第15話 閑話 西村千夏は観客席から見る
放課後の教室って、ちょっと好きだ。
授業が終わってるのに、まだ一日の続きが残ってる感じ。
けど、いつもと違って、黒板には「一時間目 数学」とかじゃなくて、「装飾」「厨房」「運営」とか、謎の単語が並んでいる。
今のわたしのクラスは、絶賛文化祭準備中。
机は真ん中寄せにされて、島みたいなゾーンがいくつかできている。
一つの島では、装飾班が「この布の色はどう」とか「メニュー表のフォントどうする」とかやっていて。
別の島では、厨房組が「うちのコンロ持ってくるよ」とか「ホットプレート何台いる」とか相談している。
黒板の前のほうでは、運営組がシフト表のたたき台を囲んでいた。
それを、後ろの窓際の席から眺めているのが、わたしだ。
わたしは、西村千夏。
役割で言うと、「ツッコミ担当」とか「ノリ要員」とか、そのへん。
真ん中で「はいじゃあ次これやろー」と仕切るタイプでもないし、端っこでずっと黙ってるタイプでもない。
真ん中よりちょい外側の、ちょうど客席みたいな場所。
見ようと思えば全部見れるし、ちょっと手を挙げればノっていける場所。
今は文化祭の準備中で、そのステージに立たされているのが、うちのクラスだ。
装飾テーブルの真ん中には、うちのエース・桜井すみれ。
黒板の近く、シフト表とメモ帳とにらめっこしているのが、いつの間にかすみれに『観察係』とか呼ばれ定着している、安藤湊。
主役っぽい人と、モブ志望の人。
その二人が、いつの間にか同じイベントの中心に巻き込まれているのを、観客席から眺めるのが、最近のわたしの密かな楽しみだったりする。
◇
まずは、うちのエースの話からしようか。
桜井すみれ。
わたしの中学時代からの親友。
気づくとだいたい真ん中にいるタイプ。
入学してすぐの自己紹介のときも、そうだった。
立ち方も声の出し方も、妙にこなれてるわけじゃないのに、「あ、たぶんこの子、クラスの真ん中側の人だな」って分かる空気を持ってる。
顔は、いわゆる「分かりやすい美人」って感じじゃない。
雑誌のモデルみたいに整いすぎてるわけでもない。
でも、よく見ると目が大きくて、笑ったときに目尻にできるしわがきれい。
横から見たときのラインが、鼻から顎にかけてすっとしてて、ちょっと大人っぽい。
制服の上からでも分かるくらい、スタイルもいい。
体育の着替えのときなんか、女子ロッカーで何人かがため息ついてる。
「同じ制服着てるはずなのに、シルエットの情報量が違う」ってやつ。
そのたびにすみれ本人は「いやいや、そんなことないって」と笑ってるけど、わりと誰も信じてない。
でも、そういう表面的なところ以上に、「話の拾い方」がうまい。
誰かがちょっとしたことを言ったときに、「へー」で終わらせないで、「それってさ、こういうとこあるよね」とか「前もそんなこと言ってなかった?」って、ちょっとだけ深く拾ってくる。
それでいて、だれにでも大体同じテンションで接する。
あと、「お願いごとを断るのが下手」。
「すみれ、これ頼んでいい?」って言われると、だいたい「いいよ〜」って返してる。
「いや、それ今の流れで引き受けると、明らかに仕事増えるやつじゃん」って場面でも、わりとあっさり引き取る。
結果として、どうなるか。
「とりあえず桜井行っとけ」男子が一定数、発生する。
最近いちばん分かりやすいのが、山本だ。
山本は、サッカー部所属の、いかにも男子グループの真ん中にいそうなタイプ。
ひょうきんで、ノリ良くて、でもテスト前になるとちゃんと勉強する、あの感じ。
昼休みになると、山本がだいたい一回は、すみれの近くに寄ってくる。
「今日の購買パン、当たりだった?」
とか、
「文化祭の準備、進んでる?」
とか、内容自体はほんとどうでもいい。
でも、たぶんあれは内容じゃなくて、「話しかけること」そのものが目的なんだと思う。
で、帰るときにさりげなく、
「じゃ、またあとでな〜」
って手を振ってく。
(クラスメイト相手に“またあとで”って別れ方、だいぶ意識してると思うんだけど)
と、観客席からは思う。
すみれのモテ事情は、こういう「分かりやすい男子」の行動を見てるとだいたい把握できる。
中学のときだけじゃなく、今でも、廊下の端とか、屋上の階段の踊り場とかで「ちょっといい?」って呼び出されるの、何回かあったみたい。
「いや〜、ああいうの苦手なんだよね」
って、本人は笑ってたけど。
こっちからしたら「そりゃそうなるよな案件」だ。
で、最近の山本を見てると、
(はいはい、うちのクラスから“階段踊り場組”がまた一人出そうだな)
くらいの予感は、わりと真面目にしている。
問題は、そのタイミングと、そのときの空気だ。
受けるにしても断るにしても、ああいうのってけっこう体力持ってかれる。
「呼び出される側」のしんどさは、一応わたしも知ってる。
◇
で、その「階段踊り場候補」の裏側で、じわじわ存在感を上げているのが、安藤湊。
最初の印象は、いい意味でも悪い意味でも「目立たない人」だった。
自己紹介も普通。
好きな教科も、嫌いな教科も、部活も、全部「へえ、まあそんな感じだよね」っていう無難ライン。
体育も普通、成績もそこそこ。空気を乱さない、無難オブ無難。
教室の中にいる「その他大勢」の一人、って感じ。
でも、四月、五月、六月って時間が進むにつれて、ちょっとずつ「あれ?」ってなってきた。
正確には五月くらいからかな?
そこから、「観察係」とか「エッセイ書き」とか、二人の間だけで通じる変なワードが増えた……と思う。
前まで接点ほぼゼロだったのに、時々、二人で話してるのを見かけるようになった。
といっても、教室の真ん中でベラベラしゃべってるわけじゃない。
ホームルーム前のちょっとした時間とか、放課後にプリントを片づけてるときとか。
そのときのすみれは、いつもの男子としゃべってるときとは、ちょっと違う。
山本たちと話しているときのすみれは、「クラスのセンター」の顔だ。
笑いを取りにいくわけじゃないけど、場を楽しくする側にいる感じ。
安藤と話しているときのすみれは、もう少し肩の力が抜けてる。
声のトーンも半歩低いし、「ねえねえ聞いて」じゃなくて、「これどう思う?」が増える。
安藤本人は、気づいてなさそうに見える。
少なくとも、横から見ている分にはそんな気配はない。
主張しないというより、「様子見しすぎて前に出るタイミングを逃すタイプ」なんじゃないかって、最近わたしは思い始めている。
でも、一回「これやる?」ってこっちから振ってみると、仕事量に見合わないくらいきっちりやってくる。
文化祭の係決めも、そう。
本人は完全に「指名され事故」で記録係になったはずなのに、気づけば黒板の前で一番真面目にシフトを組んでいるのは安藤だ。
しかも、「じゃあそれ安藤よろしくー」とか「安藤リーダーに任せよう」っていう、雑な丸投げをされても、なんだかんだで形にしてくる。
(こいつ、一回ちゃんと頼られると、期待値以上に返してくるタイプだな)
って、観客席から見ていると、わりと分かる。
そのせいで、他のやつらが「安藤に任せとけば何とかなるっしょ」という空気を生み始めているのが、ちょっと怖くもあるけど。
◇
今も、黒板の前では、そんな「任されすぎ運営係」が、チョーク片手にシフト表と格闘している。
「厨房、午前中だけの人と、午後だけの人で一回整理したほうがいいかな」
安藤が、メモ帳を見ながらつぶやいた。
「ホールもそうしないと、前半と後半でテンション差が出そうだよね」
隣で、運営サブの子が相槌を打つ。
「買い出しは……当日の朝組と、前日の備品組で分けるとして」
こっちから見ていると、ほぼ「小さな店長」だ。
本人は「モブでいたい」とか言ってるらしいけど、シフト表の上では、完全に名前が真ん中にいる。
(いやそれ、もうモブじゃないんだよな……)
そう思いながら、わたしは視線を斜め前のテーブルに移す。
装飾班の島では、話が一段落したのか、すみれが一人でノートを広げていた。
「……何書いてんの」
椅子ごと、すっと隣に滑り込む。
「あ、千夏」
すみれが顔を上げる。
「文化祭特集のネタ出し」
「出た、職業病」
「だってさ、準備のぐだぐだも当日のバタバタも、ぜったいネタになるじゃん」
ペン先でノートの端をちょんちょんと叩きながら、すみれが言う。
「見せて」
「え〜、まだ下書きっていうか、ただのメモだけど」
「メモがいちばん性格出るんだよ」
「それはそうかも」
ちょっとだけ渋りながらも、すみれはノートをこっちに傾けてくれた。
そこには、箇条書きでいろんな言葉が並んでいた。
『文化祭特集 メモ』
上のほうには「準備期間の裏側」とか「当日の役割」とか、まあ分かりやすい見出しがいくつか。
その少し下に、ちょっとだけ字が小さくなった行がある。
『・観察係くんについて』
その下には、矢印付きの一文が何個か並んでいて、「主役」とか「楽」とか「距離感」とか、そんな単語が目に入る。
最後の一行だけは、他より明らかに筆圧が強い。
「はい」
思わず、指でそのあたりをとん、と叩いた。
「ん?」
「ここの表現ってなにかな〜?」
すみれは「あっ」と言って、ちょっとだけノートを引き戻そうとした。
「そこまで読ませる予定じゃなかったのに」
「そんなの書いといたら、そりゃ読むでしょ」
「メモだからさ。書いてから『やっぱ恥ずい』ってなるパターンのやつだよ」
耳たぶが、うっすら赤い。
「すみれ、やっぱりかなり気になってんじゃん、観察係くんのこと」
「え、そうかな?」
「ここさ。『楽』とか『距離感』とか、そういう単語ばっか並んでるじゃん」
指先で、そのあたりを軽くとん、と叩く。
「人のこと、ここまで分析してメモるの、だいぶ信用してる相手じゃないとやらないよ?」
「いや、なんかさ。言語化しとくと安心するタイプで……」
ペンをくるくる回しながら、すみれが言う。
「観察係くんといるときって、“はい、桜井すみれさんのターンです!”みたいな顔しなくていいからさ」
「いつもの“ステージ真ん中モード”じゃなくていいってこと?」
「そうそう。普通に、ちょっと愚痴ったり、ちょっと相談したりしても、“はいはい、じゃあこうしよっか”って、ほどよい温度で返してくる感じ」
「それ、だいぶ買ってるよね、安藤のこと」
「買ってるっていうか、楽は楽だよね〜って話」
すみれは、あくまで軽い調子で言う。
本人はまだ、軽い話にしておきたい感じがする。
(“観察係”って便利ワードでごまかしてるつもりなんだろうけど)
観客席から見ると、そのへんの温度差がなかなか面白い。
ノートの端には、小さくこんな文字もあった。
『・“誰も黒子で終わらない文化祭”ってフレーズ → 観察係談。どっかでパクる』
昨日、ホームセンター帰りに安藤が言ったやつだ。
わたしはその場にいなかったけど、今日のホームルーム前に、二人でその話をしているのを聞いていた。
(はい、完全に“響いちゃってるワード”扱いされてる)
ペンでぐるぐる囲んでるのが、その証拠。
「それさ」
「ん?」
「観察係くんに見られたら、死ぬほど照れるやつだよね」
「だから見せないよ?」
「うん、絶対見せないほうがいいと思う」
わたしは笑いながら、ノートから目を離した。
エースはエースで、安藤のそばだと肩の力が抜けてるように見えて。
観察係は観察係で、「自分はモブだから」って顔をしながら、気づくとすみれのツボに刺さる仕事をしている。
このバランスが、今のところ、けっこう絶妙だ。
だからこそ、ちょっと目を離すと、盛大にすれ違いそうでもある。
◇
その日の夜。
自分の部屋で、ベッドに寝転びながら、スマホをいじる。
トークアプリを開くと、「田中陸」とのトーク画面が上のほうにあった。
この前河川敷で遊んだときに連絡先を交換した、観察係くんの幼なじみ。あれからちょこちょこ連絡を取り合っている。
『最近さ、うちのクラスの観察係くんがね』
とりあえず、そう打ち始める。
『文化祭のシフトと冊子の裏方、ほぼ一人で回してる疑惑』
送信。
少しして、既読がついた。
『観察係くんって、湊のこと?』
すぐ返ってくる。
『そう。モブ志望なのに、完全に運営の要になりつつあるやつ』
『あ~湊っぽい』
『で、その観察係くんの近くで、うちのエースがだいぶ楽そうなんだよね』
“エース=すみれ”っていうのは、前にも何回か話したことがある。
『それ完全にフラグじゃん』
返ってきた一文は、わたしも同じように感じてた。
『湊、そういうの一番気づかなそうだからな〜』
続けてくる。
『放っといたら、桜井さんのほうが先に限界来そう』
『限界?』
『好きがあふれて自爆するほうの限界』
『分かる』
思わず即レスする。
『だからこっちの観客席チームで、ちょっとだけ様子見るわ』
『観客席チーム』
『真ん中の人たちにバレないように、空気感守る係』
『なにその新しい係名』
『文化祭ってさ。表の係と裏方の係だけじゃなくて、観客席から見てる係もけっこう大事なのよ』
自分で打ってて、「何言ってんだろ」と思わなくもないけど。
でも、教室の真ん中を見ていると、本気でそう思う。
既読がついて、ちょっと間があいてから、スタンプが一つ飛んできた。
ゆるいキャラクターが「よろしく」と手を振っているやつ。
『まぁ二人ともゆっくり派に見えるし、空気感守る感じかな〜』
そう送りながら、わたしはスマホを枕元に置いた。
(すみれはすみれで、安藤のそばだと肩の力が抜けてるように見えて)
(安藤は安藤で、“自分はモブだから”って顔しながら、気づくとすみれのツボに刺さることをやってて)
(このままだと、どっかで変なタイミングでこけそうな気もするから──)
まあ、何かあったら、ちょっとくらいはフォローしてやるか。
観客席から、拍手のタイミングを間違えないように見ておくのも、悪くない仕事だ。




