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モブ志望の僕は、クラスの有名人に観察係としてスカウトされました  作者: もりぞー


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第6話 コンビニと拍手係

 六月が終わりに近づくころには、教室の空気もだいぶ「このメンバーで一年いくんだな」という諦め混じりの落ち着きに変わっていた。


 その中で、一つだけ新しく増えたルーティンがある。


 桜井のスマホを挟んで、西村がそれを覗き込む時間だ。



 昼休み、購買のパンをもぐもぐしながら窓の外をぼんやり眺める。


 真ん中の席では、桜井と西村が向かい合って弁当を広げていた。

 周りに何人かが混ざる日もあるけど、最近はこの二人で話し込んでいることが多い。


 西村が時々画面を指でスクロールしては、何か言い合っている。


(……まただ)


 教室全体がわりとざわついていて、

 真ん中の席の声までははっきりは聞こえない。


 それでも、ところどころ単語だけが耳に引っかかる。


「……昨日の、会議の……」

「……ギリギリ……」

「……最後の一歩目、の……」


(“会議のやつ”、か)


 この前、雨の日の教室で話したフレーズが頭に浮かぶ。


 【責任を取りたくない人たちのサークルに見えるけど、

 本当はただ、最初の一歩を誰かに預けちゃった沈黙かもしれない】


 あそこをどうするか、桜井と一緒に悩んだ、例の「会議回」だ。


 西村は、スマホの画面を覗き込みながら、眉を寄せたり、ふっと笑ったりしている。

 遠目にも、「ただの雑談」じゃなくて、ちゃんと何かを読む顔だと分かる。


(……あれ、多分コメント欄見てるんだろうな)


 テストの解答を見直すときの真剣さと、

 面白い動画を友達に見せるときのテンション。

 その真ん中くらいの温度で、西村は画面を指さしている。


 何か一つ、少し長めの言葉を言ったあとで、

 ふいに、西村がこっちのほうをちらっと見た。


 目が合った気がして、思わず視線を机に落とす。


(……今の、気のせいじゃなければ、絶対僕の話されてた流れじゃん)


 耳には届かない距離だけど、

 「何かを知っている側」の目線だった。


 僕が上を向けなかった一瞬のあいだに、

 西村が桜井に何かを言い、桜井が「もう、いいから」とでも言うように笑っているのが、

 視界の端に見える。


 書く人と、その隣でスマホを見ながら何か言う人。


 あの位置は、たぶん「最初の読者」ってやつなんだろう。


(……観察係に、読者係か)


 真ん中の席の空気が、少しだけ遠く感じられた。



 その日の放課後、雨は上がっていた。


 部活組がグラウンドに散っていくのを眺めながら、

 僕はいつものようにまっすぐ帰宅ルート……のつもりだったのだが、

 途中で腹の虫が主張してきた。


(……コンビニ寄ってくか)


 中途半端な時間にお昼を食べたせいで、変なタイミングで小腹が空く。

 テスト前だし、ついでに何か甘いものと、英語のワークと格闘するとき用のカフェインでも買って帰ろう。


 学校近くのコンビニの自動ドアが開くと、

 独特の冷気と、揚げ物コーナーのにおいが一気に押し寄せてきた。


 店内をぐるっと見渡した瞬間。


(……いるな)


 レジ横のチョコ菓子の棚の前に、見慣れた後ろ姿があった。


 桜井だ。


 片手にカゴ、もう片方の手で、ポイポイと次々にお菓子を放り込んでいる。

 すでに中身はかなりカラフルだ。


「それはもう、“ついでに”の量じゃないよね」


 気づけば、声が出ていた。


「あ、安藤くん」


 振り向いた桜井のカゴの中身は、


 ポテチ二袋

 チョコレート数種類

 グミ

 クッキー

 そしてボールペンの替え芯。


 甘いものと、文房具が半々くらいだ。


「勉強じゃなくて執筆の合宿?」


 そう言うと、桜井は「正解」とでも言うように指を鳴らした。


「半分勉強、半分現実逃避」


「比率が現実逃避寄りに見えるのは気のせい?」


「テスト前ほど、現実逃避の質を高めないとやってられないんだよね」


 言いながら、さらにビスケットを一個カゴに追加する。


「安藤くんは?」


「おにぎり一個と、カフェオレ、くらいのつもりだったけど……」


 桜井のカゴを見ていたら、なんとなく自分の買い物がしょぼく感じてきた。


「ほら、観察係も糖分補給しとかないと」


「観察係の栄養管理まで入ってるんだ、仕事の範囲」


「福利厚生ってことで」


 軽いノリで言いながら、桜井は何気なく別の棚に移動する。

 つられて、僕もその横を歩く形になった。


 文房具コーナーで、桜井は透明表紙のノートを一冊手に取る。


「またノート?」


「うん。あの“教室の隅の住人たち”、一冊目そろそろ埋まりそうだから」


「そんなペースで書いてるの?」


「テスト勉強からの逃避行動って、わりと生産性高いんだよ」


「それを生産性が高いと言っていいのかは微妙だけど」


 突っ込みつつも、心のどこかで少し感心する。


 屋上でノートを見せられてから、まだそんなに日も経っていないのに、

 もう二冊目に手を伸ばそうとしている。


「家で書くの?」


「基本はね。たまにファミレスとか、コンビニのイートインとかも使うけど」


 そう言いながら、桜井はふと僕の顔を覗き込んできた。


「……あ、“読者の人には見せないの?”って顔してる」


「え」


「千夏のこと。気づいてるでしょ、昼休み」


 やっぱり、バレていた。


「……なんとなく、ね。西村さんがスマホ見てあれこれ言ってるの、たぶんエッセイの話だろうなって」


「当たり。千夏はね、“読者代表”って感じかな」


「読者代表」


「うん。“ここ面白い”とか“ここバズりそう”とか、そういうの見てくれる」


「最強の味方じゃん」


「そうなんだけどね」


 桜井は、苦笑いしながらノートの表紙を撫でた。


「千夏って、基本的に“イケイケ”だからさ。“もっとやっちゃえ”ってなることが多いんだよね」


「ああ……なんとなく想像つく」


「だから、安藤くんみたいな“ブレーキ役”も必要なの」


「僕、ブレーキ扱いなんだ」


「大事な役だよ? 車だってブレーキないと事故るでしょ」


「事故らないための保険か……」


 まあ、納得はできる。

 西村がアクセルで、僕がブレーキ。

 桜井すみれという車を運転するには、たぶん両方必要なんだろう。


「でさ」


 レジに向かう通路の途中で、桜井が立ち止まった。


「そのブレーキ役にお願いなんだけど」


「まだ何か?」


「連絡先、交換しとかない?」


 唐突な提案に、少し目が点になる。


「……西村さんがいるのに?」


「千夏がいるから、だよ」


 桜井は、困ったように肩をすくめた。


「教室で安藤くんに話しかけるとさ、千夏が横でニヤニヤしてくるんだよね。“お、観察係と密談?”みたいな感じで」


「……うわ、やりそう」


「でしょ? だから、教室だとちょっと仕事の話がしにくくて」


 そう言いながら、スマホを取り出す。

 LINEのQRコード画面を表示して、僕の目の前に突き出した。


「それに、テスト期間中は屋上行きにくいし。緊急の“観察報告”とかあったら、こっちに投げてほしいなって」


「観察係専用ホットラインってこと?」


「そうそう。他の窓口は混み合ってるので」


 半分冗談みたいに言われて、半分くらい本気なんだろうなと思う。


 西村の冷やかしから逃れるための、裏口。

 そう言われると、断る理由はなかった。


 僕もポケットからスマホを出して、QRコードを読み取る。

 ポン、と通知音が鳴って、桜井の名前が友だち一覧に追加された。


(……この名前、画面で見るの、なんか変な感じするな)


 教室の真ん中にいる「桜井すみれ」が、

 小さなアイコンと文字列になって、自分のスマホの中に並んでいる。


 不思議な違和感と、ほんの少しの嬉しさが混ざった感覚だった。


「じゃ、何かあったら“観察メモ”送って」


「送るかどうかは、現場判断で」


「現場判断、了解」


 桜井は、にっと笑ってレジのほうへ歩き出す。

 その背中を見送りながら、僕もようやく自分が買うものを探しに行った。


(……まあ、“ネタです”ってLINE送るモブって、なかなかないな)


 そう思いつつも、通知が一個増えたホーム画面を見て、

 少しだけ、夏休み前の教室が違って見える気がした。



 翌日の朝。


 教室に入ると、真ん中の席のあたりがいつもより賑やかだった。


 桜井と西村が、机をくっつけて座っている。

 周りの席の何人かも混ざって、わいわい話しているけれど、

 中心になっているのは、やっぱりその二人だった。


 黒板の前で話しているやつの声や、椅子を引く音が重なって、

 言葉まではうまく聞き取れない。


 気にはなりながらも席に向かおうとすると、

 ちょうど西村がこっちを見た。


 目が合う。


 一瞬だけ、口元がニヤッと動いた気がした。

 まるで、「知ってるよ」と言いたげな顔で。


 そのあと、桜井が「もう、やめなって」とでも言うように西村の肩を軽く叩くのが見えた。


(……なるほど、たしかに話しづらいわな)


 苦笑しながら、僕は自分の席にカバンを置く。


 中心にいる人と、その横でツッコミを入れるアクセル役。

 書く人と、読む人。


 その輪の、少し外側で。


 窓際二列目の僕は、新しく増えたLINEの友だち一覧を思い出しながら、

 自分の立ち位置をもう一度確認していた。


(役割だけ増えて、中身はまだモブのまま)


 この前、ホームルームで見た「誰も手を挙げない時間」のことを思い出す。


 あのとき、沈黙を破ってくれた誰かのために、

 心の中でこっそり拍手していた自分がいたことも。


 モブとして背景に紛れるはずだった一年のはずが、

 どうやら僕は、「誰かの物語の周辺業務」に深く巻き込まれ始めているらしい。


 そんな自覚を、六月の終わりの教室で、ようやく少しだけ持ち始めていた。

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