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綺麗な首飾り|孤独なエルフの貴公子と、居場所のない盗賊の少年が、深くつながる物語  作者: 神代紫音
第一章  ヤヌス神殿の市場|朝|エルが復讐を果たすために盗みをはたらく
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第10話 尾行1

エルは耳まで真っ赤になりながら、市場を足早に歩き続けた。

どこをどう歩いたかは覚えていない。


恥ずかしかった。

あの子は、俺が金貨を盗もうとしてると思ったんだ。

そして、あの眼差し――。

怯えてるわけでもなく、怒ってるわけでもない。

ただ、ひどく哀しそうだった。


すべて分かったうえで、許しているような眼差し――。

貧しい物乞いの施しを、さらに盗もうとする心の貧しい人間。

そういう人間たちが存在するこの世界。

それらを受け入れ、さらに、もう諦めているかのような哀しい眼差し――。


だから、違うんだよ!

エルは大声で彼女に伝えたかった。

みんな、俺のことを誤解してるだけなんだってば!


過去に体験した理不尽な記憶が押し寄せ、悔し涙をこぼしそうになったエルは、顔を上げると、驚きのあまり声をあげそうになった。


あいつ、まだ市場にいたんだ――。


エルの少し前を、物乞いの少女と話していた若者が歩いていた。

背が高く、銀髪なのでよく目立つ。

エルはへらへらと笑った。

自分でもよく分からなかったが、この状況がおかしく思えた。


何なんだよ、神々は俺のことを見捨ててなかったんじゃん。

ちゃんとヤヌスは用意してくれてたんだ。

次へ進む扉を。

あとは俺の自慢の腕で、小さな鍵穴をこじ開けるだけだ。


目の前を歩いている若者の背中の鞄を、エルは食い入るように見つめた。


あそこから金貨を取り出してた。

まだ何枚か入っていてもおかしくない。

なんで、そんな大金を持ち歩いているのかは知らないけど、こんなカモを偶然見つけるなんて、今日の俺は結構ついているんじゃないか?


先程までは、いまにも雨が降り出しそうだったエルの心に、黄金色をした一条の光が差し込み、彼の世界はきらきらと輝き出した。


へっとエルは口元を歪めた。

セウ家の人間なら気兼ねはいらない。好きなだけ盗ませてもらうぜ。

目を細めたエルは、若者の後ろをぴたりと尾けていった。


※ ※ ※


しばらくエルは若者の鞄を狙っていたのだが、いい機会は訪れなかった。


物乞いの少女と話していたときのように、じっと立ち止まることがない。

市場の店を覗いては、何かを買うわけでもなく、店主と言葉を交わすわけでもなく、またふらふらと歩き始める。


こいつはいったい何をしたいんだ?

エルは苛々してきた。

ひとりだと、どうしようもないのがもどかしかった。

これが昔みたいに先生と一緒なら、幾らでもやりようがあったのに。


はやる気持ちを抑えて尾けていると、ある店に若者が入り、奥の店主と話し始めた。大きな庇が前へ張り出している店で、中は洞窟のように暗かった。


遠くから見守っていたエルはためらったが、店に近づき中を覗き込んだ。

書籍商の店らしい。


直射日光を避けるための庇の下では、様々な本が山積みになっていた。

虫よけなのか、薬草の匂いが鼻につく。

エルは文字が読めるので、手に取ってみたかったが、それだと店主の注意を引きそうなのでやめにした。

いまのエルは、近隣の農民の子供のような格好をしている。

不審に思われるかもしれない。


エルはちらりと店の奥へ目を向けた。

若者は本を数冊買ったようだ。

店主と話を続けているが、あんな狭いところでは、さすがに盗みは働けない。

本を鞄に入れた若者が出てきたので、エルは慌てて店から離れた。


若者は通りに出るのではなく、店頭の書物を手に取って眺め始めた。

チャンスだ。

エルは何気ないふうを装って、再び本屋に近づき、若者の後ろに立った。

若者は本に集中しているようで、まったくエルに気づいていない。店の奥を眺めると、店主はどこかに消えていた。


これはチャンスだ。

いまなら、鞄に手を入れても気づかれない。

エルは視線を逸らしながら、鞄の紐を素早く解いた。

重たそうに膨らんだ若者の鞄を目にして、はたとエルは気づいた。


ちょっと待てよ。

鞄の中に金貨があるとは限らない。

硬貨が残ってたとしても、重たいだけの銅貨の可能性もある。

だったら、いま若者が買った本をちょろまかしたほうが確実なんじゃないか?


どんな本だろうと、帝国ならそれなりの価値がある。

銅貨を掴むぐらいなら、本を盗んだほうが絶対に金になるはずだ。


でもな――。

重たい本が鞄から無くなったら、いくらこいつが間が抜けてても、さすがに気づくんじゃないか?

それに本はかさばるし、疑われたときに隠しようがない。

金に換えるにしても、この店では捌けないから、別の書籍商を見つける必要がある。初めてのイグマスじゃ、そんな店は知らないし――。


すると、黴臭い羊皮紙を捲りながら熱心に本を読んでいる若者の後ろで、眉間に皺を寄せていたエルの頭に輝かしい天啓が降りてきた


そうだ!

あの首飾りを盗もう!

あれを擦ることができたら、とんでもない金になるはずだ。

宝石が十二もついてたし。

憎たらしいセウ家の紋章のペンダントを盗むなんて痛快じゃないか。

足がつくようだったら、金細工の獅子なんて、溶かしてやりゃあいいんだよ!


口を開けて自分の考えに興奮しているエルの前で、若者がぱたんと本を閉じた。

後ろのエルを不思議そうに見たが、そのまま店から離れていった。


固まっていたエルは、ふうと息を吐いた。

若者にバレたかと思ったが、そうではなかったらしい。

けど、顔は覚えられたかもしれない。


くそっ。

エルは自分に毒づいた。

せっかくのチャンスだったのに、余計なことを考え過ぎて棒に振った。

エルは若者を見失わないように、通りに戻っていった。


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