2015年9月1日
2015年9月1日
―29歳 社員歴5年目 同期達との飲み会帰り 飲み屋街の表通りにて―
飲み会が終わって、同期達と駅に向かう途中だった。
「春日君、大丈夫?飲みすぎたんじゃない?」
「美河さん、だい…じょう、ぶ。……うぇぷ。」
あぁ、颯軌ちゃんが心配して話しかけてくれている。なんでこんなことになってしまったんだ。
酒の度数も考えず飲みすぎてしまった。酒の飲み方も慣れてない若造じゃないんだからと誰かが言ってる気がする。仕方ないじゃないか、気になる子に良い所を見せたかったんだから。でも、気持ち悪いから肩を貸してくれって頼めば、颯軌ちゃんの肩にもたれかかっても許されるんじゃないか?なんて、邪な考えを抱いた俺は、声を掛けてみようと少しずつ颯軌ちゃんに近づいた、その時だった。
「誰よ、その女!!!」
後ろからヒステリックな声が聞こえ、思わず振り向こうとした。その時、背中が熱くなると同時にバランスを崩し、俺は地面に倒れ込んだ。最初はわからなかったが、視界が歪んだ次の瞬間に、砂利の冷たい感触にぶつかり、目の前に広がる靴の多さで、(あれ、もしかして俺倒れてる?)と気が付いた。
意識が朦朧とする中で印象的に覚えているのは、同期達の悲鳴と、一瞬だけ見えた女の姿。聞き取れないが、何かわめいていた。女の着ている服は、確か甘ロリっていうふわふわした魔法少女みたいなやつではなかっただろうか。ツインテールの髪形が更にそれっぽいコスプレに見えた。中でも一番惹きつけられたのは、怒りを孕んだその目だ。それさえなければ、推しの子に似ていて可愛いのに、もったいないなとのんきに思った。
遠くでサイレンの音が聞こえる。パトカーか救急車か、よく聞き取れなくてわからないが助けが来たようだ。
熱をもっていた身体が寒くなってくるのを感じる。徹夜でゲームを完走して、飲み会に行く為に仕事も頑張ったのに、結局気になる子に良い所を見せられなかった。本当に何でこんな目に合わなきゃいけないんだ。
最後にそう思って、俺の意識はフェードアウトした。
あれから、大体2日後だっただろうか、俺は病院の一室で目が覚めた。
目覚めると医者から今の体調を聞かれたり、治療してもらったところを教えて貰ったりした。その後、看護師から警察が面会に来ていると伝えられ、中年と若い男性の2人組の警官と色々話した。
医者と警官達の話を含めて、あの日の出来事を整理すると、俺は最後に見た魔法少女みたいな恰好をしていた『宇参 染歩』という女に、カッターナイフで背中側の腰辺りを刺された。そして、俺は刺された拍子に転び、あの時は自覚がなかったが地面に頭を強く打っていたようだ。医者が言うには、酒を飲んで血液の流れが良くなっていたことで、頭と腰から血が流れ、危ない状況だったらしい。
医者に「同僚さんが近くに居て良かったですね。救急車を呼ばれてなかったら死んでましたよ」と言われ、飲み会を企画した同期を恨みに思いつつ、帰りに一緒にいてくれた颯軌ちゃんと他の同期達に感謝した。
ところで何故、知らない女が俺を刺しにきたのか。女の供述によると、飲み屋街で偶然見かけた俺の後ろ姿が、女の貢いでいるホストの彼氏に似ていたらしい。女の視点から見たら、そいつが女とアフターに行こうとしていると思って、頭に血が上り、偶然持っていたカッターナイフで刺してしまったのだと聞かされた。
俺からしたら、事故だし、女は捕まったようだし、慰謝料を取ることができたらそれでいいのだが、警察側から見れば、故意か偶然か確認しなければならない為、俺は女と本当に接点が無かったのか詳しい話を聞きに来たようだった。
若い警官は、俺の話す言葉が少しでも違えば、詳細に根掘り葉掘り質問をしてくる。まるでこっちが容疑者のようだ。何度も同じ話を繰り返し、中年の警官が若い警官に、「休憩をしよう」と提案した為、15分休憩になった。警官達は喫煙所、俺は病院から念の為にと貸し出されたT字の杖を掴みながらトイレに行った。
トイレが終わった俺は、休憩が終わったら、また尋問のような時間を過ごすのかと思うと憂鬱になって、少し遠回りをしようと、来た方向とは反対側の通路に歩いて行った。迷子になったといえば、ちょっとくらい時間を過ぎても許されるだろう。俺が杖を突きながら病院内を探索していると、通路の突き当りに喫煙所ができているとわかった。まだ、警官達が喫煙所にいるかもしれない。そう思った俺が来た道を戻ろうと踵を返した時だった。
「それにしても、さっさと口を割りませんかね。あの男。」
「何の話だ、ひよっこ。」
若い警官が、中年の警官と話している声が聞こえた。
「あの女と実は関係があったって証言ですよ。女が勾留中に自殺してしまった中、詳しく話が聞けるのはあの男だけでしょう。」
女が自殺した?どういうことだ。さっきの面会では語られなかった話に、俺は思わず耳を傾けた。
「関係があったから、なんなんだ。被害者が被害者であることに変わりはないだろう。」
「でも普通、カッターナイフなんて常に持ち歩いていますか?ありえないでしょう!きっと、あの女は計画的に被害者を殺そうと思っていたんですよ。その計画の中に、自殺の理由があるんですよ!」
興奮気味に若い警官の言葉に、中年の警官が溜息をつくように煙を吐いたのが聞こえる。
「加害者は、よく頭に血が上って人間関係でトラブルを起こしていたようだし、加害者の持ち物で、心理分析の結果からは、思い込みが激しくて妄想癖の傾向があり、それに伴う行動力が強そうだと言っていた。それに、手袋や靴下で隠していたが手足にはリストカットの痕跡が複数あった。被害者を刺したカッターでいつも自分の肌を切り、精神状態を保とうとしていたのなら、カッターは加害者の拠り所で常日頃から持ち歩いていた可能性が高い。現時点で加害者も被害者も、供述と証拠の中で矛盾は見られない。」
「……でも、状況証拠じゃないですか。」
「そうだ。現時点で、今集まっているのは状況証拠だ。それを俺達警察がそれぞれ実際に起こったことを基に明らかにしていくんだ。」
中年の警官が煙を深く吐いた。
「いいか、ひよっこ。この事件にどんなものを求めているのかは知らんが、ドラマで起こるようなことはそうそう起こらん。創作と現実を分けて、目の前の捜査をしっかり見て判断しろ。」
「…………。」
「…これを吸い終えたら、今度は俺が話を聞いていくからな」
と言った中年の警官の言葉を聞いて、俺は病室に戻ろうと歩き出した。
なんだか胸糞悪い話を聞いてしまった。何で自殺してしまったのかはわからないが、妄想癖があったとか、リストカットをしていたとか、薄情かもしれないが俺にとってはどうでも良かった。少なくとも俺は知り合ったことなんてないし、調べても関係性なんて皆無に決まっているんだから、それを証明する為にもさっさと帰って欲しかった。
病室に戻ると、休憩の残り時間が五分くらいあった。あの様子だと、警官が来るまでもう少し時間が掛かるだろう。俺は母が持ってきてくれたお見舞いの中にゲーム機が入っていたのを思い出し、せっかく時間ができたので、気分転換にゲームのサブストーリーやミニゲームをクリアしていこうとゲーム機の電源を入れた。
それからだった。俺はこの出来事を境に毎年9月1日に、必ず女性に殺されそうになる。




