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モブ志望の僕は、クラスの有名人に観察係としてスカウトされました  作者: もりぞー


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第10話 夏の夜の下見メンバー

 終業式が終わった後の最後のホームルーム、学校の空気は一言で言うと「だるい」だった。


 担任が「夏休みの課題一覧」を読み上げているあいだも、クラスの半分はもう心ここにあらずという顔をしている。


「はい、国語のワークが一冊、数学がプリント二十枚、英語が……」


「二十枚って聞こえたけど、気のせいだよな……?」


「気のせいじゃないんだな、これが」


 近くの席の大木と奥野が、小声で現実逃避を始めている。


(夏休みって、始まる前がいちばん元気あるよな)


 窓の外は、すでに真夏の日差しだ。


 蝉の鳴き声が、校舎の壁越しにもじんわり届いてくる。


 部活組はこれから合宿だの大会だので予定がぎっしりらしくて、教室のあちこちで


「うちの部、今年は山のほうなんだよね〜」

「合宿の夜の肝試しだけは楽しみ」


 みたいな会話が飛び交っている。


 僕は、配られたプリントの「夏休みの生活目標」の欄を、ペンを止めたままぼんやり眺めていた。


(目標か……とりあえず“宿題を最終日にまとめてやらない”あたり?)


 理想はそうだが、現実は毎年だいたい同じパターンをたどっている自覚はある。



 ホームルームが終わって、教室が一気にざわつき始めたころ。


 鞄に教科書を詰めていると、前のほうの列で桜井と西村が並んで立っているのが見えた。


「夏休み中も、なんだかんだネタはあると思うんだけどさ……」


 桜井が、配られた課題プリントをひらひらさせながらぼそっと言う。


「宿題のほうのネタは要らないんだけどね〜」


 西村が笑いながら返した。


 その会話だけで、「ああ、あのノートの話だな」と察する。


 夏の夜、合宿、宿題、肝試し。

 どれも、あのエッセイと相性が良さそうな単語ばかりだ。


(夏って、観察する側からしたら確かにネタ多そうだよな)


 そんなことを考えながら、僕はプリントを二つ折りにして筆箱の下に押し込んだ。


 観察係としては、きっと忙しい季節になる。



 夏休みに入って数日目の夜。


 宿題を開いたふりをしながら、実際は動画サイトのおすすめを無限にスクロールしていたところで、スマホが小さく震えた。


 画面の上部に、見覚えのある名前が表示される。


 桜井すみれ。


 一瞬だけ、スワイプする親指が止まった。


(……なんだろ)


 変に身構えている自分に気づきつつ、通知をタップする。


 トーク画面には、シンプルな一文が届いていた。


『夏の夜っぽい景色、見に行かない? ネタになるかもだし』


「夏の夜っぽい景色」


 そのフレーズだけで、頭の中に河川敷とか、花火とか、屋台の明かりとか、そういうものが並ぶ。


 ちょっと間を置いてから、続けてメッセージが届いた。


『近くの河川敷、今週末なんか出店出るらしいんだよね。

 ちゃんとした祭りってほどじゃないけど、屋台っぽいのが並ぶやつ』


 間に、花火の絵文字がひとつ挟まっている。


(……ネタの下見、ってことだよな、多分)


 そう自分に言い聞かせながら、返信用のキーボードを開いた。


『いいよ。たぶん家でだらだらしてるだけだし』


 とりあえず無難に返す。


 送信ボタンを押す前に、「たぶん」を消して「どうせ」に変えようとして、やめた。


 数秒後、またすぐに返事が来た。


『じゃあ、千夏も誘ってみるね』


 その一文で、スマホを握っていた指が、ようやく緩んだ。


(……そうだよな。二人きりのわけないよな)


 そんなことを考えた自分に、今度は別の意味で少しだけ驚く。


 続けざまに、もう一通。


『安藤くん側も、誰か呼びたい人いたら呼んでいいよ。

 外部の人いたら、ネタ増えそうじゃない?』


 外部。


 その単語で、自然と一人の顔が浮かぶ。


 田中陸。


 外部相談役、と勝手に任命された幼なじみだ。


『じゃあ、幼なじみ一人誘ってみる』


 と打ち込んで送ると、すぐに


『幼なじみ、いいね。なんか情報量多そう』


 という返事が返ってきた。


 夏の夜っぽい景色。


 ネタ。


 観察係。


 チャットの上に並んだその単語を見ているうちに、少しだけ胸の奥がそわそわしてきた。


(ただのネタ集め、だよな)


 自分にそう言い聞かせながらも、どこかで「ただの」と言い切れない感じが、じわっと残っていた。



 週末の夕方。


 集合場所は、河川敷に一番近い駅前のコンビニの前だった。


 まだ日は沈みきっていないけれど、空はオレンジから群青に変わり始めて、アスファルトの熱だけがまだ残っていた。


 コンビニの前には、すでに一人、壁にもたれかかっているやつがいた。


「おー、湊。ちゃんと来たな」


「来るって言ったからな」


「いや、“当日ドタキャンしそうな顔”してたから」


「どんな顔だよ、それ」


 陸は、いつも通り軽いテンションで手を振ってきた。


 Tシャツに短パン、サンダルという、いかにも夏休み男子高校生という格好だ。


「で、今日は“青春もの的には”なんのイベント?」


「普通の河川敷ピクニックだよ」


「普通のって言葉ほど信用ならないやつないからな」


 くだらない会話をしながらも、僕のどこかは少しだけ緊張していた。


 幼なじみを、今のクラスの輪に混ぜるのは、なんとなく不思議な感じがする。


 そんなことを考えているうちに、横から別の声が飛んできた。


「安藤くん?」


 振り向くと、少し離れたところで桜井と西村が並んで立っていた。


 一瞬、誰か分からなかった。


 桜井は、白いシンプルなワンピースに、薄手のカーディガンを羽織っている。

 普段の制服姿や、ジャージ姿とはシルエットが違う。

 髪も少しだけ巻いているのか、風に揺れる感じが妙に大人びて見えた。


 西村は対照的に、デニムのショートパンツにゆるめのトップスという、ちょいギャル寄りの夏コーデだ。

 髪を後ろでまとめていて、ピアスがきらっと光っている。


「ごめんね、ちょっとコンビニで何買うか相談してた」


 桜井が手を振る。


「あ、いや、今来たとこだから」


 テンプレみたいな返事をした自分に、心の中でツッコミを入れつつ、軽く会釈する。


「どうも、すみれの相方やってる西村です」


 西村が、にっと笑いながら一歩前に出てきた。


「この前、ちょっとだけ視線送ったことあるかな〜って思うけど、覚えてないよね、多分」


「えっと……」


 図書室のあとや、教室でスマホを覗き込んでいたときの、あの「知ってる側」の目線を思い出す。


「千夏、そういう自己紹介ある?」


 桜井が苦笑いをする。


「でも、合ってるでしょ?」


「まあ、合ってるけど」


「そっちの……幼なじみくん?」


 西村の視線が、隣の陸に向く。


「あ、えっと。田中です」


 陸は、少しだけ姿勢を正してから言った。


「田中陸。別の高校で、湊の幼なじみ。

 で、最近は勝手に“外部相談役”やってます」


「外部相談役?」


 桜井が、目を丸くする。


「観察係の外側に、さらにそんな役職まであるんだ?」


「世界観、だいぶカオスになってきたね〜」


 西村がくすっと笑った。


「幼なじみって聞くと、それだけでいろいろ想像しちゃうよね〜」


「変な想像はしなくていいから」


 僕が慌てて割って入ると、桜井が小さくため息をつきつつ、少し笑った。


「とりあえず、“観察係”と“外部相談役”と“相方”で、役職表はだいぶカラフルになってきたね」


「どんなクラスだよ、それ」


 ぼそっとツッコむと、西村が「すみれ、そうやって何でも名前つけたがるからね〜」と肩をすくめた。


「だって、そのほうが書きやすいんだもん」


 桜井は、笑ってそう言った。



 ひと通り挨拶を済ませてから、四人でコンビニに入った。


「とりあえず飲み物と、なんかつまめるやつ買う?」


「レジャーシートは、うちが持ってきたから大丈夫」


 西村が、肩にかけていたトートバッグをぽんぽん叩く。


「コンビニで買うと、お菓子の選択肢が無限で迷うんだよな〜」


「そこは観察係に決めてもらう?」


「観察係の仕事範囲、そっちじゃないと思う」


 とは言いつつ、棚の前で「皆が食べそうなやつ」をつい考えてしまうあたり、職業病みたいになってきている。


 結局、それぞれ好きなものを適当にカゴに放り込み、河川敷へ向かった。



 河川敷には、すでにいくつかの屋台っぽいテントが並んでいた。


 かき氷、焼きそば、フランクフルト、射的もどきのゲームコーナー。


 ちゃんとした夏祭りほど混んではいないけれど、家族連れや中学生、高校生のグループがちらほら。


 川沿いの土手の上には、レジャーシートや折りたたみチェアを広げている人たちがいて、それぞれ思い思いに座っている。


「ちゃんと“夏の夜っぽい景色”だね、これ」


 桜井が、川沿いの夕焼けを見ながら言った。


 空の色は、さっきよりさらに濃くなっていて、遠くのほうで誰かが小さな花火をしているのが見える。


「ここらへん、たまにこういう出店イベントやるんだよね〜」


 西村が、周りを見渡しながら説明してくれる。


「本番の花火大会ほどじゃないけど、軽く雰囲気味わうにはちょうどいいっていう」


「下見にはちょうどいいってことだね」


 桜井が、意味ありげに「下見」という単語を強調した。


 エッセイの下見なのか、夏そのものの下見なのか、そこはあいまいなままだ。



 土手の少し高くなっているところに、四人分のレジャーシートを広げた。


 コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチ、からあげ、ポテトチップスを真ん中に並べる。


 屋台でも、それぞれフランクフルトやかき氷を買ってきたので、シートの上はあっという間にカラフルな食べ物で埋まった。


「これさ、明日の体重計るのこわいやつじゃん」


 西村が、からあげをつまみながら言った。


「大丈夫。夏は食べてもゼロカロリーってことで」


 陸の雑な理論に、桜井が吹き出す。


「それ信じてると痛い目見るやつだろ……」


 僕がぼそっと言うと、また笑いが起きた。


 そんな中で、桜井はペットボトルのお茶を一口飲んでから、周りを見回した。


「ねえ、安藤くん」


「なに?」


「こうやって見るとさ……ネタだらけじゃない?」


 桜井の視線の先を、つられて追う。


「ネタだらけって?」


「ほら、あそこ」


 少し離れた川沿いの階段に、スマホを両手で構えている男子二人組がいる。


「“とりあえず花火の写真撮っとくけど、後で見返すことはほぼない人たち”」


「……ああ、いるな、そういうの」


「その隣のカップルは?」


「どれ」


「あの、屋台の列でずっとしゃべってる二人」


 視線の先には、並びながら笑っている男女がいた。


「“屋台の列に並んでる時間も込みで楽しめる人たち”」


「ポジティブだな、だいぶ」


「いや、楽しめないとあれしんどいから」


 さらに視線を動かす。


 家族連れで来ている小さな子どもが、はしゃぎすぎて転んで泣いている。


「“夏の夜のテンションを持て余すちびっこたち”」


「それはそのまま日記に書けそう」


「で、その横でタオル持って走ってるお母さんが、“本日の影のMVP”」


「分かる」


 思わず相づちを打ってしまう。


 ラベリングの仕方が、妙にしっくりくるから困る。


「すみれ、完全にエッセイモード入ってるね〜」


 横で聞いていた西村が、ふっと笑った。


「夏はネタの宝庫だから」


「宿題の進捗は?」


「聞かないで」


 即答だった。



 しばらくは四人で、出店の話や部活の話、どうでもいい動画の話なんかをしていた。


 そんな会話に混ざりながら、僕はときどき川の流れを眺めていた。


 風が少し出てきて、昼間の蒸し暑さがだいぶ和らいでいる。


 ふと、桜井がこちらを向いた。


「ねえ、安藤くん」


「なに」


「こういうときさ」


 桜井は、土手の少し下のほうを顎で示した。


 そこには、同じくらいの年齢のグループがいくつかシートを広げていて、その中の一つの端っこで、男子が一人、スマホをいじっていた。


 グループの輪から半歩だけ外れて、画面をじっと見つめている。


「“こういうとき、端っこでずっとスマホいじってる人”ってさ」


「うん」


「だいたい、今日ここに来る前から“端っこでスマホいじってる自分”を想像してるんだよね、多分」


「…………」


「“どうせ自分はそうなるし”“そのポジションが一番居心地いいし”って、なんとなく分かってる感じ」


 桜井の言葉に、胸のあたりがちょっとだけチクっとした。


(それ完全に、過去の自分だよな)


 入学したてのころ。

 中学のときの行事。


 端っこでスマホをいじりながら、「まあ自分はこういう立ち位置だし」と思っていた時間のことを、つい思い出す。


「でもさ」


 桜井は、少しだけ笑いながら続けた。


「そういう人も、“誘われたから来てる”んだよね、ちゃんと」


「たしかに」


「“どうせ端っこでスマホだしな〜”って言いながら、なんだかんだ来てるの、ちょっと好き」


「褒めてるんだか、いじってるんだか」


「半々くらいかな」


 そのやりとりに、西村がすかさず割り込んでくる。


「はい出ました、“半分いじり、半分本音褒め”」


「千夏、言い方」


「でもさ、すみれ」


 西村は、チップスの袋を軽く揺らしながら言った。


「今日の観察係、端っこでスマホいじってないじゃん」


「たしかに」


 桜井の視線が、自然とこっちに向く。


「こういうとき、本来なら“端っこでスマホ”候補だった人が、レジャーシートのど真ん中で普通に会話してるの、けっこうレアだよね〜」


「レアって言うな」


「あー、それは物語的においしいやつだな」


 陸が、妙に納得した声を出す。


「お前はすぐ物語にしようとするな」


「いや、だってさ」


 陸は、ペットボトルを指でくるくる回しながら言った。


「こういうとき、“端っこスマホ”だったやつが、気づいたら真ん中に座ってて、そのことに自分で気づいてないの、だいたい主役側のフラグだから」


「主役側じゃないから」


「モブ志望なのは知ってるけど、外部相談役としては“もうちょい自分の立ち位置見直したほうがいいんじゃね?”とは思う」


「外部相談役、仕事しすぎだろ」


 四人分のツッコミと笑い声が、川の音に混ざって流れていく。


 その中で、桜井はふっと視線を下ろした。


「……まあ、今日は観察係も、“端っこスマホ枠”から一日だけ出向ってことで」


「出向って表現やめて」


「ちゃんと戻れるように、送り出し元のポジションは取っておくから大丈夫」


「戻る前提なんだ」


 そんな会話をしながらも、心のどこかで「今日は端っこじゃないんだな」という実感が、じわじわ広がっていくのを感じていた。



 しばらくして、空がだいぶ暗くなってきた。


 河川敷の出店にも、ぽつぽつと灯りがともり始める。


 遠くのほうで、小さな花火の音が鳴った。


「そろそろ、ちゃんと飲み物追加しとかない?」


 西村が、空になりかけたペットボトルを持ち上げた。

 そして、ちらりと陸を見る。


 陸が一瞬だけきょとんとして──すぐに、ニヤリと笑って頷いた。


「たしかに。氷も溶けてきたし」


 陸が同意する。


「じゃあ、うちと田中くんで行ってくるわ」


「え、二人で?」


「四人で行ったらシート誰が見てるの。荷物番必要でしょ」


 西村は、さも正論です、という顔で言った。

 でもその目は、明らかに楽しんでいる。


「すみれ、何飲む?」


「お茶系。甘くないやつ」


「観察係は?」


「じゃあ同じので」


 自分で言った瞬間、「同じ」という言葉に微妙なニュアンスを感じてしまって、少しだけ視線をそらす。


「了解〜。じゃあ行こ、田中くん」


「お、おう。西村さん、判断が早いね」


「外部相談役なら、これくらい空気読めないと」


 すれ違いざま、西村が小声でそう言うのが聞こえた気がした。


 屋台の灯りのほうに向かっていく二人の背中を見送りながら、ふと気づく。


 川の音と、遠くの喧騒。


 近くを通り過ぎる人たちの話し声。


 その真ん中で、レジャーシートの上には──


 僕と桜井だけが残っていた。

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