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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  ヤヌス神殿の市場|朝|エルが復讐を果たすために盗みをはたらく
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第12話 人形劇1

エルは若者の脇に立ち、怪しまれない程度に顔を向けた。


例の首飾りは?

エルは若者の首筋へ視線を注ぐ。

だがローブの襞に隠れていて、セウ家の紋章の首飾りは見えなかった。


そもそも、エルは小柄で背が低い。

それに対して若者は背が高いので、爪先立ちにでもならない限り、エルの手が届きそうになかった。


天啓が閃いたかと思ったけど、どうやって首飾りなんて擦るんだ?

ポケットから小銭を掏るのとはわけが違う。

相手の首にかかった状態で、盗み取るなんて絶対に無理だろう。

気を失ってるとかなら別だけどさ。


そうは思うのだが、エルとしては何としても首飾りを盗みたかった。

セウ家への復讐心もあるが、それ以上に前回、安っぽい木彫りの熊を盗んで捕まったという仲間内の印象を払拭したい。

自分の技は、そんなものを盗むために磨いたんじゃないと証明したかった。


一方の若者は、エルに見られているとは知らず、人形劇に集中している。

まったくエルがそばにいることに気づいていない。

そのせいで、エルはだんだん大胆になり、若者の真横から彼を見上げていたのだが、見ているうちに何だか不安になってきた。


若者の表情が尋常ではない。

娯楽で芝居を見ているという感じではなかった。

食い入るように、まるで自分の運命がかかっているかのように凝視している。


なんで、そんなに真剣なんだよ?

と見ているエルのほうが心配したくなるような雰囲気なのだ。

それとも具合でも悪いのか?

俺も同じだけど、ずっと炎天下の市場を歩き回ってたからな、気分が悪くなってもおかしくない。


それに、何ていうか表情が固い。

茶色い大理石なんてあるのかな? まるで、それで出来ているみたいだ。

つるつると滑らかだけど、こちこちで生気がない感じ。

まるで作り物みたい。

そんなに張りつめた表情で生きていて、毎日苦しくないのかな?

いまにも糸が切れちゃいそう。


遠くから見ているぶんには、復讐すべきセウ家の人間として若者を憎むことができたのだが、近くで一人の人間として見ていると、だんだんエルの心に同情心が湧いてきてしまい、首飾りを盗むのが悪いような気がしてくる。


たぶん大事な物なんだろうしな――。

それで盗んだりしたら、この人ショックで死んじゃいそう――。


物理的に首飾りを盗むことの難しさに加えて、道義的な疑いがエルの心の中に芽生え、首飾りを盗む意欲が萎んでいってしまった。


けどなあ――。

ともエルは思う。このまま手ぶらで市場を去るつもりかよ?

何だか、もやもやする。

あの子にも、金貨を盗んだと思われたままだし――。


そうだ!

あの子のために盗めばいいんだ!

こいつから金を擦って、あの物乞いの少女に渡せば、俺が金貨を取ろうとしたわけじゃないって分かってくれるはずだ。

こいつも金には困ってなさそうだし、少しぐらいは大丈夫だろう。


物乞いの少女の純粋で素朴な顔を思い出すと、俄然やる気が出てきたのだった。


それに、あの子と話したい。

沼人の横の繋がりがあるかもしれない。

あの村の姉妹のことを、何か知っているかもしれないじゃないか。


エルは背伸びをして、前にいるドワーフの肩越しに芝居の進行を確かめた。


いま演ってる人形劇は、俺が知っている演目だよ。

小さいときに見たことがあるし、先生とも一緒に見た。昔からある宗教劇で、たぶん帝国のどこでも演じられている。


農夫の兄と羊飼いの弟の話さ。

ふたりとも神に捧げものを贈るんだけど、神は弟のほうだけを気に入って、兄のほうは無視するんだ。

それを妬んだ兄が、弟を殺しちゃう。

怒った神によって、兄は追放されてしまうっていう物語。


俺からしてみれば、兄はたいして悪くない。

いちばん悪いのは神だろ。

偉いはずの神が、依怙贔屓するなんて最低だ。

そのせいで弟が殺されたのに、責任をぜんぶ兄に押しつけるのは、もっと最低だ。


そういう理不尽な話なんだけど、だからこそ俺がこの物語を好きなのは、いい子ちゃんの弟を兄が騙して、殺しちゃうところなんだよね。

劇団によって演じ方が変わってくる。噛みつくとか、素手で殴るとか、石で殴るとか、棍棒を使って殴るとか。

この人形劇ではどんな方法で殺すのか、ちょっと楽しみだ。


エルは若者の脇から、人形劇の舞台の進み具合を確かめた。


いまは捧げものの場面で、無視された兄が激怒している。

まだ序盤だけど、長い芝居じゃないから、早いうちに盗まないとまずい。


エルはあたりを見回す。


隣は若い町娘で、前にいるのはドワーフの石工だ。

白い粉がついた前掛けをしている。このへんは大理石の名産地だから、そういう仕事をしてるんだろ。

丸太みたいに太い腕をしてる。

あんなのに掴まれたら絶対に逃げられない。気をつけないと。


エルは再び若者の顔を見上げる。


ちょっとやばくない?

本と一緒で、太陽の光に弱いんじゃないのか。

さっきより顔色が悪くなってる気がする。

倒れるのは好きにすればいいけど、俺が擦ってからにしてくれよな。


エルは心の中でそう注文すると、若者の背後へ移動した。すでに紐は解けている。鞄の蓋の隙間から、エルはそっと手を差し入れた。


大丈夫、誰にも見られていない。

しっかし本が多いな。

何冊買ってんだ?

本が邪魔で鞄の底まで手が届かない。

あ、でも、この感触は間違いない。硬くて丸くて冷たい金属だ。


何枚かありそうな硬貨を掴んで、引き上げようとすると、エルは会場が静まり返っているのに気づいた。すべての観客の注意が舞台に集まっている。


どうしたんだ?

緊張したエルは耳を澄ませた。

上から、若者の荒い息遣いが聞こえてくる。

舞台では、兄が弟を野原に誘い込んだと、得意そうに説明している。


そうか、これから弟を殺すんだ。

兄が、大きな鎌で首を斬り落とすと宣言しているのを聞いて、エルはその場面を見られないのを残念に思ったが、すぐに指先に意識を戻した。


兄の台詞が長い。

時間がゆっくりと流れてゆき、鞄の中で硬貨を握りしめた拳が汗をかく。

会場の息詰まるような雰囲気。

それにつられて、エルの鼓動も速くなっている。


まずい、と思った。

自分の腕が微かに震えている。

若者に勘づかれてしまうと思ったが、震えているのは若者の体だった。それがエルの腕にまで伝わってきたのだった。


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