表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録  作者: もりぞー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/86

第36話 連休明け、絶望の束

 連休明けの朝の教室は、重力が三割増しだ。


 寝不足の気だるげな顔、どこかの観光地の日焼けの匂い、派手な配色の土産袋。

 それらが机の上に散乱し、全体として「現実に戻ってきた」という事実だけが浮き彫りになっている。


 僕は席に着いて、指先でシャーペンを回していた。

 平常運転。問題ない。

 自分に言い聞かせるように、指先の感覚を確認する。


 右隣の佐伯は、すでにノートを開いて予習をしていた。

 連休明けだろうが関係ないというスタンスが、その背筋だけで伝わってくる。


 チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。

 連休ボケを引きずる生徒たちに対し、先生は一ミリも空気を読まない顔で告げた。


「はい。全員、着席。いきなりで悪いが、国語の課題の話をするぞ」


 ざわ、と空気が揺れた。

 休み明け初っ端に「国語の課題」という単語。これほど分かりやすくテンションを下げる言葉もない。


 先生は教卓に、ホチキスで留められたプリントの束を「ドン」と置いた。

 紙が重なる音は小さいのに、教室の重さがぐっと上がった気がした。


「これ。学級新聞。今月から毎月提出な」


 絶望の本質は、物量じゃない。

 回数だ。


「え、毎月?」


「うそでしょ……」


「連休明けの初手がそれって、鬼か」


 あちこちから悲鳴に近い小声が漏れる。

 先生は動じずに続けた。


「五月から三月まで。毎月一回。体裁は簡単に決めてある」


 黒板に、白い文字が淡々と刻まれていく。


 ・活動報告

 ・クラスの一言(複数人コメント)

 ・写真(任意)


「活動報告は、行事でも部活でも何でもいい。クラスの一言は、全員からコメントを集めること。写真は任意だが、あれば見栄えが良い」


 全員から。

 その条件が出た瞬間、教室の空気がもう一段階、深く沈んだ。


 先生は、さらに追い打ちをかけるように別の紙束を持ち上げた。


「これは作成要項と、去年の優秀作品だ。あと、進行管理用のチェックリスト。後で回すぞ」


「チェックリストまであるの……」


 誰かが絶望的に呟き、別の誰かが乾いた笑いをこぼした。


 先生は教室内をぐるりと見渡した。


「で。編集の核になるメンバーを四人決める。役割分担もだ。進行役がいないと毎月地獄を見ることになるからな」


 地獄って言った。

 教師の口から「地獄」という単語が出た瞬間、現実味が増すのはやめてほしい。


「希望者、いるか?」


 手が上がらない。

 教室は一瞬で静けさに包まれた。


 僕は黙って、ノートの端に日付を書いた。

 黙ってやり過ごすのも選択。一番楽な方。

 でも。


 連休中の、陸の声が頭の隅で再生される。


『言葉を置く』


 先生が諦めて指名しようと息を吸った瞬間、西村がパッと片手を上げた。


「はーい。沈黙が痛いので、雰囲気担当として一名いきます」


「雰囲気担当?」


「クラスが作業中に爆発四散しないようにガス抜きする係です」


 西村の軽口に、張り詰めていた教室の空気が少しだけ緩んだ。

 先生が頷く。


「まぁいいか。西村は確定。あと三人、いるか?」


 桜井が、周囲の様子をそっと確認してから、静かに手を上げた。


「私、文章のまとめならできます」


 言い方が、変に強くない。

 いつもの、芯のある桜井だ。


 教室から「おおー」という安堵の声が漏れる。

 先生がまた頷く。


「桜井。本文担当な」


 続いて、隣の佐伯がすっと手を上げた。

 迷いがない。必要だと思ったから上げた、という最小限の動き。


「構成とレイアウトならできます。見出しの作成も」


 教室が一瞬だけ静まり返る。

 佐伯の声は、空気を切る鋭さがある。良くも悪くも。


 先生が短く告げる。


「佐伯、構成担当」


 残り一人。


 このまま黙ってるのも選択だ。

 けれど、この前の陸の言葉が僕を後押しした。


 僕は、おもむろに手を上げた。


「……取材と、写真ならやります」


 自分の声が、静かな教室で想像以上にクリアに通った。

 言葉を置いた瞬間、心臓が一拍遅れて大きく跳ねる。


 写真は、ファインダー越しに世界を見る役だ。

 レンズという一枚の壁があれば、参加者でありながら傍観者でいられる……はずだ。

 これは、モブとしての生存戦略でもある。


 先生が、即決する。


「よし、安藤。取材と写真係な」


 桜井が一瞬だけ、驚いたように、でも嬉しそうにこっちを見た気がした。


 先生は黒板をパンと叩いた。


「よし。核はこの四人だ。だけどな」


 先生が人差し指を立てる。


「これは学級新聞だ。四人だけで回そうとすると、すぐ破綻する。だから最初から、全員を巻き込め」


 先生は黒板の「クラスの一言」の下に、太いチョークで書き足した。


 全員参加


「コメントは一人一行でもいい。むしろ短いほうが読みやすい。四人は、悪いが明日中にコメント募集を出すように頼む」


 明日中。

 連休明けに、全クラスメイトへのコメント募集。

 絶望の束は、まだその厚みを増すつもりらしい。



 先生が配った要項の用紙が、なぜか僕の机の上に散乱している。


 昼休みになった途端、桜井と西村が当然という顔でこちらにきて資料を広げ始めたからだ。

 佐伯は隣の席で中身を確認している。


 西村が、紙をパラパラとめくって顔をしかめた。


「ねぇこれ、『提出期限は毎月末』って書いてある。月末死ぬじゃん」


「死ぬかな……」


「死なない工夫をするのが私の役目。チームの空気清浄機および安全装置です」


 西村は胸を張る。

 張るほどの実績はまだない。


 佐伯が、チェックリストを指先でなぞる。


「月末提出なら、逆算して取材は第二週までに終わらせたほうがいい。コメント収集は第三週まで。編集作業は第四週かな」


「逆算が早すぎる」


 僕が言うと、佐伯は顔色一つ変えずに返す。


「早いほうがいい。……後半に余裕がないと、粗が出る」


 合理的だ。

 あまり聞きたくない真実だけど、正しい。


 桜井がメモ帳を取り出して、さらさらと書き始めた。


「活動報告、五月分は最初だし、何にする? 連休明けだから、クラスの近況報告に寄せてもいいよね」


 口調が、いつもの柔らかさから少しだけ「編集モード」に切り替わっている。

 桜井が書くモードに入ると、こうなる。


 西村が指を折る。


「うーん、部活勢はネタが強い。帰宅部は弱い。格差が出るかも?」


「差が出ない書き方が必要だね」


 桜井が頷く。


 僕は、渡された過去の紙面例を見ていた。

 写真があると、紙面が締まって見栄えが良い。

 そして、ファインダー越しに人を見る写真係という役割は、妙に僕らしいポジションだ。


 そんなことを思いながら、自分の役割についてメモをしていたとき、桜井が僕の手元のノートを覗き込んできた。


「安藤くん、それ」


「何?」


「取材メモの取り方。箇条書きで、要点が先に来てる」


 褒め方が、なんだか編集者っぽい。

 観察するのが癖なのに、観察されると途端に居心地が悪くなる。


「ただの癖だよ」


「癖でそれができるなら、すごく助かる。新聞の文書を書くとき楽そう」


「褒めてるのか、それ」


「褒めてる。ちゃんと褒めてるよ」


 桜井はさらっと言う。

 僕のほうが先に照れるのは、どう考えても不公平な取引だ。


 西村が、わざとらしく間に割って入る。


「はいはい。仕事モードにかこつけて距離詰めない。ここ、教室」


「「詰めてない」」


 僕と桜井の声が、完全に重なった。


 西村がビシッと指をさす。


「ほら、二人とも同じ返し。はい出た。二人だけ分かるテンポ」


 僕は咳払いで誤魔化した。

 佐伯が、我関せずといった様子で顔を上げる。


「今の掛け合い、悪くない。……紙面も同じで、リズムがないと誰も読まない。読者はただのクラスメイトだから」


「急に編集論」


「事実だから」


 佐伯は短い。

 でも、悪意はない。ただ事実を述べているだけだ。


 桜井が、パンと軽く手を叩いた。


「じゃあ、クラス全員に投げるコメント募集、どうする?」


 西村が即答する。


「質問形式がいいと思う!悩まず書けるやつね」


 佐伯が補足する。


「テーマは絞るべき。自由記述だと書けない人間が増える」


 僕は、自分のノートの端に書いたメモ「言葉を置く」を見た。


 ここでも、一言でいい。

 言葉を置け。


「……二択にしないか?」


 三人の視線が集まる。


「二択?」


「たとえば『連休明けに一番だるいのは、朝起きること、課題を見ることのどっち?』みたいな。それなら短く返せるし、負担が少ない」


 西村が吹き出す。


「課題を見ることは、今ここで確定でしょ!」


「確定」


 佐伯が頷く。真顔で。


 桜井が口元を押さえながら笑って、メモする。


「いい。書きやすいし、集計グラフっぽくできる。紙面にするときも見やすい」


 評価が、完全に編集者の視点だ。

 なのに、胸の奥が少しだけ温かくなるのは、たぶん気のせいじゃない。


 西村が腕を組む。


「じゃ、募集の投げ方。黒板に書く? それとも紙回す?」


 佐伯が淡々と言う。


「アナログだけど紙で回す。そのほうが回収が確実にできる。……あと、匿名はノイズが混ざる。実名のほうが安全」


 匿名。

 その単語が、僕の胃のあたりを軽く押した。


 桜井が僕を一瞬だけ見て、すぐにメモへ視線を戻した。

 偶然かもしれない。けれど、そこだけ空気がふわりと柔らかくなった気がした。


 西村が、よし、と膝を叩いた。


「役割も決まったし、まずはコメント集めから。四人だけで閉じないように、全員巻き込む。これ最重要」


「大事」


 桜井が頷く。


 佐伯が、紙束をトントンと机で整える。


「明日配るなら、これから質問文を確定させる。見出し案も作る」


「仕事が早いな」


 僕が言うと、佐伯は少しだけ首を傾けた。


「揉め事は、先送りにするほど利子がつくから。……払いたくないでしょ、高い利子」


 佐伯は相変わらず真顔で言う。

 身も蓋もないが、反論の余地がないほど正しい。


 僕は、ノートに一行だけ書き足した。


 コメント募集:二択+一言


 たったそれだけのことなのに、今日の僕は、モブの安全圏から少しだけ前に出ている気がした。

 黙らないのも選択。

 そして、言葉を置いて参加するのも選択。


 西村が僕のノートを覗き込んで、ニヤッとする。


「湊、今日わりと自分から動いてるね」


「……そうかな?」


「はい加点」


「何の」


「青春ポイント」


「これは労働ポイントでしょ……」


 僕が即座に返すと、桜井が小さく笑った。

 誰にも聞こえないくらいの小ささで、でも僕にははっきりと分かった。


 その笑いが、今日の紙束の重さを、ほんの数グラムだけ軽くした気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ