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「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録  作者: もりぞー


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第32話 二年目の春、プロのモブと転校生

 廊下の掲示板に、二年のクラス名簿が貼られていた。


 僕は人だかりの外側から、自分の名前を探す。


 二年C組。


 その行の少し上に、桜井すみれ。

 さらにその隣に、西村千夏。


(……同じクラスか)


 偶然というには出来すぎている並びに、自分でもよくわからない気持ちになった。


 春休みは、驚くほど静かだった。

 終業式の日にあんな大げさな「契約更新」みたいなことをしたくせに、メッセージの一つもなかった。

 街でばったり会う都合のいい偶然も起きない。


(まあ、それが適正距離なんだろうけど)


 スマホの画面を開いて、書いては消したメッセージがいくつあったか、彼女は知らないだろうし、言うつもりもない。

 静かすぎて、あの日の握手が夢だったみたいに薄れていく。

 なのに、指先に残った熱い感触だけは、なぜか消えてくれないのが嫌になる。


 そして四月。

 新しい名簿の前で、僕は一年間お世話になったモブの平穏が、音を立てて崩れる予感がしていた。



 新学期の教室は、紙の音が先に来る。


 プリントが配られて、机の上で擦れる、さら。

 椅子が引かれて、床が鳴る、ぎい。

 どこかで誰かがファイルを落として、がたん。


 窓の外は春の光が強い。

 空気だけが勝手に「新しくなりました」って顔をしている。


(クラスが変わると何でも新しく見えるな)


 僕は、受け取ったプリントを端から揃えながら、心の中で小さく宣言した。


 今年は、プロのモブでいく。


 ただ隠れるんじゃない。

 照明係が舞台に上がらないのと同じだ。

 主役たちが一番輝く角度を、客席の誰よりも知っている位置。

 そこに徹する。


 桜井すみれと、西村千夏。

 あの二人と同じクラスになった以上、巻き込まれるのは確定事項だ。


 なら、最高の観客席を確保しつつ、トラブルの火の粉だけをスマートに払う。

 それが高二の僕の生存戦略だ。



「えー、静かに。まずは席を決める」


 新しい担任が教壇の前で声を張った。

 三十代くらいの、少し気だるげな男性教師だ。

 有無を言わさぬ手つきで、黒板にマグネットで大きな紙を貼り付ける。


 座席表が貼り出された瞬間、教室は一気にイベント会場になった。


「うわ、最前列かよ死んだ」


「後ろだ! 神降臨! 俺の時代来た!」


「窓際、取られた……マジか」


 席の位置で人生が決まる、と言わんばかりの熱量でみんなが黒板に群がる。

 僕は人混みの圧をやり過ごし、波が引いてから座席表を確認した。


(……窓際)


 しかも、いちばん後ろから二番目。


(よし。勝った)


 目立たない場所というのは、それだけで安心する。

 座席表の良し悪しは、一学期の成績より重要かもしれない。


 しかし、その安心は秒で消えた。


 僕の右隣の欄に、知らない名前がある。


『佐伯 凛』


(……誰だ?)


 名簿にはなかった名前だ。

 しかも、そこだけマジックの手書きで『佐伯 凛』と書き足されている。


 黒板から目を離したタイミングで、野太い声が飛んできた。


「俺、廊下側のいちばん前なんだけど!」


 山本だ。相変わらず声がでかい。

 大木も近くの席にいるのが見えた。いつものメンツがいるのは助かるが、今はそれどころじゃない。


「先生の視界に常時入る、最高の主役席だな」


 大木が淡々といじる。


「終わった。俺の高二、始まって五分で終わった」


「まだ出席取っただけだろ」


 周りがくすくす笑う。

 春の騒がしさは嫌いじゃない。

 刺さっていたトゲが抜けるように、空気が柔らかくなる。


 僕は自分の席──窓際の後ろから二番目へ向かった。

 右隣の席は、空席のままだ。


 全員の移動が終わり、ざわめきが落ち着くのを待って、担任が口を開いた。


「よし。じゃあ、最後のひとりを紹介する。入って」


 教室の扉が、静かに開いた。

 空気が一瞬で変わるのがわかった。


 入ってきたのは、女子生徒だった。


 背筋がすっと伸びていて、目元が涼しい。

 艶やかな黒髪は腰まで届く長さで、派手じゃないのに自然と視線が集まるタイプの落ち着きがある。


(……あの子が、佐伯凛?)


 教壇の横に立った彼女は、短く頭を下げた。


「佐伯凛です。四月からこちらに転入しました。よろしくお願いします」


 声も表情も必要な分だけ。

 自己紹介って、もう少し「初めまして」の揺れが出るものだと思ってたけど、佐伯は違った。


 担任が何か一言あるかと促すと、佐伯は一拍置いて続けた。


「前の学校では、弟のゲーム配信の説明文を直したり、学校のイベント紹介文を手伝ったりしてました。文章を考えるのが好きです」


 教室がちょっとだけざわつく。


「配信……?」


「紹介文って、配ったりするやつ?」


「それ地味にすごくね」


 担任が「へえ」と頷いた。


「文章得意なら、助かるかもな。五月くらいからクラスのまとめみたいなのを予定なんだよ。まあいい、佐伯の席はあそこだ」


 担任が指差したのは、僕の隣──唯一の空席だった。


 佐伯が顔を上げ、迷うことなくこちらへ歩いてくる。

 近づくにつれて、教室中の視線が僕の周辺に集まるのを感じる。


(前言撤回。これ、一番気の抜けない席だ)


 彼女は僕の横まで来ると、音もなく椅子を引いて座った。

 

 すぐに教科書を開いて、騒ぎの外に自分を置く。

 クラスの連中は遠巻きに様子を伺っているが、この「話しかけるなオーラ」のせいで誰も近づけないようだ。


(……マイペースだな)


 ページをめくる指先が静かで、無駄がない。

 ふっと、清潔な石鹸のような匂いがした気がした。



 休み時間。


 僕がノートを閉じたタイミングで、右隣から小さい声が飛んできた。


「さっき先生が言ってた、クラスのまとめって」


 佐伯だ。

 視線はノートの上のまま。


「クラスの主役の話だけ集めたら薄っぺらくなりやすい」


 挨拶もなしに、いきなり切り口が鋭い。


「……主役の話って?」


「目立つ人の話。盛り上がるけど、だいたい内容は同じになるから」


 温度のない言い方なのに、妙に説得力がある。

 僕が返事を探していると、佐伯が淡々と続けた。


「主役じゃない側の一言を拾えると、内容に厚みが出る。……そういうのが、本当のリアリティになると思う」


 言いながら、ちらっと僕を見た気がした。


(この人、初日からもうそんな事考えてるのか)


 僕は戸惑いながらも、曖昧に頷いた。


 そのとき、僕と佐伯の会話を断ち切るように、前から影が落ちた。


「安藤くん」


 顔を上げると、桜井が立っていた。

 なぜか、笑顔なのに目が笑っていない気がする。


 彼女は、僕の机の右斜め前──ちょうど佐伯との境界線あたりに立った。


 それから、僕の机の右上の角に手をついて、ぐいっと身を乗り出してくる。

 

 まるで僕と佐伯の間を、物理的に分断するような配置だ。

 彼女の腕と体が壁になって、僕の視界から佐伯が消える。

 強制的に、桜井だけを見る形になる。


 距離が近い。

 視界いっぱいに桜井の顔があって、ふわりと匂いが混ざった。


「なに話してたの?」


「いや……大した話じゃないよ」


「ふ〜ん……」


 桜井はそう言いながら、ついていた手で、僕のプリントをトン、と叩いた。


 それから、身を乗り出したまま、視線だけを自分のすぐ横──佐伯のほうへ向ける。


「転校生の佐伯さん、だよね」


 佐伯が顔を上げた気配がする。

 僕からは、佐伯の表情までは見えない。声だけが聞こえてくる。


「うん。佐伯凛。よろしく」


「桜井すみれ。よろしくね」


 握手が発生しそうな空気なのに、桜井は動かない。

 僕と佐伯の間を体で遮断したまま、言葉だけを交わす。


 僕の右側で、桜井からの一方的な圧を感じる気がする。

 対する佐伯は、あくまで無風だ。

 その温度差が逆に怖い。


「文章好きって言ってたよね?私もなんだ」


 桜井が軽く笑う。


「桜井さんも、文章書くの?」


 佐伯が聞く。


 桜井は一瞬だけ間を置いて、笑顔を崩さないまま言った。


「国語の作文は好きかな。あと、色々な空気を言葉にするとか……ね」


 言い方が、妙に含みを持たせている。

 僕は余計な反応をしないように、プリントを揃えるふりをする。


 桜井が視線を僕に戻した。


「安藤くんは? 文章書くの?」


「僕は読む担当だから」


「逃げた」


「逃げた」


 桜井が即断し、佐伯が淡々と復唱した。

 同じ言葉なのに、味が違う。桜井のは揶揄で、佐伯のは確認だ。

 変なシンクロを起こさないでほしい。


 そこへ、呆れたような声が降ってきた。


「ちょっとすみれ。新学期早々、距離近くない?」


 西村千夏だ。

 いつの間にか桜井の背後に立って、ニヤニヤしながら僕たちを見ている。


 桜井は、言われて初めて気づいたのか、ほんの一瞬だけ目が泳いで、すぐにすました顔を作った。


「……近い? 普通だよ。挨拶してただけ」


「普通は人の机に陣地作らないの。完全に囲い込みにいってるじゃん」


「気のせいだよ」


 桜井はそう短く返して、少しだけ体を引いた。


 西村は「はいはい」と楽しそうに笑って、今度は佐伯のほうを見た。


「で、こっちが噂の転校生?」


「噂はまだ出てないと思う」


 佐伯が真顔で返す。


「出るよ。出る出る。初日に『文章好き』なんてキャラ立て、しかも美人!絶対出るでしょ!」


 西村が予言者のように断言する。

 桜井がたしなめるように言う。


「千夏、言い過ぎだよ」


 女子の会話のラリー。

 僕はその端で、黙って嵐が過ぎるのを待つ。

 モブとして気配を消すのは得意だ。


 桜井が、ふっと声のトーンを落とした。


「とにかく。二年生もまたよろしくね」


 それは、普通の挨拶のはずなのに。

 桜井の視線だけが、僕の指先に一瞬落ちて、すぐに戻った。


 僕は何も言わずに、ほんの少しだけ顎を引いて頷いた。


 桜井は、誰にも分からないくらい小さく口角を上げた気がした。


 席への戻り際。

 僕にだけ見える角度で、桜井が唇を動かす。


『続き、始めるよ』


 そう読めた気がした。


 声は出ていない。

 けれど、意味はわかった。

 僕は返事の代わりに、シャーペンを一回だけカチッと鳴らした。


 こうして、僕の高校二年生の春が始まった。

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