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モブ志望の僕は、クラスの有名人に観察係としてスカウトされました  作者: もりぞー


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第20話 祭りの後の答え合わせ

 午後。

 一般公開の時間帯も半ばを過ぎ、客層が少し変わってきたころ。

 ホールで注文を取っていると、見慣れた輪郭が視界の隅に入った。


「……まい?」


 黒板側のほうから、制服姿の女子がぬっと現れる。

 中学の制服の上からパーカーを羽織り、手にはパンフレット。

 目つきの鋭さだけは、小学生の頃からあまり変わっていない。


「いらっしゃいませ〜……とか言うかと思ったのに」


 開口一番、それだった。


「接客ボイス聞けないじゃん、兄ちゃん」


「うるさい客が来たな」


 僕の妹、安藤まいだ。


「お母さんは?」


「別のクラス見てる。なんか、昔家庭科部だったとかで、やたら手芸系のとこ見たがってた」


「なるほど」


「とりあえず兄ちゃんのクラス冷やかしてから合流するって伝えといたから、安心して働きなさい」


「誰が安心するんだよ」


 そんな軽口を叩いていると、厨房から桜井が出てきた。


「安藤くんの……妹さん?」


「そう」


「はじめまして。いつも安藤くんに助けてもらってます」


「それ、こっちの台詞では……?」


 まいが、ぺこっと頭を下げる。


「安藤まいです。いつも兄がご迷惑を」


「迷惑なんてとんでもないです。ほんと、安藤くんがいないと回らないくらいで」


「へぇ〜……」


 まいが、じろっと僕と桜井を見比べる。


「兄ちゃん、ちゃんと可愛い人の役に立ってるとか、事前報告なかったけど?」


「そういう報告義務はない」


 僕が即答すると、レジのほうからクスクスと笑う声がした。


「いらっしゃい、安藤妹。お兄ちゃんの扱い、手慣れてるねー」


 西村だった。

 カウンターに肘をついて、面白そうにこっちを見ている。どうやらさっきの「安藤まいです」という自己紹介も、全部聞こえていたらしい。


「どうも」


「お兄さん、裏方としてめちゃくちゃ優秀だから。こき使ってごめんねー」


「あ、やっぱりこき使われてる枠なんですね。安心しました」


「おい、そこ納得するな」


 西村の軽口に、まいが鼻で笑う。

 西村もうまく「裏方の働き者」というラインで留めてくれたようだ。これならクラスの連中に聞かれても怪しまれない。


「あんまり邪魔するなって……」


 僕があたふたしている間に、桜井がメニュー表を差し出した。


「注文、どうする?」


「あ、じゃあホットレモンと、あとアイスミルクティーください」


「はーい。ホットレモンとアイスミルクティーね。少々お待ちくださ〜い」


 桜井が笑顔で応じて、厨房側へ向かう。西村も「ごゆっくり〜」と手を振った。


 まいは、空いているテーブル席に座ると、教室の隅に置いてあるスタッフブックに目を留めた。


「なにこれ」


 立ち上がって、一冊手に取る。


「“スタッフブック”……。へ〜、ちゃんと作ってるじゃん」


 誰に言うでもなく、そうつぶやく。

 そのまま席に戻って、表紙をめくり始めた。


 僕はホールの残りのテーブルを一巡してから、注文の品をトレーに乗せてまいの席へ向かった。


「お待たせしました〜。ホットレモンとアイスミルクティーでーす」


「ありがとうございます、店員さん」


「はいはい」


 ドリンクをテーブルに置いたところで、まいが冊子をぱたんと閉じた。


「ねえ、これさ」


 スタッフブックをひらひらさせながら、僕のほうを見る。


「料金に冊子代は含まれておりません」


「そういう話じゃなくて」


 まいは、口元だけでニヤッと笑った。


「この冊子書いてる人さ……」


 そこで、少しだけ声を落とす。


「兄ちゃんのこと、めっちゃ見てるよね?」


「……は?」


 思わず、素で返してしまう。


「だってさ」


 まいは、冊子を開いて、中のページを指でとん、と叩いた。


「“ずっと全体を見ていた誰か”とかさ。

 “窓側後ろから二番目が司令塔になってました”とかさ」


「……」


「これ、書いてる内容も視点も、兄ちゃんに寄りすぎじゃない?」


 さらっと言われて、返す言葉に困る。


「兄ちゃん、昔から運動会でも文化祭でもさ、だいたい全体引いて見てる側でしょ。この文章、そのひねくれた目線とシンクロしすぎ」


「……いやいや、クラス全体のことを客観的に書いてるだけだから」


 とりあえず、そう返す。


「ふーん?」


 まいは、疑わしそうな目をしながらストローをくわえた。


「まあ、そういうことにしといてあげるよ」


「なにその“真相は分かってますけどね”的な言い方」


 声量的には、完全に二人の会話だ。

 ただ、少し離れたテーブルで西村がこっちをちらっと見ているのが見えた。


(……聞こえてたか、聞こえてなかったか)


(ぎりぎりグレーなラインだな、これ)


 桜井は、そのとき別のテーブルでお客さんの対応中だった。

 こっちの会話には気づいていない……はずだ。


「まあ、兄ちゃんがどう思ってるかは知らないけどさ」


 まいは、アイスミルクティーを一口飲んでから言った。


「こういうの作ってくれる“書き手”がいるの、クラスの人たちはラッキーだと思うよ」


「急にまっとうなこと言うな」


「中学生だからね。成長してるのよ」


 その言い方が、妙に腹立たしかったので、僕はトレーを持ってそそくさとホールに戻った。


(外側から見たほうが、分かりやすいことって、たしかにあるよな)


(教室の中だと、“みんなの話”って思い込んでたけど)


 陸といい、妹といい。

 今日の僕は、外野からの視線に刺されっぱなしだ。



 夕方。


 文化祭のクライマックスの喧騒が、少しずつ落ち着いていく時間帯。

 うちの教室カフェも、最後の注文を受け終わり、片付けモードに入っていた。


「はー、終わった……!」


「足の裏が死んでる……」


「でも、意外とちゃんと売れたね」


 レジから売上メモを持ってきた長谷川が、満足そうな顔をしている。


「ドリンク、全部の種類がほぼ完売。仕入れもギリギリちょうど」


「さすがタイムテーブルと在庫管理の鬼」


「褒め言葉として受け取っておく」


 教室の隅では、スタッフブックの残りが数えられていた。


「クラス全員分は行き渡ったよね?」


「うん。親御さん用に、あと十冊くらいかな」


「うちの親、“裏方で動いた人紹介”のページ、めっちゃ褒めてた」


 長谷川が、冊子を手にしながら言った。


「“こういうのを書く子がいると、クラスの雰囲気がいいのよね”って」


「親御さん目線だ……」


「“皿洗いの話とか買い出しの話とかも、ちゃんと書いてあげるのいいね”って」


 長谷川は、そう言ってから僕のほうをちらっと見た。

 僕は、視線を受け止めつつも、特に何も言わずにダンボールの中身をそろえ続けた。


「編集後記もさ」


 桜井が、冊子をめくりながら言う。


「“良かったよ”って感想もらえた」


「誰に?」


「クラスの子にも、親御さんにも。

 “スポットライトが当たってないところもちゃんと光ってた”って書いたの、分かりやすかったらしい」


「それは良かった」


 桜井は、編集後記のページに親指を挟んだまま、少しだけ笑った。


「まいちゃんも、楽しそうだったね」


「ああ……」


 さっきの会話を思い出して、ちょっとだけ顔が熱くなる。


「なんか、変なとこばっかりよく見てるからね、あいつ」


「さすが、安藤妹」


 西村が横から茶々を入れてくる。


「……観察眼が鋭いのは遺伝か」


 僕はため息まじりにそうつぶやいた。


 桜井は、その言葉の意味をどこまで拾ったのか分からない顔で、ただふわっと笑った。



 片付けが全部終わるころには、外はすっかり暗くなっていた。


 机も椅子も、元の位置に戻されている。

 教室の中に残っているのは、ところどころに貼られた装飾のテープと、ほんのり漂う甘い匂いだけだった。


 教室を出て、階段を下りる。

 グラウンドでは、最後の片付けをしている別のクラスの姿が見えた。


 門を出るとき、ポケットの中のスマホが軽く震えた。


 陸からのLINEだ。


『お疲れ。いい文化祭だったじゃん。

 てか、お前ら休憩中に何話したわけ? 詳しく』


『ただコーヒー飲んだだけだよ』


 即レスすると、スタンプで「つまらん」と返ってきた。


 その直後、まいから一通。


『今日のカフェ、まあまあ良かった。

 あと、あの看板娘さんは兄ちゃんにはもったいないと思います』


『なんだその上から目線』


 苦笑しながら返信しようとしたタイミングで、さらにもう一通、通知が来た。


 今度は、桜井からだ。


『観察係さん、今日は一日ありがとう!

 おかげで、“誰も黒子で終わらない文化祭”にできたよ』


 続けて、お疲れ様の猫スタンプ。


 画面を見つめて、自然と頬が緩む。


『こちらこそ。お疲れ様、看板娘』


 そう打ち返して、スマホをしまう。


(“主役じゃない人たちの話を書きたい”って言ってた桜井と)


(モブ志望でいたいのに、観察係として前に出ざるをえなかった僕と)


 その二つの視線が、今日一日、スタッフブックの中で重なっていた気がして、

 カバンの中の一冊が、いつもより少しだけ重く感じた。


 駅までの道を歩きながら、カバンの中を手探りする。

 指先に、自分用に確保しておいた一冊の端が触れた。


 取り出そうとして、やめる。


(家に着いてからでいいか)


 今日のざわめきと、中庭での静かな休憩時間の空気は、ページを開かなくても頭の中で勝手に再生されていた。

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