(おそらく)ヒロインが私のストーカーをしているのですが、これってどういう状況ですか?
違和感が確信に変わったのは、今からおよそ2日前。
学校から帰る道中のことだ。
どことなく視線を感じて、後ろを見てしまった。
そう、見てしまったのだ。
いつもなら無視をして、わざとまっすぐ前しか見ないのだが、その日はどうにも好奇心が抑えきれなかったのだ。
そうして、チラリと。
本当に、少しだけ。
道の脇のお店を見ているのかどうか、というギリギリのラインで、頭を少し後ろに回した。
すると何ということだろうか。
学校一の美少女と名高い、あのデルタ嬢が、店と店の間の隙間から、顔を覗かせているではないか。
成績優秀、眉目秀麗、淑女の鏡とまで噂されている、あの!デルタ嬢が!!
フードのついた黒ずくめの服に、サングラスまでかけ、(なぜか分からないが)若干くねくねした動きをしながら、こちらをがっつり見ている。
あれで、変装のつもりなのだろうか。
かなり悪目立ちをしていると思うのだが。
というか、なぜ周りの通行人は彼女をスルー出来るのか?!
いや、無理もない。
気持ちは分かる。
私もスルーするつもりだったしな!
というか、今までは素知らぬふりをしていたしな!!
だって、怖いのだ。
彼女が、ではない。
その後ろの護衛が、である。
マジで何なのだろう、この状況は。
尾行されている私、私を尾行しているデルタ嬢、そして、デルタ嬢を尾行している侯爵家の護衛。
もはやコントか何かなのだろうか。
現実逃避をしたくなるくらいには、おかしい。
学校一の美少女が、私なんぞをストーカーするなどあるわけがないだろうと。
自意識過剰ではないかと。
そう思ったときが、私にもあった。
だがしかし!
朝、校門の脇の、木の後ろに隠れている彼女。
私が校門を通り過ぎると同時に動き出し、朝の会の5分前まで、私の教室のあたりをウロウロする彼女。
昼休み、私が中庭で昼食をとっていると、中庭を散歩し始める彼女。
そして、学校から家までついてくる彼女。
しまいには、彼女の護衛が、わざわざ私に挨拶をしてくるという・・・・・・。
いや、おかしいな!?
よもや、私に恨みでもあるのか。
面識はないはずなのだが。
学年も違えば、片や貴族、こちとら平民である。
私はデルタ嬢を一方的に知っているが、向こうが私を知るきっかけはほぼ皆無である。
なぜ私を?と聞きたい気持ちはあるが、無理だ。
小心者の私が、お貴族相手に話しかけに行く勇気なぞ、持ち合わせているわけがない。
はずだったのだが・・・・・・。
私は現在、侯爵家にいる。
テーブルの向かい側には、デルタ嬢。
学校ではお目にかかれない、デルタ嬢の私服姿!
淑女の鏡と名高いだけあって、ティーカップをソーサーに置く仕草すら美しい。
そのまま切り取って絵にして頂きたいくらいだ。
って、いや、どうしてこうなった!!
ここまでの経緯をおさらいしよう。
ある日の放課後、いつものようにストーキングされながら帰っていると(この時点でアウトだな!?)、突然馬車が現れ、それにデルタ嬢が乗り込み、と思えば私も馬車に乗せられーーーー。
あれよあれよという間に、貴族の屋敷の中である。
うん、意味が分からない。
場合によっては、誘拐とも言える。
完全な犯罪だ。
とは言え、貴族のしたことである。
誰も罪に問おうとは思わないだろう。
私も含めて。
また、ストーキングに関しても同様である。
なんなら、あれに関しては御褒美である。
デルタ嬢にお目にかかる機会が多いのは、単なる眼福である。
例えそれが、どんなに理解しがたい行為によるものであったとしても、彼女が美しい事には変わりないし、愛らしい事にも変わりはない。
目の保養である。
心のオアシスである。
ただしそれは、遠くから見ているからこそなのだ。
このように、対面している状態において、それは適用されない。
私はただのファンの一人でありたいのであって、このような状況は、大変好ましくない。
冷や汗ダラダラである。
そう、だからいい加減に、何か喋って欲しい。
うっかり、脳内での一人語りが捗ってしまったではないか。
私まで変人の仲間入りだ。
いや、本当に。
なんでここまで連れて来られたわけ?
怖すぎる。
私の知らないところで、私やその周りの誰かが不興を買いでもしたのだろうか。
たかが平民一人の命など、軽く吹き飛ぶだろう。
このままどこかへ連れ去られ、抹消されないことを祈る。
とは言え、今の様子を見る限り、その可能性は低いとは思うが。
「本日は。その、急なことにも関わらず当家にお越しくださり、ありがとうございます。」
デルタ嬢が、やっと口を開いた。
「いえ、そんな!こちらこそ。私なんぞをお招き下さり、ありがとうございます。」
「わたくしがあなたを呼んだのは、ええと、その。謝らなければならないことがありまして。・・・・・・非常に言いにくいのですが、最近、あなたを拝見したいあまりに、わたくし。ずっと後をつけていたのです。」
知ってましたあ!!!!!!
「その、あなたが許せないとおっしゃるのならそれでも構いません。責任はすべて、わたくしにあります。」
ぜんっっ、ぜん大丈夫です!むしろありがとうございますっ!!
「いえ、お気になさらず。私も薄々気づいておりましたので。ですが、なぜこのようなことに?」
「うっ。」
デルタ嬢の目が泳ぐ。
あからさまに不自然な動きをしているはずなのに、彼女がやると、なんだか愁いを帯びた、儚いような雰囲気になって、グッジョブである。
なぜだ!
「わたくしが、これから何を言っても笑わないでくださいまし。それをお約束して下さるなら言います。」
「勿論です。」
「わたくし、先日、箪笥の角に小指をぶつけてしまいまして。その衝撃で、思い出したのです!ここが、『平凡な私は前世の記憶でチート無双!気づけば勝ち組になっていた。』の世界であるということを!そして気づいたのです。わたくしの、特徴的な髪と瞳の色、そして、テンプレ的な縦ロール。これは間違いなく、主人公のライバル兼悪役令嬢のデルタであると。」
「はぁ。」
「わたくしが悪役である限り、断罪イベントを回避することは難しい。しかし、もしも、転生者である主人公が、既に前世の記憶を取り戻しているのならば、協力関係を築けるのではないかと思ったのです。ですが、主人公がまだ何も知らない場合、わたくしが出しゃばる訳には参りません。そのため、しばらく観察することにしたのです。」
この状況で”観察”って、まるで私がその『へいぼんな〜』ってやつの主人公みたいな言い方なんだけど。
流石に気のせいだよな。
うん。
「そして、調査の結果、あなたがまだ記憶を取り戻していないだろうということが分かりました。」
あなたが、って言いました?
はい、決定的なお言葉ありがとうございま〜す。
つまり、あれですか。
深窓の侯爵令嬢の妄想が捗ってしまった結果、私がストーカーされることになったと。
いや、ドユコト?
とりあえず、相手の話に合わせておこう。
そうしよう。
「それを私が聞いてしまっても、よろしかったのですか?」
「ええ。本来、話すべきではないことは理解しています。しかし、身勝手ながら、断罪イベントが迫ってしまった今。打てる手はすべて打っておこうと、方針を転換いたしました。」
「その断罪イベントというのは?」
「はい。一言で申しますと、わたくしが婚約破棄されるイベントです。それも、学校の卒業パーティー、お妃様の御前で。」
デルタ嬢は、頬に片手を当てて、にっこり笑った。
いっそすがすがしいほどにキラキラした笑みである。
しかし、目は微塵も笑っていない。
吹雪が舞っているかのように、温度のない眼差しである。
「わたくしは恥ずかしいのですわ。貴族の結婚とはすなわち、両家の親密度を上げるための人質しょう?人質ごときが、お家同士の取り決めを、一存で破棄しようなど、おこがましいにもほどがあります。しかも、わたくしの方が身分が上なのですよ?内密に話を進めてから公式発表というのが筋ではありませんこと?」
「私はそういったことには疎いので、よくわかりませんが、おっしゃる通りだと思います。」
「そうでしょう?ですから、こんな形で申し訳ないのですが、協力して頂きたいのです。いつだって、物語の主人公にはハッピーエンドが待っているものですもの。あなたに協力していただければ、わたくしのようなモブにだって、主人公の取り巻き一人分程度の人生は歩めるはずですわ!」
「???」
「ええと、つまり。あなたに協力していただけると、とっても心強いのです。勿論、わたくしのこれまでの非礼もありますから、無理にとは言いません。」
正直、彼女への恨みは1ミリもない。
そもそも、貴族からの”お願い”を断るという選択肢は無いにも等しいのだが、私個人としても、彼女の役に立ちたい。
勿論、下心で。
彼女の言った話が本当なのかどうかは分からないが、ここはうなずいておこうと思う。
「私でよければ、ぜひ、協力させていただきたく思います。」
「まあ!ありがとうございます。これで少し、肩の荷が下りますわ。」
「それで、私は何をすれば良いのでしょうか。」
「あなたの友人に、フレデリックという方がいらっしゃるのではなくって?」
「ああ、はい。友人と呼べるかは分かりませんが。クラスが同じなので、面識はありますね。」
「その方がわたくしの婚約者ですの。」
「は?」
「ですからフレデリックは、わたくしの婚約者。将来を誓い合った仲ですの。」
「え?でも、彼、恋人が・・・・・・。」
「はい。フレデリックったら気が弱くて可愛らしいタイプの女の子に弱いでしょう?何人かの女子生徒をとっかえひっかえ。根は真面目な人なのですけれどねえ。この調子でいくと、わたくしの予感が当たってしまう気がするのです。ですから、それとなく、彼の気持ちを聞き出していただけませんか?こういうことって、婚約者が聞くと、責め立てているように感じてしまうかもしれませんので。」
「それくらいなら、お安い御用ですよ。お任せください。それと、僭越ながらよろしいでしょうか。」
「ええ。」
「もしあなた様が真に悪役令嬢というならば、このまま火種を消火してしまうのは、いささかもったいのうございます。」
◇◇◆◇◇
「フレデリック・ハーバート!今日をもって、あなたとの婚約は破棄いたします!!」
軽やかな弦楽器の音色が響くホールに、凛とした声が響いた。
その言葉で、和やかだった卒業パーティーの会場が、一気にざわつく。
今夜は、身分を超えて同じ年代の者が一堂に会し、3年生の卒業を祝うパーティー。
そこには卒業生の保護者の立ち合いもあり、さながら小さな社交界のようである。
今年は第3王子殿下も卒業をするので、特別に王妃殿下も臨席している。
そのため、この会場で発言することは、大きな意味を持つ。
「今、なんて・・・・・・。」
「あら。聞こえませんでしたか、ハーバード様?今夜でわたくしとあなたとの婚約は白紙に戻るのです。」
「そんな、まさか!デルタ、うそだと言ってくれ!」
「ハーバード伯爵から聞いておられませんでしたの?」
フレデリックが、すがるように、後ろの保護者席を見る。
彼からの視線に、父親である伯爵は、首を横に振って答えた。
「僕は君のことが、!!」
「それならば、それ相応の態度を見せるべきでしたわ。」
「そうだ、これから!これからはちゃんとすると約束しよう。だからっ、どうか!」
「ちゃんと、って何をです?」
「それは、その・・・・・・。」
「もう遅いのです。わたくしとあなたの婚約が破棄されることは、決定事項。既に手続きも完了していましてよ。」
フレデリックは、年甲斐もなく、今にも泣きそうな表情である。
何か言いたそうに口をパクパクさせているが、言葉が紡がれることは決して無い。
「次は、お相手の方のことをよく考えて差し上げることをおすすめしますわ。まあ、そのお相手がいつ現れるかは存じ上げませんが。
・・・・・・ざまあみろ、ですの!!」
デルタ嬢が、決めゼリフを述べた。
「皆さま、お騒がせして申し訳ありませんでした。それではごきげんよう。」
そう言った後、彼女は美しいカーテシーで会場を後にした。
◇◇◆◇◇
「デルタ様!かっこよかったです。」
「そう言って頂けて嬉しいわ。あなたの発案ですもの。」
「ですが、本当に婚約破棄をしてしまってもよろしかったのですか?」
「ええ。ハーバート様がわたくしに恋して下さっていたことには、気づいていましたのよ?これでも長い付き合いですから。だからこそ、大目に見てきてしまったのですが、ここで区切りをつけられて良かったと思っています。」
「そうですか。」
「ここからわたくしは、新たなステージに立つのです。エンディングのその向こうに!」
「それは楽しみですね。」
「ええ。」
背負っていたものが無くなったせいだろうか。デルタ嬢は、いつもの完璧な笑みでなく、幼子のように、無邪気に純真に笑った。
「あなたと話して思ったのですが、やはりあなた。少しは前世の記憶を思い出したのではなくって?わたくしが突然、はたから見ればおかしなことを言い出した時も、平然としていましたし。」
「いえいえ。何を言っても笑わないとお約束しましたから。ただそれだけです。」
「本当に思い出したことは何も無いのですか?微塵も?」
「はい。1ナノメートル分すらも。」
「その受け答えが既に現代なのですけれども!
あなたね、まだこの世界に電子顕微鏡は無いのよ。
・・・・・・まあ、いいわ。
これからも、持ちつ持たれつの、良い関係でいましょうね。
わたくしとしては、推しのためならばたとえ火の中、水の中、さらには宙の彼方までも、いえ、地獄の果てまで飛んでいきますので!!
ごっほん!間違えましたわ。
あなたには借りがありますので、わたくしに出来る範囲のことならば、喜んでお手伝いさせていただきますわ。何時でも呼んでくださいまし。(にっこりの圧)」
なんか知らんけど、権力持ったヲタクが怖い。
以上!!
余談:この物語の主人公である”私”の性別って、どちらだと思いますか?
コメントいただけると幸いです。(決められませんでした…)




