表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に断罪されたので逆に感謝しています  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 私の名前で、生きていく


 裁判長の声が、法廷に響き渡った。


「主文。被告エミリアを、無罪とする」


 一瞬、何も聞こえなくなった。


 そして——法廷が、どよめいた。


「無罪だと……」「当然だ、証拠が揃っていた」「聖女の方こそ……」


 声が、波のように押し寄せてくる。


 私は、ただ立ち尽くしていた。


 無罪。


 その言葉が、胸に染み込んでいく。


「さらに——」


 裁判長が、続けた。


「本裁判において明らかになった事実に基づき、以下の判決を下す」


 法廷が、静まり返った。


「聖女ミレーユ・フォンテーヌ。聖女位剥奪。神殿からの追放。詐欺罪により、五年間の奉仕刑に処す」


 ミレーユ様が、崩れ落ちた。


 アルベルト殿下が、彼女を支えようとして——でも、できなかった。


 自分も、裁かれる身だから。


「神殿長ガルディス・オルテガ。職位剥奪。寄進金横領の罪により、全財産を没収。地方にて監視付き隠居とする」


 神殿長の顔が、土気色に変わった。


 権力も、金も、全てを失う。それは彼にとって、死よりも重い罰だろう。


「第一王子アルベルト・ルクレール。王位継承権を剥奪する。三年間、地方領にて贖罪の経営に当たること」


 アルベルト殿下が、拳を握りしめた。


 王位継承権の剥奪。王族としての身分は残るが、王になる道は閉ざされた。


「そして——」


 裁判長が、私を見た。


「エミリアに対する『偽聖女』の烙印を撤回する。聖女時代に開発した魔道具の特許権を返還し、不当な追放に対する賠償金を支払うものとする」


 名誉回復。


 特許の返還。


 賠償金。


 全てが——戻ってきた。


「以上をもって、本裁判を終結する」


 裁判長が、木槌を打った。


 その音が、私の耳に残った。


 終わった。


 本当に——終わったのだ。


 法廷の外に出ると、人だかりができていた。


 民衆だった。


 裁判の結果を聞きつけて、集まってきたのだろう。


「あの人だ」「薬師様だ」「王都を救ってくれた人だ」


 声が、聞こえる。


 そして——拍手が起きた。


 一人、二人。それが波のように広がっていく。


「ありがとう」「あなたの薬のおかげで助かった」「おめでとう」


 涙が、滲んだ。


 聖女の時、こんな風に迎えられたことはなかった。


 「聖女様」と崇められることはあった。でも、それは「私」への言葉ではなかった。


 今、彼らは——「エミリア」を見てくれている。


「エミリア」


 クローディア様が、隣に立った。


「おめでとう。あなたの勝ちよ」


「……クローディア様のおかげです。あなたがいなければ、私は——」


「やめて」


 クローディア様が、笑った。


「対等だって言ったでしょう。感謝は受け取るけど、恩着せがましいのは嫌いよ」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。


「これで、私たちは——」


 クローディア様が、空を見上げた。


「『役割』から解放されたわね。聖女でも、悪役令嬢でもなく——ただの、私たちとして」


「……はい」


 私も、空を見上げた。


 青い空。白い雲。


 こんなに広い空を、聖女の時は見たことがなかった。


「友達になってくれる?」


 クローディア様が、手を差し出した。


「侯爵令嬢としてじゃなく、ただのクローディアとして」


 私は、その手を握った。


「はい。ただのエミリアとして」


 二人で、笑い合った。


 初めての——本当の友達だった。


「エミリア」


 レイナード様の声に、振り返った。


 彼は、少し離れた場所に立っていた。


 人気のない、法廷の裏庭。


「少し、いいか」


「……はい」


 クローディア様が、意味深な笑みを浮かべて去っていった。


 二人きりになる。


 心臓が、早鳴りし始めた。


「裁判は、終わった」


 レイナード様が、静かに言った。


「俺の任務も、終わりだ」


「……そうですね」


 胸が、きゅっと締め付けられた。


 任務が終われば——彼は、審問騎士団に戻る。私は、辺境に帰る。


 もう、会う理由がなくなる。


「だから、これは任務じゃない」


 レイナード様が、一歩近づいた。


「……え?」


「お前を守りたいと思った。一緒にいたいと思った。それは——任務だからじゃなかった」


 灰色の目が、真っ直ぐに私を見ている。


 いつもの冷たい目じゃない。


 熱が、ある。


「俺は——」


 彼が、跪いた。


 私の手を取った。


「俺の隣にいてくれ」


 息が、止まった。


「命令じゃない。……願いだ」


 その声が、震えていた。


 いつも冷静で、感情を見せないこの人が。


 私のために——跪いて、願っている。


「……私から、いいですか」


 声が、掠れた。


「なんだ」


「私も——あなたの隣にいたいです」


 彼の目が、見開かれた。


「聖女の時、誰も私を見てくれなかった。でも、あなたは——最初から、私を見てくれた」


 涙が、頬を伝った。


「薬湯を『美味い』と言ってくれた。仕事を『いい』と言ってくれた。守ろうとしてくれた。怖いと、言ってくれた」


 私は、彼の手を握り返した。


「だから——私から」


 身をかがめて。


 彼の唇に、自分の唇を重ねた。


 一瞬。


 でも——永遠のように感じた。


「……はい。あなたの隣に、います」


 レイナード様が、目を閉じた。


 そして——私を、抱きしめた。


 強く。でも、優しく。


「……ありがとう」


 かすれた声が、耳元で聞こえた。


「俺を、選んでくれて」


 私も、彼を抱きしめ返した。


 選んだのだ。自分で。


 誰かに決められたのではなく。


 これが——私の、新しい人生の始まり。


 ——数ヶ月後。


 辺境グランヴェル領に、小さな薬局が開店した。


 看板には、こう書かれている。


 「エミリア薬房」


 聖女ではなく、薬師として。自分の名前で。


「いらっしゃいませ」


 私は、扉を開けて入ってきた客に微笑んだ。


 村の人たちが、次々と薬を買いに来る。


 「いつもありがとう」「この薬のおかげで楽になった」「また来るね」


 温かい言葉が、胸に染みる。


 これが、私の居場所だ。


「エミリア」


 午後になると、見慣れた黒い制服の男が現れた。


「レイナード様、また来たんですか」


「護衛任務だ」


「もう任務じゃないって言いましたよね」


「……習慣だ」


 相変わらず、不器用な人だ。


 でも、その不器用さが——愛おしい。


「お茶、淹れますね」


「ああ」


 彼は、カウンターの椅子に座った。


 私が薬草を調合するのを、じっと見ている。


 その視線が、くすぐったい。


「クローディア様から手紙が来ました」


「何と」


「『社交界デビューの招待状を送るから覚悟しなさい』ですって」


「……災難だな」


「ふふ、一緒に行ってくださいね」


「護衛として、だな」


「……護衛として」


 二人で、顔を見合わせて笑った。


 窓の外には、青い空が広がっている。


 広くて、高くて、自由な空。


 「聖女」でも「悪役令嬢」でもなく。


 ただの「エミリア」として。


 これからは——好きに生きていい。


 その幸せを、噛みしめながら。


 私は、薬湯を淹れた。


 隣には、大切な人がいる。


 遠くには、大切な友達がいる。


 これが——私の、選んだ人生。


 自分の名前で、生きていく物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ