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「隅っこのこと、教えてよ」——クラスの有名人に観察係を任された僕の青春記録  作者: もりぞー


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第1話 モブ志望、高校一年の春

 クラスの有名人には、誰にも言えない裏の顔があるらしい。

 ——と書くと大げさだけど、僕が見てしまったのは、たったスマホ一画面分の秘密だった。


 【主役になれなかった人たちの教室には——】


 その一文を書いていたのが、教室の真ん中で誰よりも輝いている女子だなんて、信じられるだろうか。



 僕の名前は安藤湊あんどうみなと

 教室の窓際、後ろから二番目。

 黒板もクラス全体も見渡せるけれど、先生の視線は飛んでこない特等席。


 今年もここで、波風立てずに平和な一年を過ごす。

 そう決めていた。


 主役たちが集まるのは、いつだって教室の真ん中の島だ。

 そこでいつも笑い声の中心にいるのが、桜井さくらいすみれ。


 茶色がかったセミロングに、よく動く表情。

 入学して一ヶ月も経たないうちに、他クラスの男子が休み時間に見に来るくらいの有名人。


 その隣には、いつも西村千夏にしむらちなつがいて、鋭いツッコミで笑いを回している。


 ふたりが笑っていると、教室の空気がふわっと明るくなる。

 それは窓際の端っこの席からでも、はっきり分かった。


 ……が。

 だからといって、そこに混ざりたいかというと、話は別だ。


 目立つのって、疲れる。

 目立たず、波風立てず。

 それが「プロのモブ」としての処世術。



 五月の、掃除当番で少し遅くなった放課後。


 昇降口を出ると、西日が視界を焼くほど眩しかった。

 部活へ急ぐ連中が去ったあとの校門前は、気まずいくらい静かだ。


 前を歩いているのは、一人だけ。


(……桜井?)


 教室の真ん中にいるはずの桜井すみれが、一人で歩いている。

 取り巻きもいないその背中は、案外静かで、どこか考え事をしているように見えた。


 声をかける理由もない。

 モブはモブらしく、距離を保って通り過ぎるのが正解だ。


 そう思って、歩くスピードを緩めようとしたときだった。


 桜井が、歩きながらポケットからスマホを取り出した。

 慣れた手つきでフリック入力をして──すぐに、指が止まる。


(歩きスマホ、危ないんじゃ……)


 心の中でだけ真面目なことを思いながら、横を通り過ぎる。

 その瞬間。

 西日に反射したスマホの画面が、視界の端に飛び込んできた。


 そこに表示されていたのは、メッセージアプリじゃない。

 白い背景の、メモ帳アプリだった。


 そして、打ちかけのこんな一文。


 【主役になれなかった人たちの教室には――】


 心臓が、一拍だけ跳ねた。


 一瞬見てしまったその文章は、

 クラスの中心で輝いている「桜井すみれ」のイメージとは、あまりにかけ離れていたからだ。


 主役になれなかった?

 彼女が?


 そこで一瞬、画面が指で隠される。

 桜井がロックボタンを押したらしく、画面は真っ暗になった。


(……見てない。僕は何も見てない)


 とっさに視線を前に戻し、足早に通り過ぎようとする。

 関わってはいけない。

 あれはたぶん、見てはいけない種類の「本音」だ。


 冷や汗をかきながら、三歩ほど進んだところで。


「安藤くん?」


 背中から名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った。


 恐る恐る振り返ると、桜井がスマホを握りしめたまま、首をかしげている。

 逆光で表情が見えにくい。


「え、あ、はい」


「同じクラスの……安藤くん、だよね。……合ってる?」


 桜井は僕の顔を一秒だけ見て、答え合わせをするみたいに笑った。

 いつもの「人気者」の顔だ。


「あー、うん。そうです」


「奇遇だね。わたしも今終わったとこ」


 桜井は、さっきまで見ていたスマホを、するりとスカートのポケットにしまった。

 まるで、手品みたいに自然な動作で。


「駅まで、一緒でいい?」


「え」


「方向、こっちでしょ?」


 拒否権は、なさそうだった。

 クラスの「主役」にそう言われて、「嫌です」と言える「背景」はいない。


「……あ、はい」


 かくして僕は、入学以来一度も会話したことのないクラスのマドンナと、並んで歩くことになった。



 校門を出て、駅までの緩やかな坂道。

 二人の影が、アスファルトの上に長く伸びる。


 沈黙が気まずい。

 何か話さなきゃ、と思うけれど、共通の話題が「同じクラス」ということ以外に見つからない。


「えーと、桜井さんって、部活とか入ってるんですか」


 とりあえず、当たり障りのない質問を投げてみる。


「放送部。あと、帰宅部寄りの何か」


「何ですかそれ」


「なんか、ちゃんとした部活って感じでもないっていうか。

 安藤くんは?」


「僕は完全なる帰宅部です」


「似たようなもんか」


 桜井がくすっと笑う。

 それだけで、通り過ぎていく他クラスの男子がちらちら視線を寄越してくるのが分かる。


 やっぱり有名人は違う。

 この人と仲良くなりたい男子は、クラスに何人もいるんだろう。


 そう考えると、さっきの一文とのギャップが、頭の中で妙に引っかかる。


 【主役になれなかった人たちの教室には――】


(自分が主役側っぽいのに、なんでそんなこと書いてるんだろ)


 聞くほどの仲でもないので、当然、口には出さない。

 出さないけれど、隣を歩く彼女の横顔が、教室にいるときより少しだけ静かに見えた。


「安藤くん、どの辺で曲がる?」


「あ、次の信号のとこです」


「じゃあそこまで一緒だね」


 赤信号で立ち止まり、並ぶ形になった。

 横目で見ると、桜井はまたスマホを取り出している。

 でも今度は画面を隠すように傾けていて、何も見えない。


 青信号になって、人の波が動き出す。


「じゃ、また明日〜」


 信号を渡ったところで、桜井は手をひらっと振って、別の路地へと曲がっていった。

 その後ろ姿を見送りながら、僕も自分の帰り道を歩き始める。


 さっき偶然目に入ってしまった一行が、頭の中で何度もリピートされた。


 【主役になれなかった人たちの教室には――】


 気にならないと言えば嘘になる。

 でも、わざわざ聞きにいくほどの興味があるかと言われると、それも違う。


 そういう「ちょっと気になるけど、わざわざ触れないでおくライン」を見極めて、

 距離を保つのが、モブとしての処世術だ。


 だから僕は、その一文を、いつものように「気のせいフォルダ」に突っ込んだ。


 ……突っ込んだはずなのに。


 布団に入って天井を見つめているとき、もう一度、あの一行が浮かんできた。


 【主役になれなかった人たちの教室には——】


(……続き、何て打つつもりだったんだろ)


 答えなんか出るわけないのに、目を閉じても消えてくれなかった。

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