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モブ志望の僕は、クラスの有名人に観察係としてスカウトされました  作者: もりぞー


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22/27

第22話 反省会という名の、答え合わせ

 文化祭が終わった週の、金曜日の放課後。


 学校から少し離れたファミレスのボックス席に、僕たちは集まっていた。


「はい、それじゃあお疲れさまでしたー」


 気の抜けた音頭をとったのは、陸だ。

 ドリンクバーのメロンソーダを掲げて、乾杯の合図をする。


「お疲れー」


「お疲れ様です、相談役」


「お疲れ様」


 僕、西村、桜井の三人も、それぞれのグラスを軽く合わせる。

 プラスチックのコップがごん、と鈍い音を立てた。


 メンバーは、僕と桜井。

 そして、「観客席チーム」こと西村と、他校からわざわざ呼び出された陸。


 クラス全体の打ち上げは、当日の夜に行われたらしいけど、僕はパスした。

 桜井も「顔だけ出してすぐ帰ってきた」と言っていた。

 結局、この四人でこじんまりと集まっている今のほうが、空気の密度としては楽だ。


「で? どうだったのよ、実際のところ」


 フライドポテトをつまみながら、陸がニヤニヤした顔で切り出した。


「記録係と看板娘の、文化祭逃避行は」


「逃避行じゃない。ただの休憩」


 僕はアイスコーヒーのストローを回しながら、即座に訂正する。


「人聞き悪い言い方するな」


「えー? でもさ、二人で抜け出してたの、けっこう目撃情報あったよ?」


 対面に座っている西村が、スマホをいじりながら援護射撃をしてくる。


「“中庭のベンチで、安藤と桜井さんが二人だけの世界作ってた”って」


「作ってない。ただ缶コーヒー飲んでただけだ」


「それを“二人だけの世界”って言うんだよ、湊」


 陸が呆れたように言う。


 隣に座っている桜井を見ると、彼女はウーロン茶を飲みながら、くすくすと笑っていた。

 否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ楽しそうだ。


(……この人、完全にいじられるのを楽しんでるな)


 文化祭での「主役疲れ」から解放されて、今はただの「桜井すみれ」としてここにいる。

 その横顔が、教室にいるときより少しだけ幼く見えた。


「あ、そうだ。これ見せたっけ」


 西村が、思い出したようにスマホの画面をこっちに向けた。


「共有アルバムに上がってたやつなんだけど……これこれ」


 画面に映っていたのは、あの日の中庭の全景写真だ。

 校舎の三階から撮られたものらしく、中庭を行き交う生徒や、出店のテント、そして青空が綺麗に収まっている。

 タイトルをつけるなら『文化祭の賑わい』といったところか。


「写真部の子が上げた『最高の秋晴れ』って写真なんだけどさ。……ここ」


 西村が、画面の右下、ベンチのあたりを指でピンチアウトして拡大する。


 画質が少し粗くなる中、ベンチの端と端に座る、豆粒みたいな二つの影が浮かび上がった。

 うつむいて缶コーヒーを飲んでいる男子と、空を見上げている女子。


「……よく見つけたな、これ」


「中庭のベンチって聞いたからね、もしかして、いるとしたらこの辺かな〜ってね」


 西村がニヒヒと笑った。


 僕は呆れてため息をつく。

 でも、正直ホッとした。

 これなら「特定の誰か」として認識されていない。完全に「背景の一部」だ。


(よかった。モブとしてのステルス性能は維持されてる)


 僕が胸を撫で下ろしていると、隣から桜井が身を乗り出した。


「え、すごい。いい写真!」


「でしょ? 風景に馴染みすぎてて、誰も気づいてないけどね」


「これ、こっそり保存しちゃお」


「……保存するんだ」


 僕がぼそっと言うと、桜井は「ん?」とこっちを見た。

 キョトンとした顔だ。


「だって、すごくいい雰囲気じゃない? この時の空気感、好きだったから」


 変な照れも、下心もなく。

 本気で「風景として」気に入っているのが分かる。


(……まあ、背景写真としてなら、いいか)


 僕一人が自意識過剰になっているのが馬鹿みたいだ。

 でも、桜井がその写真を保存して、嬉しそうに画面を眺めているのを見ると、まあいいかという気になってしまう。


 写真の中で、僕たちは誰にも邪魔されない距離感で、静かに座っていた。

 誰の目にも留まらないけれど、確かにそこにいた記録。

 それはそれで、悪くない。


「はいはい、ごちそうさまー」


 陸が、わざとらしく両手を広げた。


「なんか喉乾いてきたから、ドリンクバーおかわりしてくるわ。千夏ちゃん、行こ」


「了解。新作のミックスジュース開発してくる」


 あまりにも分かりやすい口実で、二人が席を立った。

 観客席チームの、露骨な「二人きりにさせる作戦」だ。


 残されたのは、ボックス席に並んで座る僕と桜井だけ。


 ファミレスの喧騒が、急に遠くなる。

 隣に座っている桜井の、制服の袖が触れそうなくらい近い。


「……分かりやすい二人だね」


 桜井が、ストローで氷をつつきながら言った。


「ほんとにな。余計な気遣いばっかりしやがって」


「でも、楽しかったね。文化祭」


 唐突な言葉に、僕は桜井を見る。


「うん。まあ、なんだかんだで」


「わたしさ」


 桜井は、グラスから手を離して、テーブルの上に腕を乗せた。

 少しだけ、僕のほうに体を傾ける。


「あのスタッフブックの編集後記、すごく気に入ってるんだ」


「ああ……“誰かの目線を借りました”ってやつ?」


「うん」


 桜井は、テーブルの上の伝票を見つめながら続けた。


「文化祭中、ずっと“看板娘”とか“店長”とか呼ばれて、みんなに見られてたけどさ」


「うん」


「わたし自身が“見られたい自分”でいられたのって、たぶんあの中庭の十五分だけだった気がする」


 どくん、と心臓が跳ねた。


 店内のBGMが、一瞬聞こえなくなった気がした。


「それって……」


「安藤くんの前だとさ、別に主役ぶらなくていいし、いい子ぶらなくていいし」


 桜井が、ちらっとこっちを見上げる。

 その瞳は、熱っぽいというよりは、澄み切った色をしていた。


「ただの“共犯者”でいられるから」


 共犯者。

 エッセイを書くときに、二人で決めた関係性。


「だから、あの休憩時間が、わたしにとっての“文化祭のハイライト”だったかも」


 そう言って、桜井ははにかむように笑った。

 それは、「好き」と告白する時の顔というより、「親友」に秘密を打ち明ける時のような、無防備で信頼しきった笑顔だった。


 だからこそ、タチが悪い。

 恋愛的な駆け引きならかわしようもあるけど、こういう直球の信頼を投げられると、こっちは受け止めるしかない。


「……僕も」


 喉が渇いたのをごまかすために、氷の溶けたコーヒーを一口飲む。


「僕も、あの時間は悪くなかったと思う」


「“悪くなかった”?」


「……訂正。一番、落ち着く時間だった」


 精一杯の素直さをひねり出すと、桜井が「ふふ」と満足そうに笑った。


「なら、よし」


 ちょうどそのタイミングで、

「お待たせー。あー、変な色になった」

 と、陸と西村が戻ってきた。


 二人の手には、なみなみと注がれた怪しげな色のドリンク。

 そして、戻ってきた瞬間に二人の顔を見て、ニヤリと笑う。


「……なんか、いい雰囲気になってた?」


「なってない」

「なってないよ?」


 僕と桜井の声が、妙にきれいにハモった。


「はいはい、そういうことにしておきましょうねー」


 西村が怪しげな色のドリンクを一口飲んで、楽しそうに言う。


 窓の外を見ると、日はもうだいぶ傾いていた。

 秋の終わりの風が、ガラスの向こうで吹いている。


 文化祭という「非日常」が終わって、また「日常」が始まる。

 でも、その日常は、以前のただのクラスメイトだった頃とは、決定的に色が違っている。


 隣でストローの先で氷をカランと鳴らす桜井の横顔を見ながら、僕は冬が来るのもそんなに悪くないかもしれない、とぼんやり思った。

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