第16話 誰も黒子で終わらない文化祭
朝の教室は、まだちょっとだけ静かだ。
チャイムが鳴る前。
半分くらいの席が埋まっていて、残りの半分はカバンだけがぽつんと置かれている。
僕は、自分の席にカバンを置いて、机の中からノートを一冊取り出した。
表紙の端っこに、ボールペンで小さく書いてある。
『文化祭特集ラフ案』
ページをめくると、前に書いたメモがいくつか並んでいた。
『・クラス限定配布のスタッフブック的なやつ
・オープニング:桜井の文化祭エッセイ
・中盤:匿名一言コメント集
テーマ「今日一番うれしかったこと」「今日一番しんどかったこと」
・ラスト:観察係のまとめ(仮)』
その下に、最近書き足したメモがある。
『・希望者の短いエッセイ枠があってもいい
・「準備の裏話」とか「自分だけのハイライト」とか』
(匿名コメントがメインっていう方針は変えなくていいけど……)
(書きたい人には、一ページくらい自由にしゃべってもらうのもアリなんだよな)
ペン先で「希望者」のところをちょん、と叩く。
(完全に仕事増やしにいってるの、分かってるんだけど)
文化祭の運営係として見れば、「余計な仕事を増やしたくない」が正解だ。
でも、観察係として見れば、「いろんな人の声はできるだけ残したい」が正解になる。
その二つが、ノートの上で普通に同居している。
(仕事と個人的興味の境界、最近どんどん曖昧になってきてる気がするな)
苦笑しかけたところで、前の扉がガラッと開いた。
「おはよー」
元気な声と一緒に、桜井と西村が入ってくる。
「おはよう」
とりあえず挨拶を返すと、二人ともそのまま僕の席のほうに寄ってきた。
「安藤くん」
「ん?」
「今日さ、放課後ちょっと時間もらっていい?」
桜井がノートを抱えたまま、机の端に手をつく。
「例の“裏パンフ”の話さ。有志集めるとこまで、一回やりたいなって」
「“裏パンフ”」
それはつまり、僕のノートに書いてある『文化祭特集ラフ案』のことだ。
「観察係くんのラフ案、ちゃんと使ってあげようプロジェクトね」
西村が、隣でにやにやしながら付け足す。
「プロジェクト名、今つけたよね?」
「今つけた。語感いいでしょ」
「安藤くんが企画書担当で、わたしが編集長で、千夏が営業とツッコミ担当ってことで」
「いや、僕いつの間に企画書担当に……」
そう突っ込みながらも、ページの端に「有志募集」と書き足す自分がいる。
「放課後、シフトの打ち合わせのあとでいいからさ」
桜井が、少し申し訳なさそうに言った。
「安藤くんの“文化祭特集ラフ案”、ちゃんとクラスに翻訳したいんだよね」
「翻訳っていう言い方やめて?」
「だってさ、そのままだと“観察係語”だから」
西村が笑う。
「じゃあ、放課後。裏パンフ有志募集ミーティング、決定で」
そう言って、二人は自分の席のほうへ戻っていく。
僕はノートを閉じて、カバンにしまった。
(……はい、ラフ案、いよいよ実動フェーズ突入です)
心の中でだけ、小さくため息をつく。
もちろん、悪い意味だけじゃない。
◇
放課後の教室は、昼間よりちょっとだけ騒がしい。
文化祭準備の空気と、部活に行く前のテンションと、ただ喋ってるだけのグループが全部混ざっている感じだ。
「はーい、いったん注目〜」
西村が、教卓の前に立って手を叩いた。
「“文化祭裏パンフ(仮)”に興味ある人〜。エッセイ書いてみたい人でも、イラスト描きたい人でも、『冷やかしです』って顔で見たいだけの人でも歓迎でーす」
最後の一言で、何人かが笑う。
「裏パンフ?」
「なんか面白そうじゃね?」
そんな声があちこちから上がって、数人が立ち上がって西村のほうに寄っていく。
黒板の前のほうに、自然と円みたいな形ができた。
集まってきたメンバーの顔ぶれを、僕は半歩後ろから眺める。
まず、真面目組。
クラス委員の長谷川。
ノートの端にいつもイラスト描いてる、絵がうまい女子の野口。
読書好きで、国語の授業になると急にテンション上がる、文章得意そうな女子の小林。
それから、「楽しそうだから来ました」組。
サッカー部の山本と、その取り巻き男子数人。
ノリはいいけど、責任感は若干怪しいメンバーたち。
そこに、桜井と西村。
僕はといえば、黒板の近くに立ちながら、メモ帳とペンを手にしていた。
(完全に“端でメモ取ってるディレクター”の位置だよな、これ)
自分で思いつつ、こういうポジションが一番落ち着くのも事実だ。
「じゃ、始めよっか」
桜井が、一歩前に出た。
「えーと、“文化祭裏パンフ”っていうのはですね」
言いながら、チョークで黒板に大きく書く。
『文化祭スタッフブック(仮)』
「カフェの裏側とか、準備のぐだぐだとか、当日の“今日一番うれしかったこと”みたいなのを、小さい冊子にまとめたいなっていう企画です」
クラスの何人かが、「おお」とか「へえ」とか小さく声を上げる。
「配るのは、基本的にクラス内。うちのカフェのスタッフブックみたいなイメージ」
黒板に、さらに書き足す。
『・クラス内限定配布
・準備の裏側/当日のハイライト
・エッセイ/一言コメント』
「書きたい人は、短いエッセイでも、一言コメントでもOK。
全員分の“今日一番”を集めるのがメインで、文章書きたい人はちょっとだけ長めに書いてもらう感じで考えてます」
僕の『ラフ案』が、桜井の口からクラス語に翻訳されていく。
「で、現実面の話も少し」
そこで、桜井が視線をこっちに向けた。
「安藤くん、補足お願いしてもいい?」
「はい」
呼ばれて一歩前に出ると、山本が「おっ」と言って僕のほうを見る。
(なんであいつがフォローしてんだ、って顔だなあれ)
そんな視線を感じつつ、黒板の端に新しくスペースを作った。
「まず、冊子の内容は先生チェック前提でいきます」
「先生チェック?」
誰かがつぶやく。
「クラス外の人に渡る可能性もゼロじゃないので。内容的にアウトなところがないか、念のため」
そう言ってから、さらに書き足す。
『・先生チェック必須
・配布はクラス内メイン』
「印刷は、職員室のコピー機を借りる前提で」
そこまで言ってから、ページ数のことを頭の中でざっと計算する。
「あまり増やしすぎると紙代と時間がえぐいので、ボリュームは絞りめでいきたいです」
「うわ、現実的」
誰かが笑う。
「なので、“エッセイ組”と“コメント組”の二段構えで考えていて。
コメントのほうは、できれば全員分を目標に集める。
エッセイは、ほんとに書きたい人だけ、少しだけ文字数長めに」
「なるほどね」
長谷川が頷く。
「クラス全員に無理やりエッセイ書かせるとかじゃないのね」
「それやると、たぶん文化祭終わっても冊子完成しないやつなので」
「それな」
笑いが広がる。
(ラフ案、だいぶ“クラス仕様”になってきたな)
そんなことを考えていると、後ろのほうで山本が手を挙げた。
「じゃあさ」
「うん?」
「俺、三行くらいしか書けないんだけど、それでもいい?」
「三行って」
「楽しかった、
疲れた、
でも楽しかった。
くらいで終わりそうなんだけど」
「語彙ィ」
西村のツッコミが飛ぶ。
「一番最後なんで二回言ったの?」
「強調」
山本が真顔で答えると、またクラスが笑った。
「そういうのも含めて、“一言〜数行コメント枠”って感じにしようかなって」
僕が黒板に「一言コメント枠」と書き足す。
「ただ『楽しかった』だけより、せめて『どの瞬間が一番楽しかったか』くらいまで書いてもらえると、読みごたえが出そうです」
「“皿洗い終わった瞬間”とか?」
「“客が途切れた瞬間”とか?」
誰かが言う。
「そういうのも含めて、全部“今日一番の瞬間”ってことで」
僕は笑いながら、ペン先でノートをとんと叩いた。
「じゃあ、一旦まとめるね」
桜井が前に出る。
「エッセイ組は、有志で。後でグループ作って相談しよっか。
コメントのほうは、全員から一つずつ“今日一番”を集めるってことで」
「コメント用の紙とかフォームとかは、安藤くんがフォーマット作ってくれるので……」
「ちょっと待って。それ今決まったよね?」
「うん、今決まった」
桜井があっさり認める。
「君の仕事、また増えたね〜」
西村が横からニヤニヤ顔で言う。
(まぁ、仕方ないか……)
心の中でだけ、静かにため息をついた。
◇
寄稿スタイルの大枠が決まったところで、話題は自然と「見た目」のほうに移っていった。
「で、表紙どうする?」
西村が、黒板を見上げながら言う。
「タイトルだけドーンってして、下に小さくクラス名書くとか」
「扉絵ページがあってもよくない?」
絵が得意な野口が、手を挙げる。
「一ページ分、イラストで“教室カフェ”の雰囲気描いて、そのあとに目次とか」
「それ絶対いいじゃん」
小林が食いつく。
「中身のレイアウトも、テーマごとに小コラムとか……」
真面目組は、早くも作り込みたい欲が出始めている。
「表紙、イラストもいいけどさ」
そこで、山本が口を挟んだ。
「冊子なんだし、表紙は桜井の写真でよくない?」
「は?」
クラスの何人かが同時に振り向く。
「だってさ。うちのカフェの看板娘じゃん。かわいいし。
表紙ドーンって出したら、絶対映えるって」
取り巻き男子が「それはアリ」「映える」「客呼べる」と、口々に乗っかる。
「出ました、“とりあえず桜井にしとけばいい理論”」
西村が即座にツッコんだ。
「いやいや、普通に良くない?
“スタッフブックの表紙=看板娘”って、めっちゃ分かりやすいし」
山本は悪びれない。
視線が自然と、桜井のほうに集まる。
「え、どうだろ……」
桜井は、一応笑いながらも、言葉を濁した。
「別に、絶対イヤってわけじゃないんだけどさ」
そう言いつつ、視線が一瞬だけ宙を泳ぐ。
周りを見渡すと、何人かの女子が目をそらしたり、机の上のプリントをいじり始めていた。
(たしかに、表紙映えはするけど)
(うまくいけば“看板”、失敗したら“責任者”みたいな扱いになるの、わりとしんどいよな)
(それに、“また桜井かよ”って思ってるやつも、たぶんいる)
教室に、目に見えない温度差がじわっと広がる。
山本は、そこまで空気を読んでない。
「ほら、“看板娘が表紙のスタッフブック”、絶対いいって」
もう一押ししようとしたところで、僕は口を開いた。
「表紙、一人の顔ドーンよりさ」
黒板のチョークを握り直しながら言う。
「クラス全員の後ろ姿の写真とかにしない?」
「後ろ姿?」
何人かが首をかしげる。
「顔が映るの苦手な人もいるし、後ろ姿なら“これ誰だ?”って探す楽しみもあると思うんだよね」
黒板に、ざっくりとシルエットを描く。
人数分の背中の棒人間が、教室の窓際に並んでいる。
「中身のページで、一人ずつスポット当てればいいんじゃないかな。
エッセイ書いた人も、一言コメントだけの人も、それぞれどこかにちょっとだけ“主役っぽいポジション”を持てる感じで」
「おお……」
後ろから、小さく感嘆の声が上がる。
「せっかくだしさ」
チョークを置いて、ポケットからペンを取り出す。
「“誰も黒子で終わらない文化祭”ってコンセプトで組んだほうが、冊子としてもまとまりそうだし」
ラフ案で自分が書いたフレーズを、そのまま口に出した。
教室の空気が、一瞬だけ静かになる。
「それ、めっちゃ良くない?」
一拍置いて、西村が食いついた。
「タイトル級のやつ出てきたじゃん」
「コンセプトっぽいしね」
小林が頷く。
「後ろ姿案いいな。顔出ししたくない人も安心だし」
野口が、ペンをくるくる回しながら言う。
「全員の後ろ姿写真、どっかのタイミングで撮る?」
「文化祭の前日準備とか?」
「片付けのときでもいいかも」
真面目組女子たちは、すでに具体的な段取りを考え始めている。
「じゃあさ」
山本が、まだ諦めきれてない顔で手を挙げた。
「表紙は全員の後ろ姿でいいとしてさ。中に“看板娘インタビュー”ページ作ろうぜ。桜井の好きなメニューとか、裏話とかさ」
「それ以上やると、スタッフブックじゃなくて“桜井ファンクラブ会報”になるからね?」
西村のツッコミに、周りから笑いが漏れる。
「やめて、そのタイトルだけは本気でやだ」
桜井が、ペンで自分のノートの端をコツコツ叩きながら苦笑する。
そんなわちゃわちゃしたやり取りの中で、さっきまでの微妙な空気はだいぶ薄まっていた。
「表紙、後ろ姿案でいい?」
桜井が、みんなの顔を見回しながら聞く。
「賛成」
「いいと思う」
「そのほうが“全員の本”って感じするしな」
賛成の声が多かった。
桜井は、ほっとしたように笑ってから、こっちを見た。
目だけで「その案、いいと思う。ありがとう、安藤くん」って言われた気がした。
(いや、僕もそのほうが表紙に紛れられて助かるんだけど)
そんなことを思いながら、チョークで黒板に書き足す。
『表紙案:クラス全員の後ろ姿写真』
その下に、小さくもう一行。
『コンセプト:“誰も黒子で終わらない文化祭”』
◇
有志メンバーのミーティングがひと通り終わったころには、外はだいぶ暗くなっていた。
「じゃあ、今日はここまでで」
長谷川が、黒板に書かれたメモをスマホで撮りながら言う。
「エッセイ組は、後でグループチャット作るね」
「イラスト案思いついたら、落書きでもいいから送っといて〜」
野口が、スケッチブックを抱えて教室を出ていく。
山本たちも、「じゃ、またな〜」と言いながら、途中でコンビニ寄っていきそうなテンションで帰っていった。
教室に残っているのは、僕と、桜井と、西村の三人だけになった。
「ふぅ〜」
西村が、自分の席にどさっと座る。
「さっきの表紙話さ」
顎で黒板のほうを示しながら言う。
「観察係くんの一声で、だいぶ丸く収まったよね」
「そんな大したこと言ったつもりはないけど」
「いや、言ったんだよ」
西村が笑う。
「“また桜井かよ”って思ってた人、絶対何人かいたし」
「それはまあ……」
否定はしづらい。
「別に、表紙になるのが絶対イヤってわけじゃないんだけどさ」
桜井が、椅子をくるっと回してこっちを向いた。
「“看板娘”とか言われると、うまくいっても失敗しても、全部自分ごとになる感じがして、ちょっと苦手なんだよね」
「自分ごと」
「なんかさ、“うまくいっても、うまくいかなくても、とりあえず顔のせいにされるポジション”って感じがしてさ」
言いながら、ペンを指の間でくるくる回す。
「文化祭本体のほうでも、なんだかんだで“顔っぽいポジション”多いしね」
「たしかに」
僕は、黒板の前に立ったまま頷いた。
装飾班の中心。
メニュー名や世界観を決める役。
客への最初の声かけ。
どれも、桜井の名前が真ん中にある。
「だから、冊子くらいはさ」
ペンを回す手を止めて、桜井がこっちを見る。
「もうちょい平和に、みんなで分散させたい感じはあった」
「それは、分かる気がする」
黒板の『誰も黒子で終わらない文化祭』の文字を眺めながら言った。
「誰か一人が看板背負うより、全員で看板の後ろ側に並んでる感じのほうが、僕は好きかな」
自分でも、ちょっとだけ言葉を選びながら。
「表紙くらいは、そういう形にしたほうが、たぶんクラスも楽だと思うし」
「ほら出た」
西村が、椅子の背もたれに寄りかかりながら笑う。
「“観察係名言集”にまた一個追加だよ」
「やめて、その黒歴史っぽい冊子」
「『誰も黒子で終わらない文化祭』ってコンセプト、ガチで冊子とカフェ全部に効いてる気はするけどな〜」
西村が黒板を指さす。
「シフトの組み方もそうでしょ。
“全員が同時に主役は無理だけど、誰も完全な黒子で終わらないくらいなら、段取り次第でいける”ってやつ」
「そんな大層なこと言ったつもりはないんだけど」
「言ったんだよ、それが」
西村がくすっと笑う。
桜井は、黒板の文字をしばらく眺めてから、小さく頷いた。
「でも、今日の表紙の話で、なんかちょっと楽になったかも」
「そう?」
「“また桜井かよ”っていう空気もさ、“一人に全部背負わせるのはしんどいよね”って感覚も、ちゃんと口にしてくれたじゃん。
あれ言ってもらえただけで、だいぶ気が軽くなった」
「観察係の火消し力だね」
西村が言う。
「火消しって」
「いい意味だよ。火事になる前に、空気の温度下げてくれるやつ」
言われてみれば、あながち間違っていないのかもしれない。
(観察係って、“面白そうな火種”を見つける役だと思ってたけど)
(教室でやるなら、“燃えすぎないようにする”のも仕事のうちか)
黒板のメモをスマホで撮りながら、そんなことをぼんやり考えた。
◇
その日の夜。
自分の部屋の机の上には、学校の宿題と、文化祭関係の紙と、さっき撮った黒板の写真が並んでいた。
ノートパソコンを開くかわりに、スマホのノートアプリを立ち上げる。
『文化祭スタッフブック構成案』
新しいメモに、そうタイトルをつけた。
『表紙:クラス全員の後ろ姿写真+タイトル
中身:
・オープニング:桜井エッセイ
・エッセイ組:有志数名の短いコラム
・匿名一言コメント集(全員分目標)
ラスト:観察係による“本日の教室モブ事情”まとめ(仮)』
そこまで打ち込んでから、画面の上のほうに一文を追加する。
『コンセプト:“誰も黒子で終わらない文化祭”』
文字列を選択して、ぐるっと囲むマーカーを引いた。
(モブでいたいはずの自分が、“黒子で終わらせない”とか言ってるの、だいぶ矛盾してるよな)
自分で書いてて、そこは正直に思う。
(でも、どうせ巻き込まれるなら)
(せめて全員ちょっとずつ巻き込んだほうが、なんかフェアな気がする)
そんな風に言語化してしまうあたり、観察係としての自覚は、昔よりだいぶ強くなっている気がした。
スマホが、ぽん、と小さく震いた。
画面の上に、「田中陸」の名前が表示される。
『文化祭裏パンフって何やってんの君』
開いてみると、一行目からそんな文が飛び込んできた。
『なんで知ってるの』
とりあえず返信する。
『千夏ちゃんから情報きた』
すぐ返ってきた。
『千夏ちゃん?』
『いつの間にちゃん付け?』
『そこはスルーして』
『“うちのクラスの観察係くんが、文化祭のシフトと冊子の裏方、ほぼ一人で回してる疑惑”って』
『言い方』
苦笑しながら打ち込む。
『カフェのスタッフブック的なやつ作る予定。
運営と冊子と、なぜか両方の裏方やってるのは否定できない』
送信。
『それ“裏方”って言わないから』
秒で返ってきた。
『いやいや、名前はどこにも出ないし』
『出てるんだよ、そういうのは』
スタンプが一個飛んできた。
どこかのキャラクターが、「気づけ」と言いながら頭を小突いている。
『湊、そういうの自覚するの、一番遅そうだもんな〜』
『失礼な分析だ』
『褒めてる褒めてる』
褒め方としてどうなんだろう、と思いながら、スマホを伏せる。
机の上のノートには、『誰も黒子で終わらない文化祭』の文字が、さっき引いたマーカーで強調されていた。
(“みんな黒子じゃない文化祭”ってことはさ)
(多分、自分も完全な黒子ではいられないってことなんだろうな)
そう思ったところで、ようやく小さくため息が出た。
ロール紙も、シフト表も、スタッフブックも。
モブ志望の観察係として、どこまでなら前に出てもいいのか。
そのラインを探りながら、今年の文化祭は進んでいくんだろう。




