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モブ志望の僕は、クラスの有名人に観察係としてスカウトされました  作者: もりぞー


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第17話 主役じゃない人の話

 文化祭準備が本格的に動きだしてから、何日かたった。


 クラスのグループラインは、だいたいこんな感じで埋まっている。


『明日 放課後 装飾 来れる人〜』

『土曜の午前、厨房練習。参加希望スタンプで教えて』

『裏パンフ会議、エッセイ組だけ放課後ちょっと残ってもらえると助かる〜』


 その横で、裏パンフ用の有志チャットも動いている。


『表紙案、ラフ描いてみた(野口)』

『エッセイ、300字くらいでもいい?(小林)』

『一言コメントの用紙、いつ配る?(長谷川)』


 シフト表のほうも、だいぶ埋まってきた。


 厨房の枠。

 ホールの枠。

 買い出し組の枠。

 そして、裏パンフの進捗メモ。


(“誰も黒子で終わらない文化祭”とか言った本人がさ)


(いちばん黒子側の仕事増やしてる自覚は、さすがにある)


 シフト表を整えるたびに、「全員の出番」を調整する仕事が増える。

 冊子の構成を詰めるたびに、「全員の一言」を集めるタスクが増える。


 モブ志望の観察係としては、なかなかに矛盾した状況だ。



 その日の放課後。


 文化祭準備で一通りバタバタしたあと、僕はいつも通り帰り支度をして、教室を出た。


 廊下の窓から見える空は、だいぶ赤くなっている。


(今日は、シフト表のたたき台まで作ったし)


(裏パンフのページ構成も、だいたい方向性は決まったし)


 階段を下りかけたところで、ふと足が止まった。


(……あ、やべ)


 頭の中に、一枚の紙のイメージが浮かぶ。


(今日の打ち合わせメモ、机の中に入れっぱなしだ)


 そのまま帰ると、たぶん夜に「明日何決めたんだっけ」ってなるやつだ。

 仕方なく、階段を引き返して三階の教室へ戻る。


 扉を開けると、蛍光灯はまだついていた。


 でも、教室はほとんど無人だ。


 前のほうの机がいくつかくっつけられて、「装飾ゾーン」になっている。

 ペンと画用紙とマスキングテープと、謎のカラーペン。

 その真ん中あたりで、誰かが机に突っ伏していた。


「……営業終了してる?」


 思わず、そうつぶやく。


「……お客さん一人だけ、帰ってきた」


 机に顔を乗せたまま、桜井が片目だけこっちを向けた。


「ご来店ありがとうございます〜、って言う元気は今ちょっと切らしてます」


「店長倒れてるカフェ、だいぶ不安なんだけど」


 とりあえずツッコミだけ入れてから、自分の席に向かう。


 机の中を探ると、折りたたんだA4の紙が出てきた。

 さっきまで黒板に書いていたシフト案と、裏パンフのページ構成が雑にメモしてあるやつだ。


「また装飾?」


 装飾ゾーンのほうを見ながら聞く。


「装飾と、メニュー表と、裏パンフの構成会議と、先生への相談予約と……」


「それ、もう役割“装飾担当”とかじゃなくて、“文化祭マネージャー”じゃない?」


「マネージャーってもっと裏方で静かにしてるイメージなんだけど」


「今のは“全部自分で動いちゃう系マネージャー”って意味ね」


「なるほどね〜」


 桜井が、机に額をくっつけたまま、かすかに笑う。


「人気者も大変だな」


「いやいや、“人気者”ってワード使うのやめて〜」


 机に顔を押しつけたまま、もぞもぞと抗議の声だけ上がる。


「事実だからしょうがない」


「安藤くんもでしょ、最近ずっと動いてるじゃん」


 今度は、顔を上げてこちらを見る。


「裏パンフとシフトと、あと地味に火消し担当」


「火消し担当?」


「表紙のときとかさ。火事になる前に空気冷やしてくれるやつ」


 ああ、と心の中でだけ納得する。


(火種を見つけるのが観察係の仕事だと思ってたけど)


(ここ最近は、“延焼防止係”の時間もけっこう多い気がするな)


「ちょっとこっち来てよ」


 桜井が、隣の椅子をぽんぽんと叩いた。


「このゾーン、片づける前に、頭だけ片づけたい」


「頭だけ片づけるって表現、ちょっと怖いんだけど」


 と言いつつ、僕は装飾テーブルのほうに歩いていって、桜井の斜め向かいの椅子に座った。


 机の上には、手描きのロゴ案や、カフェの内装ラフ、冊子のタイトル候補が散らばっている。


「裏パンフのコンセプト決めた日さ」


 桜井が、ペンを指先でくるくる回しながら口を開く。


「けっこう助かったよ」


「表紙の後ろ姿案?」


「うん。それなかったら、たぶん今頃“桜井表紙案”を断る元気もなくなってた」


「そんなにギリギリだったの?」


「地味にね」


 桜井は、天井を見上げるみたいに椅子にもたれかかった。


「“誰も黒子で終わらない文化祭”ってさ」


「うん」


「あれ聞いたとき、普通に“あ、これ借りよ”って思ったんだけど」


「……借りるって言い方」


「自分で言葉考えるより早いし、って意味じゃなくてね?」


 ペンの先で、自分のノートをちょん、と叩く。


「“あ、わたしもそうしたいな”って感覚に、名前つけてもらった感じ」


 少しだけ、照れくさそうな顔をした。


「いや、あれはその場のノリで出しただけで」


 僕は、頬をかきながら視線をそらす。


「大げさに持ち上げられると、黒歴史側に寄っていくからやめてほしい」


「黒歴史冊子、“観察係名言集”作る?」


「やめてほんとに」


 口ではそう言いながらも、胸のあたりが少しだけくすぐったい。


 静かな教室で、他に誰もいない時間。

 蛍光灯の白い光と、窓の外の夕焼けが混ざった空気の中で、さっきまでの騒がしさが全部遠いものみたいに感じられる。


「なんかさ」


 桜井が、ふっと息を吐いた。


「こうやって静かな教室で喋ってるとさ」


「うん」


「昼間の“わー”ってしてた時間、全部夢だったんじゃないかって思わない?」


「……分かる気がする」


 昼間は、クラスの真ん中でみんなを巻き込んでいる人が。

 夕方になると、急にモノローグ多めの人になる。


 そのギャップが、ちょっとずるいな、と僕は思う。


「裏パンフのエッセイ、書けそう?」


 僕は、机の上のノートを指で示しながら聞いた。


「ネタは死ぬほどあるんだよね」


 桜井が、天井を見たまま答える。


「“今日の男子が調子に乗ってた様子”とか、“まとまらなくて厨房カオス”とか」


「タイトルだけで冊子が一冊埋まりそうなんだけど」


「書こうと思えばいくらでも書けるんだけどさ」


 そこで、少しだけ言い淀んだ。


「ただ、“スポットライト浴びてない側”の話を書きたいネタが、多すぎる感じ」


「スポットライト浴びてない側」


「教室の端っこでお皿洗ってる人とかさ。黙々とポスター塗ってる人とか。

 レジやりたくないから、ひたすら裏で氷だけ入れてくれてる人とか」


 指を折りながら、一人ずつ思い浮かべていくように話す。


「そういう人たちの“今日一番うれしかった瞬間”をちゃんと拾いたいのにさ」


 そこで、少し間があいた。


「最近さ」


「うん」


「自分が“話題の中心”みたいな扱いされてる時間が、一番長いの、なんだかな〜ってなる」


 桜井は、椅子にもたれたまま片手で額を押さえる。


「カフェの準備でも、“とりあえず桜井”。

 冊子のほうでも、“編集長やって”、“表紙どう?”って」


「うん」


「“主役じゃない人”の話書きたいのにさ。

 気づくと自分のほうが“主役枠”に押し込まれてるの、なんか変だよねって」


 教室の蛍光灯の音だけが、しばらく聞こえる。


 すぐに、気の利いた返しは出てこなかった。


(分かるなー、と普通にうなずきたい)


(こっちはこっちで、“モブでいたいのに、観察係ポジションで目立ち始めてる”っていう、別の感じのしんどさがある)


 でも、ここで軽く「分かる、じゃあ交代する?」みたいな冗談に逃げると、たぶん全部薄まってしまう。


 それも、なんか違う気がした。


「……まぁ……ね」


 結局、口から出てきたのは、そのくらいの言葉だった。


「なにその、感想文の“とてもよかったです”レベルのコメント」


 桜井が、苦笑混じりに突っ込んでくる。


「語彙力、がんばって?」


「今、頭の中で下書きしてるから、ちょっと待って」


 息を一つ吐いてから、言葉を選ぶ。


「でもさ」


「うん」


「桜井が“主役じゃない人の話を書きたい”って言ってくれるのはさ」


 天井じゃなくて、こっちをちゃんと向くように目線を戻す。


「当の“主役じゃない人たち”からしたら、けっこう救われる気はするけどね」


「救われる?」


「少なくとも、“また桜井かよ”って空気が出そうになったときにさ。

 自分でブレーキかけようとしてくれる“主役側の人”って、そんなに多くないと思うし」


 そう言ってから、自分でも少し照れくさくなって目をそらす。


「……」


 桜井は、しばらく黙って僕を見ていた。


 やがて、口の端をちょっとだけ上げる。


「……そういう言い方されると、ちょっとだけ頑張ろうかなって気にはなる」


「“ちょっとだけ”ってちゃんと付けるの、らしいね」


「でも、主役枠はマジで誰かとシェアしていきたい」


「主役枠をシェアって表現、なんか新しいな」


「一人で全部背負うのは重いからさ。人数で割りたい」


「割られた分、こっちの仕事増える未来が見えるんだけど」


「それはそれ」


 桜井は、ペンを机の上でくるくる転がした。


「安藤くんはさ、“モブ志望”って言ってるけど」


「うん」


「最近、普通に“クラスの真ん中で一番冷静な人”って見られてない?」


「やめて。その認識拡散されると、仕事増えるやつ」


「もう増えてるじゃん。シフト表も冊子も、あと火消しも」


「否定はできない」


 椅子の背もたれに寄りかかりながら、軽くため息をつく。


「モブでいたいのに、“モブにしてくれない感じ”は、ちょっと分かるかもね」


「モブにしてくれない感じ?」


「黒子でいさせてくれ、って思ってるのにさ」


 黒板のほうに視線を向ける。

 そこには、今日の放課後に書いたメモの名残りがうっすら残っていた。


「気づくと“黒子の動き見てる人たち”の視線が、ちょいちょい飛んでくる感じとか」


「……あー」


 桜井が、少しだけ目を細める。


「それ、今わたしが言った“主役疲れ”の話と、たぶん同じ種類のやつだ」


「立ち位置違うだけで?」


「うん。立ち位置違うだけで、わりと同じ沼にいるんだね、わたしたち」


「同じ沼って表現やめない?」


「沼仲間」


「それはそれでいやだな」


 そんなふうに軽く言い合いながらも、胸のどこかで「たしかに同じかもしれない」と思っている自分がいた。


「じゃあさ」


 桜井が、机の上の紙を一枚手に取った。


 裏パンフの構成案が、箇条書きで書かれている。


「裏パンフの中くらいはさ、“主役じゃない人たち”優先でいい?」


「そっちはむしろ大歓迎」


 それは、観察係としてはむしろ願ったりかなったりだ。


「でも、“主役じゃない人たち”の話を書くときさ」


 紙を指でとん、と叩く。


「観察係さん、ちゃんと見ててね」


「それは、仕事なので」


 気恥ずかしさをごまかすみたいに、わざと少しだけ堅い言い方になる。


「じゃあ、頼りにしてます、観察係さん」


 そう言って、桜井は少しだけ笑った。


 さっきまで机に突っ伏していたときよりも、表情はだいぶ軽くなっている。



 家に帰る道すがら、イヤホンはポケットにしまったままだった。

 いつもなら、適当に音楽を流して教室のざわざわを上書きするのに。


 今日は、夕方の空気と足音だけで十分な気がした。


(“人気者も大変だな”って他人事みたいに言いながら)


(その大変さを、ちょっとだけ一緒に持ててる気がする)


 立ち止まって、スマホを取り出す。

 いつもの観察メモアプリを開いて、一文だけ打ち込んだ。


『主役とモブ。立ち位置違うだけで、わりと同じ沼にいる』


 画面を閉じて、少しだけ笑う。

 そんなことを考えながら、いつもより少しだけゆっくり家までの道を歩いた。

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