第9話 嘘を暴く光
王立裁判所の大法廷は、人で埋め尽くされていた。
傍聴席には貴族たち、高位聖職者、そして「王都報」の記者たち。
全員の視線が、私に向けられている。
足が震えそうになった。でも——踏みしめる。
ここで怯えたら、全てが無駄になる。
「被告、エミリア。前へ」
裁判長の声が、法廷に響いた。
私は、証言台に立った。
向かいには、原告席。聖女ミレーユ、第一王子アルベルト、神殿長ガルディス。
ミレーユ様の顔は、青白かった。
アルベルト殿下は、険しい表情で私を睨んでいる。
神殿長は——無表情だった。その目だけが、冷たく光っている。
「本件は、神殿が提訴した『禁忌魔術行使』の疑いに対する審理である」
裁判長が、書類を読み上げた。
「被告エミリアは、偽聖女として追放された後、辺境にて禁忌の魔術を用いて民衆を惑わした疑いがある。神殿はこれを告発し、被告の処罰を求めている」
禁忌の魔術。
使ったこともない罪で、裁かれようとしている。
「被告、何か申し開きはあるか」
「あります」
私は、真っ直ぐに裁判長を見た。
「私は禁忌の魔術を使っていません。私の薬は、純粋な薬草学の技術で作られたものです。それは、薬師ギルドの鑑定で証明されています」
クローディア様が、証拠書類を提出した。
薬師ギルドの公式声明。「特級薬師」認定の証書。禁忌の術を使っていないという鑑定結果。
「さらに——」
私は、懐から羊皮紙の束を取り出した。
「これは、私が聖女時代に作成した魔道具の設計図です。聖女の『奇跡』は、全てこれらの魔道具によって演出されていました」
法廷が、ざわめいた。
「つまり——聖女の奇跡は、最初から存在しなかったのです」
神殿長の目が、鋭くなった。
「異議あり」
神殿側の弁護人が、立ち上がった。
「これらの証拠は、全て被告が用意したものです。捏造の可能性を否定できません」
「捏造ではありません」
「証明できますか」
「できます」
私は、マルセルを見た。
彼は証人席に座っていた。顔は青ざめているが、目には決意がある。
「証人、マルセル・デュボワ。彼は神殿の内部者として、聖女の『奇跡』の準備に関わっていました。彼が、真実を証言します」
マルセルが、立ち上がった。
「私は……聖女の『奇跡』が魔道具だったことを知っています。何度も、その準備を手伝いました」
法廷が、さらにざわめいた。
「嘘だ!」
アルベルト殿下が、叫んだ。
「こいつらは結託して、聖女を陥れようとしている! 証人も買収されたに違いない!」
「殿下、お静かに」
裁判長が、諫めた。
「神殿側の主張は、証拠と証言が捏造・買収であるということですね」
「はい」
神殿側の弁護人が、頷いた。
「ならば、審問魔法『嘘看破』の使用を要求します。被告エミリアに対して」
空気が、張り詰めた。
「嘘看破」——発言の真偽を判定する審問魔法。これまで誤判定は一度もないと言われている。
もし私が嘘をついていれば、即座にバレる。
「被告、受け入れますか」
裁判長が、私を見た。
私は——迷わなかった。
「受け入れます」
ざわめきが、さらに大きくなった。
レイナード様が、証言台の横に立った。
彼の左手の指輪——審問騎士の証が、淡く光り始める。
「では、審問魔法『嘘看破』を執行する」
レイナード様の声は、静かだった。
「エミリア。お前の証言を、改めて述べよ」
私は、深呼吸をした。
「私は、聖女の力を持っていませんでした。奇跡は、全て私が作った魔道具の効果でした。私は禁忌の魔術を使っていません。薬は、純粋な薬草学で作りました」
レイナード様の指輪が、強く輝いた。
そして——光が、青く変わった。
「——真実」
レイナード様が、宣言した。
「被告エミリアの証言は、全て真実である」
法廷が、静まり返った。
神殿長の顔が、わずかに強張った。
「なら——」
レイナード様が、向きを変えた。
「同じ審問を、聖女ミレーユにも行う」
「な……っ」
ミレーユ様の顔が、蒼白になった。
「被告の証言が真実であるなら、聖女の奇跡は魔道具だったことになる。ならば、現聖女がそれを知っていたかどうか——確認する必要がある」
「そ、そんな……」
ミレーユ様が、震え始めた。
「聖女ミレーユ。お前の『奇跡』は、本物か」
レイナード様の声が、法廷に響いた。
ミレーユ様は、答えられなかった。
口が開いたり閉じたりしている。目が、泳いでいる。
「答えよ」
「わ、私は……」
「聖女、お答えください」
裁判長が、促した。
ミレーユ様の目に、涙が浮かんだ。
それが——演技なのか、本心なのか、私には分からなかった。
「……できません」
絞り出すような声だった。
「答えられません……だって、私……」
「異議あり!」
神殿長が、立ち上がった。
「聖女に審問魔法を使うことは、神殿法に——」
「王立裁判所は、神殿法より上位だ」
裁判長が、冷たく言い放った。
「聖女といえど、この法廷では一被告人に過ぎない。証言を拒否するなら、それ相応の判断を下す」
神殿長の顔が、歪んだ。
そして——。
「レイナード」
私は、声を上げていた。
「待ってください」
レイナード様が、振り返った。
「彼女に……選ばせてあげてください。自分の言葉で、真実を語る機会を」
法廷が、静まり返った。
ミレーユ様が、私を見た。
涙に濡れた目。恐怖と——驚きが混じっている。
「なぜ……あなたが、そんなことを……」
「私も、嘘をつかされていたから」
私は、静かに言った。
「聖女を演じることが、どれだけ苦しいか——分かるんです。だから、あなたにも——自分で選んでほしい」
沈黙が、落ちた。
ミレーユ様の肩が、震えていた。
そして——。
「……奇跡は」
小さな声が、漏れた。
「奇跡は……魔道具だった」
法廷が、どよめいた。
「全部……あの人が作った。私には……神聖魔法の力なんて、なかった」
涙が、ミレーユ様の頬を伝っていた。
「でも……聖女でいたかった。そうしなければ……私には、何もなかったから……」
その声は、痛々しいほど正直だった。
私は、彼女を見つめた。
憎めなかった。
彼女も——「役割」に押し潰されそうだったのだ。私と、同じように。
「審問魔法、発動」
レイナード様の指輪が、光った。
そして——青い光。
「——真実」
法廷が、完全に静まり返った。
「聖女ミレーユの証言は、真実である。聖女の奇跡は、魔道具だった」
その言葉が、法廷に響き渡った。
神殿長の顔が、蒼白になった。
アルベルト殿下が、信じられないという顔でミレーユ様を見ている。
全てが——明らかになった。
「さらに、証言する」
レイナード様が、一歩前に出た。
「俺は審問騎士団副団長として、五年間、聖女の奇跡を調査してきた。その過程で——」
彼の声が、少し震えた。
「——部下を失った。神殿の妨害によって」
法廷が、ざわめいた。
「俺は、エミリアを信じる。彼女は無実だ。そして——聖女の嘘を暴くことが、俺の部下への弔いだ」
審問官が、被告を庇っている。
異例のことだ。彼の立場を危うくする行為だ。
それでも——彼は、私のために。
目が、合った。
灰色の目が、真っ直ぐに私を見ている。
私は、小さく口を動かした。
——ありがとう。
声は出さなかった。でも、伝わったと思う。
レイナード様が、かすかに頷いた。
「……静粛に」
裁判長が、木槌を打った。
「審理は十分に尽くされた。証拠、証言、審問魔法——全てが、被告エミリアの無実を示している」
傍聴席が、ざわめいた。
「よって——」
裁判長が、立ち上がった。
「判決を、下す」
その言葉が、法廷に響いた。
私は、息を止めた。
全てが——今、決まる。




