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『「その能力、僕の方が上手く使えるよ?」――無能と蔑まれた少年は、あらゆる異能を喰らう「深淵」でした』

作者: K.Sさん
掲載日:2026/03/14


窓の外は、これ以上ないくらいの快晴。カーテンの隙間から差し込む光に、小さな埃がキラキラと踊っている。


今日から私は高校生になる。


少しだけ重い頭を振ってベッドから抜け出し、壁に掛かった真っさらな制服に目をやった。昨日まではただの「布」に見えていたそれが、今はなんだか誇らしげで、少しだけ威圧感を持って私を見返している。


気がつけばリビングにいた。階段を下りたわけでもなければ、部屋を出たと言う記憶もない。なぜかリビングに移動していた。不思議には思わなかった、なぜか思えなかった。


食卓では父親が新聞を広げながら「ネクタイ..曲がってるぞ」と笑う。それを聞いて私は自身の服を見る。

いつの間にか着ていた制服にネクタイ...ついてねーじゃねーか!。

それにおかしい、私にはこんな優しそうなパパとママはいないはず、誰だこいつら。


薄々と現状のおかしさに気づき始める。


「よし!」


私の口が勝手に動く、目の前には顔面が真っ黒に塗りつぶされた母親らしき存在が映る。


玄関を出る。

冷たいけれど春の匂いが混じった風が頬を撫でるが、目の前に映る光景は闇。


「行ってきます」


なんだこれ。





瞬間、私の意識は覚醒した。


周囲をキョロキョロと見る、菓子の袋やポイッと捨てられてある服、遊んだあとそのまま放置してあるゲーム機、片付けた痕跡もない部屋、そんな部屋を見て安心する。


「夢かよ、びびらせやがって」


それにしてもなぜこんなよくもわからない入学式の夢を見たのだろうか。

今の私には何の関係も..。


「....!!」


枕元に置いていたスマホを急いで手に取り画面をタップする。

忘れていた、今日はHERO高校の入学式。

入学式は9時から、私なら8時59分でもまだ間に合う。焦りと不安を携え8時付近であってくれと願いながらスマホ画面を直視する。


しかし、現実は非情であった。


時刻9時20分。 



「.....」


思考停止中。

入学式初日に遅刻してしまった。


焦りはない、ただただ脳が現実逃避を促している。


「.....」


私は現状から目を背けるように布団を被ると、二度寝をするのだった。




二日目。

時刻は8時30分。

制服に着替えることはなく、寝間着でPCの画面を見ながら「なんなんこいつ!!イキんなカス!まじ使えねぇ!」と愚痴を吐きながらオンラインゲームをやる。もちろん徹夜である。


コンコンと扉をノックする音。


「おはようございますさくら様」


扉越しから聞こえる若い女性の声

その声からは静謐さを感じ取れる。


ちょうどよかった。

私はパソコンの電源ボタンに手を伸ばす。


目の前に映る画面、負け確が確定している試合。これは敗北を通信エラーの闇に葬るしかない。プライドをズタズタにされて負けるくらいなら、無に帰したほうがマシ。

そう思い震える手で電源ボタンを長押しする。

パソコンにシャットダウンの画面が表情された。


「本日はどうされますか?」


この扉越しに話しかけてくるのは新城家に仕えてから8年目のメイドである胡桃。

一応、私専属のメイドではあるが。


私の家はお金持ちと言うこともあり、メイドが蛆のようにいる。基本的に私は部屋から出ないため何人とかはわからないが、たぶん100以上はいるだろう。

戦力にならない奴等が100人。いる意味がない。


「....お休み中ですか?でしたら本日も学校に連絡を入れますが」


なんで昨日は起こし来てくれなかったんだと疑問に思っていたが、一応起こしには来ていたことがわかる。

私が爆睡していたのだろう、気づかなかった。

しかし、私からの返事が返ってこないから休みの連絡を入れるってどうなんだ?。メイドとしての役目を放棄してないか?。


休むつもりはなかったが、こう言われると休みたくなるのが人間..だが、ここで甘えて休んでしまえば、明日も明後日も同じ事を繰り返してしまう。


「おきてるよ」

「起きてらしたんですね、おはようございます、さくら様、朝食はどうなさいますか?」

「いらない」

「お車はどうされますか?他のお嬢様方はそちらで通学いたしましたが」


胡桃の機械的とも取れる淡々とした報告の内容に着替えようとしていた私の指先がぴたりと止まる。


「...あいつら車で通学してんの?」

「はい、つい先ほどお見送りしてまいりました」


一切の私情を挟まない胡桃の肯定。

私は鼻で笑う。


「ほんと無駄な仕事増やしてんなぁ、何考えて生きてんだろうなあいつら」


それは他者への関心というよりは、効率の悪さに対する純粋な軽蔑。胡桃はその毒舌を柳に風と受け流し、ただ静かに、次の指示を待っている。


「あいつら」。私の「姉妹」のことだが。


3人姉妹、その内の2人は私と同い年、そして同じHERO高校の学生。姉妹仲は良くも悪くも普通。と、私は思っている。姉妹の愚痴をよく言ってはいるし、姉妹に対して暴言も吐くが恨まれてはいないと思う。


「私には用意しなくていいから」

「左様で..」


スマホを見る。

時刻は8時44分。

ここから学校までの距離は車で5.5kmといったところ。徒歩だと1時間くらい掛かる。

だが、私にとっては何の問題もない。


「では、何かあればお呼びください」

「あー」


視界の端で、ハンガーに掛かった桃色のブレザーが「一年生」としての義務を突きつけてくる。パジャマを脱ぎ捨てると、部屋の湿った空気が無防備な肌にまとわりつく。

まだ折り目の硬いシャツに腕を通すが、ボタンを穴に通すだけの動作がひどく億劫で、指先が微かに震える。適当にリボンを結び、鏡を一度も見ることなくスカートのホックを弄った。ウエストを締め付けるその感覚が、今はただひたすら窮屈に感じられた。


計画錯誤と言う奴だろうか。制服に着替えるという動作だけで6 分くらい使ってしまっていた。

余った時間で無駄に広い部屋を掃除しようと思っていたが。


「.....」


やっぱりやめた。

真横に小さい異空間ゲートを出現させ、その中に手を入れる。すると、部屋の外からトコトコとこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてくる。


「お呼びでしょうか?さくら様」

「学校行ってる間、部屋を掃除しておいてほしい」

「かしこまりました」


異空間ゲートを片目にだけ出現させる。

ゲートが繋がっている先はHERO高校。今更ながら私は自分がどのクラスなのかを知らない。


学校の中に入り、教室の札を見る。


「1-1..違うな..」


一つ一つクラスを探っていき。自身の名札が置いてある机を探す。

そして見つける。


「1-2か」


ついでに目線だけ動かし、ゲート越しにクラスを見回る。どんな情けない顔した奴等がいるのかを先に見といてやろうという魂胆で視線を走らせる。


刹那、視界を埋め尽くすほどの巨大な眼球が真横から現れた。


「ひゃあ!!!」


見事なまでの尻餅をつき、情けない声を上げ、ビビり散らしながら慌てでゲートを閉じる。

私の声に異変を感じたのか、胡桃が扉の向こうから「どうされましたか?」と声をかけてきた。私は「なんでもない」と言ったあとに冷や汗を手の平で拭う。


誰かが私のゲートに気づき覗き込んで来やがった..。

......ざけんなよ。


もう一度ゲートを作る。今度は自身の机の下に。


幸いな事に私の席は窓際の一番後ろ。

先ほど見た時、教室の外に教師らしき人物の影が見えた。もうそろそろ座っていたほうがいい。

私はゲートを潜り、自室から教室の机の下へのそのそと張って移動するとひょこっと立ち、席につく。

隣の席に座っている男子が唐突に現れた私を見て「なんだこいつ」と言わんばかりの顔する。


教室の扉が横に開き、教師らしき女が入ってくる。


「おはようございます。今日は昨日言っていた通り能力測定をやりますので、朝のホームルームも早めに終わらせますね」



−−−−−−−−−−



「以上..よね....では..朝のホームルームを終わります。

このあとは能力測定をクラス合同でやりますので、皆さん着替えて訓練場に来るように..」



担任が教卓を離れるか離れないかのうちに、教室内は弾けたような騒音に包まれた。

「能力測定!どんな能力者がいるのか楽しみだわ!」

「俺昨日夜更かししちまってさぁw」

「無能狩りに選ばれる奴いるかなぁ?」

「おい!はやくいこーぜ!」

椅子を引く激しい音が重なり、男子たちは競うように更衣室へ向かって駆け出していく。日常の気だるさは一瞬で消え去り、教室にはこれから始まる「測定」への昂揚した熱気が充満した。


そんな光景をみながら私は気怠げに席を立つ。その際に私の横から近づいてくる人物が一人。

とても見覚えがある。


「あんた来てたのね..てっきり今日も休むのかと思ってたわよ」


重たい瞼をこすりながら欠伸を漏らす。


「ふぁぁ...あー、お前かよ。話しかけんな..鼓膜が腐るだろ」

「相変わらず口悪いわねチビ、ひきこもり生活は楽しかったかしら?」


このツンデレ風の話し方をしている女子は私の姉妹の一人、新城もか。

なぜいきなり話しかけてきたのかは不明だが、今の私は少しだけ機嫌が悪い、徹夜の影響か?眠気は治せてもイライラは治せない。


「まぁちょうど良かったわ、あんた、私がこの能力測定で無能狩りに選ばれたなら私のサポーターになってもらうから..」


もか は指先でふわりと自慢の髪を弄りながら、当然の権利だと言わんばかりに言い放った。


「..はぁ..」


「ちょっと、その『何言ってんのこの女』みたいな顔やめなさいよ。光栄に思いなさいよね? この私が、わざわざあんたを指名してあげてるんだから」


「いやだよめんどくさい、だいたい無能狩りってなんだよ..ここヒーローを育てる学校だろ..なんでそんな...」


「文句なら後で聞いてあげるから、今は私の言う事を聞きなさい」


「昔はそんなんじゃなかっただろうに..無能を叩かないと自分の存在価値を確認できないほど心が枯れ果ててしまったのか..」


「昔はって..あんたにだけは言われたくはないわね...それに、無能は悪の道に落ちる可能性が高いのよ、だから早めに制裁しておいたほうがいいの」


「で、制裁された奴が悪の道に落ちて復讐しに来るわけか、自ら悪役になるとは..天晴忘れん」


「あんたふざけんのも大概に...」


その言葉を言い終わる前に自室に繋がってるゲートを作り、入る。


「んじゃ..私着替えてくるから」

「あ!ちょっ!!待ちなさ...!」


ゲートを閉じる。

姉妹に対して八つ当たりをし、少しだけ気が晴れた。

ひさしぶりに見たが、思っていたよりも頭がおかしくなっていたな。昔はもっと可愛らしかったのに。


自室に戻ってきた、部屋にはまだ散らかった残骸を片付けている胡桃の姿がある。そんな胡桃の姿を横目に、私は気だるげに制服を脱ぎ捨てて、体操着に袖を通す。


体操着に着替えた後、ぼーっと部屋を見る。

部屋を見る限りはお菓子のゴミと脱ぎ散らかした服は見当たらない。残るは地面に散らかってる各ゲーム機とソフトのパッケージ。仕事の早いことで..。

胡桃は床に落ちてあるドラ◯ンクエ◯トのパッケージを手に取り開ける、そして次にモン◯ターハ◯ターのパッケージを開け中身を入れ替えた。


「....(たしか私の鞄の中にりんご味の飴が入ってたっけ..)」


胡桃のポケットにゲートを繋げ、飴を落とす。


「......?」


頑張ってる褒美だ..くれてやる(飴好きじゃないし)。


胡桃に飴を押し付け、HERO高校の訓練場にゲートを作り潜る。



「来たわね!このチビ!!」


視界を埋め尽くす勢いで迫りくるのは、全速力で駆ける新城もかだ。顔を真っ赤に染め、眉間に深い皺を刻んで激走するその姿は、お伽話の鬼も裸足で逃げ出すほどの迫力がある。けれど、その必死すぎる形相からは、彼女なりの切実な苛立ちが透けて見えて、恐怖よりも先に圧倒的な熱量に気圧されてしまう。


「お〜..ひ..ひさしぶり..元気してた?」


私の間の抜けた声が火に油を注ぐ。

新城もかの顔が、怒りで一気に沸点に達する。全速力で駆けてきたせいで乱れた呼吸を整える間も惜しむように、彼女は私の胸ぐらに指を突きつけんばかりの勢いで詰め寄ってきた。


「何が『ひさしぶり』よ!あんた!私のこと舐めすぎ!これでも私は!!」


まくし立てる声は震えていて、その瞳には怒りと同じくらいの、行き場のない焦燥が浮かんでいる。私の無頓着な一言がこれでもかと逆なでしたらしい。鬼の形相で今にも噛み付かんばかりの剣幕。

だが、私はその剣幕を強引に遮るように、言葉を繋ぐ。


「で、私達のクラスは?どこで集まってんの?」

「――ッ、人の話を...!!!」


血管がぶち切れそうな声。だが、私はあえてそれを受け流し、もかの肩を軽く叩いてなだめるように言葉を重ねる。


「わかったわかった、悪かったよ..あとで聞いてやるから、それでどこだよ」

「……っ!」


モカはさらに言い返そうと口をひらいたが、私のあまりに平然とした態度に、振り上げた拳のやり場を失ったらしい。真っ赤だった顔が、今度は呆れと疲労で急速に脱色されていく。さっきまでの鬼の形相はどこへやら、もかは深く、深いため息を吐き出して肩の力を抜いた。


「はぁ...もういいわよ..あそこ」


毒気を抜かれたモカは、ぶっきらぼうに指を指す。

指さした先にはクラスで見たばかりの男子達が自分の能力を見せ合いながらはしゃいでいた。


「...んじゃ..いきますか..うぉあ!」


歩き出そうとした矢先、背後から服の裾を引かれ思わずよろめく。振り返ると、そこには地面に視線を落としたまま立ち尽くすモカの姿がある。


「なんだよぉ!」


モカは震える指先で私の裾を握りしめたまま、消え入りそうな声で言葉を漏らす。


「..ねぇ..あんた、ほんとに私が無能狩りに選ばれたら..」


震える震源地となったもかの指先が、私のシャツに細かな皺を作っていく。そんな必死な縋り付きを嘲笑うかのように、背後から生徒の場違いなほどに明るい声が鼓膜を叩く。


「今日の朝の能力、あの子じゃないかな?」

「ぽいですよね!!!」


「?あの2人、なんでこっち見てんだ?」

「私が選ばれたら!...え?」


話し声のする方へ視線を送ると、訓練場と校舎の真ん中にある通路に二人組の女子生徒が待機しており、目が合うなりこちらに歩み寄ってきた。


「私!白詰ルナっていいます!いきなりですがさくらさん!私とお友達になってください!というかなりましょう!」


「ルナさん!さすがに急すぎじゃないかな!?あ、私はあざみって言います!」


白詰ルナと名乗った少女は、潤んだ瞳をさらに輝かせ、私の手を取るとぐいっと 顔に鼻先が触れそうなほど詰め寄った。


(うわ..近...)


「なんなのよ貴方」


私とルナの間を割って入るかのようにモカが話しかける。怪訝そうに眉をひそめるモカの視線は、冷えた刃のように鋭い。


「同じクラスメイトですよ?」


ルナは心外だと言わんばかりに小首を傾げた。その仕草はあまりにも無垢で、逆に胡散臭さを感じる。


私は離れろと言いたげにルナの柔らかな胸元に両手を添え、ぐいっと押す、そして無言でポケットに手を突っ込むと背を向けて歩きだす。


「あっ!待ってください!逃さないですよ!」


そんな言葉が届くと、ルナの体が背中に衝突する。背後から力任せにかき抱かれ、私は思わず「うげぇぇ!」と、乙女らしからぬ声を上げてしまう。


「すごい!この抱き心地!ぬいぐるみみたいです!」


私は身悶えして抗う、しかし背後の腕はびくともしない。あれ?私こんなに弱かったっけ?。


「いい加減離れなさいよ!!」


そんなルナを見兼ねて、もかは自身の指先に能力【暁】を纏う。

それを見た私は苛立った表情から一転し、内心パニックに陥る。


「お..おい!!ちょ!..ま..まって!!」


モカの能力は「炎」を扱う能力、だが、ただの炎じゃなく【輝炎】。簡単に説明するなら「光り輝く高熱の粒子を操り、焼き尽くす能力」。


今のモカがどれくらい【暁】の能力を扱えているのかは不明だが、本来「輝炎」が直接当たったなら、通常の火炎魔法や炎攻撃とは一線を画す「物理的な破壊」と「体内からの加熱」が同時に襲いくる可能性がある。


「物理的な破壊」は大して問題ではない、例えれば超高温な固形物を叩きつけられるみたいなものだから。

問題なのは「体内からの加熱」こっちは肺胞の一つ一つが、はじけるポップコーンのように音を立てて灼け爛れていく。つまり間違いなく激痛が伴う。



死ぬようなことはないだろうが(たぶん)。


「あぶな〜い」


青ざめている私を抱きながら、ルナはこちらに迫って来るモカの指先を何かしらの物で防ぐ。

ルナのその一連の動作はまるで、モカがどう行動するのかがわかっていたかのようにスムーズ。


「...アルミ遮熱シート?」


モカは、すべてを霧散させるつもりでいたのだろうが。それだけに、防がれたときの動揺は隠しようもなかった。


「ふふ..新城家の能力は有名ですからね!そりゃあ対策もしますよ!」

「はっ...舐められたものね..そんな無能力者が作った物ごときで私の能力を止められるとでも思って...」

           

        -----------|-----------


瞬間、モカの唇の形が、言いかけの音を乗せたまま虚空に固定されていた。吐き出されるはずだった言葉は、行き場を失ってモノクロの空気の中に溶けて消えた。


それは私を抱いていたルナも同様で体温が抱きしめられた腕の感覚ごと急速に遠のいていった。それは冷たくなったというより、熱という概念そのものがこの世界から剥離してしまったかのようだった。


先程、あざみと名乗った女の方を見てみる。

瞳に宿っていた光が、砂嵐のような灰色に塗りつぶされる。鮮やかだったはずの彼女たちの服も、背景の街並みも、古い銀塩写真の中に閉じ込められたように平坦な陰影へと成り果てていた。


「...?」


とりあえずルナの包囲から逃れ、自身の能力を出現させてみる。

ゲートは問題なく出現した、そして移動もできる。


「うーん?」


見上げてみる、空さえもが煤けた灰色に濁り、流れるはずの雲がひび割れた天井のように張り付いている。


顎に手を当てて少しばかし、考える。

これは..。


「時止めか?」


そう思った矢先、私は行動に移す。

自分の真下にゲートを作ると、HERO高校全体が見渡せるくらいの上空にへと繋げる。


落下中に視界を動かし違和感を探す。すると訓練場の端に動いている人物が一人見える。

空中で真下にゲートを作り、その人物からは見えない近場の茂みに移動する。



「悪いね。君たちが『無能』と切り捨てたこの力...実は、この街の理を書き換えるためのものだったんだ。止まった時間の中で、せいぜい後悔に浸ってくれ」

「....(なんだこいつ)」


静止した時の中、誰に聞かせるわけでもなく言葉を漏らす。

囲っている連中に話しかけているのだろうか?。


「深淵の力は誰にも明かさない..まぁ..この力は、誰に理解できるものでもないか」


数歩、十数歩。

男が背後の「止まった時間」から十分に距離を置いた、その時。


視界の端から、まるで水面に一滴の絵具を落としたかのように、鮮やかな色彩がじわりと滲み出す。死んでいた世界が大きな拍動を打ち、再び脈動を始める。


背後からは、今しがたまでそこになかった話し声が、激しい濁流となって追いかけてきた。

それは止まった時が動き出したことを示している。


        -----------|-----------


「きえ...た..?」

「あいつどこに行ったんだよ!」

「もう!いったいなんなのよ!!」


こいつらからすれば、つい先ほどまでそこにいた確かな質量、体温、そして自分たちを見ていた視線。そのすべてが、コンマ一秒の隙間もなく、最初から存在しなかったかのように消え失せているのだろう。


時が止められていたから時間感覚が少しわからなくなってくるな。

私は能力を使いクラスメイトたちが集まっている場所へと向かうのだった。



-------



自身のクラスの能力測定が終わり、残るは他クラスの能力測定を待つだけの時間。


訓練場を見下ろすことができる階段に座りながら「ふふふーん♪」と、ドラ◯エの主題歌を鼻歌で歌い、真っ青な空を仰ぎ見る。ぬるめのドライヤーみたいな風が、くすぐったそうに頬を撫で、目の前の訓練場では、他クラスの連中が自らの存在を証明するかのように、なりふり構わず能力を振るっていた。


「みんな頑張るねぇ...」


お茶でもすすりたくなるような日差しを浴びながら、私は特等席でのんびりと、その賑やかな景色を眺めていた。


「さ〜くらさん!」


背後から、弾んだ声が聞こえる。

私は視線を訓練場に向けたまま、土煙を上げる者たちの動きを黙って見る。やがて、柔らかな重みが背中に預けられ、私を束縛した腕が私の胸元を囲うように回された。


「うげっ!」

「や〜っと見つけましたよ!」


ふわりと、潮風に似た甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「も〜!測定が終わった瞬間に逃げちゃうので探すの大変でしたよ〜?」

「.......」


ルナは先程よりも強い力で私を抱きしめる。もう二度とゲートの向こうへ行かせないと言わんばかりに。


そんな私達を見物しながらゆっくりと歩いてくる人物が一人、そしてこちらに向かって走ってくる人物がまた一人と近づいてくる。


「ほんと..あんた自由すぎ..」

「ルナさ〜ん!さくらちゃ〜ん!」


近づいて来たのはモカとあざみだ。

モカは私の真横に立ち、腰を下ろし始める。


「おい、なに勝手に隣に座ってんだ、私とお前は対等じゃないぞ」

「えぇそうね..あんたの方が遥かに下ね..一個下の段差に移動してくれないかしら?」

「おいおい冗談だろ?かの有名な能力至上主義の家系新城家のお嬢様ともあろう方が、そんなミリ単位の段差でマウントを取るのか?落ちぶれたものだな...」

「あ゛?」

「二人とも喧嘩しないで!それと、はい!飲み物どうぞ!」


屈託のない笑顔で間に割って入ったのは、あざみ。両手に持った冷たいペットボトルを持ち、三人に手渡した。


「ありがとうねあざみちゃん!」

「..悪いわね」

「あざ...」


私に手渡された炭酸の入った桃ジュース。

掌に伝わる冷たさと、シュワシュワと落ち着きなく動く気泡の感触。あいにく炭酸は苦手な部類に入る。けれど、相手の差し出した真っ直ぐな好意を無下にするのは申し訳ないため、心の中にだけ苦笑いを浮かべてそれを受け取った。


「皆さん、能力測定はどうでしたか?」

「ふっ..私は当然『S』だったわ!」


彼女は誇らしげに胸を張り、流れるような動作で艶やかな髪をかき上げる。


「す、すごい..」

「わぁ!すごいですね!流石!新城家のお嬢様!」

「当然よ!次期当主の器はこれくらいないとね!!」


そう話し終えた後に、その自信に満ちた視線がルナとあざみへと向けられる。


「それで?あんた達はどうだったのよ?」

「私は一番下の『D』でした!いや〜結構厳しいんですね!」

「私は『C』です、一般的でした」

「まぁそんなもんよね」


満足げに頷いたモカは、次に私に鋭い矛先を向ける。


「さくら、あんたはどうだったのよ」

「私か?私はO型だったぞ」

「血液型聞いてんじゃないわよ!しかもあんたO型じゃないし!!」

「えー?じゃーなにが聞きたいんだよ、はっきり言ってくれねぇと私も答えらんねーよ」

「はっきり言ってるじゃない!能力測定の結果だって!」

「はぁ...」

「あ、あはは..」


私は呆れたように溜息をつくと、ゲートを出現させ、そこから測定結果が記載されてある紙を取り出し、モカに差し出す。


モカが苛立ちながらも紙を受け取ると凝視し始める。


なんてったってそんなに結果が気になるのだろうか。

たかが数文字のアルファベット。そんな記号の羅列に、一体どれほどの価値がある?。

これを売ったら100万貰えると言われたら価値があるのかもしれないが、現状はただの紙切れ、何の価値もない。


私はゲートからゲーム機を取り出し、ゲートを閉じる。


「あっ!ダメですよさくらさん!学校にゲーム機を持ち込んだりしたら!!」

「こういうのはバレなきゃ大丈夫なんだよ」

「も〜!取り上げられますよ?」


私は魂が抜けたような顔でゲーム機の電源をつける。


「ふ〜ん..あんた「A」じゃない♪..なかなかなんじゃないの?」

「え!?さくらちゃんA判定なんだ!凄いね!」

「流石!!私のさくらさんです!!!」


ルナの手が背後から私の頭をよしよしと撫で始める。

さっきから思っていたが、こいつ初対面..ていうか、知り合ったばっかりなのに私にだけベタベタしすぎだろ。


モカが私の能力測定の紙を地面に置くと訓練場を見始める。

そんな地面に置かれた能力測定の紙を異空間ゲートに落とし、閉じる。ゲートが繋がっている先は私の部屋だ。


「さて..どんな能力者がいるか見ていこうかし..?。

 ...!!..あいつ..なんでこの高校に」


モカが仏頂面で訓練場を見る。

その視線は、今まさに能力測定に挑もうとしている男子生徒に注がれている。


「?..どうしたんですか?モカちゃん?」


あざみはモカの横顔を見てたまらず声をかけた。だが、モカはただ一点を見据えたまま、一言も発しない。その射抜くような眼差しが気になり、あざみとルナも、これから測定が始まる訓練場へと意識を向けた。


「男子生徒..知り合いですか?モカちゃん」

「...無能のカイト..能力を扱えないのにヒーローを目指してる落ちこぼれよ..まぁ..私と同じ中学なんだけど..」


そこで言葉を切り、モカは忌々しそうにカイトを眺めた。

その横でモカの台詞を聞いているルナの瞳からは光が失われ、殺意に溢れていた。



「なんであんな落ちこぼれが..この高校に..」

「本当に落ちこぼれなのかしら?」


背後から掛けられた声は、私にとって耳馴染みのない声。


その響きが鼓膜を叩いた刹那、モカは弾かれたように後ろを向いた。


私も少しだけ顔を動かし、声の主の方を見てみる。


「はるの!!?」

「ひさしぶりねモカ、さくら姉さんもお久しぶりです」

「んー?あー」


私の方を見ながらニコッと微笑む。

青髪のロングヘアに、やたら胸に脂肪がいっているこの女。それが私のもう一人の姉妹、新城はるの。

はるのに対して抱く感想などは特にない。それに、今の私にはハードモードマ◯クラに没頭するという優先事項があり、姉妹について思考を割く余裕は微塵もない。私は再び顔を定位置に戻すとゲーム画面に視線を落とす。


「カイトの犬が..私達になんのよう?」

「犬..ね..ワンワン吠えてるのは貴方の方じゃないかしら?モカ」

「なんですって!」


モカとはるのってこんな仲が悪かったっけ?。

昔はもっと仲良かったと思うが。


「そんなことより、そろそろ訓練場をみたらどう?面白いものが見れるわよ」

「はぁ?面白いもの?」


すると、あざみが訓練場に指を指して珍しい物でも観るかのような反応をしだす。


「え!?なにあれ!?」

「能力が..2つ?いや3つ?」


ルナもあざみも衝撃を受けているのだろうが、訓練場から目が離せないでいる。その反応につられ、モカも訓練場を見る。

訓練場からは「お...俺の能力..なぜ!」なんて声が聞こえてくる。


「.....なんで..あ、あいつ..それに..能力は一人1つのはずじゃ...」

「........」


皆の無駄に大げさな反応のせいで私も気になり、しぶしぶ、ゲーム機を握ったまま目線だけを訓練場の方へ向けた。

そこには炎と氷の能力に加え、空を飛ぶ男子生徒の姿が映る、その男子生徒を見た瞬間に端的な感想が脳内に出る。


「...(あー、時止めてた奴か)」


「モカ、貴方に教えておいてあげる..九条カイトはね...無能力者じゃないのよ」


はるのの細い指が、生暖かい風に揺れる髪を耳にかけた。その瞳には、憐れみとも愉悦ともつかない色が宿っている。


「九条カイト...彼の本来の能力は『深淵』。あらゆる能力を複製し、己のものとする力よ」

「...え」

「.......」


モカの思考が停止する。

モカにとってのカイトは今までで影で小馬鹿にし笑っていた、あの「無能力者」の少年。

しかし、今目の前で圧倒的な能力の数々を振るうカイトの姿が、今まで自分が蔑んでいた「無能のカイト」のものとは結びつかない。


「どう?貴方が中学時代に見下していた相手が貴方や私..いえ、新城家の誰よりも遥かに上の能力者だった気分は..」

「....うっ...ぐ...」

「.....は?」


悔しそうな顔をするモカの横で、私ははるのの言葉に反応した。

私の喉の奥から漏れた乾いた声。


目の前で勝ち誇ったように、哀れむようにモカに微笑むはるの。

私はそんなはるのを見ながら『何言ってんだこいつ』と言わんばかりに見つめる。


出来の悪い冗談だ。

私の中に怒りよりも先に不快感がこみ上げる。


「そ、そんな..でも中学の時の実力はあんなんじゃなかったじゃない!」

「力を隠していたんじゃないかしら?まぁ..私もいまだにカイトの底はわからないんだけど」

「....」


なぜかわからないが、はるのの淡々とした口調と態度に私は苛立ちを覚えた。しかし、なぜ苛立つのだろうか、わからない。


私は人に対してイライラする事はゲーム以外ではほとんどない、それに、はるのが言ってる事はいたって正論。それなのになぜこんなに癪に障るのだろうか?


苛立ちの原因を解明すべく、自らの内面を冷静に分析し始める。


「私はカイトの実力をわかってたわ、いえ..信じてたと言ったほうがいいのかしら?私は見た目や能力だけで判断しない。でも貴方は中学の頃から..そう..カイトのこと見下してたわよね..それは上辺だけでしか判断出来なかった証拠よ。先に言っておくわ、そんな人間が今さらカイトのことを認めるとかはなしよ?どうせカイトがこの日に実力を見せていなかったなら..貴方も周りの野次馬のように彼を叩いてたんだろうから...」


「...わ..私は....っ!..」


はるのの言葉にモカは焦り、言葉を否定しようと絞り出そうとするが、何も出ないようだった。

それを見ていたルナとあざみも少し困ったかのような表情をしている。


そしてそんな私も一時的にゲームを中断し、はるのの発言に対する傾聴に転じた。自己の感情の動きを併せて観察し、分析する。


彼女の語る『カイト』という男の話には、いつも自分というフィルターが厚くかかっている。スポットライトを浴びる誰かの影に隠れながら、さも自分が発光しているかのように振る舞うその図太さ。虎の威を借る狐というのだろうか?。

はるのの口からこぼれる言葉はどれも自分のものではない。その空っぽな自尊心が、私の神経を逆なでしている?。


そう結論を導き出した瞬間、私はゲーム画面に目線を落としながら淡々とはるのに向けて言葉を投げつけた。


「あー、まさか私の姉妹の一人が『私は分かってた』風の逆張りクソ野郎だったなんてな、がっかりだわ」


私が口を開くとは思っていなかったようで、はるのは弾かれたようにこちらを見る。


「..え?」「....さくら?」

「...さくらちゃん?」「...さくらさん?」


はるのの瞳には隠しきれない動揺が走る。

そしてあざみ、ルナ、モカも私の唐突な言葉に驚きを隠せないでいる。


一瞬、沈黙が場を支配したが、私はそんな空気を無視するかのようにさらに言葉を畳みかける。


「まず誰だよカイトって、誰も興味ない変な男の話を持ってくんなよいらねえから。お前のその薄っぺらいプライド、100均のレジャーシートより簡単に破けそうなんだけど。つーか、なに勝手に新城家の誰よりも優れてるとか言ってんの? 自分の無能さと自己評価の低さを新城家全員に当てはめようとするのやめてくれない?」


はるのに淡々と向けられたその言葉は、モカとじゃれ合う時のいつもの軽口とは明らかに温度が違っている。冗談の通じる余地など微塵もない、冷たく乾いた響き。それは相手を突き放すための「拒絶」の言い方。


そんな私の言葉を聞いたはるのがハッと息を呑む。モカに対して淡々と述べていたその表情は一変し、私に弁明するかのように言葉を絞り出した。


「...ち..違うのさくら姉さん..私はモカに..」


私はそんな話し出そうとするはるのの言葉を遮る。


「あー喋んないで。一言一言が安っぽくて聞いてるだけで反吐が出る。わかったんなら二度と話しかけてくんな。ゲームの邪魔」

「さ..さくらちゃん?」


心配そうな声音のあざみの問に返事はしない。

今のこの場には、のんびりと押されるゲームボタンの音とBGMだけが響く。


「...さ...さくら姉さん..わ...私..姉さんのことは....」


はるのは声を震わせながら私に話しかけてくる。

このまま終わらせたくないように、縋るように言葉を紡ごうとする。

しかし私は、そんなはるのの思いを一瞬の慈悲もなく、冷徹な言葉で叩き切った。


「もういいからさっさと消えろよ。お前と姉妹ってことが私の輝かしい人生の最大の黒歴史なんだよ。マジ勘弁」

「っ!!......」


はるのはプルプルと震え俯く。

そしてその潤んだ瞳から一粒の雫が零れ落ち、背を向けて歩き出した。


私はそんなはるのの後ろ姿を見ながら「ちんたら歩いてんじゃねーよ」と思いゲームをする。


「....あ..あんた言い過ぎよ..別にあんたが言われてるわけじゃないのに..」

「単純にムカついたんだよ、自分が凄いわけじゃないのにあたかも自分が凄いかのように話す姿が」

「..だ、だからって...」


話しながらしていたため、私がやっていたゲーム画面には【You died!】という画面が映っていた。

私はゲートを出現させ、ゲーム機を中に仕舞う。


するとモカが続けて話しかけてくる。


「さくら..はるのは私のことは嫌いなんだろうけど..あんたのことは尊敬してるはずなの..だから..そんな悪く思わないであげなさいよ..」

「.......」

「.......」


はるのを庇うモカの声だけが、誰にも拾われないまま、冷え切った空気の中に吸い込まれていく。

そのあまりに空虚な響きに、私は慈しむような微笑をし、少しだけ後ろを向き、ルナに言葉を投げた。



「そろそろ離れろよ」

「え?嫌です」



-------



刻限は午後3時。

全クラスの能力測定が終わり、生徒たちは潮が引くように各々の教室へと引き揚げていく。


私も教室に戻るためゲートを出現させたいが、ルナに抱きつかれているため出すことができない。

そのため、教室までの距離をしぶしぶ歩いている。


「おい!歩きづらいんだよ!!」

「まぁまぁ〜いいじゃないですかぁ〜」


ニヤつくルマの様子に、底知れぬ不気味さを覚える。その背後では、モカとあざみが一定の距離を保ちつつ、どこか他人事のようにこちらを観察している。


私はささくれ立った心を抱えながら、ふと頭に浮かんだ些末な話題をモカに振ってみる。


「そういえば、モカ」

「...?なによ」

「朝言ってたやつ、なんだっけ?なんとか狩り?みたいなのには選ばれたのか?」

「....あ、あー..あれ..ね..」


モカは泳ぐ視線を無理やり空へと向け、人差し指で頬をポリポリとかいた。朝の自信満々さが、今さら呪いのように彼女の首を絞めているようだ。


「な、なんかさ..倍率がすごかったみたいで!!あ、い、いや!選ばれなかったわけじゃないのよ?でもその...ほら!私普通の学園生活もしてみたかったから!その!....」

「へー」


誰かに対して言い訳でもしているような話し方。

そんなモカに対してあざみが横から話しかける。


「..モカちゃん..私さ..別に嫌味とかじゃないんだけど、私はモカちゃんが無能狩りにならなくて良かったって思ってるよ」

「..え?」


絞り出されたモカの声は、震えていた。

いつものように、私に対して食ってかかるような態度はなく鋭い言葉で言い返すこともない。ただ静かにあざみを見ている。

そんなモカの瞳をまっすぐと見ながらあざみは言葉を述べる。


「無能狩りの人達って主にS判定やA判定の人達としか交流持っちゃダメだったよね?

そうだとしたらモカちゃんは私達とはもう関わらなくなっちゃうから...私はそれが少し悲しいなって」

「あ、あざみ...」


出会ってまだ数時間、名前を交わしたばかりの少女から投げられたあまりに純粋な言葉にモカは戸惑いを隠せなかった。


「ま、まぁ!でも!今日出会ったばっかりだし!話したのも今さっきだけどね!。

....でも、私は..ここにいるみんなとなら、もっといろんなことしていきたいなって思えるんだ」

「.....」


沈黙が、刺さる。

勢いで言ってしまった感がすごく、誰も反応をしない。数秒前の自分の言葉が脳内でリピートされたのか、急激に顔が熱くなっていき、照れくさそうにあざみは話す。


「あ、えーと! 今のはその、深い意味はなくて! 変なこと言っちゃったかな!? 忘れて、今のなし!」


ぶんぶんと両手を振って誤魔化そうとするあざみに、ようやくルナが吹き出すように声を出す。


「...そうです!そうですよ!!私も、あざみさんやみんなともっと――」


ルナの弾んだ声が響き、私を縛り付けていた力が一瞬、微かに緩んだ。


(今だ!)


その隙を逃さず、私は真下の地面に人一人が通れるだけのゲートを抉り出す。次の瞬間、重力に身を任せて、私はゲートの中へとスポッと落ちた。


「さくらさんも!...あ゛!!」

「!?..さくら!!」



ゲートを閉じる。


「..おかえりなさいませ、さくら様」

「あー」


私が繋げた場所は自宅にある庭園。

一瞬、教室に戻るべきか迷ったが、結局のところ帰宅欲に抗えなかった。


ワープした先、大きな切り株に腰を掛け、一服しているくるみの姿がある。

そんなくるみを見ながら私は服を脱ぐ、そんな目の前で服を脱ぎだした私を平然とくるみは見ている。


「さぶっ....」


全裸の状態でゲートを浴槽に繋げ、潜ろうとする。すると、くるみが切り株から立ち上がり、ポケットから領収書のようなものを取り出す。


「さくら様」

「んー?」

「先程、鳩様が来られました」

「あー」


領収書のような紙を受け取り、くしゃくしゃと丸める。

ふと、受け取った拍子にとある事を思い出し、くるみに話しかける。


「忘れてた、以前のってまだ処理してない?」

「はい、どうされますか?」

「あー...」


顎に手を当て考える。

数日は経過しているため、早めに処理しておきたい。


「火山に捨てるのはどうでしょうか?塵すら残らないと聞きますが」

「いや、火山はダメだ、あれは全てを溶かしてはいない。調べられたら余裕でバレる」

「左様で...」


くるみは乱れ一つない所作で深々と頭を下げる。その瞳には、主人の物騒な言葉に対する驚きも嫌悪も宿っていない。ただ、主人の意に沿えなかったことへの、静かな反省だけが、陶器のような白い肌に張り付いている。


「まあ、埋めるのが一番無難か。面倒だけど」


浴槽に繋がっているゲートとはまた別のゲートを作り、そこからスコップを取り出す。


「今日のレイドバトル、夜の16時からなんだよね。それまでに終わるかな」

「左様でございますか。では、私ひとりで森へ向かいます。さくら様は、娯楽をお楽しみください」

「んー、悪いね、じゃあ任せるよ。終わったら私の部屋に来てくれ」

「承知いたしました」


くるみにスコップを渡す。

私は浴槽に繋がっているゲートに足を踏み入れ、閉じた。



-------



17時。燃えるような夕映えが、山々の稜線をどす黒く縁取っている。一人のメイドが、湿った土を蹴立てて山奥へと足を進めていた。


「.......」


背中には、ずっしりと重みを湛えたブルーシート。時折、中から「ゴトッ」と、硬いものがぶつかり合うような、生々しい音が響く。


「........」


彼女は一度だけ足を止め、背後の荷物を深く背負い直した。無機質な瞳が、沈みゆく太陽を冷ややかに見つめる。

表情一つ変えず、ただ機械的な正確さで足を進める。

枝が頬を掠めても、泥がその清廉な靴を汚しても、彼女の虚ろな瞳に揺らぎはない。


「....っ。失礼いたしました。少々、足元が不安定なようです」


誰に告げるでもなく、背中の「荷物」に向かって小さく、鈴の鳴るような声で謝罪を口にする。

新城の屋敷から持ち込まれたその残骸を、彼女は深淵の底へと「片付ける」ため、一歩ずつ闇の奥へと消えていく。




「…………」


数分歩いた後、あらかじめ目星をつけていたクヌギの巨木の根元で足を止めた。


背負っていたブルーシートを、重力に逆らわぬよう、それでいて内側に衝撃を与えぬよう慎重に地面へ下ろす。湿った落ち葉が、圧し潰されて「ぐちゃり」と嫌な音を立てる。


「...ふふ」


死臭の漂う山中で、口元にだけは、主の無策を慈しむような、微かな、けれど決定的に歪んだ微笑が浮かんでいた。


スコップを手に持つ。

その銀色の金属光沢は、薄暗い山中の残光を反射して、剃刀のような鋭利さを放っている。


「失礼いたします。少々、騒がしくなりますが...」


誰に、あるいは「何」に対しての断りか。

膝をつき、土を掘り始める。


カツン、と石に当たる硬質な音。

湿り気を帯びた土を跳ね上げる規則的な動作。

彼女の呼吸は乱れない。


十分、二十分。


掘り下げられた穴は、彼女の腰の深さにまで達した。

掘り出された土の山が、まるで新しい墓標のように傍らに積み上がる。


スコップを置き、ブルーシートの端を掴んだ。

中身の重みを感じながら、ゆっくりと、滑り込ませるように穴の底へ導く。


「........」


穴の底で丸まったブルーシートを見つめる。

そこにあるのは憐憫でも罪悪感でもなく、ただ「不純物」を排除したという、事務的な達成感だけだった。


彼女は再びスコップを手に取ると、今度は土を被せ始める。


一掬いごとに、青いナイロンの肌が茶褐色の土に覆い隠されていく。


やがて平坦になった地面の上に、彼女は周囲の腐葉土と枯れ枝を、まるで最初からそうであったかのように散らした。


「これで、完了です」

立ち上がり、衣服についた土を丁寧に払った。


17時30分。

山の夜が、すべてを飲み込もうとしていた。


短編にしようか迷ってます

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