごめん長くなっちゃった。
とにかく、君には感謝してる。
誰にも話せなかったことを言えたからさ。これで気分よくイグマスを離れられる。
うん、みんなが俺を待ってるはずだよ。
そろそろ取引が終わった頃だろう。
帰り道は結構あるからね、早く帰らないと日が暮れちゃう。俺たちの隠れ家は山の中にあるから――。




