表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録  作者: もりぞー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/90

第58話 「背景」が見えるのは、君だけだから

 十月に入り、放課後の空気は急速に秋めいてきた。

 窓の外が薄暗くなるのが早い。

 文化祭まであと二週間。校舎全体が段ボールとペンキの匂いに包まれ、どこかのクラスが練習する合唱の声が微かに響いている。


 そんな浮ついた空気の中、僕たち新聞係、またの名を「編集部(仮)」の四人は、いつもの空き教室に避難していた。

 クラスでは今頃、全員参加の段ボール加工作業が佳境を迎えているはずだが、僕たちは担任の先生から「新聞発行のための特別活動」という名目で許可を取って、ここに避難している。

 サボりではない。これもまた、重要な役割だ。


「――結論から言うと、文化祭特集号の構成案は二択かな」


 佐伯が、ホワイトボードにカツカツとマーカーを走らせる。

 彼女は振り返らず、背中越しに断言した。


「文化祭のあとに出すなら、感想より答え合わせだね。結果と反省が一番読まれる」


 佐伯は「A」「B」と大きく文字を書いた。


「案A『行列が伸びた時間帯と売れ筋まとめ』、案B『交代で詰まった瞬間と対策』。……来年の役に立つからね」


 相変わらずの切れ味だ。

 先日、僕を「湊」と呼び捨てにするという爆弾を投下して以来、佐伯の仕切りがやけにキレている気がする。

 ちなみにクラスの男子には「あれはただ短い方で呼びたかっただけだよ」と説明してある。まあ、誰も信じていない感じがするけど……。


「うわ、ガチのやつじゃん。夢がないねー」


 西村が頬杖をつきながら、退屈そうにペンを回す。


「サエさぁ、お祭りだよ? 終わったあとにシフトの反省会みたいな記事読みたくないって。ねえ、すみれは?」


 西村がパスを回す。

 静かにプリントを眺めていた桜井が、顔を上げた。


 彼女は少しだけ視線を伏せ、言いづらそうに口を開く。


「……私は、その、体験レポートみたいなのがいいかなって」


「レポート?」


「うん。……実はね、去年、私あんまり回れなかったから」


 桜井は苦笑いをした。

 整った顔立ちに、微かな陰りが落ちる。


「クラスの受付とか、お手伝いとかしてたら、あっという間に終わっちゃって。……だから今年は、ちゃんと見て回りたいなって。数字じゃなくて、みんながどんな顔で楽しんでいたか、その空気感を残せたら素敵だなって」


 しん、と場が静まる。

 桜井がそんな顔をすると、見ている僕たちのほうに罪悪感が湧いてくる。反則だ。

 佐伯も一瞬だけペンを止めて、ほんのわずかに息を吐いた。


「……そうだね。採用」


 佐伯が即答した。


「えっ、早! サエ、すみれに甘くない?」


 西村が目を丸くするが、佐伯は涼しい顔で「空気感も貴重な記録だからね」とノートに書き込む。

 まあ、今の空気で拒否はできないよな……。


「まぁ、いっか。よし決まり! 今年のテーマは『全エリア制覇』。取材ってことにして、全部回ろ!」


 西村が両手を叩いて宣言する。

 その宣言を聞いた瞬間、僕の中のやる気が一度死んだ。


「全エリア? 非効率的だよ」


 佐伯が眉をひそめる。


「全部で四十二個ある。取材時間を一件十分としても七時間。開催期間が二日間あるとはいえ、全て確認できるか分からないよ」


「そこをなんとかするのが、サエの手腕でしょーが」


「……計算してみるけどさ」


 佐伯はブツブツと計算していたが、ふと、その口元が微かに緩んだ。

 どうやら、変なスイッチが入ったらしい。彼女の瞳に熱が灯る。


「仕方ないな……最短で回るルートを作るよ」


 よし、流れは決まった。

 問題は、誰がどう動くかだ。


「じゃあ、役割分担だけど」


 西村が仕切る。


「私は『リーダー』ね。サエのルートの管理と、全体の時間管理をやるから」


 まあ、西村がいるなら佐伯の暴走は止まるだろう。


「あ、ちょっといい?」


 柔らかい声が遮った。

 桜井だ。

 彼女は作業の手を止め、佐伯を真っ直ぐに見つめた。


「写真は、凛ちゃんにお願いしたいな。凛ちゃんの撮る写真、構図が綺麗で好きなの。構図の切り取り方が上手いっていうか」


「……私は広報委員としての経験もあるからね。了解したよ」


 佐伯があっさり頷く。

 口元が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。


「ありがとう。……じゃあ、記事の文章は私が書くね。私、どうしても書きたいテーマがあるから」


「テーマ?」


「うん。文化祭って、キラキラしてるところだけが全部じゃないでしょ?キラキラ以外の空気も拾いたいんだ」


 桜井はそこで言葉を切り、ゆっくりと僕の方を向いた。

 大きな瞳が、逃げようとしていた僕を捕まえる。


「……だから、写真に添える一言、安藤くんにお願いしたいな」


 唐突な指名に、空気がピクリと反応する。


「……僕?」


 思わず聞き返す。

 佐伯が怪訝そうに口を挟んだ。


「待って。文章なら私でも書けるよ。写真とセットのほうが、まとめやすいと思うけど」


「ううん、違うの凛ちゃん」


 桜井は、ふわりと笑った。

 けれどその笑顔は、佐伯の言葉を優しく、しかし断固として拒絶していた。


「凛ちゃんの文章は『正しい』の。でも、私が欲しいのは『背景』なの」


「……どういうことなのかな?」


「えーと、つまり」


 桜井は紙の端を指で押さえたまま、僕を見た。


「安藤くんはいつも、教室の隅っこまで見てるでしょ?」


 その言葉で、僕は桜井のエッセイに引きずり込まれた“最初の日”を思い出す。

 『安藤くんって、そういうの、よく気づいてるでしょ』と、当時も言われていたっけ……。


「キラキラした場所だけじゃなくて、誰も見ていない『背景』に気づけるのは……安藤くんだけだから」


 彼女は一歩、僕に近づく。

 有無を言わせない「圧」が、笑顔の裏から滲み出ていた。


「この記事の『背景』は、安藤くんじゃないと困るの。……ダメ、かな?」


 桜井は僕の顔を覗き込むように見て、首を少しだけ傾げた。

 口調は「お願い」なのに、空気はもう決まっているみたいだった。


 佐伯は「……そう見える根拠があるなら、受け入れるよ」と、眉を少し寄せたまま引き下がった。

 西村はニヤニヤしてこちらを見ている。


 僕は小さく息を吐いた。


 さっき思い出した僕と桜井の始まりが、背中を押してくる。

 あの時から桜井は、こういう場面では意外と強引だ。

 そして僕は、その強引さに弱い。


 それに。


『安全地帯で解説してるだけじゃ、一番いいとこは持ってけねえぞ』


 陸の言葉が、言い訳を探す僕の脳裏をよぎる。

 一番いいところなんて、想像できない。

 けど、「背景」としてついていくだけなら、僕の性分にも合っている……はずだ。


「……分かった。その『背景』、僕が拾ってみるよ」


 僕が観念して答えると、桜井はぱあっと花が咲くように破顔した。


「ふふ、ありがとう! 頼りにしてるね、安藤くん」


 その笑顔を見て、佐伯がボソリと「……非効率だと思うけどな」と呟いたのが聞こえたが、僕は聞かなかったことにした。


 こうして、文化祭当日の取材班が決まった。

 撮影係、佐伯。

 リーダー、西村。

 記事担当、桜井。

 そして背景担当、僕。


 役割分担は決まった。

 僕の胃が持つかどうかを除けば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ