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「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録  作者: もりぞー


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第57話 モブの領分、主役の領分

 週末、土曜日の昼下がり。

 僕は近所のコンビニの駐車場で、ぬるくなった缶コーヒーをあおっていた。


 平日の学校から解放された、束の間の休息。

 だけど、頭の中はこの前の出来事で埋め尽くされていた。


『湊』


 佐伯による、突然の呼び捨て。


『……なんか、ずるいなぁ』


 そして、それに対する桜井の反応。

 あの言葉の意味を考えても、答えは出なかった。

 分かるのは、来週からの新聞係の活動が、今まで以上に胃の痛いものになるという未来だけだ。


「……はあ」


 深いため息をついた、その時だった。

 背中に、やたらと明るい声が投げられた。


「おい、湊」


 振り返ると、陸がいた。

 他校のジャージに、エナメルバッグ。

 片手にはプロテインバーの袋。


 生き方が陽キャのそれだ。

 見ているだけで、省エネ主義者の体力が吸われる。


「……陸か。奇遇だね」


「おう。プロテインバー買いに来た。お前こそ、こんなとこで何ため息してんの」


 陸はニカっと笑うと、買ってきたばかりのゼリー飲料の蓋を開け、僕の隣に腰を下ろした。


「軽い現実逃避だよ……」


「あー、なるほどねぇ」


 陸は軽く笑い、僕の手元の缶コーヒーを指差した。


「『新聞係が修羅場ってる』って千夏ちゃんに聞いたけど、それか? お前、ついに下の名前で呼ばれる仲になったんだって?」


「……西村さん、何の連絡してるんだ」


「いいじゃん、湊。青春してんねえ」


「茶化さないでよ……。突然で、僕も面食らってるんだから」


「はいはい」


 陸はニヤニヤしながら、ゼリーを一口飲んだ。


「で? その新聞係、実際のところどうなんだよ。佐伯さんと、桜井さんと、千夏ちゃん。……メンツ聞いただけで胃もたれしそうだけど」


「まあ、大変は大変だけど……」


 僕は空を見上げる。

 ピリついた空気を思い出しながら、それでも口をついて出たのは、意外にも前向きな言葉だった。


「意外と回ってはいる……と思う。佐伯さんは筋が通ればちゃんと乗ってくるし、桜井さんはいいアイデアを出してくれる。僕は間で右往左往してるだけだけど、二人の方向が揃うと急に形になることが多いし、うまくハマるとパズルみたいで面白い……かも」


「へえ」


 陸が意外そうに眉を上げる。


「なんか、いい感じなんだな」


「……前にお前が言ったろ。『言葉を置け』って」


 僕は、五月の連休にフードコートで言われた言葉を口にした。


「あの時は意味が分からなかったけど。自分が前に出るんじゃなくて、舞台を整えるために言葉を使う。……編集者みたいなポジションが、僕には合ってる気がするんだ。裏方で済むなら、そのほうが楽だし」


 そう。僕は主役じゃない。

 去年の文化祭でもそうだった。僕は記録係として、ホール係として、彼女たちが輝くための土台を作ることに徹した。

 今回だって、僕が間に入って波を小さくできれば、それでいいと思っていた。


「主役はお前みたいな奴がやればいい。僕は袖からみんなを照らしているほうが性に合ってるんだよ」


 そこまで言って、言葉を切った。

 陸が、笑っていなかったからだ。


 陸は少し悩んだ顔で僕を見て、言葉を続けた。


「……お前さ」


「何?」


「その『裏方』って言い方さ……逃げ道になってないか?」


 ドキリとした。

 図星を突かれた動揺を隠すように、コーヒーの中身を確かめるフリをした。


「……別に。事実を言っただけだよ」


「……お前は昔から器用だ。周りをよく見てるし、空気を読むのも早い。……でも、そうやって『編集者』とか『裏方』って言葉の陰に隠れて、自分だけ安全圏に居座るのが好きだよな」


 陸は立ち上がり、服の裾を一回だけ払った。

 ただそれだけなのに、やけに様になる。

 こういう所が、主人公気質だ。


「……それ、楽しいか?」


「……どういう意味?」


「俺が言った『言葉を置く』ってのはさ、安全地帯から他人を動かせって意味じゃないぜ」


 陸は、いつもの軽口を引っ込めた。

 短く僕の名前を呼んで、間を置いた。


「湊。舞台の袖で満足して、揉め事の火消しが済んだら『よし』って引く……それで、お前の役割は終わりなのか?」


「……だから、僕は裏方、モブなんだって」


「裏方でもお前視点だと『主役』だろ。今のままじゃ、お前はただの『有能な観客』になっちまう」


 陸は真っ直ぐに僕を見た。

 五月のフードコートで見た時と同じ、逃げ道を塞ぐような、でも信頼のある目だった。


「欲しいもんがあるなら、演出家じゃなくて、主役として手ェ伸ばせよ。お前なら、できるさ」


「……欲しいものなんて、特にないけど」


「……ま、今はそれでもいいさ」


 陸はニカッと笑い、僕の肩をバシッと叩いた。


「お前が何を見てるか、俺は知らねえけどさ。……安全地帯で解説してるだけじゃ、一番いいとこは持ってけねえぞ」


 そう言い捨てて、陸は「じゃ、そろそろ帰るわ。応援してるぜ、湊」と背を向けた。

 ひらひらと手を振り、駅の方角へ向かって走り出す。

 重そうなエナメルバッグを揺らしながらも、その足取りは軽やかだ。


 残されたのは、僕と、すっかり温くなった缶コーヒー。


「……主役、か」


 僕は呟く。

 苦い味が口の中に広がる。


 欲しいもの。

 脳裏にふと、あの教室の光景がよぎる。

 窓際で、僕を見つめていた桜井の視線。

 そして、僕を「湊」と呼んだ佐伯の真っ直ぐな瞳。


 僕はただ、平穏に過ごしたいだけだ。

 波風を立てず、省エネで、モブとして高校生活を完走する。

 それが目標のはずだった。


 なのに。

 陸の言葉が、小骨のように喉に刺さって抜けない。


『安全地帯で解説してるだけじゃ、一番いいとこは持ってけねえぞ』


 一番いいところ。


 考えようとした瞬間、僕は無意識に空を見上げていた。

 分からないんじゃない。分かりたくないだけかもしれない。


「……余計なお世話……だ」


 僕は誰に聞かせるわけでもなく悪態をつき、残りのコーヒーを一気に流し込んだ。

 胃の痛みは、さっきより少しだけ種類が変わっていた。


 ポケットの中で、スマホが震えた。

 画面を見ると、LINEの通知。

 桜井からだ。


『見出しの件だけど、週明けにまた相談してもいい?』


 いつもの丁寧さ。

 そこまでは平常運転だった。


 続けて、もう一件。


『凛ちゃんの意見だけで、勝手に進めないでね』


 その直後に、猫がじっとこちらを覗き込むスタンプ。

 釘を刺すような文面。仕事熱心な彼女らしい、と言えばそれまでだ。

 けれど覗いている猫の目は、どこか拗ねているようにも見えて、なぜか落ち着かない。


 指が止まる。

 了解だけ返すのが一番安全。分かってる。

 分かってるのに、なぜか一拍だけ迷ってしまう。


 余計なことを書きかけて、消した。


『了解。週明けで』


 送信。

 すぐ既読がついて、次の瞬間。


「メッセージの送信を取り消しました」


 トーク画面には、その一行だけが残った。


 ……今の、取り消すほどの内容だったか?

 だけど、消されたはずの言葉のほうが、逆に目に残る。


 苦いはずの缶コーヒーが、最後の一口だけ、妙に甘く感じた。


 主役になる気はない。

 でも、陸の言葉は僕の中に確かに影響を与えていた。

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